052. 森でごはん
「――あ! あれだよ、月桂樹!」
一番歳が下のティーヨとクリルが、いつも採取している月桂樹を見つけて駆け出した。マルクとビートもそれを追うように駆けて行く。
子供達が向かった先に見えるのは、枝を大きく広げ葉を茂らせている、十メートルをも超える巨木だった。
「あーこれこれ! 懐かしいな~」
「確か白い花と黄色い花のがあるよな。どっちが良いんだ? 花咲いてないから見分けつかないけど」
「両方あれば問題無いんじゃね? 問題は、この巨木をどうやって持って帰るかだけど……」
「……入らんな」
流石のバルドの高性能の拡張鞄でも、この巨木を二本ともなると入らない。その上確か、マリールには土も持ち帰るように言われていた。
「まだ小さい木なら、もっと奥に入るとあるみたいだよ」
「前にハウノおじさんが、持って帰れたら楽に採取出来るのにって言ってた!」
「ハウノ……」
ハウノも子供達を気に掛けていた事に、バルドは胸を熱くする。やはりハウノは尊敬すべき冒険者だ。何より子供達にも泣き叫ばれないし、漢っぷりが良く女にもモテる。バルドの憧れとも言えた。
「そんじゃ、もうちょっと奥行って見る~?」
「ちび達どうする? もっと強い魔獣とか出てくるかもだけど」
「二手に分かれるか?」
「「「「行く!」」」」
「「「……ええ~?」」」
ホビット達が子供達の引率と木の採取にどう別れるかを話し始めると、子供達が行く気満々になって目を輝かせていた。
男の子は未知の場所に行きたがるものだ。その場所が危険と分かっていても、溢れる好奇心は抑えられない。森の奥に入れば、見た事が無い良いものがあるかもしれないのだから。
置いて行かれてなるものかと、子供達は口々に連れて行けと主張する。
「「行きたい!」」
「ハウノおじさんは危ないって連れてってくれなかったけど、兄ちゃん達強いんだろ?」
「怖いおじさんも強いし……悪者だけど」
「「おじさん悪者なのか!?」」
「「「ぶはっ」」」
ビートがぽつりと付け足せば、ティーヨとクリルがビクリと身体を跳び上がらせて、マルクとビートの背後へと隠れてしまう。その兎のような逃げ方に、ホビット達は堪らず噴き出してしまった。
「……」
子供達から悪者の称号を得てしまったバルドは、顔に表情が出ないものの、実はとても落ち込んでいた。少しは懐いてくれたかと思っていたのだが、やはりエドナが言うように、マリールと一緒でないと子供達は懐いてくれない様だ。
実際はそのマリールが嫁なせいで子供達に悪者扱いされているのだが。
マリールは今頃アエラウェと共に、あの近寄りがたい少女趣味全開な店で楽しく買い物をしている頃だろうか。早く帰って、マリールの笑顔を見ながらうまい飯が食いたい。
バルドはそっと腰の拡張鞄に手で触れた。中にはマリーが用意してくれた弁当が入っている。
マリールと出会ってまだ五日。バルドは既に精神的に依存し始めているようだった。
「……飯、食うか」
「やっりー! 待ってました!!」
「腹まだ減ってないけど、食べたくて仕方なかったんだよな~、肉餅ってやつ!」
「これも俺等が作ったんだぞー? ありがたく食えよ、チビ達!」
「「「「食べる!」」」」
せっかくの弁当をゆっくり堪能したいという事で、ホビット達は張り切って周囲に罠を仕掛け始める。
月桂樹を軸に扇形に囲むように、ラルムとサルムが土の柱を何本も立てて、トートがお得意の鋼蜘蛛の糸を細かく張り巡らせていく。
よっぽど弁当が楽しみで張り切ったのか、気づけば月桂樹を主軸に、かなり広範囲の罠が張り巡らされていた。
サルムが手洗い用に水を出し、皆で手をきれいに洗う。出掛ける前に、マリールから食べる前に必ず手洗いうがいをさせてくれと言い聞かされていたからだ。
そして自分達も子供達と一緒にマリールの言い付けを守った。破ったら何か罰がありそうな気がするのだ。晩御飯抜きとか、おやつ抜きとかの恐ろしい罰が。
皆がきれいにした所でバルドがマリールに預かっていたお弁当を取り出すと、たちまちほわりと食欲をそそる香りが、バルド達の鼻をくすぐった。温石も一緒に包んだから、まだ十分温かい。
もう既に涎を垂らしているホビット達は最後にして、バルドは子供達から順番に手渡した。先程までバルドを悪者と呼んで警戒していたのに、すっかり忘れて手ずから受け取ってくれる。バルドはそんな子供達に、思わず目を細めて笑った。
だが、バルドの笑みは凶悪で、その顔を間近で見た子供達はビクリと身体を強張らせてしまった。産まれ持っての容姿は仕方ない事とは言え、うまくいかないものである。
バルドはまた落ち込みながらも、食事の号令をかけた。マリールが必ず言う、あの言葉だ。
「……それじゃ、食べるか。いただきます」
「「「いっただきまーす!」」」
「「「「いただきます!」」」」
皆が急く様に、それぞれ自分達の分の大きな葉の包みを開けて、両手の平程の大きさの平たいパンに噛り付く。
朝食べた胡椒餅というパンとはまた違い、何層にもなった生地の間に野菜と肉が挟まって、何とも食べ応えがあるパンだ。その肉に、皆が夢中でパクパクと食べていった。
