034. マリールと謎の師匠
弱々しく俯くマリールを硬い表情で見詰めながら、アエラウェはバルドに頼んだ。
「……バルド、あの二人起こして来てくれない? 多少手荒くしてもいいわ」
「ああ……」
同じ二階の部屋から連れて来るのだから、そう時間はかからないだろう。二人は既に目覚めていたのか、バルドは直ぐに二人を連れて、アエラウェ達の居る部屋へと戻った。
バルドが結界石を解き、山で拾った二人を閉じ込めた部屋に入るなり、バルドの巨躯に異常なまでの怯えを見せていた二人は、促されてアエラウェの執務室に入ると、大きなソファにちょこんと座る小さな少女の姿に目を瞠った。
「君は……!」
「無事だったのですね……!! ああ、良かった……」
二人はソファーに座るマリールに駆け寄ると、膝を突いてマリールの小さな手を取り、感謝を表すように自分達の額をその小さな手に押し当てた。
助かったのはあの森で助けた商人の男、そして従者の片割れだ。
「――私達はあの山で一度は命を失くした筈なのに、無傷で目が覚めたから、もしやと思ったのです。 君がまた、助けてくれたのだと……!」
「私も、二度も貴女に命を救われました。本当に、何とこの感謝を伝えれば良いのか……」
二人が涙ぐみながら、口々に感謝の言葉を述べるが、マリールはまだ俯いたままだ。
マリールは泣くのを堪えようとしているのか、潤んだ声で途切れ途切れに言葉を紡いだ。
「……私のっ、せいでっ、また、殺されてしまった、のに……?」
商人の男は、それは違うと頭を振った。この少女のせいでは決して無い。全て欲深い己のせいだ。
「君のせいではありません! あの後、私が欲を出さずに引き返していれば、こんな事にも……付いて来てくれた二人を、危険に晒すことも無かった……!!」
――今から二日前。山側のメルクの門へと繋がる森の道で、マリールは盗賊に襲われた商人達を助けていた。
その時、商人と従者の一人はかろうじてまだ意識があり、護衛と従者の二人は息絶えていた。四頭居た大きな幌馬車を牽く馬は二頭が足を切られていて、一頭は死に、もう一頭は引き綱を切られ逃げたようだった。
マリールの薬で助ける事が出来たのは、商人と二人の従者に一人の護衛。それと二頭の馬。
カロルクの街で雇った者の内、一人だけ盗賊に仕込まれていなかった護衛の冒険者は、メルクに入るのは危険だと主張して、商人達とは別れて引き返していった。 その際、残った馬二頭と幌馬車は、払えなくなった護衛の報酬として持っていかれている。
商人は盗賊の被害を届ける為に盗まれた商品の目録を作ると言うので、マリールはそこで商人達と別れ、先にメルクへ急ぐ事にしたのだ。別れる際には獣避けの布玉を、お守り代わりに渡していた。
「ひとり、助けられなかった……!」
マリールは涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにして、やっと顔を上げて商人を見た。自分のせいではないと言ってくれる商人に、心が逃げ道を求めていたのかもしれない。
「いいえ! きっとあの森で、私たちは死ぬ運命だったのです。それなのに私は――、そうだ、私はなんと言うことを……!」
心を痛めているマリールに、決してマリールのせいではないと伝えようとしながら、だが商人は自分のしてしまった事を思い出し、みるみると顔を青ざめさせていった。
その様子の変わりように、マリールと商人達の会話を黙って聞いていたアエラウェが、冷たい声で口を挟む。
「……言ったのね、マリーちゃんの事を」
「……はい。子供が薬をくれて、助けてくれたと」
アエラウェの瞳が、怒りで若葉色から枯れ草の色へと変わる。
少し考えればわかるだろうに、こいつは自分可愛さに助けてくれた子供を売ったのだ。
アエラウェの殺気に、マリールとエレン、それに従者と商人がひっと身を縮みこませた。漂ってくる氷点下のような冷気が、アエラウェの執務室を満たす。
「……っし、仕方なかったんです! 『真実の口』を持ち出されて……!!」
嘘を言えばその口が閉じる『真実の口』。バルドが山からの帰りに使われた獣の彫られた石版だ。拷問されながら『真実の口』を使われれば、うまくはぐらかし隠そうとしても痛みで思考が回らなくなる。只人である商人が、それに耐えられる筈も無い。
