062. ハンス
「あれ~? ギルマス達は?」
孤児院に子供達を送り届けたサルムが夕食を買い込み、冒険者ギルドへと戻ると、相変わらず しん、と静まり返ったままだ。それどころかバルドまで居ない。灯りは点いたままだから、もしかしたら既にマリール達も戻り、エドナ達も来て薬入り飴の瓶詰め作業でもしているのかと、二階のモーリス達の部屋へと向かった。
「やっほ~。皆いるー?」
サルムが部屋をノックするなり勢い良く開けられた扉から、エレンとモーリス、それにギーアが飛び出してきた。
「ホビットさん! やっと帰ってきた!!」
「大変なんですよ……!!」
「……あれ? もうお二方は?」
三人の勢いに驚いたサルムは目を丸くして、思わず仰け反った。トートとラルムが欠けている事に気付いたギーアは、首を傾げる。
「あ~……ちょっと気になる事があってさ。なんかこう、こーんな凄い色気の姉ちゃんの尻追いかけてった」
「「ぷっ」」
サルムがモルガを真似て腰を突き出しお色気ポーズを取るが、少年の姿のサルムがしても何の色気も無く滑稽だ。モーリスとギーアが思わず噴出せば、気を良くしたサルムがさらにくねくねと腰を捻らせて見せた。
「凄い色気?」
男三人で巫山戯て笑っていると、エレンだけが眉間に皺を寄せる。この一大事に女の尻を追いかけるとは、ホビット達は何をしているのか。
「そ。商業ギルドの近くにきらきらした店あってさ。今日マリーちゃんとアエラウェさんが行ってる店の人」
「「「!」」」
サルムの言葉にエレン達は目を見開いて、まるで凍りついたように固まった。あの店の女を三人は知っていたのかと、サルムは首を傾げて話を続ける。
「広場の噴水近く歩いてるの、ティーヨが見つけたんだよね。そしたらマルク達が変なこと言っててさ。たまにその店の客が入ったまま出て来なくなるんだって。そんでモルガって女の人が貴族の馬車に乗ってどっか行ったから、気になるつってトートとラルムが追い駆けてる」
「客が出てこないって、もう完璧にその店じゃないですか……」
「そんな、貴族って……」
モーリスとギーアが、顔色を青くして力無く呟く。モルガの店が疑わしいのは間違いないが、貴族まで出て来てしまった。庶民では訴える事も出来ない。
だがエレンだけは冷静な表情で作業台の上に置かれた籠を持つと、トートに見せる。
「――さっきここに、その凄いお色気のモルガさんが来ていたんです。アエラウェさんが買って店に忘れたというこの宝石箱なんですが、実はモーリスさんが盗賊に奪われた品物で、この中にメモを入れて……」
「え!? わざわざ?」
エレンに見せられた小さな紙切れには、走り書いたフレスカの名があった。だが自分が関係していますと、犯人がわざわざ言いに来るだろうか。サルムもエレンと同じ事を思ったようだ。
「それでギルマスは……?」
「エドナ叔母さんとフレスカさんの店に向かっています。ホビットさん達が戻ったら一緒に行こうと待っていたんですが……」
「あ~……だよね。まいった、どうしよう」
トートとラルムに連絡を取りたいが、今は別件で動いている。かといってここで二人を待ち続けるのも落ち着かない。サルムとエレンが頭を抱えていると、ギーアが口を開いた。
「トートさんとラルムさんが戻って来られたら、先程のサルムさんのようにこの部屋に来られると思います。そうしたら私共で説明を致しますから、お二人はフレスカさんの店へ行って下さい」
「……二人だけで大丈夫か?」
サルムとエレンまで出てしまえばこの冒険者ギルドで何かが起きても戦える者が居なくなる。心配そうにサルムが言えば、モーリスとギーアは顔を見合わせてから笑顔で頷いた。
「心配してくださってありがとうございます。でも、大丈夫ですよ。私達にはアエラウェ様に渡された結界石がありますから」
「それよりもマリールさんの事の方が心配です。早く行ってあげてください」
結界石を使えば、その空間は使った者以外開ける事が出来ない。二人の笑顔に後押しされて、サルムもようやく頷き笑顔を見せる。
「んじゃ、行ってくる! あ、あとこれ。皆の分の肉串沢山買ってあるから食べて!」
サルムは拡張鞄の中から沢山の袋を取り出すと、いつぞやと同じように串肉が沢山入った袋がどさどさとテーブルの上へと積んでいく。
「おお……!」
「ありがとうございます!」
紙袋を覗くと、肉の間に野菜が挟まれている串肉もちゃんとあった。エドナの好きな激辛もあるようだ。それを見たエレンはくすりと微笑む。
「またお肉ばかりと思ったら、野菜もあるんですね」
「うん。野菜食べろってやたらマリーちゃんが言うからさ。でもやっぱマリーちゃんの作る雑草料理食べないと何か元気出ないんだよね~。だから俺、がんばって連れ戻してくるよ!」
「ええ! 頼みましたよ!」
「お気をつけて!」
モーリスとギーアの二人に見送られて、サルムとエレンもフレスカの店へと向かう。だがギルドを出ると直ぐにエレンが立ち止まってしまったので、サルムは不思議そうに首を傾げた。
