064. モルガと野兎
人が賑わう広場から離れれば、街灯も無い薄闇に包まれた道だけが続いていく。月明かりに照らされて黒い影となった木々の中を、一台の馬車が急くように駆けて行った。
「……どこへ行っていた、モルガ」
対面座席に座らせた女は、もう何も見えないだろう暗い窓の外を見つめている。黒塗りの馬車の主が問えば、モルガは小首を傾げてやっと男を見た。
「お客様の忘れ物を、届けに行っただけですわ」
モルガは何も疚しい事は無いのだと、悠然と微笑んで見せる。だが男は冷たく目を細めて、顎を僅かに上げモルガを見下ろした。
「忘れ物だと? エルフが買ったものを、態々か? そのままにして置けば良い物を」
「あら、会計が済んでいた品を、また違う客へ売る等出来ませんでしょう? 販売履歴が残ってしまいますもの」
あくまでもモルガの店は、盗品と知らずに持ち込まれた品を買い取る体を取っている。もし盗賊として働かせている者達が捕まっても、蜥蜴の尻尾切りよろしく切り離せば良いようになっていた。
買取の記録も、販売の記録も、全て商業ギルドカードに記録されているのだから、再び同じ品を売るとすぐにばれてしまう。
この国の商業ギルドならば多少は金と圧力で融通を利かせる事が出来るが、万が一商業ギルドの世界本部に知られれば、ゴルデア国の商業ギルドは役員全てが監査対象となる。上手くやっているつもりでも綻びは出るものだ。モルガの言葉に男は僅かに片眉を上げると、疑わしい視線はそのままに、ふん、と鼻を鳴らした。
「……まあ、いい。あのエルフと半エルフの子供は、早々に買い手が付いた」
「……そうですの」
店の飾り窓に飾った姉妹揃いのドレスは、アエラウェとマリールの為に用意されたものだ。モルガは男に言われるままに、店の飾り窓に目を付けた獲物の好みを飾り誘き寄せ、試着室へと誘導するのが役目だった。
「特に子供の方は見物だったぞ。恥じらいも無く脱ぐものだから鏡越しに鼻息荒くする客が多くてな。エルフの方は脱ぐ寸前で子供の異変に気付きおったから、楽しむ間も無く落としたが」
マリールとアエラウェの着替えを、あの鏡の前に集まった客が見ていたのだろう。エルフとハーフエルフが今回の獲物になると知らされた常連客達は、こぞって毎日のようにあの大きな鏡のある部屋に足繁く通っていたのだから。
「子供の買い手はゴルデア国の薬術士組合が粘っていたのだがな、結局はあの公爵の資金力に負けおったよ。エルフとセットで欲しいとな。まあ、あの男に買われれば二度と日の光も見れなくなるからと、薬術士組合の連中も納得していたが」
「……」
さぞ高値で売れたのだろう。男はオークションの様子を思い出し、顔を歪ませて可笑しそうに嗤う。モルガは表情を少しも動かさずに、じっと男が笑い終わるまでを耐えていた。
「――ああ、そうそう。それと、二日前だったか。お前の店に汚い野兎が迷い込んでいたからな、巣穴に戻しておいてやったぞ」
その言葉に、モルガの瞼がひくりと動く。その僅かな反応に、男は満足そうに歪んだ笑みを浮かべた。
「……さて、そろそろ着くか」
男がそう言うのと同時に馬車は速度を遅め、ゆったりとした足取りになる。目的地に到着したのだろう。ゆっくりと停止した馬車のドアが従者によって開けられて、男は先に外へ出ると紳士らしくモルガに手を差し出し、機嫌良くこう言った。
「良く働いたおまえに褒美をやろう。楽しみにするがいい」
モルガの強張る表情に、男はさらに笑みを深くするのだった。




