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お薬いかがですか?  作者: ほる
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065. 地下道





 馬車にぴったりと並行するように、薄暗い森の中を二つの小さな黒い影が奔る。


 馬車の窓から漏れる光が座席に座るモルガの表情を隠していたが、その視線は二つの影の位置をしっかりと捉えているようだった。



「……なあ。俺達が追ってるの、おっぱい姉ちゃんにバレてね?」

「だなー」


 見つかったら面倒だとラルムが己の前を走るトートに言えば、トートは焦る風でも無く返事を返す。


 だがモルガは馬車を追う影の事を、馬車の主に告げぬままでいるようだ。馬車は停まる事も無く、馭者が馬へと鞭を振るう間隔も変わらない。

 そうして奔らされた馬車は貴族街のある海沿いの丘を上ると、やがて速度を落とし、一等見晴らしの良い場所に建つ豪奢な館の敷地へと入っていった。


 ゆっくり入っていく馬車を見送りながら、これは参ったとトートが頭を掻く。


「ありゃ~……」

「いやいやいや、あそこは無理だって! 一度帰ろうぜ?」


 貴族の屋敷は中も外も警備が厳しく、忍び込んでも直ぐに見つかってしまう。あの三階建ては特にだ。ラルムは空笑いで肩を竦ませながら出直す事を提言してみるが、トートはこのまま帰る気が無いようだった。


「だってさ、馬車に乗る前に揉めてるみたいだったんだよ」

「無理矢理乗せられたってことか?」

「いや、自分から乗り込んではいたんだけど……」


 煮え切らないトートを何とか諦めさせようと、ラルムが言葉を重ねる。


「けどさ~。領主館に潜り込むなんて、エドナばあさんでもなきゃ無理だって!」

「――潜り、込む……」


 ラルムの言葉を反芻してから、トートは唐突にくわっと目を見開いた。そして爛々とさせた瞳で、ばしばしとラルムの両肩を叩く。


「そうだよ、ラルム! それだ!!」

「は?」

「潜ればいいんだ! 行こう!!」

「はぁー!?」


 トートの突然の閃きの理由が解からず、ラルムは混乱したままトートの後を追う。領主館の裏手にある森に入るとぴたりと立ち止まったトートは、領主館と背後の森を見比べながら何かを探し始めた。


 領主館の裏手にある森はメルクを囲む山に繋がり、山に向かって左手には街の広場と商業ギルドのある繁華街に燈された無数の灯かりが、まるで宝石箱のように輝いている。


「……何探してんの?」

「おまえが潜るって言ったんだろ? だから土掘って地下から潜るんだって! その場所」

「おぉ! なるほどな~!」


 トートの閃きの理由に、ラルムも感心したように手をぽんと叩く。相変わらずのラルムの素直な反応に、トートは笑いながら目ぼしい場所を探した。


「――この辺で良いか。ちょっと待ってろ、今土の中覗いてみるから」


 トートは四つん這いになって地面に両手をつくと、手の平に意識を集中させ魔力を土中へと伝わせてゆく。

 こうすれば地中の中の生物や小石に岩盤、それに水脈のありかが、僅かな振動の違いで反応を返してくれるのだ。その岩盤と水脈を避けながら、トートは四つん這いのまま慎重に進んだ。


「……ん?」

「どしたー?」


 突如眉を顰めたトートに、ラルムも首を傾げる。トートは暫く黙り込んだかと思うと、地面を見つめたまま静かに呟いた。


「岩でもない……石レンガ積まれたみたいなのがある」

「!?」


 トートの言葉に、ラルムは瞳を輝かせてその地面に手を当てる。するとその規則的な石の重なりの下には、人が通れる程の空洞が細く横に広がっているのが解った。


「遺跡か?!」

「貴族の館の裏だからな。もしかしたらお宝が眠ってるかも!」

「よっしゃー! 掘るぞー!!」

「トラップガスに気をつけろよ」

「わーってる! 風魔法頼む!!」


 ラルムが腕を捲くり、嬉々としてその足元を掘りながら地下へと進んでいけば、突如地面が抜けて、広がる空間へぼとりと落ちる。尻餅をついて痛む尻を擦りながら暗闇を見渡せば、小さくそよぐ風がラルムの短い髪を揺らしていった。


「――どうだー? 大丈夫そうかー?」

「大丈夫ー! なんか地下なのに風吹いてるみたいだー!」


 ラルムの叫びを聞くなり、トートはラルムの顔に纏わせていた風魔法を解き、自らも穴へと滑り落ちていく。そうして下に広がる空間に投げ出された身体に、ふわりと風を纏わせ地面へゆっくりと降り立った。