あという間に食べ終わったラルムが、口元を袖で拭いながら興奮の声を上げる。
「うっめぇな~……! なんつーんだっけこれ?」
「確か『肉餅』って言ってた。それにしても同じ材料で、こんなに違うの出来ちゃうのか!」
「雑草変えてたけどなー!」
「「「「雑草!?」」」」
サルムの言葉に、子供達が驚いて食べるのを止めた。あまりの驚き様に、トートが可笑しそうに説明をしてくれる。
「そ。マリーちゃんの料理は雑草が入ってるんだよ。なんか実はそれが薬草だったとかで、身体にいいんだってさ」
「へぇ~」
「俺達と同じくらいの子なのに、料理出来るのか……凄いな」
「ルルナねえちゃん、この前鍋ごと焦がしてた……」
「あいつ火魔法の加減が下手なだけだよ。……味付けも下手だけど」
わいわいと賑やかに進む昼食の合間に、バルドは瓶に詰めて渡されたお茶も人数分注いで渡してやった。僅かに花の香りのする茶は、口の肉油もスッキリと胃に流し込んでくれる。
トートが一息ついてから、はて、と首を傾げた。
「そういや、野菜ないの? マリーちゃんいっつも野菜推してくるじゃん」
「あるぞ。出すか?」
「やっぱあるのかー……」
「食べるよ。でないと帰ってばれたらマリーちゃん怒りそうだし」
バルドも野菜は無くても良い派なので出さずに居たが、サルムの言葉に、それもそうだと野菜の皿を取り出した。大きな深皿の中にはトマトや玉ねぎ、緑瓜の角切りに、小さな丸いチーズのピクルスがやはり薬草を散らされて盛られている。
「あ、意外とうまい」
「ほんとかー……? ほんとだ!!」
「肉餅ってパン、美味しいけど油っぽかったから合うな!」
「「おいしー!」」
「兄ちゃん達いいなぁ……。孤児院だと固いパンとクズ野菜のスープで、ごちそうの時はちょっと肉が入るくらいだよ」
「それでもありがたいけどな……」
「……」
しんみりしてしまう子供達とバルドを明るくさせようと、トートが笑いながら言った。
「ちび達も頑張れば、すぐにこんなご馳走食べられるようになるって!」
「そうだぞー。次に冒険者ギルドに依頼受けに来る時は、食堂も開いてるかもしれないしな!」
「そしたらギルマスが食わせてくれるってさ!」
ラルムとサルムも盛り上げるように付け足せば、子供達は顔を明るくさせて、期待を込めた目でバルドを見る。
「「「「ほんと!?」」」」
「――ああ。だが、孤児院や教会の大人には内緒に出来るか?」
食べさせるくらいならばいくらでもしてやりたいが、バレると孤児院を運営している教会が何かと小煩い。それどころか、勝手に自分達だけで食べ物を恵んで貰ったと、子供達が折檻される事もあると言う。
エドナは孤児院の子供達の為に野菜を寄進として定期的に持って行くのだが、それも子供達の口にはクズ野菜以外、殆ど入らないと言っていた。
バルドが子供達のことを危惧してそう言えば、マルクは少し迷い、それから誘惑を払うように首を振って笑った。
「……うーん。でもチビ達にも悪いから、やっぱいいや!」
「美味しいもの食べちゃうと、孤児院の食事我慢できなくなりそうだし……」
「「……うん」」
「……そうか。偉いな、お前達は。ちゃんと下の事も考えてるんだな」
マルクに続き、ビートと小さなティーヨとクリルまで。弟分達の事を思い、ちゃんと我慢をして見せた。
子供達の芯の強さに心打たれたバルドは無意識に手を伸ばし、気付くとマルクの頭を撫でていた。
(しまった!)と思っても、もう遅い。子供達にとっては恐怖対象であるバルドに急に撫でられて、きっとマルクは泣き叫ぶだろう。
だが、馬鹿な事をしたと後悔するバルドの心とは裏腹に、一時は突然の事に身体を強張らせたマルクだったが、バルドの意外と優しく撫でる大きな手が気持ちよかったのか、くすぐったそうに首を竦めて、はにかんで見せた。
それを見ていたビートが何故か、ぐい、と己の頭をバルドの前に差し出した。
「……怖いおじさん。俺も撫でて」
「僕も!」
「僕だっこしてほしい!」
突然己に懐き出した子供達に、バルドはえらくたじろいだ。だがすぐに嬉しそうに笑いながら、順番通り子供達の望む通りにしてやった。
「……怖いおじさん、笑うともっと怖いけどいいやつかもな」
「まだわからないぞ。子供好きで嫁にするか?」
こっそり話すマルクとビートの会話を聞いて、ホビット達は腹を捩じらせるのだった。
腹も満たされ、急降下していたバルドの好感度も僅かに回復したところで、トートが罠を回収し、出立の準備を済ませようと立ち上がる。だが、周りを見回すなり眉をへの字に下げた。
「魔物避けに罠張ったはいいけどさー、失敗したな……」
トートの言葉に子供達も周りを見回すが、マルクとビートは見るなり、うっと眉を顰め、クリルとティーヨは食べたばかりの美味しいものが口から出て来てしまわないよう、必死で手で押さえ耐えている。
バルド達が食事をした周囲には、糸に気付かず突び込んだ鳥型の魔獣達が、ぼとぼとと細切れにされ降っていた。食事している真上から落ちなかったのだけは、幸いである。




