042. 月桂樹
「……元冒険者を薬で釣って、仲間に引き入れるのは良い手かもしれないわねぇ……フフフフ」
「いや、変な人多くない?」
「むしろ変な人しか集まって無くない?」
「つーか薬で釣るって……」
元冒険者軍団を操るのを想像してか、アエラウェはエルフが闇落ちしたらなると言われている、ダークエルフのような禍々しい笑みを湛えている。
というか、もうそろそろ本格的に闇落ちするんじゃないかと、バルドとホビット達は常々思っていた。
「腹黒いアエラウェ様も素敵だねぇ」とか何とか言いながらエドナがうっとりとしていると、エドナのスカートの裾を、マリールが、ちょいちょい、と小さく引いた。
「エドナさん、ご相談があるんですけど……」
「なんだい? 嬢ちゃん」
「草飴に使う薬草、ローズマリーを、エドナさんの畑の片隅で良いので栽培してもらえませんか?」
「ああ、あの草ならもう畑の生垣として植わってるよ」
「あ、そうなんですね! ではそれと、出来れば『月桂樹』も植えて頂けないかと……」
「マリール……」
マリールが言わんとしている事に気付き、バルドは目頭が熱くなる。
あれはマリールが使う薬草がその辺の道にも生えていて、簡単に増殖させる事が出来ると聞いた時――バルドが孤児院の子供達の事を呟いていたのを、ちゃんと拾っていてくれたのだ。
ゴルデア国の薬術士が依頼する、低級ポーションの材料である『月桂樹』も畑で育てる事が出来るなら、獣や魔物の出る危険な森に孤児達を行かせずとも、安全に依頼をこなせさせる事が出来る。
マリールは感動に目を潤ませ己を見詰めるバルドに、にっこりと微笑んだ。
夫を支える出来る嫁。
流石、老齢の魂を持つ幼女である。ちょっと変態だが。
バルドの好感度地味上げに勤しむマリールに、エドナが眉を顰めて聞いた。
「――あの木って、森でなくても栽培出来るのかい? 森には魔力が多くて、その魔力で育ってるから効果があるって聞いたよ?」
「魔力か~……。いや、だって月桂樹の葉っぱ使うの、料理の臭み消しと抗菌効果くらいですよ? その辺の土に、腐葉土の栄養たっぷりな森の土混ぜて育てれば十分ですって」
「料理に使うのかい!?」
「はい。肉の煮込み料理に入れて、香り付けしたらすぐ取り出してくださいね。長く煮込むと苦くなっちゃうので」
「薬草じゃなかったのかい……」
エドナがまだ冒険者に成りたての子供の頃、仲間達と森に入って何度も採ってきた葉だ。薬の材料と聞いていたから、料理に入れるなんて思い付きもしなかった。しかも薬としては使わないらしい。
たまに森の奥から出てきた魔獣に襲われ、命からがら逃げ帰ったりもしたのに、あの頃の頑張りは一体何だったのだろうか。
しょんぼりと元気をなくしたエドナに、マリールも考え込むように腕を組み、首を傾げる。
「……そもそも、何でゴルデア国の薬術士達が『月桂樹』を使っているのかが分からないんですよね。エスティリア共和国とアルメティス皇国の薬術士達は、薬術士組合創設者の基本レシピを使っていたのに」
「なんか名前が凄そうだからじゃね? 『月』って名前に付く素材、大抵凄いし」
「「ありそう!」」
トートの意見にラルムとサルムも賛同するが、マリールは「うーん」と眉間に皺を寄せ、さらに気になっていた事を口にした。
「――私の居た世界でも、効能も特徴もほぼ同じ『月桂樹』という植物があったんです。けど、私がこちらの世界で目覚める前から、『月桂樹』として知られていました」
この世界は魔力が溢れる世界だから、特有の植物や生物も沢山存在している。ただ、薬草として扱われていたのは採取が難しい希少性の高いものばかりで、マリールの知る薬草に似た植物は、殆どが名も無い雑草扱いだった。けれど、『月桂樹』だけは何故かマリールの知る名前で通じるのだ。
それを聞いたトートは意外な事を聞いたと、目を大きく開く。
「それじゃ『月桂樹』はマリーちゃんと同じ、『異界の迷い子』が名付けたってこと?」
「そう、なりますよねぇ? ……それとも偶々、なのかなぁ?」
