037. 真の開発者
フレスカの恥ずかしい負傷理由に、皆が呆れ返っていたその時。
マリールは一人、考え込みながら何やらぶつぶつと呟いていた。
「あ~……じゃあ、頚椎やっちゃってるのかな? ブラッドパッチ……青いのでいけるかな? うん。じゃあ、丁度良いから、草飴の作り方教えるついでに、新しく作っちゃいましょう!」
確か大瓶に入れた青い薬の在庫も、丁度少なくなってきたところだ。在庫を今直ぐにあげても良いのだが、今までの経験上、薬と言って出しても飲むのを躊躇われてしまう。
ならば、何を材料にして、どう作るのかを見れば、抵抗も少なく飲めるだろう。
マリールは中断していた、草飴作りに取り掛かる。
上半身を起こしているのもしんどそうなフレスカには、そのまま長椅子の肘置きに凭れる様に横になってもらった。その目の前に、バルドの頼んで作業台を移して貰い、作業がフレスカにも見えるようにした。
「はい。まずはここにあります、皆さんお馴染みの雑草、ローズマリーと言う植物です! これをアエラウェさんの出してくれたお水できれいに洗い、室内に干して乾燥させます」
そうし言いながら、マリールは背負い鞄を持ってきて、その中にローズマリーを仕舞い込む。内側のポケットのあそこに入れているのだろう。
「そしてこちらが、乾燥したローズマリーになりまーす!」
「うわ、出た!」
「カラッカラじゃん!」
「予め用意してた風に見えるけど!」
「違うのかい?」
ホビット達の言葉に、エドナが首を傾げる。
ホビット達が「しまった!」という顔をしてワザとらしく口笛を吹くものだから、アエラウェは頬をヒクヒクと引き攣らせた。
エドナとエレンだけならば良いのだ。だが、フレスカを信じるには、まだ時間という不足がある。
マリールはそんな空気を読み取って、苦く笑った。
「あ~……、まあ、説明しすぎて話がなかなか進まないので、また追々で! それでは、乾燥させたローズマリーを枝ごと粉砕しまっす!」
そして再びマリールはローズマリーを背負い鞄に仕舞うと、再び取り出したのは、砂のように粉粉になった雑草こと、ローズマリーだった。
「こんなに細かくなるのかい!?」
小麦を石臼で挽けば粉になるが、乾燥させただけで粉にしたと言うマリールに、エドナは目を瞠った。
「水分を急激に取ることが出来れば可能ですよ。粉末のスープストックも同じ様に水分だけを飛ばして粉末状にします。――たぶん、この為にフレスカさんが呼ばれたんだと思うんですけど……」
「ええ、そうね。エドナから水分を短期間で取り除く魔道具は作れるかって相談だったわ」
「出来そうかい? フレスカ」
エドナが不安そうにフレスカを見る。魔法でも難しそうな作業だからだ。
フレスカは上半身を起こすと肘置きにひじをついて、考え込むように額を手で押さえた。
「――水分を取り除く。ええ、出来るわ。凍結させればいいのよ」
「凍結……?」
「あ……! なるほどー! 乾燥させるのに水魔法とか火魔法とか、風魔法しか思いつかなかった……! 流石、魔道具士さんですね……!!」
フレスカの答えに、マリールは手を叩いて絶賛した。だが、理解できない他のメンバーは、揃って首を傾げる。
ホビット達がマリールに聞いた。
「え、どゆこと?」
「どうして凍らせると水分取れるの?」
「凍っても溶けたらさ、水でびしょびしょになるじゃん」
「昇華させるんです。えー……っと、何か真空状態に出来る入れ物があれば良いんでいけど……」
硝子瓶に軟木の栓をしても、中の空気を取り除く事が必要だ。だが、この世界の硝子では真空の圧力に耐えられない。
マリールがその方法に頭を悩ませていると、ホビット達が言った。
「空気入らないようにすればいいの?」
「「俺達出来るよ」」
土魔法が得意なホビット達は、土さえあれば自在に形を操る事が出来る。お誂え向きに、今居るのは丁度中庭だ。土もばっちりだ。
マリールはホビット達の土魔法で真空空間を作る為に、皿の上に新しく取り出した乾燥させる前のローズマリーを置き、水を入れた鍋の上に設置した。
