055. 隠れ家を作ろう
「あの商人と同じかー……。いよいよヤバイね、ここ」
「ご丁寧に今回、魔物寄せまで使われたんでしょ? そこまでやるか~?」
「寄ってきた魔物が街に来るじゃんな? アホなのかな」
「ガルクスは馬鹿だぞ。だから重用される」
「「「うへぇ」」」
軽くバルドから説明を受けて、ホビット達は嫌そうに舌を出して顔を歪める。それを真似して子供達も「うへぇ」と舌を出し、嫌そうな顔をして見せた。
ガルクスと言う偉そうな騎士は、孤児院の子供達を見ると剣の鞘でつついたり、時には殴ってくる事も蹴る事もある。特に獣人に対する暴力が執拗で、獣人の子供は帽子と服に耳と尻尾を隠し、見つからないように気をつけて街に出なくてはならなかった。
「商人の時みたいにギルマスが荷物に偽装して担いでくにも、ハウノのおっさんでかいからなぁ……」
「俺も嫌だぞ、担がれるなんて」
年下のバルドに担がれるなんて介護でもされてるみたいじゃないかと、ハウノはムッと眉間に皺を寄せた。ハウノは五十七歳。孫や曾孫が居てもおかしくない年齢だが、まだまだ現役なのだ。
「取り敢えずもっと奥の方に隠れる? 俺等で簡易の家造るけど」
「奥の方でもハウノのおっさんなら平気でしょ?」
「魔物寄せを使われでもしない限りはな」
肩を竦めるハウノに、笑えないとホビットも肩を竦めて首を振る。それから一行はハウノの一先ずの棲みかを建てるべく、ハウノの案内で森の深部へと向かった。先程バルドが回収した為、魔物寄せの効果が切れたからか、襲ってくる魔物の数は激減している。
「そうだ、ハウノ。月桂樹の若木を知らないか」
「月桂樹の若木? 知ってるが、どうするんだ」
バルドが思い出したと月桂樹の事をハウノに聞けば、突然すぎる話題にハウノも片眉を上げる。
「街に持ち帰って、エドナの畑で栽培する。子供達が安全に月桂樹の葉を収穫出来るようになるんだ」
「本当か!? 魔力がどうとか言われてただろう?」
子供達の引率で森に来る度に、何度月桂樹を持ち帰れたらと思ったことか。ハウノはバルドの話に喜び、興奮したように振り返った。
それにバルドも嬉しそうに頷く。
「ああ。薬売りの子供が教えてくれた。詳しくは後でな」
「……わかった。こっちだ」
若木の生えていた場所は、薄暗い森の奥でも日が僅かに差し込む開けた場所だ。鳥が種を運んだのかは定かではないが、そこには背丈がまだ二メートルあるかないかの若木が、雌株も雄株も混ざって何本も生えていた。
「花の色が違うらしいんだが、わかるか?」
バルドがいくら見比べても違いが判らない。同じ木なのだから当然と言えば当然なのだが、マリールが見れば花が無くとも違いが判るのだろうか。
「いや……適当に数本持って帰ればどうだ? この大きさくらい、バルドの鞄なら入るだろう」
「それもそうか」
ハウノにも聞いてみるが、やはり判らないようだ。ならば無作為に選ぶしかない。バルドは四本の月桂樹を選び、ホビット達に土魔法で根から掘り起こして貰うと、空いた酒樽に植え替えて拡張鞄へと仕舞いこむ。
「ふかふかしてる土が良いって言ってたぞ、マリーちゃん」
「こんくらいかな~?」
「もっと要るんじゃない?」
マリールが言うことには、ふかふかの土は落ち葉が腐ったもので、微生物や栄養が豊富に含まれて居るのだそうだ。そのふかふかの土をホビット達が選び、酒樽六つ程の土も一緒に拡張鞄へとしまった。これだけあれば十分だろう。
月桂樹を四本採取してさらに広くなったこの場所を見渡して、トートが思案するように顎に手を当て、ハウノを見上げる。
「ついでにここに家建てる? 開けてるし」
まだ残っている月桂樹と木を掘り起こした跡を利用すれば、良い感じの家が建つだろう。トートの中では既にイメージが出来上がっているようだ。
「ハウノおじさん、街に帰らないのか?」
「ここに住むの?」
森に家を建てるという事は、もうメルクの街に戻らないのかと不安そうに聞いてくる子供達に、ハウノは目線を合わせるように屈んだ。
それから、ぽんぽん、と子供達の頭を軽く叩いてから、重要な秘密任務だとでも言う風に、キリッと引き締めた顔で子供達の目をじっと見つめる。
「――そうだ。これから悪者と戦う準備をするからな。だから俺がここに居る事は絶対秘密だぞ? わかったな、ちび達」
