058. 黒塗りの馬車
ホビット達が子供達を連れて広場へやってくると、あちこちの店や屋台で燈されている明かりが、すっかり広場を夜の顔に変えていた。
子供達はこんな遅くに出歩いた事がないものだから、昼間とは違うその賑やかな雰囲気に瞳を輝かせている。その手には既にホビット達オススメの焼いた肉串を何本も持っているのだが、数本は肉の間に野菜が挟まっている串も混ざっていた。マリールの野菜推しはホビット達にも少しは浸透しているようだった。
「あ! モルガおねえちゃんだ!」
肉串のタレで口周りをべとべとにしているティーヨが、広場にある噴水前を横を横切ろうしている女性に気が付いた。
括れた腰から繋がる、美しい曲線を描く大きな桃尻。身体の線を強調しているそのドレスは、下品にならない程度に尻から裾に向けて広がりを持たせたものだ。この極上の女性美を持つ尻には、ホビット達も見覚えがあった。
「――ああ! あのなんか、すんげーキラキラひらひらした店の!」
「アエラウェさんとマリーちゃんが今日行った店だろ?」
「てことは、店もう閉まってるのか……?」
それならもう、マリール達は入れ違いに冒険者ギルドに帰っているかもしれない。それにしてもいい尻だとホビット達は鼻の下を伸ばし、でれでれと脂下がった顔でモルガの後姿を眺めていたのだが、ガラガラと響く車輪と蹄の音が近付いて来る事に気が付いた。
噴水の前に一台の馬車が停まる。華美な装飾が施されていない黒塗りのシンプルな馬車は、一見質素な物に見える。だがその黒は樹液を何度も重ね塗りして出した光沢のある黒で、貴族が忍んで出掛ける際に使う馬車のようだった。
モルガの前で行く手を阻むように停まったその馬車は、モルガを招き入れ、ゆっくりと動き出す。
モルガが馬車に乗る際、一瞬揉めているように見えたのだが、気のせいだったのだろうか。トートは訝しげに眉を顰め、遠ざかる馬車を目で追った。
「――ちび達、あの女の人知ってるのか?」
馬車から目を離さないまま、トートが子供達に聞く。するとティーヨとクリルは嬉しそうにモルガについて語り出した。
「うん! 僕達にもいつも優しくしてくれるんだ。ルルナがモルガおねえちゃんのお店が好きで、時間があるとしょっちゅう行くから皆で迎えに行くんだけど、いつもお菓子くれるんだ」
「貴族に殴られそうになった時も庇ってくれた!」
マルクもビートもそれには頷いていたが、他に何か思う事があるようだ。微妙な表情で顔を見合わせていた。
「……でも俺、あの店変だと思うんだ」
「変?」
マルクが躊躇いながら口にした言葉に、トートも思いがけず眉を上げる。
「偶にルルナが店の中にも入れて貰ってて、その間俺たちはルルナが出てくるのを外で待ってるんだ。前にまたルルナが朝から居なくなったから、きっとあの店だと思って外で待ってたんだけど……」
言い淀んだマルクの言葉を継いで、ビートが言う。
「待ってる間に店に入って行った女の人が、出て来なかったんだ」
「見落としただけじゃないか?」
ずっと見ていた訳でもないだろうにと、ラルムが口を挟む。ビートはそう言われてしまえば途端に自分の記憶に自信を無くし、視線を落とした。
「うーん、そう、なのかな? 俺達昼前には帰ったし、ずっと見てた訳じゃないから」
「でもさ、あの店で貴族の女の子が居なくなったって、その子連れてた大人が騒いでるのも見たよ。目を放した隙に店から出たんじゃないかって探してた」
「……ああ、あの時大騒ぎであの店に近づけなかったから、ルルナも残念がってたっけ」
マルクとビートの話を聞きながら、トートは考え込むように顎を撫で擦る。それから意を決したように、ラルムとサルムに告げた。
「……なあ、俺ちょっと追ってみるわ。街中走る馬車なら追い付くし」
「は!?」
「なんで!?」
トートの突然の言葉に、ラルムもサルムも驚きの声を上げる。
「一度だけなら見落としかもしれないけどさ、何度もあったらおかしいだろ」
「そりゃ……そうかもしれないけどさぁ」
「――ラルム。お前も一緒に行って来いよ。孤児院なら広場から直ぐだし、ギルマス達には俺から伝えとく」
孤児達が世話になっている孤児院は教会の裏手に隣接されている。教会は街の広場から山側の門に繋がる大通りに面しているから、ここまで来れば直ぐそこだ。サルム一人でも送り届けられるだろう。
サルムの言葉に、ラルムもこくりと頷いた。
「……わかった。一応何かあった時の為に目印付けてくから、帰ってこなかったら頼む」
「うん。気をつけて」
「後でな。ちび達、またな!」
「おねしょすんなよ!」
トートとラルムは、サルムと子供達に手を振って駆け出した。二人はその小さな身体を生かし、人混みを縫うように進み、あっという間に姿を消してしまった。
「にいちゃん達、足速いなぁ」
「もう見えない……」
「誰にもぶつからないで走って行ったぞ!」
「俺も駆けっこがんばったら、にいちゃん達みたくなれるかな?」
子供達が憧れるように言うものだから、サルムは戯けた様に肩を竦ませて見せた。
「ばーか、俺達はホビットだぞ。ちょっと器用で足が速いくらいしか自慢が無いんだから、ちび達に真似されたら困るだろ? ちび達はちび達で、得意なのをもっと得意にすればいいんだよ」
「「「「そっかー!」」」」
子供達はやる気を出したようで、鼻息も荒くして目を輝かせた。これからどんな風に大きくなるのかなと、サルムは楽しそうに目を細めて子供達を見つめた。




