056. 帰らない二人
マリールとアエラウェが帰って来た。バルドは冒険者ギルドの扉を開ける音に、勢い良く顔を上げた。けれど其処には、マリールでもアエラウェでもなく、それどころかエドナでもない、予想外の人物が立っていた。
「ごめんくださいませ。お届け物に上がりました~」
間延びさせた語尾で話すその女は、商業ギルドに向かう途中、マリールが行きたそうにしていた高級装飾店の者だった。優しげな垂れ目と色気のある口元の黒子が印象に残る、バルドにも物怖じせず話し掛けてくる稀有な女だ。
「……確かに今日、うちの者がそちらの店に言った筈だが」
マリール達が帰って来ないのに、何故店の者が来るのだろうか。バルドは訝しげに女を見やる。
「ええ。本日お越し頂きまして、沢山お買い上げくださいましたわ。ですがお帰りの際に忘れて行かれた、その荷物をお届けに上がりましたの~」
女はバルドに近付くと、にっこりと微笑んで植物の蔓で編んだ籠を渡した。籠には金色の巻きリボンが数個、それに枠が印刷された空白のラベルの束。青いボタンが透ける布で出来た袋に入れられている。そして丁寧に傷つかないように、青い布で包む様に囲んだ白と金の宝石箱。蓋には蝶の飾りが付いている。
リボンとラベルは確かに今日、アエラウェ達が買いに行くと言っていた物だ。余計な物もあるが、きっとアエラウェが個人的に買ったのだろう。如何にもアエラウェが好みそうな品だ。
だが、拡張鞄を持っているアエラウェが、買った物を忘れて店を出るなんてあるのだろうか。バルドは探るように女に尋ねる。
「――買い物の後に本人達がどこに行ったか知らないか? まだ帰らないんだが」
「……まぁ! そうなんですの? ご来店されたのは午前中でしたから、お昼前にはお帰りになられましたわ~。その後どこへ行かれたのかは、残念ながら分かりませんが……。もう外は暗いですから、心配でございますわね~?」
女はさも驚いたと言う様に目を丸くして、それからバルドを気遣うように、その柳眉を下げた。
バルドが観察するように女を見ても、この女は目を全く逸らさなかった。常ならばバルドと目が合うだけで女子供は泣き叫び始めるものだが、それどころかじっと見詰めるバルドに微笑みかける余裕さえ持っている。
妙齢の女性に微笑まれた事など無いバルドは、それだけで動揺して目を逸らしてしまう。そんなバルドに女は口元を手で隠し、楽しそうにクスクスと笑った。
だが、ふと笑みを消した女が突然話題を変える。
「……そう言えば。冒険者ギルドの長様は、この国の出身では無いとか~」
バルドは急な女の問い掛けに、違和感を覚えながらも頷いた。
「ああ。海を挟んで隣の、ザンザ帝国だ。それが?」
「祖国と連絡は取れていますか?」
畳み掛けるように問う女に、バルドの眉がピクリと動く。
「連絡を、取る事は可能ですか?」
女は先程までのおっとりとした表情を一変させ、真剣な眼差しでバルドを見詰めた。この女は一体何が言いたいのだろうかと、バルドは訝しげに女を見る。
「――あと三週間もすれば、先日出した手紙の返信が届く筈だ」
そうバルドが答えれば、女は力が抜けたように肩を落とし、俯いた。
「……そう、ですか」
「……誰かと連絡が取れないのか? うちのホビット達も、実家と連絡が取れないと言っていたが」
俯いたままの女に、バルドもどうしたのだろうかと気になった。心配げに問い掛ければ、女は静かに頭を振る。
「いえ、何でもないですわ~。……私、そろそろ戻りませんと。これで失礼致しますわね~」
顔を上げた女は先程までの固い口調を、最初のように間延びさせたものに変えていた。ころころと態度の変わる女に唖然としているバルドを置いて、女は出口へと向かう。
女が扉を開けようとした丁度その時、扉を押し開いて入ってきたのは、エドナとエレンだった。エレンは両手で大きな袋を、エドナは重そうな木箱を幾つも片方の肩に担いでいる。
「……っと。おや、珍しい。モルガさんじゃないか。依頼か何かで?」