「「「「わかった!」」」」
真面目なハウノの顔に、子供達もハっ息を呑み、それから唇を引き締める。自分達も重要な任務を負った一端の冒険者だという、頼もしい表情だ。
ハウノが破願して四人いっぺんに抱きしめ、わちゃわちゃと頭を撫で回すと、嬉しそうに子供達も笑った。
ハウノが上手く子供達を言い包めたところで、ラルムとサルムが、若木を掘り起こした窪みをさらに掘り下げていった。そこに固い土の短い柱を何十本も立ててから、雨が降っても浸水しないように溝を掘り、溝から繋がる排水口を深く何本も掘っていく。
柱の上には、トートが鋼蜘蛛の糸で板状に伐採した生木をバルドが炎で炙り、焼き板にしたもので小屋サイズの四角い部屋を組み立てた。それを覆うように土魔法で固い壁を作り、目立たないように横から鉤型に伸びる煙突の穴も開けてある。
さらに柔らかい土を被せてその上に木を何本か植え込めば、半地下造りの簡易ホビットの家が完成だ。下草でも生えれば見事にただの小山である。今はまだ土剥き出しの小山を、早速子供達が余った板材に乗り、滑って遊び始めていた。
入り口は月桂樹側に付けられているから、此方からは見えない。これなら再びガルクス達が森にやって来ても、早々見つかる事は無いだろう。
「あ……やべ。嫁捕まえてないのに建てちゃったよ」
ラルムが、しまった、と言う風に額をぺしりと叩く。
「自分の家じゃないからいいんじゃないか?」
「練習と思えばないいじゃん!」
トートとサルムがそう言えば、ラルムも「そっか!」とすぐに納得したようだ。ジンクス的中立百パーセントの確立が崩されるのか見ものである。
「ちび共ありがとうな。随分立派なの建ててくれたもんだ」
ハウノがホビット達の頭を乱暴に掻き混ぜる。ぼさぼさにされた髪に情けなそうな顔をして手を当て直してから、ホビット達がニィっと笑う。
「「「礼はタグが使えるようになったら、うまい酒で!」」」
「はいはい。わかったよ」
しっかり請求してくるホビット達に、ハウノも白い歯を見せて笑う。
「後で他に必要そうなもの持ってくるよ。なんかある?」
ガルクス達に武器も拡張鞄も盗られてしまったので、ハウノには手持ちの物が何も無い。バルドやホビット達がある程度の物資を提供したが、それでも暫く潜伏するには足りないだろう。特に武器が。
「そうさなぁ。肉はその辺で狩れるが、調味料や酒が欲しいな。武器はコイツを使うさ」
ハウノが手の平で弄んでいる武器は、自分を磔にした二本のナイフだ。それを言った時のハウノの顔は凶悪で、子供達も怯えて思わずバルドの後ろに隠れる程だった。
「それじゃあ、ハウノ。くれぐれも気をつけてくれ」
「あ、そうだ、ハウノのおっさん! これ使って!」
ラルムから何かを投げられ頭上で掴んだ物は。布で出来た玉のようだった。ハウノがそれを良く見ようと顔を近付けると、爽やかな草の香りがする。
「それ、嗅覚のある魔物や獣が寄って来ないんだって。狩りする時以外は肌身離さず持ってて!」
「わかった。ありがとうな!」
ハウノが手を振れば、子供達もホビット達も手を振り返す。バルドも軽く手を上げて、入ってきた森の道を辿っていった。
夕刻までには帰ると言ったのに、もう陽が落ちかけている。今から戻るとその陽も完全に落ちている頃だろう。バルドは留守番を約束させた時の、少し拗ねたマリールの顔を思い出していた。
「……急ぐぞ」
「「「りょうかーい!」」」
バルドが呟くようにそう言えば、ホビット達も異論無しと声を上げる。バルドは子供達を両肩に二人ずつ座らせて、落ちないように手を添えてやった。
「こ、怖いおっさん、落とすなよ!?」
「大丈夫だ」
「絶対だぞ!?」
急に高所に置かれるものだから、マルクもビートもおっかなびっくりでバルドに何度も確認してしまう。だが常とは違うその視界に、ティーヨとクリルは楽しそうに目を輝かせていた。
「「きゃーっ」」
「「うわーっっ!!」」
バルドが子供四人を肩に乗せたまま走り出す。最初はおっかなびっくり怖がっていた子供達も、乗り物のように早く走るバルドに次第に楽しくなったようだった。
行きの時とはウソのように違い、帰りは獣も魔物も一匹も飛び出して来なかった。門番も顔見知りの警備兵で足止めされる事も無く、バルド達は順調に冒険者ギルドへと戻る事が出来た。
