04. 作戦失敗
「マリーちゃんの回復薬が、既存レシピ通りじゃないのは解ったわ。でもどうしましょうね、……これ」
アエラウェはマリールの薬瓶を見て、悩まし気に頬に手を当てる。すると、眉間に深い皺を刻み、鬼のような顔をさらに厳つくさせていたバルドが、漸く重い口を開く。
「……なあ、マリール。商業ギルドの薬術士組合でも、傷を作って試して見せたのか?」
「いいえ? この国のどの街の商業ギルドでも、まず挨拶代わりに獣除けの香り袋をお渡ししてですね。その後、薬を見せたんです。でも薬瓶を見せた途端、さっきのアエラウェさんみたいに子供が作る怪しいものを飲ませられないって断られました。それから子供の遊び場じゃないんだよって怒られて、追い出されて……。だから今回、自分で傷を作って自分で試して見せるのは、今までの失敗を踏まえてやってみたんですけど……」
「「「「「……はーっ」」」」」
マリールの説明する経緯に、バルト達は揃って額に手をやったり項垂れたりして、肺の中にある空気を全て吐き出した。そうして落ち着いたのか、アエラウェがまるで赤子に話しかけるように、優しくマリールに語り掛ける。
「マリーちゃん。あのね、すごく色々言いたい事はあるんだけどね」
「は、はい!」
「私もだけど、薬術師組合は先に貰ったこの香り袋を見て判断したのだと思うわ。獣避けの香草なら既に出回っているし。それに男性しか居なかったから、私にくれた魔力回復のは出さなかった。でしょう?」
「あ、はい。男の人は可愛いの貰っても嬉しくないだろうし、それに数分で自然に全回復しちゃうくらい魔力の少ない人ばかりだったので、魔力回復のは必要ないかなって」
「「「「「え゛」」」」」
この国の薬術士組合は、何故だか男性が多く所属している。女性の薬術士も居るにはいるが、何故か彼女らは上層部に上がって来れないのだ。それを踏まえての発言だったが、マリールから出た「魔力が少ない」発言を聞いて、アエラウェは頬を引き攣らせた。
ポーションを作る際には、材料同士の効能を高める絶妙なバランスで魔力を練り込み、薬の回復効果を高める。このバランスを取るのが難しく、薬術士は薬術の知識の他に、ある程度魔力量が多く、コントロールに長けた者が選択する職業だった。
それが、数分経てば自然に全回復してしまう魔力量。
これは生活魔法と呼ばれる、初級魔法程度しか使えない魔力量という事になる。下手すると生活魔法すら使えず、魔石頼りの生活をしているかもしれない。
マリールの話が本当ならば、この街の、いや、この国のどの街の薬術士組合のメンバーも、薬術には足りない魔力でポーションを作っているという事になる。これでは効果なんてある筈も無い。ポーションを完成させるまでに必要な魔力が、全く足りていないのだから。
さらに聞き捨てならない事は、マリールは他人の能力値がタグを介さずに見えていると言う事だ。
目利きの商人や宝石商等が長年培った経験で、時に特技の鑑定を得る者もいるが、彼等は他人のステータスまで鑑定することは出来ない。
魔力が多く魔法に長けた者でも、なんとなく「あ、こいつ俺より魔力あるな」とか、「少なっ。何これゴミかよ」くらいしか解らない。魔力が多いと言われるエルフのアエラウェでさえ、そんな程度だ。
アエラウェはマリールを質問攻めにしたい衝動を抑えて、まずは最も対処しなければならない問題から手を付ける事にした。
「え――と、そうね。ちょっと気になる事いくつも言ってたけど……ええ、そう、まずはポーションね。まず、既存のどんなに上級なポーションでも、ここまで綺麗に傷を治せないわ。軽い傷ならまだしも、こんなに床に滴る程の傷は塞いでも跡が残るわね」
「そうなんですか? でも、切り落とした腕もすぐならくっつきますよ?」
「「「「「……は?」」」」」
「こっちの黄色いのは、欠損した腕や足なんかも生えますし。この赤いのは運が良ければ蘇生も出来ますよ? 流石に亡くなって時間が経ってしまっている方は無理ですけど……」
「「「「「はぁぁぁぁ!?」」」」」
マリールはキョトンとしながらも、またさらにとんでもない事を言い出した。
