063. 狼煙
「……ンー。こんなもんでいいかしら?」
フレスカが今作っているのは、先日マリールが実験をしていたフリーズドライの魔道具だ。
鉄の箱自体はドワーフの工房に頼んで一時間もしないで出来上がり、起動させる仕掛けは既に組んである。後は魔石と連動させる術式を刻み込めば完成なのだが、上位魔法である氷、それに風と無魔法を組み合わせるとなると、その術式は聊か複雑になる。
試運転の為に今展開させている術式は、真空空間の中で凍結と風を合わせて同時に起動させ、完成を知らせる音も鳴らす事が出来るようになっている。その大きな鉄の箱の内側には、何重にもなる緻密な術式がびっしりと刻み込まれていた。
フレスカが完成させた術式を目視で確認していると、腹の音が くぅ と、小さく鳴いて主張する。時計を見ればもう夕食時だ。朝も昼も、何なら昨日もずっと碌に食べずに集中していたのに、フレスカは気付いた途端に飢餓感に苛まれはじめた。
「……お腹空いたわね。あのお嬢ちゃんのとこに行けば、何か食べれるかしら?」
魔道具制作を請け負って、フレスカは直ぐに冒険者ギルドを後にした。あの後作ると言っていた料理は、一体どんな食べ物になったのだろうか、と、思い出す。とんでもない薬にとんでもない魔道具。それらを考え付くマリールの事だから、きっと料理もとんでもないものに違いない。
フレスカが眉を下げて平らな腹を撫でると、突然窓を ばん、と叩きつける音が部屋に響いた。
「……!?」
驚いたフレスカが暗器を忍ばせてある髪に手を入れて窓のある天井を見上げれば、そこには窓にべったりと頬を張り付けているエドナの顔があった。
その背後には、何やら巨躯の一部が見える。顔は見えないが、あの大きさは冒険者ギルドの長だろう。二人の重さに、天井がみしみしと悲鳴をあげている。
「フレスカ! 聞きたい事があるんだよ! ここ開けとくれ!!」
「相変わらず窓から来るのね……」
音の正体にほっと力を抜いたフレスカが、深く息を吐きながら天窓の開閉魔道具に触れる。すると滑る様に開いた開口部から、雪崩れ込むようにエドナとバルドが室内へと飛び込んできた。
「だってアンタ、店の方から呼んでも何時も気付かないだろ。それよりフレスカ! モルガって女知ってるかい!?」
「ええ、以前に仕事をしたわ。高級装飾店の女主人でしょ?」
「どんな内容だ?」
掴み掛かる勢いで迫るエドナに、フレスカは両手を胸の前まで挙げて後退さる。すると追い詰めるようにバルドまで寄って来たので、フレスカは訝しげに眉を顰めた。
「一体何なの? 顧客の情報を、そう軽々と教えられないわ」
「アエラウェ様と嬢ちゃんが、モルガの店で攫われたかもしれないんだよ! モルガがわざわざやってきて、盗賊に盗まれた宝石箱にアンタの名前を書いて入れて持ってきたんだ!!」
「私の名を……?」
睨むように告げるエドナに、フレスカも眉を顰めたまま首を傾げる。
「やっぱりアンタは関わって無いんだね!?」
そのフレスカの様子に、どうやら誘拐には関わっていないようだと、エドナも安堵の息を吐いたのだが。
「――関わってると言えば、関わってるわ」
「「なっ……!?」」
フレスカの言葉にエドナもバルドも驚き、そして直ぐにフレスカを拘束しようと身構える。そんな二人の警戒に構う事無く、フレスカは軽く息を吐き出して、空腹と疲れがどっと押し寄せていた身体をカウチにドサリと沈ませた。
「……あの店の仕掛けを作ったのよ。落とし穴と、それを起動させる鏡をね。不要商品の廃棄用だって聞いてたけど……違ったのね」
フレスカが依頼されたのはダスト・シュートのようなものだ。底が見えぬほど深い穴は、不要になった家具等の大物を粉砕、破棄する為だと聞かされていた。
高級品ばかり扱う店が勿体無い事をするものだと言えば、値下げすると客も安くなるまで買わなくなるから、敢えてしないのだと言う。大物家具を落とす穴となると小部屋程の床面積が必要で、うっかり落ちてしまわないように別の場所から穴の開け閉めを操作したいとの依頼だった。
暗殺家業なんてやっていた位には、裏の世界にも精通していると自負していたのだが、引退して魔道具に夢中になっている間に随分と勘が鈍っていたようだ。あのおっとりとしたモルガに、まんまとしてやられた。
フレスカは怒りで引き攣るこめかみを指で解しながら目を閉じる。あの落とし穴を悪用していたならば、何らかの方法で被害者を生きたまま手に入れ、売買しているのだろう。その後どう運ぶか、どこへ運び、どこへ売るか。指示を出している者は――
「頼む! その仕掛けがどうやって開くか教えてくれ!!」
焦ったバルドの声で、そのルートをシミュレーションしていたフレスカの思考は遮られた。フレスカは静かに瞼を上げて、バルドをひたりと見つめる。
「……起動する鏡は対になっているの。落とす物を映す鏡と、落とし穴を起動させる鏡。起動させる鏡は店内ではなく別の部屋に設置して、獲物を物色している筈よ。けど、その場所は残念ながら知らないわ。そう、遠く離れてはいないとは思うけど……」