「では、まずこのローズマリーを鍋ごと、上部だけ少し開くように囲うように御願いしても良いですか?」
「ほいよー」
ラルムが言われた通りに、鍋ごと土で囲む。
「それでは、旦那様。この鍋の中の水が沸騰するまで加熱してください」
「あ、ああ」
バルドも言われるままに火魔法を起こし、鍋を加熱すると、鍋底からボコボコと気泡が出来始めた。
「はい! ではこの周りを、少し間を開けて囲ってください。今度は密封で!」
「はいよー」
今度はサルムが土魔法を操った。これで完璧に真空状態のドームだ。
「はい! では次は、アエラウェさん! 冷たい視線を御願いします!!」
「……え?」
「「「「「「「は?」」」」」」」
突然振られたアエラウェは戸惑った。真空を作るのに、何故視線が必要なのだろうか。そしてバルド達も困惑した。
「……え? いや、だってアエラウェさん、いつも怒ると空気が冷たくなるから……氷魔法が使えるのかなって」
「使えないの?」と無垢な瞳で小首を傾げて見上げてくるマリールに、アエラウェも使えない事が悪いような気になってきた。マリールが必要なら氷魔法の修行でも何でもしようかと思うが、今この時に役に立てない。
「……ごめんなさい、マリーちゃん。水魔法が使えるのに氷魔法が使えない、不甲斐ないエルフで……」
アエラウェは哀しそうに、よよよ、と椅子に倒れこんだ。とてもわざとらしい。
「……あのー、私、氷魔法使えますよ?」
会話に入らず形を潜めていたエレンが、申し訳なさそうに小さく手を上げる。
「「「まじで!」」」
「はい。食品を長持ちさせるのに氷って必要なので。必要に迫られて覚えたんです」
「……くっ」
地味で存在感が薄かったエレンに重大な出番を持って行かれてしまったアエラウェは、レースのハンカチを噛みしめるしかない。
『氷』は『水』と『火』の中位魔法である『熱』との複合魔法で、複合魔法は上級魔法に位置付けられる。アエラウェに比べれば魔力量は断然少ないが、その上級魔法をエレンは努力で獲得したようだ。
殺気で気温を下げられるのならば、アエラウェにもきっとすぐに『氷』魔法が使えるようになるだろう。がんばってほしい。
マリールはアエラウェの冷たい視線は諦めて、目を輝かせてエレンにお願いした。
ちびってしまいそうな程に怖くなるアエラウェの視線を頂くよりも、エレンの方が何となく安全な気がする。主に心とパンツが。
「ではエレンさん! この土の周りを、カッチカチに凍らせてください!」
「わ、わかりました……」
エレンはアエラウェの悔しそうな視線に怯えながら、言われる通りに土のドームを凍らせた。
「これをまあ、うーん……。二時間くらい放置すれば水分を取り除けた状態に出来ると思います。多分ですが」
マリールの言葉に、エレンもホビット達も驚きに目を見開いた。
「に、二時間!?」
「二時間も魔法かけっぱなし!?」
「無理無理! 魔力欠乏しちゃう!!」
「アエラウェさんでも無理だろ!?」
「そうねぇ…。ぶっつづけの魔力放出は三日くらいは持つけど……上級魔法となると半日も難しいわねぇ」
エルフのアエラウェでも半日だ。人族のエレンが二時間も持つ訳が無い。エレンが顔を青褪めさせていると、エドナが肩を叩く。
「エレン、氷の魔石があるだろう? 魔力に余裕がある時に作り貯めてる」
「あ……。 ええ、あるわ。エドナ叔母さん!」
エドナに言われ、エレンは持ってきた手提げ鞄から青色の魔石をいくつも取り出した。
魔石といっても、使い捨てのクズ石だから持続時間は石ひとつ当たり五分~十分程だ。二時間凍らせ続けるとなると中々の量になるが、閉じ込めた魔法が空になれば、その都度交換して行けば良い。
「スープストックを作る際には、一度スープを凍らせてから真空にして、回りを凍らせてください。時間は……液体なので半日以上はかかると思います」
「「「「半日……!!」」」」
マリールの言葉に、エレンとホビット達がまたもや顔を青褪めさせる。半日分の氷の魔石を用意するには、どれ程コストが掛かるのか。