「……いいえ、忘れ物を届けに来たのだけですの~。エドナさんもエレンさんも、また店にいらしてくださいね~?」
意外な人物が冒険者ギルドに居るものだとエドナが目を開いて驚けば、モルガも一瞬驚いた顔をして、直ぐに笑顔を作りエドナに応じた。そして軽く会釈をすると、エドナの横をするりと抜けて出る。
エドナは遠ざかるモルガの背を暫く見つめてから、静かに扉を閉めた。
「……何かあったのかい?」
訝しげに眉を顰めて、エドナは呆けた顔をして突っ立っているバルドを見る。
「……いや。今日アエラウェとマリールが、あの女性の店に買い物に出掛けたんだが、買った物を忘れて届けに来てくれただけだ」
バルドがエドナにも見えるように籠を傾ければ、中には飴瓶の装飾用と見られる材料が数点。確かにアエラウェに頼んだものが入っていた。それと値が張りそうな宝石箱だ。
だが、エドナは奇妙な事に気が付いた。眉をさらに顰めて目を細め、良く見ようと顔を籠に近付ける。
「――おかしいねぇ。あの店で買うと、何時も品の良い梱包して店の袋に入れてくれるんだけどねぇ」
特に宝石箱などの高級品を、布に包んであるとは言え、剥き出しのままなんてありえないだろう。ああいった高級店は特別感を出す為に、商品を大袈裟に梱包するものだ。
「エドナおばさん、取り合えず製造所に荷物を運ばせて貰いましょう。私腕が痺れそうで……」
考え込むエドナに切羽詰った声でエレンが声を掛ける。エレンの持つ大袋はエドナの担ぐ木箱よりは大分軽そうだが、エレンの細腕では限界が近付いているようだ。
「すまん、俺が持とう。エドナのも渡してくれ」
慌ててバルドがエレンの荷物を片手で軽々と持ち、エドナの担ぐ木箱もひょいと肩に担いだ。
「悪いね、バルドの旦那。助かるよ」
「ありがとうございます、ギルマスさん」
「いや、気付かなくて悪かった」
エドナとエレンが礼を言いながらバルドの後を追う。バルドは気にするなと笑って見せるが、その笑顔は最高に怖かった。人食鬼が「オレ、オマエクウ」とか言いながら、これからおいしい食事になる犠牲者に見せる笑顔のようだ。
「……相変わらずの損な顔だねぇ」
「……」
エドナが哀れみの目でバルドを見る。エレンは涙目になって震えながら、床を見詰めたままエドナの後ろに付いて行った。バルドの笑顔はうっかりちょい漏れしてしまいそうな程の衝撃だったようだ。
「――すまん。今入っても大丈夫か?」
バルドはモーリス達の部屋の前で、中に聞こえるようにと大きな声を掛ける。事前にエドナ達が来ると伝えてあるから、先日のホビット達のような事にはならないだろうが、念には念を入れなければならない。耐性の無さそうなエレンが後ろに控えているのだから尚更だ。
「はい、大丈夫ですよ。今開けます」
結界石はギーアに渡してある。アエラウェがギーアなら信用しても良いと渡したのだ。冒険者ギルドの外とギルドの受付のある待合室に出る以外は自由にギルド内を出歩けるが、二人は一日の殆どを部屋に篭っているようだった。滅多に人の来ない冒険者ギルドでも何があるか判らない。現に先程もモルガという女が突然やって来たのだから。
バルド達がギーアに招き入れられて部屋へと入ると、ギーアはバルドとエドナ、続いてエレンを見て首を傾げた。
「――おや? マリールさんとアエラウェ様は……あ、夕食の支度中ですか?」
確か今夜から飴の瓶詰作業をすると聞いていたのだが、そろそろ夕食の時間だからマリール達で食事の支度でもしているのだろうかと、ギーアは一人納得をする。
実はギーアもモーリスも、今日の夕食は何だろうかと一日楽しみにしていたのだ。部屋で食べた朝食も昼の弁当も夢中になってあっという間に平らげてしまった。二人はもうすっかりマリールの作るご飯に胃袋を掴まれているようだ。
モーリスがまた欲を出して「このパンで一儲けが出来る!」と言い出したので、アエラウェ仕込の教育的指導をしたのは言うまでもない。
「実は、まだマリールとアエラウェが帰っていない」
「「「え!?」」」
「大丈夫なのかい!?」