この世界には回復魔法というものがある。その回復魔法が使える者は教会に囲われ、回復術士として働いている。だが、どんなに腕の良い回復術士でも、重い怪我や病気が治せる程度だ。効果はマリールの青い薬か良くて黄色い薬と同程度だろう。けれど回復魔法を掛けてもらうには、平民ではとても払えない寄進を要求される。
さらに最高位の回復術士でさえも、蘇生の奇跡は起こせない。部位欠損の修復が出来るとの噂もあるが、それも眉唾モノであった。何故なら誰も目撃した事が無いのだから。
男達が大合唱で聞き返すものだから、マリールは信じてくれていないと思ったのか、頬をぷくりと膨らませる。そして血塗れたナイフの刃先を、先程治したばかりの腕に再び当てた。
「も~! 本当ですって!! 流石にここで自分の腕切り落とすには時間も掛かるし、切り落とすのが長引く程、痛いのも長くなるので切るだけにしたんですけど……何ならやりますよ?」
「いやいやいやいやいや! やめて!! お願い! やめて!!」
「十分だ! さっきのだけで十分効果は分かった!! だからそのナイフをよこせ!」
「なんなのこの子……! 酒と鉱石切れたドワーフより性質悪ぃ!!」
「もう俺トラウマだよおぉぉぉぉぉ!! 小さい子が表情も変えないであんな……」
「……ズビッ」
必死で止めるアエラウェとバルドに、怯えるホビット二人と、あまりの恐怖に泣きだしてしまったホビット一人。
マリールは止められた事に「なんでー?」と、不満を漏らしながらも、渋々と血濡れのナイフをバルドに渡した。男達は一先ずマリールから凶器を取り上げる事に成功して、揃って安堵の溜め息を漏らす。
「と、とにかくね? マリーちゃんの薬の効果はとんでもないわ。あたしかれこれ四百年くらい生きてるけど、こんな効果がある薬は見たことないもの。もし薬術士組合でさっきみたいに効果を試していたら……」
「……た、試していたら?」
アエラウェは視線を彷徨わせてから、厳しい表情で口を閉ざした。なかなか続きを言い出さないアエラウェを、マリールは固唾を飲んで見守った。
何を言われるのかと待ち構えているマリールをチラリと見てから、アエラウェは勿体ぶる様に、その形の良い唇をゆっくりと開く。
「……駄目ね。存在を消されるか、良くて監禁ね」
「だろうな」
「「「間違いない」」」
「え~? なんで~??」
アエラウェの意見に、バルドもホビット達も重々しく頷く。
何がどう駄目なのか理解出来ないマリールに、アエラウェは肩を竦めた。
「だ~ってぇ。この国の薬術士じゃあ、こんなとんでもない効果のある薬作れないんだもの。マリーちゃんの回復薬が十個で銀貨一枚なんて安さで出回ったら、今までの詐欺ポーションは、まず売れなくなるじゃない? そうしたら彼等の仕事は無くなるでしょ? すると今度は自分達では作れないから、マリーちゃんを攫って製造方法を聞き出してから消す。もしくは一生監禁して作らせる。あるいは、そんな薬は存在しなかったものとして……」
アエラウェの細められた瞳が、若葉色から霜が降りた枯れ草の色に変わる。底冷えがするような寒気が、足元からじわじわとマリールの身体を這い上がっていくようだ。
マリールの喉が、ゴクリと動いた。
「やっぱり消すわね」
色の変わった瞳に見つめられ、マリールは、ぶるり、と身体を震えさせる。消される云々の話も恐ろしいが、アエラウェの冷たく底冷えのするような瞳も、とんでもなく怖い。
アエラウェの身の毛も総立ちになるような変貌に、正直漏らしそうになりながらも、マリールは異議の声を上げた。
「で、ででででも! この国以外では売れたんですよ? 何故かこの国だけ、販売許可が下りなかっただけで……」
「あら、そうなの?」
その言葉に、アエラウェは拍子抜けして気を殺がれたのか、その瞳はいつの間にか元の若葉色に戻っていた。
冬の枯れ木のような寒々とした気配から、春の若葉のように優しい気配へと戻ったアエラウェに、マリールは ほっ と息を吐く。
「はい。薬術のお師匠様に一人前の許可頂いてから、色んな国でこの薬を広めよう! って、かれこれ半年くらいで二つ国を巡ってきましたけど、どの国も喜んでくれましたよ? スタート地点のエスティリア共和国と、アルメティス皇国では薬術士組合の勧めで、作り方も登録してあります。マージンくれれば誰でも作れるようになってるから、今頃はこっちの粒タイプが主流になってるんじゃないかな?」