だが、何時もは通りまで窓から明かりが漏れている筈なのに、今日は暗いままだ。
「あれ? 灯かり点いてなくね?」
「ほんとだ。アエラウェさん達まだなのか?」
「俺、帰ったら即マリーちゃんの作った晩御飯食べれるつもりでいたのに……」
サルムが「ぐぅっ」と鳴る腹を抑えて、眉を情けなく八の字にして呟いた。
釣られるように鳴る腹に、子供達も同じように眉を下げる。
バルドも灯りが点いていない事に不思議に思いながらも冒険者ギルドの扉を開けるが、しんと静まり返ったギルド内にはアエラウェもマリールも居ないようだった。
月明かりで僅かには見えるが、いつもはアエラウェが付けていてくれている照明を灯り取りの魔石で付ける。
「……居ないな」
改めてギルド内を見回してみても、アエラウェとマリールの気配は無い。二階に居る二つの気配は商人とその従者だろう。
「なあ、怖いおっさん。俺達早く孤児院に帰らないと……」
バルドのズボンの太腿を、不安そうな顔をしたマルクが、つんつん、と引っ張る。採取依頼でこんなに帰りが遅くなったのは初めての事だから、きっと孤児院のちび達も心配しているだろう。
「あ、ああ、そうだな。ちょっと待ってろ」
不安そうにマルクに言われて、バルドも慌てて受付カウンター内に入る。
受理した依頼を完遂した事をタグに記すのは、商業ギルドにあった、黒曜石のように真っ黒な石に、細かな文字がみっしりと刻まれていたものと全く同じものだ。
その台座に子供達のタグを置き、バルドが依頼完遂の魔術式を展開すれば、術式は鈍く光ると四つに分岐して、それぞれのタグヘと吸い込まれていった。
これで依頼達成の信頼度も蓄積され、正確に人数分で割られた報酬が、それぞれのタグに入金された事になる。
「良くがんばったな。もう暗いから送っていこう」
バルドが子供達を送って行こうと、受付カウンター内から出ようとすれば、トートが大丈夫だと言う様にバルドを手で止めた。
「俺等で行って来るよ。ギルマスはマリーちゃんの帰り待っててやって」
「そうか……頼む」
トートの気遣いに、バルドも素直に甘える事にした。マリールの顔を少しでも早く見て安心したいと思ったからだ。
「腹減ったから買い食いしてこうぜ! 孤児院の飯もう終わってるだろ?」
「あ……そうかも」
「もう無いよな……」
「「おなかすいた……」」
ラルムがそう言えば、子供達も晩飯の事を思い出し、悲しそうにお腹を撫で摩る。孤児院の食事時間はきっちり決まっていて、少しでも遅れれば食事抜きなんて事は当たり前だった。きっと今夜はご飯抜きで叱られてしまうだろう。
「でも、勝手に食べさせてもらうと怒られるし……」
マルクが心配そうにそう言えば、トートが笑った。
「どうせ遅くなって叱られるんだ。外で食べて叱られるなら、俺達も一緒に叱られてやるよ」
「まかせろ。俺達叱られ慣れてるからな!」
「俺等レベルだと、説教なんて右から左に流すのもプロ級だぞ!?」
「兄ちゃん達……それ自慢にならないよ」
大人としてどうなんだと呆れる子供達に、ホビット達は唇を小さく尖らせ肩を竦めて見せた。子供達に呆れられるホビット達に苦笑いしながら、バルドが鞄に手を入れる。
「なら、俺のを使え。肉以外もあったら食わせてやってくれ。――それと、ギルドに戻って来る時に俺達の分も頼む。一応またエドナ達のもな」
「「「了解」」」
バルドが投げて渡したのは、先日ホビット達が夕飯を買って来るのに使った半欠けのタグだ。トートが受け取ると、ホビット達は子供達を孤児院へと送り届けにギルドを出て行った。
子供達とホビット達が居なくなった途端、再び しん、と静まり返るギルド内に、バルドは言いようの無い不安を覚えた。
マリールが来てからたった四日。それまでは偶にホビット達が馬鹿騒ぎをしていたが、たった四日とは言え、連日賑やかだったのは初めての事だった。
慣れつつあった騒がしさが急に静かになると、寂しさも同時にやってくる。
アエラウェが一緒なのだから心配は要らないのだろうが、早く元気な顔が見たいと、心が急いていく。バルドは鞄から薬瓶を取り出すと、手に乗せて眺める。
「マリール……。早く帰って来い」
バルドの呟くような声は、ギィっと重そうな扉を開ける音で、掻き消された。




