057. 三つの分かれ道
「あの日、門から連れられて行ったのは、最初は確かに警備兵達が駐屯している詰所でした。すれ違う警備兵や他の騎士達に挨拶をされ、あの大きな身体の騎士が、そこそこの立場である事を知ったのです」
騎士達の挨拶にも権高に振舞えるのは、この街の駐在騎士の上位である証拠だ。この大きな騎士が権力を持つ立場なら、これから何をされても揉み消されてしまうだろう事は、ギーア達にも容易に想像が出来た。
現に詰問部屋ではギーア達が何を訴えても、大きな騎士と部下らしき警備兵達はにやにやと笑うだけで、気付けば訳のわからない罪状を一方的にでっち上げられていたのだ。
「詰所で私達は何故か盗んだ品を売り捌く商人だったとして捕らえられ、まるで罪人のように地下牢に入れられました。けれどその牢の奥には先がありましてね……」
この牢で何をされるのかと身構えたギーア達を、大きな騎士は剣の鞘で小突きながら奥へと進ませた。薄暗い地下牢の入り口からはランダムに積み上げられた石の壁にしか見えないその先は、二枚の壁が前後に重なり、奥へと続く入り口を隠していた。
「……暗いなー暗いなーと思いながら歩き続けて、地下道を半刻程でしょうか。いえ、長く感じただけで、もしかしたらもっと短い時間だったかもしれません。どこまで続くのかも分からない暗い道を延々と歩かされ、やっと突き当たりに扉が見えてきたのですよ……。これでやっと地下道から外へ出れる! そう思ったら、そこは――」
ギーアは思い出しながら話しているのだろう。何も無い一点を見詰めて、顔を強張らせながらも語っていく。
一体そこに待ち構えていたのは何なのか。まるでギーアの記憶を体感させられるているようなその語り口に、バルド達はゴクリと生唾を飲み込み、続きを待った。
「どこか違う建物の地下牢でした」
「また地下牢かい!!」
期待させておいて、また地下牢は無い。バルドとエレンはガクリと項垂れて、エドナは思わず話の途中で口を挟んでしまった。ギーアの説明は描写が細か過ぎて、この調子では肝心の要点が出てくるまでに相当の時間が掛かりそうだ。
「……ゴホッ。いや、詰所の地下に道が作られているのは知らなかった。その建物はどこか分かるか? 特徴でもいい」
バルドは軽く咳払いをして、気を持ち直してからギーアに問い掛けた。確かモーリスは「山に捨てられた」と言っていた。ならば少なくとも山に行くまでは生きていた筈だ。死んでから捨てられたならそこが山だと知る筈も無い。何かしらの手掛かりになるものを見てはいないだろうか。
「外へ出される際は、また違う地下道を通りましてね。地下道は三つに分かれていて、来た道とは違い距離も短かったので建物の近くには出たと思うのですが……出た場所は木々に囲まれていて肝心の捕らえられていた建物の特徴は分からず。その代わり、近くに目立つ建物があったのを覚えています」
やはりだ。バルドはギーアに視線で続きを促す。エドナ達も緊張した面持ちで、ギーアの答えを待った。
「この世界では珍しい三階建ての建物で、高い屋根裏にも部屋があるのか窓がついていました」
「……商業ギルドか?」
このメルクの街で、二階建て以上の建物なんてものは二つしかない。富裕層や貴族達の屋敷でも二階建てが主流で、三階建ては商業ギルドと領主館くらいしかない。
モーリス達を見つけた山はメルクの山側の門を挟む険しい山の片側で、その麓には街と貴族街がある。商業ギルドと領主館、どちらも可能性はあるのだが、モルガの店の事を考えると、その近くではないかとバルドは考えたようだ。
「その騎士は何でわざわざその建物に連れて行ったのかねぇ」
詰所で尋問も、何なら拷問も出来るのに、わざわざ連れて行った理由が分からない。エドナは眉を顰めて首を捻った。
「その、詰所では度が過ぎる拷問は他の騎士様に見咎められ、止められるらしいです。それが煩わしいらしく……。その屋敷の地下牢には、思い出したくもない程の拷問器具が種類豊富に揃えられておりました……」
拷問器具という言葉に、蹲っていたモーリスは「ひっ」と悲鳴を上げる。あれは尋問する為の道具ではなく、人を限界まで生かしながら嬲り楽しむ為の器具だ。エドナとエレンはガタガタと震えているモーリスを、痛まし気な目で見つめた。
「――騎士達も全てがガルクスの手下では無い、か」
バルドはハウノの言葉を思い出す。警備兵はその領地の民間から招集される者が殆どだが、国や領主からの派遣で騎士階級の者も配置されている。寄せ集めの兵の指揮を執るのは、訓練された騎士でなくては難しいからだ。国や領主からの支持ならガルクス以外の騎士も加担していそうだが、そうでも無いようだ。
バルドは国の指示ではないと分かって、僅かに心を落ち着かせた。この国の冒険者ギルドも信用できない今、国を相手取ってマリールを取り戻すには対抗手段が無さ過ぎる。バルドの祖国に頼るにも、弱い者には手を出さないをモットーにしているザンザ帝国は動きそうも無い。動いたとしても考えるより先に拳が出てしまうお国柄だ。罪も無い国民や後の事を考えると、それはなるべく避けたかった。
「俺は商業ギルド周辺を探してくる。エドナ達も店があるだろう? 何か分かったら連絡する」
部屋の出入り口へと歩くバルドを、エドナとエレンが止めた。
「今何時だと思ってるんだい。店の方は来る前に準備を済ませて、優秀な店員達に任せて来たから大丈夫だよ」
「それにモルガさんの店に行かれるのでしょう? モルガさんも店を閉めてからこの籠を届けに来たと思うので、店に行っても開いてないと思いますよ?」
そう言いながら、エレンは改めて籠を見る。最高級品だと言う宝石箱は触れるのも恐ろしいが、やはりとても美しかった。だが良く見ると、宝石箱に何かが挟まっているのが見える。
「……これ、中に何か入ってませんか?」
「何だって?」
エレンが気付いたのは、蓋と箱の間から極僅かにはみ出る白い紙の角だ。触れるのも怖いのでギーアに頼み、蓋を開けてもらった。
全員が箱の中を覗き込む。
「――メモ、ですかね?」
箱に入っていたのは真っ白な小さな紙切れ。ギーアは何も書いていないそれを取り出して、裏面を確認した。すると、急いで書いたのか、筆跡が乱れた文字が小さく記されている事に気付く。
「フレ……ス、カ?」
「「「フレスカ!?」」」
意外な人物の名前に、バルド達は揃って声を上げた。