マリールの説明に、バルド達は信じられないと目を見開いた。トートが視線だけを動かし、アエラウェを見る。
「……知ってました? アエラウェさん」
「いいえ、初耳」
「ああ。こんなに効果が高い薬なら、あっという間に噂が流れて来ている筈だ」
「俺、知ってたら買い溜めしにアルメティス皇国まで行ってたわ」
「今から行く?」
騒つくバルド達に、マリールはこのゴルデア王国に来てから気になっていた事を口にする。とは言っても、アルメティス皇国から入る、ゴルデア王国の関所の街、ラナン。平野の広がるイルンとカロルク。そして港街メルク。この4つの街で見聞きした範囲だが。
「……他の国だと、この国程ポーションの値段、高くなかったんです。それなのに、一番ランクが低いポーションでも傷を塞いだり軽い病気も直せる効果がちゃんとありました。だからこそ、この国のポーションが博打レベルなんて……」
「思いも寄らなかった」と、マリールは小さく呟いた。
バルド達は顔を見合わす。
マリールが薬を売りながら旅をし始めたのは半年前と最近の事とは言え、画期的な回復薬の存在が他国から噂でも流れて来ないのは、明らかにおかしい。
特にこのメルクは港街で、他国からの出入りも多い。それなのに旅人なり何なりから噂も入らないのは不気味過ぎる。
それに冒険者ギルドは国を跨いで活動する者も多い事から、世界共通して情報の共有をするのが基本だ。マリールが旅した半年の間に、他国の冒険者ギルド本部からゴルデア国の冒険者ギルド本部に情報が届ていてもおかしくはない。なのに来ない。例え冒険者が寄り付かず閉鎖されそうな冒険者ギルドでも、情報は回って来る筈なのだ。
「作り方なら教えてるんですよ? 皆で作れれば怪我や病気で困る人も減るし、安く薬が手に入れば、回復術士に頼れない人も助かる……それが私の旅の目的なんですから」
この世界でマリールが薬術士を目指したのは、回復術士に治療してもらえずに弱っていく人々を見たからだった。
マリールを拾ってくれた養い親が引き合わせてくれた薬術の師匠は、お金が無くて治療できない人にも手が届く薬を日々研究していて、自分の食費も削り骨と皮のようになっても、決して暴利を貪ろうとはしなかった。それが薬術士だと誇らしげにして。
旅して来た二つの国の薬術士達もマリールの薬を教えれば、これで助かる人が増えると心から喜んでくれた。だから薬術士とは、人々の救済を唱える教会よりも、余程奉仕の精神で日々踏ん張って働いているのだと、感銘を受けたのだ。マリールも彼等のようになりたいと思う程。
なのに。そんな彼等に泥を塗るような薬術士が、この国にはいた。
マリールは悔しくて悲しくて、小さな唇を噛み締め、涙が溢れないように目一杯目を開いて堪えた。そんなマリールの目元を、細く骨ばった指先が優しく拭う。
「おばかね……。マリーちゃんみたいに善意の塊みたいな人は……まして人族ではそうそういないのよ? 特にこの国の王様は人族だからか、主だった貴族や権力者は皆人族だし。商業ギルドの職員も薬術士組合も、人族が多かったでしょう? 」
目元を拭われて反って箍が外れれたのか、マリールの瞳から、ポロポロと涙が次から次へと零れ落ちる。
アエラウェは「あらあら」と、苦笑いをしながら、今度は綺麗なレースで縁取られた袖口で、マリールの溢れてくる涙を拭ってくれた。
確かにこの国はやたらと人族が多くて、アエラウェの言うように、商業ギルドも薬術士組合も人族しか居なかった。街でそれ以外の種族を見かけても、下働きや重労働をしている者ばかりで、そればかりか不当に痛めつけられている獣人や小人族の姿も何度も見かけた。
マリールが住んでいたエスティリア共和国は沢山の小さな国が集まって出来た国だから、多種族の人々が分け隔てなく暮らしていたし、次に行ったアルメティス皇国も皇族が精霊の血を引いているとかで、争い事を好まず、友好的ならばどんな種族も受け入れていた。なのに。
「でね? 人族って特に自分の利益だけを求めるの。どれだけ持っていても欲深くて。利益になると分かればその製作者からレシピを奪い、我が物として独占してきた例なんて沢山あるわ。そういった人達は、皆の為に作り方を広めようなんて到底考えもしないのよ」
「こ、こわい……こっちの世界の人間も怖いぃぃ!」
