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お薬いかがですか?  作者: ほる
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033. 激辛先輩


 マリールを覚醒させた、カレーの香り。マリールがこの世界で目覚めてから、醤油・味噌の次に恋焦がれていた香りだ。


 その食欲をそそる香りを漂わせる、黄色い肉串と赤い肉串を、バルドが絶妙な火加減で温め直してくれた。

 冷めて固まっていた肉油が炙られ溶けて、スパイスたっぷりのタレと共に、ぽとりぽとりと落ちていく。


 マリールは辛抱溜まらんと、バルドの持つ赤い肉串にカプリと噛り付く。嬉しそうに食らい付いたマリールに釣られて、ホビット達もバルドの手から黄色の肉串を奪い、噛り付いた。


 だが、マリールとホビット達は肉串を口に入れるなり、笑顔のまま固まって、みるみると熟れたトマトのように顔を真っ赤に染めていく。


「……っ!? ……!??? ……っかっらーい!!」

「っかっるぁー!!」

「水! 水ちょうだひ!!」

「死ぬ! 死んじゃう!!」


 とんでもない辛さが後からガツンとやってくる。舌がヒリヒリと痛み、目から鼻から毛穴から、あらゆる穴から汗と涙が溢れ出た。喉も胃も焼けるように熱くなり、頭がガンガンと痛み出す。


「はい、お水」


 アエラウェが出してくれた水玉の中に、マリールとホビット達は頭ごと突っ込んで水を飲む。そうして痛みと熱が少し治まってきたら、「ぷはぁ!」と空気を求めて顔を出した。


 水浸しの顔をアエラウェに拭いてもらいながら、マリールは信じられないという目で辛い肉串を見る。

 エドナによれば『異界の迷い子』が広めた辛い料理と言う事だから、きっと旨辛いものだと思ったのだ。だが転生前はカレーを食べ慣れていたマリールでも、一口食べて泣いて降参する程の辛さであった。赤いタレは見た目からして辛そうではあったが、思った以上に辛い。


「ちょ、これ何辛なんですかね!?」

「ああ、確か赤いのが10辛で、黄色いのが8辛って言ってたよ。」

「やっぱりコ○イチかー!!」


 辛さ段階が皆大好きコ○イチカレーの基準であった。


 辛さをわかり易くする為に、カイエンペッパーとクミンがそれぞれ塗されているようで、黄色いクミンは香りがカレーなだけだが、赤いカイエンペッパーは辛さを増し増しに押し上げている。

 つまり、10辛より辛い。


「そんなに辛いかねぇ? フルッカ国じゃもっと辛い料理があってね。ゴルデア国の屋台で出してるのは、大分辛さを抑えてるって話だよ?」

「フルッカ国……ちょっと行ってみたかったけど、料理が辛いのばかりは嫌だわねぇ」


 大袈裟なと笑いながらエドナが言うが、他国民には食が馴染めなそうな国のようだ。いくら珍しい物だらけの国でも、食べ物の良し悪しで全てが台無しになる。

 アエラウェは頬に手を添えて、残念だわと呟いた。


「うーん。私の居た世界の辛い料理の本場でも、ヨーグルトとかフルーツとかココナッツを入れる地域の料理は、子供でも食べやすかったんですけど……。フルッカ国の『異界の迷い子』先輩が激辛好きなら期待できない……。激辛先輩まじ激辛……」


 スパイスの栽培に適した国に現れた『異界の迷い子』こと『激辛先輩』。

 きっと激辛を極めるべく、日々邁進しているに違いない。そのストイックさに、マリールも尊敬の念を抱き涙を零した。


 あまりの辛さに自然と涙が止まらないのかもしれないが。


「へぇ。それ食べてみたいね。今度作っておくれよ。スパイスなら分けてやるからさ」

「あ、じゃあ評判良かったら食堂で出してみようかな? スパイスって薬として扱われたりもするので、薬膳料理に欠かせませんからね。ちょっと色々試してみようかな~んふふ」


 エドナのリクエストに、マリールは機嫌良く承諾する。

 スパイスの組み合わせは無限だ。スパイスの沼に嵌ると抜け出せないと言われるほど奥が深い。これにこの世界特有の薬草でも混ぜれば、ヤバイものが出来上がるかもしれない。マリールの探究心に火が点いてしまったようだ。


 にやにやと気持ち悪い笑い方をしているマリールに、ホビット達の顔が強張る。


「……なあ、確かマリーちゃんの試すって」

「不具合確立30パーセントの要因?」

「……どんな不具合が出るのか、知ってみたいけど知りたくないな」

「あのー……そろそろ本題に戻っても良いですか?」


 肉串の香りと辛さのお陰でマリールもスッキリ覚め、ホビット達の腹も膨れて落ち着いたところで、申し訳なさそうにエレンが小さく手を上げた。

 すっかり『激辛先輩』の広めた激辛料理に話題を浚われてしまったが、エレンは薬の事を諦めていなかったのだ。


 エドナはそんなエレンを、咎める様な鋭い視線で見ている。


 マリールがそんなエドナに首を傾げていると、ひょい、とバルド持ち上げられて、三人掛けのふかふかのソファにちょこんと座らせられた。

 向かいの席に座ったアエラウェが大凡の話の流れをマリールに説明すると、マリールは考え込むように目を閉じて、うん、うん、と頷いた。


「――なるほど。肉屋のハンスさんという方に、黄色い薬を飲んで貰いたいんですね?」

「ええ。……その、薬を作っているのが貴女みたいに小さい子だとは思わなかったから……ううん、大人だったとしても、やっぱり駄目よね。低級の青い薬だけでも危険だって言うのに……」


 エレンがやっぱり諦めようと思い始めた時、マリールが呆気らかんとした声を出した。


「良いんじゃないですかね?」

「「へ」」


 マリールがあっさりと承諾するので、エドナもエレンも揃って間の抜けた顔でマリールを見る。この子供は自分がどんな危険に晒されているのか理解していないのだろうか。


「アエラウェさん達は一生懸命、私が危険に晒されないようにって色々考えてくれてるのに、本当に申し訳ないんですけど……。なんかもう、いいんじゃないかなって」

「マリーちゃん……」


 どこか投げ遣りに話すマリールを、アエラウェは眉を寄せ、心配そうに見つめた。


「――今日山で。花柄スライムを追いかけてたら、スライムに食べられてる人達が居たんです。……あの時は夢中で気づかなかったけど、私がメルクに来る途中で一度助けた人達でした」

「……やっぱあの獣避けの布玉って、マリーちゃんのだったか」

「あ、持っててくれたんですね……。そっかぁ……」


 トートの言葉にマリールはへにょりと眉を下げ、力なく笑う。


 自分の薬で一度助ける事が出来た人達が、別れ際にあげた獣避けの布玉を、ずっと持っていてくれた。けれど恐らく自分が助けたせいで、また殺されてしまったのだ。


 何もかもが自分のせいな気がして、ツンと鼻の奥が痛くなって、じわじわと目頭に熱が溜まってくるのがわかる。潤んできてしまう目を隠すように、マリールは俯いた。


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