043. ぼったくろう
「ねえ。そろそろ凍結させた雑草、出来てるんじゃない?」
「あ、そうですね! 見てみましょう! 旦那様、これ割ってくださ~い」
フレスカが実験の結果が見たいと言うので、マリールの意識はホビット達が作ってくれた土の密閉ドームへと移る。
土と言っても岩のような硬さだ。ここは筋肉隆々の素敵な旦那様に頑張ってもらうしかない。マリールは瞳を輝かせてバルドを見上げた。
「ああ。割れば良いんだな」
そう言うと、バルドは両手をドームの上に添えて、まるで卵を割るように親指の力だけで、あっけなくパカリと割ってしまった。
力を入れた上腕に力瘤が出来るとか、びっきびきに血管が盛り上がるとか、マリールが憧れてやまない夢の国のような筋肉のアトラクションが全くない。
マリールは口を半開きにして、猫がある種の匂いを嗅いだ時のような、なんとも微妙な表情でバルドを見上げ固まった。
バルドは見たことが無いマリールの反応に、どうしたら良いのか分からずオロついていたが、ホビット達はそんな二人は放置して、割れたドームのさらに中にある、鍋を包んだドームの上部に開けられた穴から中を覗きこむ。
鍋の上に乗せられた皿には、ローズマリーの枝が形を変えずに残っていた。
「……なんか形そのままだけど」
「ほんとだ。でも色はちょっと違くね?」
「マリーちゃーん。これ失敗?」
「あ、取り出して少し手で崩してみてください。砂みたいに崩れたら成功です!」
マリールに言われて、トートは穴から手を突っ込み、ローズマリーを取り出そうとした。だが、少し指に力を入れただけで脆く崩れる感触があった。
「うわ、崩れた!」
「まじで!?」
「ギルマス、これも割ってー!」
「ああ」
中から皿ごと取り出して、今度はサルムとラルムがローズマリーの枝を掴む。すると枝は少しの力でホロリと崩れ、面白いくらいに軽い感触で、まるで砂のようにサラサラとした粉になってしまった。
「「おもしれー! 何これ!!」」
新しい遊びを見つけた子供のように、ホビット達がはしゃいでローズマリーを粉に変えていく。フレスカはその様子に目を細めながら、マリールに話しかけた。
「どうやら成功したみたいね」
「はい! 新鮮なものを急激に乾燥凍結した方が栄養素も損なわれず、色鮮やかでもっと細かな粉になるかもしれません。スープのような液体や素材の大きさによって掛かる時間が異なるので、その調整も出来ると尚良いかと」
「なるほど。凍結時間は短く、時間調整付き……。じゃあ、早速工房に帰って試作してみるわ」
そう言いながら長椅子から腰を上げたフレスカに、エドナが声を掛ける。
「ああ。頼んだよ、フレスカ」
「まかせて」
「完成したら、私にも教えてくださいね~!」
マリールのその言葉に、フレスカは何故かニヤリと笑ったかと思うと、マリールの耳にそっとその唇を近づける。
息が掛かる程の近さに驚くマリールの耳に、囁く様なフレスカの声が落ちてきた。
「あの鞄のことも、教えてね」
フレスカの言葉に、マリールは瞬きを二つ繰り返す。だがマリールが聞き返す間も無く、フレスカはその場から忽然と姿を消してしまっていた。
「え……? イリュージョン!?」
マリールが唖然としていると、エドナが説明してくれる。
「転移魔法だよ。フレスカは無属性の魔法が使える」
「あ、そっか」
「魔導具士だもんなー」
「まじで拡張鞄作ってくれないかな~格安で」
「馬鹿お言いで無いよ。フレスカの拡張鞄はお貴族様でも中々買えないよ」
「「「まじか」」」
「まあ、身体があんなんだったからね。作るのに時間が掛かるってのもあるんだろうけど。お陰で結構なプレミアムが付いてるよ」
人気の魔導具士と言う事は、お値段も天井知らずだ。ホビット達はまたしても格安拡張鞄を手に入れる事が出来ず、がっくりと肩を落とした。
「マリールさん、草飴に混ぜる薬は今回作ったもので大丈夫ですか?」
「あ、そうか。これ、失敗作だった……」
青色の薬+プラスは偶然出来たものだから、また同じものが作れない。次に青色の薬を補充する時は何時もの青色の薬だ。
「失敗と言うと違う気もするけどねぇ。なんならアタシが纏めて買うよ!」
「わ、わたしも!」
「私も勿論買うわ」
女達の勢いに、マリールもちょっとたじろいだ。女性とはこんなに肌を気にするものだったろうか。マリールは前世では「なるようになーれ!」と、それほど美容に気を使っていなかったが、美人の友人が十五ミリ六万円とかいう美容液を買ってちまちま使っていると言っていたのを思い出す。
前世を思い出してみても、美肌は女性にとって、とても大事な事らしかった。
「うーん。砂糖の買い溜めはしてあるので新しく作れるんですが、処分に困りますしねぇ……。使っても大丈夫でしょうか?」
「美肌くらいなら気付かないんじゃね?」
「健康な人ならちょい元気出るだけなんでしょ? アタリ入りじゃん!」
「逆に草粉入りの飴なんて、ハズレ扱いされそうじゃね?」
マリールが悩んでいると、黙って話を聞いていたバルドが口を開く。
「……なあ。確かカモフラージュで売る飴には薬入れないんじゃなかったのか?」
「「「「「あ」」」」」
「「……ちっ」」
盛り上がっているところに水を差すバルドの言葉に、一同が揃って思い出す。