魔道具を遠隔操作させる場合、組み込んだ魔石の魔力が届く範囲になる。魔核クラスなら範囲も広げられるが、コストを考えると定期的に魔石を交換した方が良い。そうなると自然と範囲は狭まる筈なのだが――
フレスカの説明を聞きながら、エドナは腕を組み口をへの字に曲げた。
「落とす方法は解ったけどね。じゃあ、どうやって獲物を運び出してるって言うんだい? それにあのアエラウェ様も一緒なら、簡単に脱出できるだろうに」
「それなのよね。廃棄用と言うからてっきり穴の底にスライムでも飼っているのかと思ってたけど、人を搬送するなら出入り口はあるんでしょう……。だけど穴に結界石でも使われていたら、いくら魔法が使えても落ちた者は出る事も出来ないわね」
「結界石を上回る魔力でも、か……」
アエラウェがみすみす捕まっているのも、恐らくそのせいだろう。バルドはどうしたものかと知恵を絞るが、良い考えは一向に浮かんで来ない。そんなバルドを見つめ、フレスカはゆっくりと唇を開く。
「……親玉を捕まえるのではなくて、とにかく先にお嬢ちゃん、なのでしょう?」
「ああ。今はマリールを助け出したい」
商人を殺し、女子供を攫っている根源をどうするかを考えるのは、マリールを無事国外に逃がした後だ。回復術士に治療を頼めず、高額な薬代も払えない弱い立場の人々の為に、手が届く薬を広めたいと言っていたマリールを、これ以上こんな国に留めて煩わせる訳にはいかない。腐り切った奴らに奪われる訳にはいかないのだ。
バルドがそう言えば、フレスカは再び考え込むように顎に手を当てた。
「なら、運ばれている間に奪い返すしかないわよね。……さっき人身売買のルートをいくつか思い浮かべてみたけれど、ちょっと範囲が広すぎるのよ。海を越えて売るなら港側に現れるだろうし、国内なら……買う人物を想像すれば良いわ」
「あの店で買い物が出来るのは……」
「貴族か富裕層の、躾けられて育った女子供だね」
「売ってるのも貴族か富裕層でしょうね。まあ、人攫いが横行してるメルクに滞在中の貴族や富裕層だけに絞って情報を集めれば、攫われた先が分かるでしょうけど……」
「調べている時間は無い。それにメルクの警備砦の連中が滞在者の情報を開示してくれるとも思えん」
やはりモルガの店を中心に、手当たり次第に探すしかないのか。焦るバルドが部屋の出入り口へ向かい足を踏み出した時、エドナがそう言えば、と声を上げた。
「ギーアの情報だと、地下道があるらしいね?」
「地下道?」
「ああ。盗賊に襲われた商人なんだが、ガルクスという騎士に連行され警備砦から地下道を経て、違う建物に移動させられたそうだ。出る時も行きとは違う地下道を通って、出た場所の近くに三階建ての建物……恐らくだが、そこがモルガの店だとすると商業ギルドではないかと思う。地下道は三つに分岐していたそうだ」
「商業ギルド……? 予想してたのとは違うわね」
バルドの補足に、フレスカは眉を顰め顎に手を当てて視線を彷徨わせる。モルガの店と商業ギルドの間。大通りでは無い、人気の少ない裏通り。あの辺りは建物が密集しているから、その絞られた狭い範囲でも探し出すのは困難だろう。
「……なら、人が寝静まった頃に運び出すと思うわ。それを見張るしかないわね。都合良く中から何かしら目印になるものを出してくれれば良いんだけど」
「狼煙か」
「でもそれだと、落とし穴のある店内にも煙が出るんじゃないかい?」
「そうなのよねぇ。けど、煙がそこから出るってことは、まだ運ばれてないってことでしょ? 落とし穴の魔道具を強制的に解除して、結界石の効果が切られたと同時に飛び込めばあるいは……」
だがフレスカが言い終わる前に、階下から店の扉を連打する音が聞こえて来た。
「……あら、こんな夜にお客さんかしら? それにしても随分と近所迷惑な客ね」
「ああ、エレンがホビット達連れて来る手筈になってたんだよ」
「あのせっかちな叩き方は、間違い無くサルムだな」
サルムはいつも半鐘のように扉を連打しているらしい。バルド達は店のある一階へと降りて、サルム達を出迎えた。サルムの後ろでは、息も絶え絶えになっているエレンが膝に手をついて己の身体を支えている。よくホビットの脚についてきたものだ。
だが、サルム以外の二人のホビットが居ない。
「おや、他のちび共はどうしたんだい?」
「あー……、別件! それより大変なんだよ!!」
「どうした!? マリールについて何かわかったか!?」
大変と聞いて、真っ先にマリールの安否についてかと思い、バルドはサルムに詰め寄った。だがサルムは首を横に振るう。
「それはわかんない! けど、マリーちゃん達が行った店から煙が出てるんだ!!」
「……わぉ」
「……ちょっとタイムリー過ぎやしないかい?」
サルムの言葉に、フレスカもエドナも思わず感嘆の声を上げる。こうしてくれればと今さっき話していた事が、タイミング良く叶ってしまった。
「行くぞ!」
バルドの号令で、皆が一斉にモルガの店へと向かう。どうか無事で居てくれと、バルドはマリールを案じながら駆け続けた。
お読みくださりありがとうございます。
ブクマ嬉しいです…!
おかげ様で総合Pが111のゾロ目になりましたわーい!!
また読んでいただけようにがんばります。




