036. フレスカ
いつもは閑散としているメルクの冒険者ギルドの中庭に、常ならば決して寄り付かないであろうご婦人が、それも若い女性が二人も揃っていた。
エドナとエレン、それにフレスカと言う不健康そうな顔色をした、ミステリアスな美人だ。
だが、美人なのにフレスカは、大変前衛的な髪型をしていた。どう前衛的かと言うと、黒髪の玉ねぎ頭の上に三段お団子の茎が聳え立っている。
「はーい、今週のテーマは主婦の味方。身体に良いメニュー! 今日は薬草が入った草飴と、粉末スープストックでーす!」
どうやら、カモフラージュ用の草飴の作り方を教える為に、早速集まって貰ったらしい。
割烹着に三角スカーフを身につけたマリールが、前世でお馴染みだった料理番組を真似て、元気良く声を出す。とりあえず何でも素材丸ごとおっ立てたり、ぶっ挿したりぶっかけたりしそうなハイテンションっぷりだ。
マリールは両側に立つバルドとアエラウェを、順に手で指し示す。
「材料は雑草扱いされているローズマリーと、きれいなお水が出せるアエラウェさん、火加減がお上手な私の旦那様、バルドさんでーす!」
「いや、後の二つおかしいだろ」
「主婦用意できないよ、その二つ」
「アエラウェさん用意出来るなら、大金積むマダム居そうだけどな~」
ツッコミ役のホビット達は、昨日も冒険者ギルドに泊まっていた。
この人数でキッチンカウンターで作業は狭かろうと、バルドが中庭にテーブルと椅子を持ち出し、簡易の作業台も設置してくれた。
材料紹介の出番を終えたアエラウェは、今はウキウキとレースやリボンでテーブルを飾りつけている。ちょっとしたガーデンパーティの様相だ。見習いたい程の女子力をお持ちである。
そして今朝は依頼も無く、依頼を受けに来る冒険者もない。メルクの冒険者ギルドは、本格的に閑古鳥になりつつあった。閑古鳥はバルドの胃を啄木鳥のように連打で突きまくっている。
もう食堂付宿泊所にしてしまえば良いのではないだろうかとマリールは思ったが、愛しの旦那様であるバルドが本気で隅っこの壁に向かって膝を抱えそうなので、言わないでおいた。
流石、気遣いが出来る女。老齢の魂を持つ幼女である。
そんな気遣いの出来るマリールは、どうしても目の前に聳え立つ、玉ねぎ茎付ヘアが気になってチラチラと見てしまっていた。
気遣いとは。
「フ、フレスカさんの髪型、素敵ですね~?」
余程気になったのだろう。マリールはとうとう、フレスカの髪型について触れてしまった。なるべく自然に聞こうとしたのだろうが、目は泳いでいるし、声も上擦ってしまっている。要するに、とても不自然だった。
「あら、そうかしら?」
「はい! 私の居た世界でも似た感じの髪形の方がいらっしゃいましたけど、その方を真似した方が、髪の中にスティックキャンデーとかいろんな物を仕込んだりして……」
あれは衝撃的な映像だった。マリールが前世を思い出して話していると、フレスカは何故かうっそりと笑みを浮かべた。
「ふふ。暗器仕込んでるの、ばれちゃったわ」
「へ?」
「マリール!!」
「フレスカ!」
バルドとエドナが同時に叫ぶ。
マリールが『暗器』という聞き慣れない言葉に目が点になっていると、バルドが咄嗟にマリールの腕を引いた。
突然腕を引かれてバランスを崩したマリールの頬を、風が走って撫でていく。風が去ったその後を、マリールの淡金の髪が数本、ハラリと舞った。
トス、と背後から聞こえる軽い音に恐る恐る振り向けば。マリールの背後にある中庭の木の幹に、先程までは無かったナイフが深々と突き刺さっている。
「あら。『異界の迷い子』っていうから、どんな能力を持っているのかと期待したのに……あんな玩具も防げないの?」
呆れたと口にするフレスカに、エドナが掴み掛かる。
「フレスカ! おまえ、何て事を!!」
「怒らないでよ、エドナ。ちゃんと冒険者ギルドの長が間に合う速さで投げたわ」
「……どういうこと、エドナ」
悪びれなく言うフレスカに、アエラウェがじわりと殺気立つ。
エドナが今日連れて来たのは、只の草飴を拡散協力してくれる者の筈だ。マリールに兇器を放つ者ではあってはならない。
「す、すみません、アエラウェ様……。ちゃんと説明したんですが、嬢ちゃんが『異界の迷い子』だと知った途端に、様子がおかしく……」
「あら、ごめんなさい? 以前お会いした『異界の迷い子』は子供の見た目で凄い手練れだったものだから、つい」
確かめたくなってしまったらしい。
攻撃を仕掛けられた当の本人であるマリールは、「玉ねぎ頭は鞄代わりって本当だったんだ……!!」と、一頻り興奮していた。