先に効果が無い草飴を広めてから、冒険者ギルドの食堂で薬が必要そうな人に、薬を一粒混ぜた飴瓶を売るという話だった筈だ。
なのに何時の間にか、カモフラージュ用の飴の事を考えず、薬入り飴だけを売る前提で話を進めてしまっていた。
「そんな……暫く美肌薬が手に入らないなんて……」
「何で気付いちまうかねぇ……バルドの旦那は」
「ほんとよ。空気読みなさいよね」
女達が揃って溜息をつきながら、バルドを責める。どうやら舌打ちをしたエドナとアエラウェは、気付いていて話を進めていたようだ。
バルドは何だかとても理不尽に感じたが、女性陣の気迫が怖いので、ぐっと息を飲み込むしかなかった。
エドナがフンと鼻息を荒く出してから、先程決まった飴の価格について口にする。
「――でもねぇ。いくらアエラウェ様御用達って言っても、飴だけで銅貨三枚はぼったくり過ぎじゃないかい? 経費と利益込みでもせいぜい半銅貨一枚だよ?」
「私もそう思います……。そんな飴を売っていたら、食事処ぼったくりとか言われてしまいます……」
「「「こっちは正真正銘のぼったくり飴だもんな!」」」
アエラウェの決めた値段で只の草飴を売る事は、エレンも反対なようだ。何かしらの効果があるならまだしも、これではエドナとエレンの店に悪い評判が立ってしまう。
「……エドナは銀貨一枚でも買うって言ってたじゃないの」
「それはそれ、これはこれですよ、アエラウェ様」
エドナの掌返しに、アエラウェがむぅっと頬を膨らませる。凡そ四百歳の男が膨らませても絵になるのだから、オネエルフとはとことん不思議な生き物である。
「うーん、どうしましょう。薬の値段を飴くらいに下げても良いんですけど、それだと今まで買ってくれた人に申し訳ないし……」
「いや、薬を普通の飴と同じ値段にしちゃ駄目だろ」
「マリーちゃん、考えるの面倒臭くなってるな……」
「面倒臭くなるのはわかる」
「ううぅ……。だって、また値段決め直すのめんどくさくて……!」
計算が苦手なマリールは、正直売れるなら飴価格でも良いのだ。だが、今まで薬を買ってくれた人への筋は通したい。なので薬売りから飴売りになるのは何とか踏みとどまりたいようだった。
マリールがジレンマに悶えていると、エレンがおずおずと手を上げた。
「あの、付加価値を『アエラウェ様お気に入り』から、『アエラウェ様の出した水を使用した飴』という事にしたらどうでしょうか? 今回作った飴にも、事実使われてますし……」
「アエラウェさんの名前付くとなんかアレな水になるな……」
「違う水に聞こえるな……」
「むしろ売れるんじゃね?」
「ええ~? 嫌よぉ! 水出す魔力も無料じゃないのよ? きれいなお水出すのって魔力結構使うんだから」
アエラウェの水入りと商品名に入れたなら、これからもずっとアエラウェが製造協力しなくてはならない。アエラウェが難色を示すと、マリールが悲しそうに視線を床に落とした。
「……やっぱり薬を売ることは、諦めた方が良いんでしょうか……」
これには水を出す事を拒否したアエラウェも、ぐっと息を詰まらせる。アエラウェはホビット達やエドナ達の責める視線にきゅっと薄い唇を噛み締めて低く唸ると、それからやけくそのように叫んだ。
「――っわーかったわよ! マリーちゃんの薬で皆をハッピーにする為ですものね! いくらでも協力するわよ!!」
「っアエラウェさん……!」
「いいのよ、マリーちゃん。その代わり美肌薬入りの飴、私に沢山売ってちょうだいね」
アエラウェがちゃっかり美肌薬入り飴の大量予約を入れながら、まさに聖母のようにマリールに微笑みかける。だが、マリールはそんな微笑に揺らぐ心を鬼にして、至極真面目な表情で言った。
「美容の為にお薬を常用するのはお勧め出来ませんので、纏め買いは禁止で」
いくら材料が草と砂糖と水で、副作用となる要素を薬術で取り除いているとは言え、必要が無いのに過剰摂取は駄目だ。栄養ドリンクも過剰摂取すれば死に至る。
尤もな事を言われたアエラウェとエドナとエレンは、声を出さずに泣き崩れた。
「なーなー。俺良い言い訳思いついたんだけど! アエラウェさんの水って魔力入りなんだろ? なら、全部薬入りにして、多少身体に変化起きてもアエラウェさんの水のせいって事にしちゃえば? 高すぎるのも一人一瓶限りにすればプレミアム価格ってことになんないかな?」
「それだと今度はアエラウェ様が狙われないかい?」
トートの提案に、エドナが顔を曇らせる。だが、他の者は皆賛成のようだ。
「アエラウェさんなら大丈夫じゃね?」
「襲ってきたら喜んで襲い返すもんなー」
「いいですね! ではそれで!」
「やったー! 薬混ぜて堂々と売れる!」
「トート、良いアイディアだ」
「アンタ達……」
アエラウェが危険に晒されようが、おかずに狙われようが、マリールが危険な目に合うよりはずっといい。
草飴は『アエラウェ印の水使用』として、一瓶、九粒+薬一粒の合計十個入り銅貨三枚の、飴としては恐ろしい程のぼったくり価格で売られる事が改めて決まった。
お読みいただきありがとうございます。
ブクマ20件……! ありがとうございます。夢のようです。
また読みに来ていただける様に頑張ります。




