053. 百合の花の香り
昼食を済ませたバルド達は、罠に掛かった鳥型魔獣の使えそうな素材と魔核を拾い集めてから、森の中間部へと進んでいた。
だが、ハウノが見つけていたと言う月桂樹の若木はなかなか見つける事が出来ず、若木を捜し求めてさらに奥へと入っていく。
森の奥に行けば行くほど強い魔物が出てくるものだが、マリールの獣避けの布玉のお陰で、その数は減らされている。
――その筈だった。
「……っおかしいって! これスタンピードの前兆か何かじゃないか!?」
際限なく沸いては襲い来る魔獣達に、ラルムが苛立たし気に叫ぶ。繰り出す土魔法で出した石槍も、威力と速度が段々と落ちている。
疲労を感じ始めたサルムは、涼しい顔で鋼蜘蛛の糸を操るトートに唇を尖らせた。
「トート! 糸で遊んでないで、ちゃんと戦えって!」
「俺これ好きなんだよ。 なんかかっこいいじゃん?」
網のように糸を巡らせれば、獲物が勝手に掛かるのだ。こんなに楽な戦い方はない。そう言いながらトートがピンと糸を弾けば、糸を伝う魔獣の血がサルムに向かって飛び散っていく。
その血を避けてサルムが「ずるい!」と叫ぶと、ラルムも同調して頷いた。
「それに糸で細切れになってさ、きれいに素材取れないじゃん!」
「そうだそうだ! 無駄無駄!」
「え~……? しょうがないな~、もう」
ラルムとサルムのするように、しょっぱなから土魔法で倒していれば、魔力の自然回復が追い付かなくなってしまう。トートは考えた上で鋼蜘蛛の糸で戦っていたのだが、実際そうも言っていられない程の鳥型魔獣の大群が、バルド達を襲って来ていた。
張り巡らせた糸に掛かる死骸の油のせいで、糸の切断効果も鈍くなっている。トートは軽く舌打ちをすると、糸を巻く魔道具で瞬時に糸を回収してから、どかりと地面に胡坐をかいて座り込む。
そして両手を高く振り上げたかと思うと、次の瞬間には両手を地面へと強く叩き付け、また振り上げるのを繰り返す。その度にトートの叩いた地面はまるでバチで打った太鼓の打面のように静かに震えて、その上にある礫をビンと小さく跳ね上げさせた。
それを見たラルムとサルムがぎょっと目を見開いて、慌てて前線からバルドと子供達がいる場所に、猛ダッシュで駆けていく。
「退避ー! 総員退避ー!!」
「身体に穴開けたくなかったら、死ぬ気で走れぇー!!」
「おまえらなぁ……! もっと計画的にやってくれ!!」
突然の退避行動にバルドは子供達を両脇に二人ずつ抱え、全力で走る。
バルド達がトートから十分離れたのを見届けたトートは、今度は左右の手でリズム良く叩く動作に切り替えた。トートが地面を叩く度に、その振動は偉力を増して、波紋のように広がっていく。
トートの叩くリズムが段々と早く、強くなる。そして一際大きく叩いた瞬間に、石の礫は弾丸のように、空へと高く跳ね上がった。
トートに鋭い爪を引っ掛ける寸前だった大烏の魔獣も、嘴で貫こうと迫っていたものも、旋回して速さを増していたものも、空を埋め尽くしていた鳥の魔獣全てが礫で貫かれた。蜂の巣状に穴を開けられた大量の鳥の遺骸が、血を噴き出しながら地面へと落ちていく。
鋼蜘蛛の糸を使っても、土魔法を使っても、トートの戦い方は変わらずグロかった。
「もー! 素材また取れないじゃん!」
「魔石も壊れてるの多いし、も~……」
「なんだよー。おまえらだって似たようなものだろー?」
ラルムとサルムに大変不評なトートの土魔法。
魔物の群れも一気に始末出来るが、辺りは大惨事になるのが偶に瑕だ。
「にいちゃんたち、強いけどなんか……」
「冒険者として、どうなんだ?」
「これじゃあ素材売ることも出来ないよ……」
「……うっぷ」
そして子供達にも大変不評のようだ。あげくに冒険者として先輩面をしていたのに、収入の心配までされていた。
これには流石のホビット達も居心地悪く、不貞腐れた様に唇を尖らせる。
「まいったな……。こう頻繁に鳥に襲われていたら、目的の月桂樹を探せん」
落ちた魔獣のあまりの数の多さにバルドが愚痴を零すと、ここぞとばかりにホビット達がバルドに八つ当たりを始めた。
「もういっそ、魔物出てきたら焼き払っちゃえば~?」
「そうだよ、ギルマス。何もしてないじゃん。ギルマスのくせに」
「そうだよ。素材駄目にする筆頭のくせに」
「「「「……」」」」
先輩冒険者達の醜い非難合戦が始まる。子供達は呆れた様にそれを眺めながら、付いて来たのは誤りだったかと、行きたいと言ってしまった事を早くも後悔していた。
だが、ぎゃいぎゃいと煩く騒ぐ声の中、ふと、ティーヨが何か嗅いだ事の無い嫌な匂いを嗅ぎつける。僅かに風に乗って漂ってくるその匂いは、とても不快な匂いだった。
「――ねえ、なんか変な匂いする」
「ティーヨ?」
ティーヨが眉間に皺を寄せながら鼻をひくひくと動かして、匂いの元を懸命に辿る。マルクもビートもクリルも、それにホビット達も同じように鼻をひくつかせて、そして一様に顔を顰めた。
「……ほんとだ」
「――なんだ? この匂い」
「嗅いだ事ある……多分、腐臭だ」
「「「「!?」」」」
「……子供達を頼む。俺が見てくる」
「気をつけて、ギルマス」
匂いはバルド達が立つ場所から、さらに森の奥から漂って来ている。バルドが匂いを辿り近づいていけば、鼻が曲がるような強烈な匂いと、百合の花のような強い香りが混ざり、濃くなっていく。
枝を掻き分けさらに奥へと進み、その先に見えた光景に、バルドは目を瞠った。
木に磔にされた人影。既に腐りはじめている馬や人の遺骸が、山と積まれていた。その死肉を獣や魔獣達が群がり貪っている。
バルドが一歩近づくと、バルドの持つ獣避けの布玉に反応したのか、獣と魔獣はじりじりと後退り、離れていった。
バルドがゆっくりと磔にされた人影へと近付いて行くと、その首には何かの袋が掛けられているのが見えた。バルドは恐る恐る腕を伸ばし、その人の心臓に手を当てる。
「……ハウノ」
何の反応も返さないその人の胸は、命が終わっている事を示していた。
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