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お薬いかがですか?  作者: ほる
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050. ルルナ


 暗闇を照らす灯かりを手に入れた事で心に余裕が出来たのか、マリールは引き摺るような音を思い出す。恐らくそれ程離れていない場所からマリールの腕にルルナが触れるまで、かなりの時間が掛かっていたのだ。


「ルルナちゃん。さっき引き摺るような音がしたけど、もしかして足を怪我してる?」

「……うん」

「ご、ごめんね!? こっちに来れるかなんて言って……!! どっちの足!?」

「ううん、もう痛みは無いの。歩きにくいだけ」

「!?」


 マリールが慌ててランタンを近付けルルナの足を照らすと、左足の膝から下が、あらぬ方向へと向いている。この暗闇の中、ランタンの灯かりだけでは分かりづらいが、恐らく骨折した上に圧迫され、壊死しかけている。


 マリールは慌てて背負い鞄を開けると、黄色い薬瓶、数種の薬草、それから消毒用に使っている酒精の強い酒とナイフ、清潔に洗った布をいくつも取り出した。そうして大きな布を広げた上に背負い鞄を置き、ルルナの背を凭れさせて座らせる。


 だがマリールは、そこまでして動きを止めた。


 壊死を起こしている足は切り落とすしかない。放って置けば数日の内に毒素が筋細胞から血液に漏出し身体中に回り、命までもが危険になる。

 けれどまだ少女のルルナに、麻酔も無く足を切断する痛みを耐えられるだろうか。それにマリールの腕力と小さなナイフだけでは、到底素早く足を切断する事は難しい。



 青色の薬では壊死した組織は治せない。

 黄色の薬は欠損を修復出来るが、壊死した部分を切り落とさなければならない。



(どうしよう……! どうしよう……!!)


 ルルナが何時この怪我を負ったのかわからない。けれど、こうして迷っている間にもタイムリミットは刻刻と迫っている。切羽詰ったような表情で黙り込んでしまったマリールを、ルルナは首を傾げて不安そうに見ている。

 ルルナを不安がらせては駄目だ。そう分かっているのに、焦りを隠し切れない。


 こんな時にバルドが居れば、痛みを感じさせる事も無く、一瞬で切り落とす事が出来るかもしれない。けれどバルドは今、側に居ない。今頃は孤児院の子供達とホビット達と共に、森で月桂樹の採取をしている頃だ。


 呼んでも現れる事なんて無いだろうに、けれどマリールは叫ばずにいられなかった。




「――助けて……! 旦那様ぁ――!!」

「……オネエサマだけといいかしら~?」




 マリールがいくら開けようとしても開かなかった重い扉が、突如巻き起こった轟音と風圧と共に弾け飛ぶ。

 ルルナは咄嗟に地面に伏せて飛ばされずに済んだが、小さなマリールの身体はその風圧に耐え切れずに吹き飛ばされ、ころころとタンブルウィードのように転がっていく。


 転がりながら見た眩い光が差し込む入り口の向こうには、細く長い身体のシルエットが黒く浮かび上がっていた。


「アエラウェさ……!」

「アエラウェ様……!!」


 マリールと同時に、ルルナも驚く。埃と黴臭い落とし穴の底に、突然月の光の化身のようなアエラウェが現れたのだ。


 転がり続けていたマリールは、ぽよん、と柔らかい壁にぶつかり、漸く止まった。


「……っ! いてて、っつぅ~……」

「――やだ! ごめんなさい、マリーちゃん! 大丈夫!?」


 慌ててアエラウェが駆け寄り、マリールを抱き起こしてくれた。幸いな事に、マリールは風にころころ転がされても、打ち身と擦り傷だけで済んだようだ。

 心配したアエラウェがあちこちマリールの身体を触り確かめる手を、マリールはがしりと握った。


「アエラウェさん! いいところに!!」

「え。なあに? 感動の再開にしては空気が違うけど……」

「ルルナちゃんの足を、こう、一瞬でスパッと切り落とせますか!?」

「「!?」」


 マリールの突飛な言葉に、アエラウェもルルナも息を呑む。まさか自分の足が切り落とされようとしているなんて思いも寄らず、ルルナは青い顔をして、じりじりと尻をついたまま後退さる。


「足が壊死してて、すぐに切らないと死んでしまうんです……! 今は平気に見えても二日前に骨折して圧迫されたなら、もう時間が……!」


 マリールが必死な様子でアエラウェに訴える。その切羽詰った表情に只事ではないと感じ取ったアエラウェは、真面目な顔でこくりと頷いた。


「――出来るわ。切り落としたら、すぐに薬を飲ませたいのね?」

「はい!」


 やりたい事を分かってくれた。これでルルナを救う事が出来る。アエラウェが来てくれた事にほっと緊張を解いたマリールだったが、ルルナは恐怖に首を何度も横に振った。


「……や、やだ! 私の足、なくなっちゃうの!?」


 ルルナが怖がるのも無理は無い。それでもルルナを助ける為に、どうしても耐えて貰わなくてはならない。


 マリールはルルナを何とか説得しようと試みる。


「ごめんなさい、怖いよね? だけど一瞬で痛みは無くなるし、新しい足に換わるだけだから……」

「意味わからないよぉ……!!」


 そりゃそうだ。と、アエラウェも思った。


 マリールの薬の効果を目の当たりにするまで、アエラウェも信じる事が出来なかった。ルルナはその効果を見てもいないのだから、当たり前だ。頭のおかしい子供が意味不明な事を言っているようにしか見えないだろう。


