028. ピピ角牛
逃げ込んできたホビット達と、ボスピピ角牛へと向かうバルドが交わる寸前、ホビット達は直角に二手へと分かれてバルドを避けた。
ホビット達が二手に別れた事で目標を見失ったボスピピ角牛は、突如自分の目の前に現れた、新たな生き物に僅かに狼狽えた。
だが、直ぐに目標を、その生き物へと切り替える。
赤い毛に大きな身体。群れの子牛を狙いに来るレッドベアにそっくりな生き物。
コイツは敵だ。
ボスピピ角牛は自慢の角で敵を突き刺し投げ飛ばしてやろうと、頭を低く、そして駆ける速度はさらに加速し突進する。
対するバルドも駆ける勢いは殺がぬまま、眼前まで迫り来る大きな角を掴もうと両腕を広げた。
『ブモオォォォォ!!』
「……っふん、ぬっ」
巨躯と巨大な角がぶつかり合う衝撃で、波紋のように草木が波打つ。
バルドは自分の胴体程も太さがある角を両手で挟むように掴むと、角に自分の頭を押し当てるようにして、押し潰そうとする力に耐えた。
だが、じりじりと押す強さを増す力に、バルドの膝は段々と下がっていく。その膝はもうすぐ地面に着いてしまいそうだ。
「このままでは押し負ける」バルドはそう判断し、得意な火魔法で炎を身に纏わせた。力で適わないならば、押さえ込んだまま一気にボスピピ角牛を焼き殺すつもりだ。
だが――
「ギルマスー!」
「駄目だギルマス! 焼肉になっちゃう!!」
「依頼は干し肉用だからー!!」
「おまえらなぁ……!!」
自分達は安全な場所へとっとと逃げて、魔法を使うなと注文してくるホビット達に、バルドは途端に脱力した。焼肉にされたくないならば、自分達で狩ればいいのだ。
だが、ボスピピ角牛がその隙を見逃す筈が無い。
ボスピピ角牛はバルドが掴んでいる角を大きく振り上げ、バルドを空中へと高く投げ上げる。
そして落ちてくるバルドを串刺しにしてやろうと、嘶きを上げながら落ちるバルドに向かって突進した。
高く打ち上げられたバルドは空中で身体を捻り体勢を取りながら、迫るボス牛の頭を叩き割ってやろうと、拳を握る。
しかしこのままバルドがボスピピ角牛を仕留めてしまえば、ホビット達の依頼は不履行になってしまう。不履行が積み重なれば、当然冒険者としての信用ランクが下がってしまうのだ。
そうなれば受けられる依頼のランクも下がってしまう。冒険者は実績だけが信用に繋がるのだから。
バルドはそうさせない為に、火魔法を解除してホビット達へと叫ぶ。
「――お前等覚えとけよ! 何もしないなら依頼達成は俺の手柄になるからな!!」
「えー!? そんなの無いよ、ギルマスー!」
「しょうがないな~。やるか!」
「そんじゃ、行くぞー」
空中からのバルドの通達に、観戦していたホビット達が仕方なさ気に動き出す。
バルドに突進して行くボスピピ角牛よりも素速く走り追い越すと、ラルムとサルムは落ちてくるバルドとボスピピ角牛の間に、距離を開けて並び立つ。
そうして互いに顔を見合わせてニヤリと笑うと、二人同時に足元の地面へとしゃがみこんだ。
「「そ~れ! にょっきにょき~!」」
ラルムとサルムが声を合わせ両手を地面へ叩きつければ、叩かれた地面はゴゴゴと地鳴りの音を立てながら隆起して、二本の柱があっという間に出来上がる。
土魔法で作り上げた二本の柱は、岩質でちょっとやそっとじゃ折れないくらい頑丈そうだ。
「ナイスゥー! そんじゃ次、俺な!」
今度はトートが出来たばかりの柱の間を、バルドの目には見えない速さで往復し始める。
トートの往復が終わると、ホビット達は直ぐに柱から離れて行った。
後はボス牛が、このまま落ちてくるバルド目掛けて突進してくるのを待つだけ、もうすぐだ。
『グモ……ッ!? ォ……!!』
柱の間に巡らせたのは、キラリと光りを反射する銀の糸。罠に使った撚る前の鋼蜘蛛の細い糸が、ピンと張られている。
そこにスピードがあるものが接触すれば、何が起こるのかは明白だった。
「ボスピピ角牛の輪切り、いっちょ上がり~!」
「……めちゃくちゃグロいけどな」
「なんかごめんな、ピピ角牛……」
張られた糸で輪切りにされたボス牛の肉片が、血飛沫を上げながらボトボトと落ちる。
あたりが赤く染まり、ついでに空中から帰還したバルドも返り血に染まってしまったのだった。
こうして水を飲みに降りてきたピピ角牛達は、群れのボスが狩られ、それは悲壮な空気を醸し出しながら、山頂へと戻って行った。