震えて訳を言い募る商人に、バルドが静かな声で聞いた。
「……薬が飴のようだとは、言わなかったのか?」
「は、はい。薬とだけ……」
商人はそれでもなんとか情報を隠そうとはしたようだ。バルドとアエラウェは互いに顔を見合わせる。ばれているのは、蘇生もさせる事が出来る薬を子供が持っていた事だけ。それと、他国で画期的な薬が流通し出した事だけだ。
だが、サルムが不安そうに口を開いた。
「俺、めちゃくちゃばれてると思う……」
「でもさ、門番のチェック、子供スルーしてたじゃん」
「マリーちゃんだって、もうばれてるからじゃないか? 下手するとここで匿ってるのもばれてるかも……」
ラルムとトートがそう言えば、エドナが首を傾げた。
「けど、薬術士組合の奴等がイチャモン付けて来ようにも、まだメルクで嬢ちゃんの薬売ってないんだろ? それにバレてるなら、薬術士組合に嬢ちゃんが行った時、何で捕まって無いんだい?」
エドナの疑問に、トートも眉間に皺を寄せ考えた。
「確かに……変だよなぁ」
「案外、ただの間抜けなのかもよ?」
「やたら偉そうにしててさ。頭悪そうだったもんなー。こん顔なして」
「「ぶっは!!」」
門を潜る時の事を思い出しながら、ラルムが門番の顔真似をする。それにトートとサルムが噴出して、互いに顔真似を披露し合って盛り上がった。
エレンもそれを見て思わず笑ってしまったが、ふと、ある事に気付く。
「――あれ? そういえば、この人達には薬売っても大丈夫だったんですか?」
エレンの言葉に、巫山戯合っていたホビット達も、他の皆もピタリと静止してエレンを見た。
「え? え??」
皆の視線が一斉に集まり、エレンは狼狽える。何か変な事を聞いただろうかと焦っていると、マリールが理解出来ない言葉を投下した。
「売ってませんよ?」
「「「「「「「は?」」」」」」」
「売ったら怒られちゃうから、売ってませんよ? 師匠も売らなければ薬術士組合に許可貰わなくても、問題無いって言ってましたし!」
「「「「「「「は?」」」」」」」
「だから、ゴルデア国に入ってからは、困ってる人を見掛けたら無料であげてましたよ? 売れないんだもの、しょうがないです。その代わり、食べ物や物と交換してくれて助かってましたけど……」
それもこれも全てゴルデア国の薬術士組合のせいだ。やれやれと首を振りながら溜息を吐くマリールに、一同揃って「は?」の連続である。
マリールの頭の中では、師匠から教わった「売らなければ大丈夫」と言う、謎のロジックが展開していた。
バルドとホビット達は、こそこそとマリールの薬術師匠について話し出す。
「ちょ、マリーちゃんの師匠って何なの??」
「確か骨と皮になってまでって……そりゃなるわ!!」
「もしかしてさ、山でマリーちゃんが置いてかないでって言ってたの……」
「師匠の事なのか……?」
「何? 何があったの??」
バルドとホビット達に山で起きたマリールの異変を聞き、アエラウェは締め付けるように痛む胸をそっと押さえる。バルドとホビット達も、エドナもエレンも、そして商人と従者の二人も皆、マリールの生い立ちを想い、ぐっと込み上げてくる感情に耐えていた。
マリールによると、マリールの師匠は自分が食うに困り骨と皮になっても、貧しい者に薬をあげていたと言う話だ。きっと、こんなに小さいのに危険を承知で無茶な独り旅をしているのは、亡くなった師匠の意思を継ぐ為なのだろう。
アエラウェは涙の溜まった目尻にレースのハンカチを押し当てながら、マリールを痛ましそうに見詰め、その小さくまろい肩にそっと手を置いた。
「マリーちゃん……亡くなったお師匠様もきっと、マリーちゃんを見守ってくれてるわ……」
「――へ? お師匠様、バリッバリの現役ですよ?」
「「「「「「「「「は?」」」」」」」」」
「出会った頃は骨と皮だったのに、私が旅に出る頃には肉がついて普通……いや、ちょっと肉付き過ぎてたかな? まあ、食に無頓着だったみたいで、今じゃ吃驚するくらい丸っとしてます!」
「「「「「「「「「はぁぁぁぁ??」」」」」」」」」
謎が深まるマリールの師匠像に、バルド達は混乱するばかりだった。