正直に言うと、マリールも自信が無い。偶然同じ名前なのかもしれない。似た動植物が沢山溢れている世界同士だ。偶然という事もあるだろう。
トートは顎に手を当て暫く考え込むようにして、それからアエラウェを見上げた。
「アエラウェさん、名付けたの誰か知ってる?」
「いいえ。私が生まれる前から『月桂樹』だったわ」
例えば『農家先輩』や『自治先輩』のように、大規模な事業や規律を広めたものや、『醤油先輩』や『激辛先輩』のように、嗜好品を広めたものまで。どれだけ時代を遡ろうと、『異界の迷い子』がこの世界で新たに齎してくれたものである事は、正確に世界中で語り継がれていた。
だが、長命のエルフであるアエラウェさえ、『月桂樹』と名付けた者が誰なのかを知らないという。
やはり只の偶然なのかと結論付けようとした時、エレンが「そういえば」と、声を上げた。
「――そう言えば、教会のシンボルも『月桂樹』ですよね」
エレンの言葉に、マリール以外の者が揃って表情を強張らせる。
急に口を閉ざして黙り込んでしまった周りに、マリールは首を傾げた。
教会というのはちょいちょい話に出てくるが、回復術士を囲っていて信者が怖いとか、そんなような知識しかない。この世界で唯一の宗教で、怪しい宗教団体もこの宗教の中の一つのグループだ。
「うーん、教会ですか。私の居た世界でも、『月桂樹』は古い信仰の神様の霊木として神聖視されていましたね。霊木だから素晴らしい薬効が色々あると言われてたんですが、そのほとんどが民間伝承で……」
マリールが『月桂樹』についての記憶を掘り起こしながら口にすると、エドナが聞いた。
「じゃあ、やっぱり香り以外に効能とかは何も無いのかい?」
「正確には、アルコールの吸収を少し抑えるとか、血管拡張とかちょっとはあります。けど、薬草として使うのは実の方ですね。それすら同じ効能でも他の薬草の方が効果が高いので……。でもまあ、この世界の教会のシンボルなら、何かしら凄い効果があるんですかね?」
葉には抗菌効果もあるが、強い香りを生かして料理の臭み消し、虫除けやポプリ、お茶等で香りを楽しむくらいだ。
マリールがそう言うと、皆が揃って微妙な表情で顔を見合わせた。
「いや、うーん……たまたま、だよな?」
「「たまたまだよ」」
「そうね、そんな分かりやすく、ねぇ……?」
ゴルデア国の薬術士組合が領主や商業ギルド長と繋がりがあるのは噂されているが、教会とも繋がりがあるのだろうか。それに『異界の迷い子』が名付けた可能性があるのに、名付けた者を誰も知らない。
思い付いてしまった事に、アエラウェ達は乾いた笑いを浮かべるしかない。
皆の反応に不思議がりながらも、マリールはエドナに頼み事を続けた。
「森から畑に『月桂樹』を移植させてもらって、孤児院の子供達に安全に収穫して貰えるようにしたいんです。『月桂樹』は今まで通りにゴルデア国の薬術士の依頼で受けてもらって、ローズマリーは私が依頼として出そうかと思います。――なんですが、そう言えば私、今お金無いんですよねぇ……」
ローズマリーはその辺で自分で採取出来るのだが、何か孤児院の子供達の手助けが出来ればと考えたのだ。
だが、ゴルデア国で薬売りが出来ず、路銀も底を突いていたマリールのお財布事情。そんな余裕はこれっぽっちも持っていなかった。
情けなくへにょんと眉尻を下げるマリールに、エドナがカラリと笑った。
「そこは飲んだ薬代の代わりに、アタシが払うよ。何。草飴に使うんだから、こっちで依頼した方が良いくらいだ。――と言っても、雑草だからねぇ。畑の収穫手伝いとして雇って、それくらいの手間賃しか出せないけど、いいかい?」
「は、はい! あの、お金出来たらちゃんと払いますので!!」
「いいよいいよ。剪定も面倒だったから人手増えて丁度良いし。嬢ちゃんが必要な分だけ買ってくれればいいからさ」
きっとエドナなら、畑の世話も一人で賄える筈だ。けれどマリールの意を汲んで、孤児院の子供達を雇ってくれるという。
エドナの優しさに目を潤ませながら、マリールは甘えさせて貰う事にした。