「……ほんとだ、風の魔石で空気の循環されてるな。それに灯り取りの魔石まである」


 トートが手近にある灯り取りの魔石に魔力を乗せれば、ぽぽぽ、と淡い灯りが二手に別れ、地下道の奥まで照らしていく。人口の石レンガ積みの通路に等間隔で設置された風と灯かりの魔石が、この地下道を頻繁に人が通る事を示していた。


「こっちが領主館だけど、どうする?」


 ラルムが指差した領主館とは反対側へと続く道は、随分と奥まであるようだ。


「なら、あっちって街の方だよな。……気になるけど、今は領主館の方だな」

「えぇー……」


 お宝が眠る遺跡では無いとわかり、途端に気が乗らなくなったラルムを引き連れて、トートは領主館の方向へと進んで行く。やがて直ぐに灯かりが漏れる扉へと行き当たれば、扉の中に複数の気配があるのに気付いた。


 トートが灯かり取りの魔石に触れ消灯させてから、そっと中を伺えば、突如扉の中から響く断末魔の叫びに、トートもラルムも身を縮ませて固まった。

 さらに聞き覚えがある不快な声が、暗闇の地下道へと響き渡る。


「……っく。ふはははは!! やはり解体は音楽を聴きながらに限る!!」


 人を見下すような傲慢さを滲ませたこの声は、ガルクスのものだ。卑怯な手でハウノを嬲り殺し、態々磔にしたガルクスの事だ。恐らく中では新たな被害者が拷問されているのだろう。絶叫の間に「やめてくれ」「もう赦して」と命を請う弱々しい声を嘲笑っている。


 怒りと吐き気を抑えながらトートとラルムがじっと身を潜め耐え続けていると、何度か響いた哀れな悲鳴は、やがてぴたりと止んでしまった。


「……なあ、音楽なんか聞こえたか?」

「しっ……!」


 ガルクスの言葉を疑問に思ったラルムがぽつりと呟けば、咄嗟にトートがラルムの口を塞ぐ。


「……んンー? 何か言ったか?」

「最後の言葉でも吐いたのでしょう。ソレはもう、事切れておりますから」

「そうか、それもそうだな。……音楽も止んで興が冷めた。俺はそろそろ獲物の回収に向かう」

「はっ」


 トートとラルムが息を潜めて見つめていた扉が、突如強い光を放ち開かれる。


 下っ端らしき警備兵が灯かり取りの魔石に魔力を注ぎ、暗闇の地下道が仄かに照らされてゆけば、漸くお出ましのガルクスが数人の部下を引き連れて、天井ぎりぎりの背を僅かに丸めながら地下道の奥へと消えて行った。


「――くくっ。流石のエルフも、今頃は魔力を使い果たしている事だろうなぁ?」

「ええ。結界石であの穴の底を封じているのにも気付かず、何とか外へ出ようと足掻いた筈です」

「楽しみだ。商品に傷は付けられんが、悔しそうなあのエルフの顔を拝めると思うと、なあ!」


 ガルクスの不快な嗤い声が遠ざかり小さくなった頃。灯かりが届かない角端の地面から、様子を伺うように、ひょこりとトートの頭が覗く。だが直後に扉の中から近付いて来る声に、トートは再び穴の中へと引っ込んでしまった。


「ったく、ガルクス様にも困ったものだ……」

「後始末する俺等の事も考えて欲しいぜ」


 扉が再び開かれたと同時に、ぶつぶつと文句を垂れながら二人の警備兵が手押し車を押して出る。


「どうする? 森で予定あったか?」

「いや、無い。あの冒険者と商人一家の場所で良いんじゃないか? 丁度スライム共も集まってるだろうし」


 小さな手押し車からはみ出た手が、ぷらぷらと力を失って揺れている。人が乗せられているにしては不自然に小さな手押し車を押して、二人の警備兵はガルクス達が消えた地下道の奥へ進んで行く。そして彼等が去ってからたっぷりと時間を置いた後に、トートとラルムは漸く穴から這い出る事が出来た。


 身体に付いた土を払いながら、トートが心配そうに眉を顰める。


「あの冒険者って、ハウノさんの事だよな……?」

「ハウノさんならナイフでも余裕で返り討ちに出来るって! それよりガルクスが言ってたエルフってさ、一人しか居なくね!?」

「――まあ、一人だな」


 二人は神妙に顔を見合わせて頷き合う。


 そして暫しの間を置いて目を見開くと、二人同時にガルクス達が消えた方向へと首を向け、驚きの余り叫んでしまった。


「「何でアエラウェさん捕まっちゃってんの~!?」



 二人の叫び声は、地下道の奥へと木霊して行った。







お読みくださりありがとうございます。

ブクマも感謝です。

がんばれます…

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