「どうかした? 急がないと」
「……その、ハンスさんにこれを渡してからでも良いですか?」
エレンがサルムに見せたのは、エドナが託した黄色い薬だ。サルムが眉間に皺を寄せて首を傾げる。
「あれ~? ハンスさんも仲間にするの決まったんだっけ?」
「……いえ、ハウノさんの事を聞いたエドナ叔母さんが、これをハンスさんに飲ませろとだけ」
「マリーちゃんとアエラウェさん達は知らないんだよね……?」
「マリールさんにはエドナおばさんから説明すると言っていました。けど叔母さん、ガルクスと刺し違える覚悟みたいで……」
俯くエレンに、サルムも「うーん」と呻る。こんな時にトートが居れば、冷静に判断して的確な方向へと話を誘導してくれるのだが、如何せん、サルムは頭脳派ではない。ひたすら呻ってから、結局サルムは本能で決める事にした。
「まあ、ハンスさんなら大丈夫っしょ! 早く行こ!」
「は、はい!」
ハンスなら何十年もの付き合いだ。それなりに人と成りを知っているつもりだし、いつも干し肉をくれる良いおっさんなのだ。
それに元々ハンスを引き入れるのを渋っていたのはエドナだ。エドナが良いと言ったなら、アエラウェも文句は無いだろう。マリールに至っては、自分の薬でハッピーな人が増えると手放しで喜びそうだ。それもどうかと思うが、ちょっと変わっているマリールの事なので深く考えたら負けだと、サルムは考えるのを放棄した。
ハンスの肉屋は自宅兼用で、冒険者ギルドからも直ぐの場所にある。サルムは夕飯時だと言うのに、遠慮なく閉店している肉屋の扉を叩いた。
「ハンスのおっさーん! 俺おれオレ!」
「――うるっせえ! うちに息子はいねえぞ!」
サルムが扉をガンガンと非常時に鳴らす半鐘のように連打するものだから、煩ささに堪らずハンスが怒鳴りながら扉を開けた。
だが扉の前にはへらへらと笑っているサルムだけで、いつもつるんでいる他二人のホビットが居ない。ハンスは訝しげに片眉を上げる。
「……なんだ、サルム一人か? 他のちび共はどうした」
「ちょっとね~。あと俺一人じゃないし」
サルムが親指で後方を指し示せば、そこには頬を赤らめたエレンが俯いて立っていた。
「……益々珍しいな。エレン、エドナはどうした?」
予想外の訪問者に、ハンスが目を丸くする。だが扉に片腕をついて凭れているハンスの姿は、シャツがだらしなく肌蹴られていて、傷だらけの胸や腹部が丸見えだった。どうやら風呂に入るところだったようだ。
「あ、あの、エドナおばさんからこれを……」
年を経ても尚衰えていないその男くさい肉体に顔を赤くし、ちらちらとハンスを盗み見ながら、エレンは握りこんだ拳を突き出した。釣られる様に差し出したハンスの手の平にころりと落とされた小さなそれは、黄色くて丸い飴のようだった。
「飴玉ひとつ、か?」
子供でもあるまいし、飴玉を、それも一粒だけ渡されても反応に困る。とうとうエドナもボケが回ったのかと、ハンスは訝しげに黄色い飴玉を眺めた。
「あー……。おっさん悪い、ちょっと中入らせて!」
このまま外で話していては誰に聞かれるかもわからない。サルムはハンスの背をぐいぐいと両手で押して、エレンと共に部屋の中へと押し入った。
「時間無いから端折って言うけど。それ、ハンスのおっさんの足治してくれる薬なんだ。飲んだら足生えてくるから。あ、薬の事は内緒にしててな?」
「――は?」
「そんで、ハウノのおっさんがガルクスに殺されて生き返って隠れてる。森の中間からちょっと奥に入った、月桂樹の若木が群生してるとこ。あ、食料とか調味料とか、服とか持ってってやって? ハウノのおっさん、拡張鞄取られたんだって。死んだ事になってるから、行くならバレないようにな」
「いや、待て待て待て!? おま、一体何を……」
いくら頭が良くないと言っても、この説明では何が何やら理解が追い付かない。早口で分けの解からない事を捲し立てるサルムに、ハンスは目を回した。
「ハンスさん! 足が治ったら、エドナ叔母さんと一緒になってください!」
「んな!?」
混乱するハンスに、エレンがさらに混乱させるような事を言い出すものだから、ハンスは顔を赤くしたり目をきょろきょろとさせたりと、大忙しだ。
「ちゃんとエドナ叔母さん、連れ帰りますから!」
「んじゃ、ハウノのおっさんの事よろしくね~!」
「連れ帰る……!? いや、待てコラ!!」
嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく二人を捕まえて話を聞こうと手を伸ばすが、義足のハンスではサルムどころかエレンの逃げる早さにも追い付かない。伸ばした手が虚しく空を切るだけだった。
さっき間違えて先に上げてしまったのがこちらです…申し訳ないです。
お読みくださりありがとうございます。
ブクマもほんとにありがとうございます。嬉しい…。
また読んで頂けるようにがんばります。