ピピ角牛達があんまり悲しそうな目をしていたものだから、ホビット達もちょっぴり罪悪感に苛まれている。牛にも家族愛というものがあるのだ。
「……ほんとごめん、ピピ角牛……」
「しゃあない。生きるってこういう事だからな……」
「美味しく食べるから許してくれ……」
水を出すのが苦手なバルドは、湖で血を洗い流した。それから自分を焼かない炎で身体を乾かしながら、ホビット達に小言を零す。
「本当にお前等は……やれるなら最初からやれ。マリールに何かあったらどうするんだ」
「――あれ? そういやマリーちゃんは?」
バルドの小言でホビット達はマリールの事を思い出し、キョロキョロと湖の周りを見渡すが、マリールの姿はどこにも見当たらない。
「お前等がボスピピ角牛を連れて来る前は、花柄のスライムを追いかけてたんだが……あの背負い鞄が置いてある付近に居る筈だ」
そう言いながらバルドが背負い鞄の置かれた場所を指差すが、ホビット達が目を凝らしても、マリールの姿は見えなかった。
「「「いないよ?」」」
「……蹲って観察していたから、隠れて見えないのかもしれん。――まあ、スライムはそんなに早く移動出来ないし、そう遠くへは行っていないだろう」
バルドがスライムについて言えば、ホビット達は呆れるように口を開いた。
「何言ってんの、ギルマス。スライム結構動き早いよ」
「黒虫並みにサササって素早く逃げるよ」
「俺らにかかれば早くもないけどなー」
「そ、そうなのか……!?」
ホビット達のスライム情報に、バルドは驚愕する。
バルドが今まで見て来たスライムは、先程マリールが見つけた花柄のスライムではなく、赤い色のスライムだけだ。どれも皆、動きが鈍く、とても大人しい魔物だった。
そう説明すると、ホビット達は納得したように声を漏らした。
「ああー……。それ多分、ギルマスが討伐したやつ食って、腹一杯になったスライムだよ。血肉消化中だから赤かったんじゃない?」
「あいつら腹いっぱいだとすげえ動き鈍くなるもんなー」
「大物食事して無ければ普段はすばしっこくて隠れてるからさ、ギルマス気付いてないだけだよ」
「そうだったのか……」
冒険者ギルド長なんて役職に着いているくせに、スライムの生態を良く知らないでいたらしいと、バルドは己の不勉強さに恥じ入った。
地面から2メートル以上離れているバルドの視界には、小さなスライムの姿は目に映り辛かったのもあるだろう。
だが、それはそれとしてだ。
トートが首を傾げる。
「――で? じゃあ結局、マリーちゃんは?」
「マ、マリール!! マリールー!!」
「マリーちゃーん!」
「マリーちゃーん!腹減ったよー!!」
バルドとホビット達は慌ててマリールを探しながら、背負い鞄の放置されている場所へと駆け付寄った。
だが背負い鞄の周辺で男達がどんなに大声で呼んでも、マリールは一向に姿を現してくれる気配は無い。
バルドがマリールを呼べば、何があろうとバルドの胸に飛び付いて来そうなものなのだが。
「やべ……迷子じゃん」
「『異界の迷い子』が迷子じゃん……」
「ややこしいー! けど昼飯どうすんの? マリーちゃん居ないと鞄からお昼取り出せないよ?」
「「一大事じゃん……!?」」
「お前等なぁ……。昼飯よりマリールの心配をしろ!!」
薄情なホビット達を叱り付け、バルドは一人、湖周辺をあちこち駆けずり回る。
もしかしたら湖に足を滑らせ落ちてしまったかもしれないと、湖の中まで潜って探した。
だが一向に見つからないマリールに不安を募らせ、バルドはみるみる憔悴していく。
「いないな~」
「どこいっちゃったんだろ? まさか森?」
「花柄スライム追ってたんでしょ? 俺たちも探して追ってみようぜ!」
「あ、ああ……」
ホビット達に促されて、バルドも地面に這いつくばって花柄スライムを探す。
身体が大きいと小さなものを探すのは一苦労だが、それでも必死になって花柄スライムを探した。
「――っ! いたー!!」
「うそ! どれどれ?」
「わお~! 本当に花柄!」
「おお……」
サルムがいち早く花柄スライムを発見したようだ。
皆がサルムの元へ集まると、そこでは確かに透明な身体に花を沢山取り込んだスライムがいた。
バルド達は早速、花柄スライムの後を追っていく。
蟻の隊列のように一方向へと向かう花柄スライムは、バルドたちが登ってきた山道から、少し離れた森の中へと続いていた。