「大丈夫よ、ルルナ。私を信じて」


 アエラウェがそっとルルナの側に膝を付き、慈愛に満ちた表情でルルナに語り掛ける。ルルナの頬を撫でてくれる、ひんやりとした手が気持ちいい。ルルナは孤児にいつも優しくしてくれるアエラウェがこの場に居る事に、心からほっとして力を抜いた。


「……マリーちゃん。黄色いのを」

「はい!」


 アエラウェがルルナを見たままマリールに向かって左手を差し出すと、マリールはその手の平に黄色い薬を一粒置いた。


 ルルナの目には、その粒は黄色い飴玉にしか見えない。花蜂蜜の飴か何かをくれるのだろうかと、ルルナはその飴を物欲しそうに見詰めた。


「ルルナ、私とゲームをしましょう? この飴を口に入れて眼を瞑って、私が名前を呼んだら飲み込むの。出来る?」

「飴を……?」


 飴なのに舐めてはいけないのだろうか。不思議そうに聞き返すルルナに、アエラウェはにっこりと微笑んだ。


「そう、私が呼ぶまで飲んじゃ駄目。その前に飲んだら負けよ。ご褒美は……そうねぇ。私のお気に入りのリボンを貴女にあげる。この前素敵だって言ってくれてたでしょう?」

「リボン……」


 ルルナ達が少し前に、冒険者ギルドへ依頼を受けに行った時。アエラウェはその長い絹糸のような髪をゆるく編み込んで、胸元に垂らしていた事があった。その時アエラウェの髪を結んでいたクリーム色のリボンは、同色の糸で草木の刺繍がされていて、アエラウェの瞳と同じ若草色の花が咲いていた。


 ルルナはあの時のアエラウェの姿を思い出し、頬を染める。

 リボンも素敵だったが、あの日のアエラウェは妖精のように儚げで、教会にある女神像のように美しかった。あのリボンが本当に貰えるのなら、ルルナもアエラウェのようになれるだろうか。



 ルルナがこくりと頷くのを確認して、アエラウェはルルナに黄色い薬を手渡した。飲み辛いだろうからと、マリールが茶入りの瓶も取り出してルルナに渡す。それからマリールが取り出していた清潔な布で、ルルナの目を隠して結んだ。


 アエラウェが光魔法を解除をすれば、灯かりはマリールの持つランタンだけとなる。マリールはランタンの灯かりが広がるように、精一杯腕を高く伸ばして持った。



 目隠しをしたルルナに気付かれないように、アエラウェが左手で静かに水を創り出す。細く細く、そして長く、糸のように水を練りあげていく。



(砂を巻き込めば切断する威力は増すけど……。今回使う訳には行かないわね。――ならば、小さな氷の粒を混ぜて、風圧で威力を増せばいい)



 水魔法に上級魔法である氷、それに風。同時に三種もの魔法を発動させねばならない。アエラウェは額に流れる汗を無視して、水と氷の糸を紡ぐ事に意識を集中させた。


 水の糸に混ぜた氷の粒が、キラキラとランタンの光を弾き、アエラウェの着ている服の長い裾が、ふわりと風に舞う。


 その神秘的な光景に、マリールは息をするのも忘れて魅入っていく。



「――いい?」

「はい、アエラウェ様」



 ルルナはアエラウェに声を掛けられ、水と一緒に飴を口に含んだ。それからうっかり飲んでしまわないように、舌の裏側に飴を隠す。ルルナの膨らむ頬を見届けたアエラウェは、一気に魔力を放出する。



「……ルルナ」



「ル」の音を聴いた瞬間、ルルナは飴をごくりと飲みこむ。名前を言い終わるまでのほんの一瞬、左足に熱を感じたが、気のせいと思える程の一瞬だった。



 名前を呼ばれてから暫くして、目隠しの布が外された。外されるまでは僅かに左足が疼く感じがしたが、それも既に収まっている。それから身体がなんとなく軽く感じる。


 そっとルルナが目を開ければ、ルルナの折れて感覚が無くなっていた左足が、折れる前の状態に変わっていた。ルルナは驚いて目を瞠り、自分の左足をぺたぺたと触る。


 起き上がるのにも痛みが無く、ぴょんぴょんと跳ねても痛くない。



「治ったぁ……!」


 嬉しくなったルルナがぴょん、と一際高く跳ね上がる。ランタンの灯かりではルルナの姿が見えなくなる程、高く、高く飛び跳ねた。



 アエラウェが光の玉を上へと打ち上げる。



 その丸い光の中に、ルルナの宙返りする姿が見えた。まるでそれは、月に棲む兎のようだ。




「――無事に治せて良かった~……」

「ふふ。そうね」


 

 施術が無事成功した事に、マリールはへたりと床に座り込む。飛び跳ね続けるルルナを眺めながら、マリールとアエラウェも嬉しそうに笑った。

お読みくださりありがとうございます。


ブクマありがたいです。

また読んでいただける様にがんばります。

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