「こっち? ……まあ、どこの国の人族も似たり寄ったりでしょうけど、この国は特にそうなのよ。――それにしても、他国の薬術士組合がレシピ登録を進めてくれて助かったわね……」
「……そうだな。他国で登録されていれば独占する為に製作者を消して、自分がオリジナルだと偽ろうとしても無駄だ。だからせいぜいこの国でだけは自分たちのポーションが紛い物なのを隠す為に、販売許可を出さないようにしているのかもしれん。しかしそれだけにしては、他国からの情報が流れて来ないのが気になるが……」
ゴルデア王国では薬術士組合や商業ギルドだけでなく、冒険者ギルドでも情報統制が行われているのかもしれない。冒険者ギルドは基本、商業ギルドからの圧力は受けず、対等の立場を取る組織だ。だが、国からの圧力ならどうだろうか。国ぐるみで自分達の都合の良い情報だけを国民に与えているのだとしたら。
バルドは思い当たった可能性に、抑えられない殺気を漏らす。鬼岩顔がさらに凄い事になっているバルドに、ホビット達が青い顔をして震え上がった。
「ちょ……! ギルマス抑えて! 抑えて!!」
「オーガ……!ジェネラルオーガになっちゃってる……!」
「もうちょっとするとキングオーガになれるやつ……!!」
「……む。すまん」
バルドの本気の殺気は、何度も死と隣り合わせの戦闘を経験し、精神力が極限まで鍛えられた者でもなければ泡を吹いて倒れる程だ。もしかしたら今頃、隣の民家や通りを歩く住民が倒れているかもしれない。
指摘され、シュルシュルと気を萎めていくバルドに、ホビット達は揃って息を吐き出した。中でも特に知恵が回るトートが、まだ尚止まらぬ震えを誤魔化す為に視線をさ迷わせていると、ある事に気付いた。
結構な修羅場も潜り抜けてき来たと自負するホビット達でさえも震え上がる程の殺気に、アエラウェはまあ影響無いとして、マリールまでもがキョトンとしているのだ。先程、僅かに漏れたアエラウェの殺気には怯えていたのに、何故バルドの殺気は平気なのだろうか。それとも、『異界の迷い子』ならではの特別な理由があるのだろうか。
トートは首を傾げてマリールを見る。
「……なあ。俺、マリーちゃんが『異界の迷い子』だって知ってる奴等が、このままマリーちゃんを逃すとは思えないんだけど。マリーちゃんさ、薬術士組合でタグ提示したんでしょ?」
「ええーと、ですね。商業ギルドの窓口ではタグの裏表提示しましたけど、薬術士組合では試供品差し上げて薬瓶見せたら、タグ提示する隙も無く追い出されました!」
「ありゃま」
薬術士組合では、薬のレシピ登録や販売申請、使用権の契約等の審査の他に、薬の材料も少量だが取り扱っている。材料の中には取り扱いに注意が必要な物も有る為、薬術士でもない者が薬術士組合に入り込まないように、来客があればまず先にタグを確認するものだ。薬術士組合でなくとも、それくらいの情報管理対策はしっかりとられているだろう。
それが、マリールが見逃されていたのは、まさかの職務怠慢のお陰だった。これにはバルド達も呆れ果てるしかない。
「――あれ? この国の薬術士組合って、そんなに酷いの?」
「察しろよ……。詐欺ポーション平気で売ってるとこだぞ」
「まあ、効果が無いポーションに気付かない俺たちも相当酷いけどな!」
「「「笑える!!!」」」
自分達もお馬鹿だったのが面白かったのか、ホビット達はお互いを指差しながら笑い出す。
厄介な国に来てしまったと、バルド達の遣り取りを聞いていたマリールだが、取り敢えず「レシピ登録進めてくれた薬術士さん達ありがとうー!!」と心の中で激しく感謝した。きっとあの二か国は、人が良い国民性に違いない。
「――まあ、そんな理由でな。この薬は冒険者ギルドでも扱えない。もしこの薬の存在がこの国で知れ渡ったらマリールの命が危ない。この国を出るまでは薬を売らない方が良いだろう」
「だ、だんなさまぁ……」
「いや、嫁にはしてない」
身を案じてくれた事に感動して、顔をくしゃくしゃにしながら、マリールはバルトに飛びついた。だが、おでこをバルトの長い腕で突っ張るように抑えられてしまったので、マリールは泳ぐように手をばたつかせた。
こうしてマリールの、薬を冒険者ギルドに卸売りさせて貰おう作戦は失敗に終わったのであった。