そんなマリールに、フレスカは片眉を上げてニヤリと笑う。
「あら、もっと入ってるわよ? でも今は暗器よりも、違う物の方がメインね」
『暗器』というものが投げたナイフのような武器の事なら、元の職業は戦闘系なのだろうか。マリールは小首を傾げてフレスカに聞いた。
「じゃあ、もしかしてフレスカさんも、エドナさんみたいに元冒険者……?」
「ええ。さっきはごめんなさいね? お嬢ちゃん。改めて今日は宜しくお願いするわ」
「はい! あの、後で何が仕舞ってあるのか、良ければ教えてくださいね?」
「……何だか変わった子ね?」
フレスカの頭に仕込まれている物に、マリールは興味深々らしい。そんなマリールにフレスカはクスリと笑う。そしてマリールの頭を撫でようとして、エドナにその手首を掴まれ、止められた。
「駄目だよ、フレスカ。嬢ちゃんは生命力30しかないんだから」
「30!? 嘘でしょう? 赤子でももっとあるわよ!?」
「いやぁ」
「いや、マリーちゃん、褒めてないから」
「あと今、首捻られ様としてたから」
「ポキっといかれそうになってたから」
何故か頬を赤くして照れるマリールに、ホビット達の容赦ないツッコミが入る。どうやらマリールはまたもや命の危険に晒されていたらしい。
事ある毎にマリールに手を出そうとするフレスカに、バルドは呆れるように呟いた。エレンは分からないが、エドナと言いフレスカと言い、揃って凶暴だ。
「飲食店の経営者ってのは、皆こうなのか……?」
「あら、私は食事処を経営なんてしてないわ」
フレスカは自分は違うと言い出した。では何故ここに来ているのだろうか。今日は草飴と粉末スープストックの作り方を教える会なのに。
バルドが沸いた疑問に眉をひそめると、フレスカが答えた。
「魔道具作ってるの。今日はエドナに魔道具が必要になるからって、頼まれたから付いてきたのよ……ごめんなさい、ちょっと腰掛けて良いかしら?」
だが、急にどうしたのか、フレスカはグラリと傾いて、テーブルに手をついてしまった。
「あ、どうぞどうぞ!」
それを見たマリールが、慌ててフレスカに長椅子を勧めた。腰掛けたフレスカは、青い顔で、ふぅ、と、ひとつ息を吐き出した。立っているのも辛かった様だ。
「――ゴルデア国の冒険者じゃないわよね? どこか悪くして引退を?」
かれこれ百年近くメルクに住むアエラウェだったが、フレスカの事は見た事が無い。冒険者を引退してから、この国に流れ着いて来たのだろうか。
エドナが連れて来たからには信用できる者なのだろうが、隙あればマリールを試そうとするフレスカに、アエラウェは警戒するように眉を顰めた。
「ええ……。ちょっと首と背骨を」
「首と背骨?」
濁すように言うフレスカに、マリールがぴくりと反応した。
長時間立っているのが辛くなる原因は様々にある。だが、どういった状況でそうなったのかを聞くまでは、判断が難しい。
引退原因をはっきりと言わないフレスカに、エドナが口を挟んだ。
「――正直に言いな、フレスカ。そうしたら嬢ちゃんに、薬を頼めるかもしれないよ?」
「あ、なるほど。良いですよ~。協力してくださる方なら、あげても大丈夫なんですよね?」
「ね?」と、マリールは期待を込めた目でアエラウェを見上げた。売るだけでなく無料であげるのも駄目っぽい事は理解できたが、自分の作った薬が役立つのは、やはり嬉しいらしい。
そんなマリールに、アエラウェはこっそりと溜息を零す。この調子だと、また何時か謎の理論を持ち出して来て、やらかしてくれそうだ。
「――そうねぇ。原因を聞いてみない事には、何とも言えないわねぇ」
困ったように頬に手を当てるアエラウェの言葉に、フレスカが小さな声で言う。
「……笑わない?」
座ったままのフレスカが上目遣いにマリール達を見ると、一堂は揃って頷いた。
するとフレスカは少しだけ頬を染め、気恥ずかしそうに何度かパクパクと口を開けてから、やっと言う気になったのか、やけくそ気味に叫んだ。
「――どこまで暗器が頭に収納出来るか試してたら、首と背骨が耐え切れなかったみたいで……! 立ってても座ってても辛くなっちゃったのよ……!!」
「馬鹿だ!」
「この人馬鹿だ!」
「アエラウェさん、この人凄く、馬鹿の人だ!!」
やたらとマリールに攻撃を仕掛けるフレスカに、バルドもアエラウェも、ホビット達も警戒していたのだが、どうやら本当にただ『異界の迷い子』の強さを試したかっただけらしい。
バルドとアエラウェは、二人揃って脱力した。