エドナは顔色を悪くして呟いた。
「それは……流石にしんどいねぇ」
「それに大量の氷・火・水・土の魔石が必要になるわね……」
もしアエラウェが氷魔法を使いこなせていても、とてもじゃないが遣り遂げる気が起きなかった。それに他にも必要な魔法がいくつもある。
あまりの採算の取れなさに、皆が無理だと思い始めていた、その時。
「――風もあれば、時間短縮が出来るわ」
マリール達が実検しているのを黙って眺めていたフレスカが、声を上げた。
その声に、皆が一斉にフレスカへと注目すると、フレスカはだるそうに肘掛け椅子で頬杖を付いたまま、言葉を続ける。
「それと、無魔法があれば火と水と土魔法が無くても密封出来る。――ねえ? 魔道具を商品化したら、共同開発者としてこのアイディアの使用料は、どれくらい払えばいいの?」
「出来そうなのかい!?」
「ええ。大型になるから魔道具の価格は大金貨三十枚。燃料の魔石は別売り」
「「「高っ」」」
あまりの高値に、ホビット達が目を見開いて驚くと、エドナは当然だと頷いた。
「いや、そんなもんなんだよ。魔道具ってのは……」
材料も高いだろうが、何より『無』魔法の適正を持つ者が少な過ぎる。それに職人としての修錬期間が必要で、十年修行してやっと一人前になれるかなれないかの世界だ。
ならば価格も釣り上がると言う物だし、何よりフレスカは超がつく程の人気魔導具士の一人だ。大金貨三十枚という価格も、相当値引きしてくれている。
「うーん。アイディアって言っても、フレスカさんが殆ど考えてるじゃないですか。作るのもフレスカさんだし、別にいらないですよ? 私の居た前の世界では商品化されていたものですし……」
乾燥させたスープストックだって、飴の作り方だってそうだ。それも申し訳ない気持ちでレシピ登録させて貰っているのに、これ以上は罪悪感が半端無い。
マリールが困ったようにそう告げれば、フレスカは目を吊り上げてマリールを睨んだ。
「駄目。違う世界にあったとしても、この世界で作成する方法を考えたのは、お嬢ちゃんでしょう? その世界では魔法はあったの?」
「ないです、けど……」
魔法は無かったけれど、作り方や仕組みを考えたのは先人だ。
凄く頭の良い人達が何年もかけて努力して、研究と実検を重ねて作り上げたものなのに。魔法で応用を考えたくらいで発案者と名乗って良いものだろうか。
納得がいかない表情で眉根を寄せるマリールに、フレスカはさらに言い連ねた。
「魔法に置き換えて、作り方を考えたのはお嬢ちゃんじゃない。それにね、例えほんの一部だっとしても他人のアイディアを盗んでたら、盗む事しか出来なくなって、その内に自分のアイディアが全く浮かばなくなるの。楽な方法を見つけると努力しなくなるから。――だから、きちんと対価を支払いたいのよ。お嬢ちゃんは納得出来ないみたいだけど、私の為でもあるんだから。きちんと受け取って」
「で、でも……」
まだぐたぐだと悩むマリールに見兼ねて、アエラウェが口を挟んだ。
「いいじゃない、マリーちゃん。この国じゃ薬が売れないから路銀稼げなくて困っていたんでしょう? 三割は貰っても罰は当たらないわ」
「さ……!? や、イヤですよぉ! そんな急にお金持ちになると、知らない親戚とかボランティア団体とかから精神病むくらい連絡来るようになっちゃうじゃないですか……!」
三割と聞いたマリールは、未だこの世界で手にした事もない金額にガタガタと震えだす。
震えながら口走ったマリールの言葉に、バルドが首を傾げてホビットに聞いた。
「……一体何の話だ?」
「さあ? 小金持ちになると、金目当ての亡者共にしゃぶり尽されるってことじゃね?」
「異世界でも似たような事あるんだなぁ……」
「俺ちょっと異世界憧れてたけど、考えちゃうな……」
結局、共同開発者としての名前だけは伏せてもらい、魔道具が売れたら一割の報酬を受け取る事で落ち着いた。
「真の開発者さん達、ごめんなさい……」
マリールは違う世界線の先人達に、心の底から謝るのだった。




