029. 見つけたものは
バルド達がピピ角牛のボスと対峙しているその頃、マリールは相変わらず花柄スライムを追いかけていた。
遠くでホビット達とバルドの矢鱈とはしゃぐ声が聞こえるが、きっとあちらはあちらで楽しく狩りをしているのだろうと、えらく暢気に構えていた。
狩りに参加出来ないマリールは、安全な場所で薬草や花を摘みながら蟻んこ、もとい花柄スライムを観察するしか出来ないのだ。仕方ない。
花柄スライムの進む方向はバルド達が狩りをしている方向とは間逆だから、そう狩りの邪魔になる事も無いだろう。
冷静に状況判断が出来る女。流石老齢の魂を持つ幼女である。
「……お? なんか花がみるみる小さくなって……?」
花柄スライムの隊列を追いながら、マリールはその変質に気付く。
うにうにしながらゆっくりと進んでいた花柄スライムが、段々と速度を速めている。
そして見つけた時には大柄だった花柄が、もうすっかり小花柄だ。花を消化しつつあるのだろう。
「……動きもなんとなく早くなってるよう、なー!? ちょ、ちょっと待って!!」
緩慢な動きの花柄スライムに合わせて、しゃがんだまま腰を低くして後を追っていたマリールは、突然スピードを上げ出した花柄スライムに驚き、慌てて立ち上がる。
そして両手一杯に摘んでいた花や草を腰の拡張鞄に乱暴に押し込むと、小花柄スライムを見失わないように目を凝らしながら、後を追って駆け出して行った。
――この時、マリールの頭の中は花柄スライムを追いかける事で一杯で、旅の道中は常に背負い、側に置いていた鞄をバルドに預けていた事を、きれいさっぱりと忘れてしまっていた。中身空っぽの背負い鞄は、重さが殆ど無いものだから。
マリールが息を切らしながらも、なんとか花柄スライムを追って行くと、その先には花柄スライム……今はもうすっかり花を消化し切って透明なスライムが、うぞうぞと身を寄せて、小山のように集まっているのが見えた。
そこはスライムの巣にしては開けた場所で、スライム達が隠れる木や岩も少し離れている。
「――赤い、スライム……?」
透明なスライム達の中に赤いスライムが何匹も混ざっていて、マリールは何だろうと首を傾げながら、スライムの小山へそっと近づいた。
マリールが間近に寄ってもスライム達は気付きもせずに、相変わらずうごうごと蠢いている。
それもその筈だ。今スライム達は、栄養たっぷりの美味しい食事にありついているのだから。
「………!!」
スライムの小山の下から、突き出るように投げ出された人の足が見えた。
酸に溶かされ骨が覗く腕が見えた。
何人分あるのかも分からない、人の一部が見えた。
マリールは、悲鳴を上げそうになる口を咄嗟に押さえ込む。叫び声で他の獣や魔獣が集まってきては大変だからだ。
ごくりと自分の叫び声を飲み込むと、震える両手で自分の頬をパシリと叩く。
それから背負っている筈の鞄を下ろそうと、肩紐へと手を伸ばした。だが、そこには何時もはある筈の、背負い鞄の肩紐が無い。
確か今日、ピピ角牛狩にこの山へと向かう前、バルドの腕の中ならば獣や魔獣が襲って来ようが安全だろうと、背負い鞄はバルドに預けていたのではなかったか。
マリールはその事を思い出し、顔を青くし強張らせる。
あの背負い鞄が無ければ、マリールは赤子も同然だ。薬が足りなければ出す事も出来ないし、逃げる事も出来ない。
だが、今また湖に戻っている時間は無い。スライムに捕食されている人が、もしかしたらまだ生きているかもしれないのだ。亡くなっていても時間が経っていないのなら、助かる可能性もある。
マリールは腰の拡張鞄に入れてあった小分けの薬瓶から、青い粒を三つ取り出し口に放り込む。
そうして小さなナイフも取り出して、柄をぎゅっと強く握り締めた。
「っらあああぁぁぁぁぁ!! あっち行けえぇぇぇー!!」
マリールは己に気合を入れるように叫ぶと、小山になっているスライム達に切りかかる。切られたスライムは酸を吐き出してくるが、そんなのに構ってはいられない。
マリールは次々とスライムを切りつけ、確実に仕留めるように、小さな核を砕いていった。
スライムが吐き出す酸が、服にも身体にも、その可愛らしい顔にも容赦なく飛び散り掛かり、ジュっと音を立てては白い肌に火傷を負わせていく。
マリールは限界が来たと感じる度に、口に含んでいた薬を一粒だけ飲み込み、火傷を治しながらも、止まらずにスライムへと切り掛かり続けた。
そうして酷くボロボロになりながらも、漸くマリールは捕食されていた人達からスライムを追い払う事に成功した。
「っ……はぁ……はぁ……っ」
息を整え、早鐘のように鳴る心臓を落ち着かせれば、思い出したようにずくずくと火傷の痛みが疼き出す。だが、口に含んでいた三粒の青い薬は、もう残っていない。
小瓶に残る薬は青が3つに黄と赤が2つずつ。
バルド達に合流できれば、薬は手に入る。だから今、まずはこの人達を助ける事が先決だ。
マリールは捕食されていた人達に残りの薬を飲ませようと、己を苛む痛みと熱を我慢する事に決めた。
「……生きて、ますか? 生きてたらお願い、少しでもいいから身体を動かして……」
だが動く筈も無い程に、身体が激しく損傷している。
顔の判別も付かないほど頭を溶かされた人、腹を溶かされ喉も骨が剥き出しにされている人、手足から溶かされ無くなっている人。恐らく三人がスライムに捕食されていた。
――喉と腹が無くなっている人は、もう助からないかもしれない。
だが、マリールはぎゅっと唇を噛み締めると、少しでも助かる可能性に賭けた。
マリールは赤い薬を、頭を溶かされ歯茎が剥き出しになっている人の口を無理矢理開けて、手ごと突っ込み、喉の奥へと押し込んだ。
暫くの間を置いて、解けた筋肉と皮膚がゆっくりと再生されいく。
どうやら間に合ったようだ。
続いて比較的損傷が少ない手足の無くなった人にも、同じように黄色い薬を飲み込ませた。この人はまだ、息があったからだ。
最後に喉と腹が無くなっている人には、噛み砕いた赤い薬を自らの唾液でペースト状に戻し、その傷跡へと塗り込んでいく。
だが助かるのならすぐに身体も復元される筈だが、一向に効果が現れない。
マリールは焦った様に、残った黄色と青い薬も同じように塗り続けた。
無駄だと頭で分かっていても、やめることは出来なかった。
「――やだ……! 死んじゃだめ……!! 死んじゃやだよおぉ……!!」
だが、マリールがそこまでしても、その人は蘇る事が無かった。
もっと赤い薬を持って来ていれば、背負い鞄を手放さずに居ればと、自分を責める。
涙がぼろぼろと零れようが、鼻水がどれだけ垂れ流れようが、どれだけ祈り、泣き叫んでも死んだ人は蘇らない。
だけどこの世界なら、助けられる筈なのに。
「……っ! 置いてかないでえぇぇぇ……!!」
マリールの泣き叫ぶ声を、山の木々が飲み込んでいった。