バルドの言葉にエドナ達は驚き、そして直ぐにマリールの身を案じた。アエラウェも一緒だからまさかの事はそう起きないだろうが、もう外が暗くなっている時間に、アエラウェがマリールを連れて出歩くなんてしそうにも無い。それにエドナ達が夜に来るのを知っている。
「俺もついさっき帰ってきたんだが、冒険者ギルドの灯かりが付いていなかった。ホビット達は子供達を孤児院に送り届けに行っている」
バルドはそう言いながら、作業用に運び込んでいた大きなテーブルの上に荷物を置いた。その荷物を覗き込んだギーアが、木の蔓で編まれた籠を見て「あ!」と声を上げる。
「どうした!?」
突然の大声に驚いて、バルド達がギーアを見る。するとギーアはバルドの問いに答える前にその籠を持ち、モーリスに走り寄り中身を見せた。
「……! どうしてこれが!?」
籠の中身を見るなりモーリスも驚きに目を見開く。突然の二人の様子に、バルド達も顔を見合わせた。
「これは、私が先日盗賊に奪われた品です……!!」
モーリスが籠から取り出しバルド達に見せたのは、白地に金の装飾が施された、蓋に停まる蝶が印象的な宝石箱だ。人目で高級品だと判るそれは品が良く、アエラウェが買ったのだとエドナ達にも直ぐに分かった。
「盗品がモルガの店で売られてるってのかい!?」
「そんな、まさか!」
エドナもエレンも信じられないと声を上げる。モルガは確かにやたら色気を振り撒いていて、どこぞの貴族の愛人だなんて噂もあるが、庶民の自分達にも別け隔てなく接してくれて、孤児の子供にも優しくしている所を何度も見た事がある。
あのモルガが盗品を扱っているなんて、到底信じられなかった。
「しかし、この品は確かに私が運んでいた品です。目録も奪われてしまったので証明は出来ませんが……。この特徴的な蝶の細工は妖精王がとあるドワーフに作らせたと逸話が残る一品で、目録の中でも一番の高級品でした」
モーリスが真剣な表情で、バルド達に信じてくれと訴える。隣に立つギーアもモーリスの言葉に頷いているから、嘘ではないのだろう。咄嗟にこんな嘘が思い付くのは、余程嘘を言い慣れている詐欺師くらいのものだ。
「……モーリスの言う事が本当だとしたら、モルガと言う女の店でマリール達が攫われたと言う事か?」
バルドが呻るように言えば、モーリスは「わかりません」と首を振る。だが、盗賊と繋がっているかもしれない店に行ったマリール達が、実際帰って来ないのだ。何かがあったと疑ってしまうのは、仕方のない事だろう。
「……もしかして、モルガさんはわざとこの籠に?」
エレンが籠を見詰めて呟く。それを聞いてエドナは眉間に皺を寄せ首を傾げた。
「目に付きやすいように、袋に入れなかったって事かい? だけどそれじゃ、ここに盗賊被害者が居るって知ってる事になるじゃないか。これが盗品だって知ってるのは殺した奴と殺された商人達しか居ない。……確かにあんた、死んだんだろ?」
「……はい。門で『話を聞こうか』と騎士様に言われて、ひと、一晩中……うっ……うう……」
「旦那様……」
拷問を思い出したのか、モーリスは込み上げる吐き気と涙に嗚咽を漏らす。ギーアも青い顔で震えながら、モーリスの背を撫で摩った。
「……詳しく聞けていなかったな。殺された時の事をまだ話せそうもないか?」
バルド達も初めてモーリスと会話をしたその日、詳しく聞こうとはしたのだ。だが肝心のモーリス達は今の様に震えて怯え、とても聞き出せる状況では無かった。
時間が彼等を落ち着かせてくれてから聞き出すつもりでいたのだが、マリールが攫われたかもしれない今、モーリス達を気遣ってやれる余裕がバルドには無い。
「……私がお話します。あの日私達はとても大きな――ギルドマスターさんのように大きな身体の騎士に連れられ、警備兵達の居る詰所に連れて行かれました」
門で出会ったあの騎士の目は、今でも瞼の裏側にこびり付いている。ギーアは苦しそうな表情で、その時の事を語り出した。
お読みくださりありがとうございます。
ブクマ増えておりました…! 感謝です。




