027. 花柄スライム
一方バルドとマリールはと言うと。
バルドは山草の採取に夢中になっているマリールの近くに、そっと背負い鞄を置いてやった。この調子では、あっという間に両手で持てない程の大量の草を収穫するだろう。
さながら、あっちこっちところころと転がり遊ぶ小熊を見守る親熊のように、バルドは周囲を警戒しながら、子供が出来たらこんな感じなのかと、マリールを父親の気分で見守っていた。
実際は書類上とは言え、夫婦なのだが。
「わー……これ何の花だろ? タデっぽいけど花の先端がちょっと違うしなぁ……。この世界特有の植物かな? まあ、後で調べる用に根っ子ごと収穫しとくか!――こっちのは附子っぽいけど、色がちょっと違うような……。附子なら毒系だから慎重に分けて……。いや、でも水辺に生えてるから違うのかな?」
マリールは目に入る目新しい植物に、次から次へと飛び付いていく。
すると地面を這い蹲るようにしていたマリールの眼前、草の中に、うにうにと動く塊が見えた。
その塊はこの湖の近くで花を食べて生息しているスライムのようで、透明な身体が可愛らしくも花柄だ。
「…!! かっ……かんわいい~!!」
実際はまだ消化しきれていない花が残っているだけなのだが、マリールは花だけを食べているスライムなんて見たことがなかった。
美容に良くはないが、きっとこのスライムを見せたら、アエラウェも喜んでくれる事だろう。少女趣味のアエラウェなら、花柄も好きそうだ。
だがその前に。この可愛らしいスライムを持ち帰り、飼育するには、生態を観察する事が必要だ。
餌や必要な物も一緒に持って帰らなければならない。寝床の土が特殊だとか、水を頻繁にやらなければならないとか、飼育するには色々あるのだ。
マリールは花柄スライムの食べているであろう花を沢山摘みながら、花柄スライムをじっと観察する事にした。
「……お?」
マリールが飽きもせずに観察を続けていると、花柄スライムは蟻のように列を成し、ある方向へと一列に進んでいるのに気付く。
その先は、ホビット達が罠を仕掛けている方向とは、丁度間逆側の森だ。マリール達が登ってきた、麓へ続く道とは少しだけずれている。
もしかしたらこの先に巣でもあるのだろうかと、マリールはそっと花柄スライムの後を追った。
バルドもそんなマリールの様子を面白そうに眺めていたのだが、突如興奮したような牛の嘶きと、ホビット達の叫び声に気が逸らされる。
バルドが叫び声のする方向へと振り返れば、此方へ必死の形相でホビット達が逃げ込んでくるのが見えた。
その背後には巨木を引き摺り地面を跳ねさせながら、見た事も無いような巨大なピピ角牛が、踏み荒らした草や土を巻き上げ追って来ている。
過去には何度もピピ角牛狩をした事があるバルドも、その大きさに目を瞠った。何せその角の太さと長さは、通常のピピ角牛の五倍はあるだ。
間違いなく、群れのボス牛だろう。
「ぬおわあぁぁぁ!!」
「ちょ、罠仕掛けた木、ぶっこ抜いたぞアイツ……!!」
「ぎゃー! こっち来る!! めちゃくちゃ怒ってこっち来るうぅぅ!!」
ホビット達が仕掛けた罠は正常に稼動した。稼動したのだが、先頭に現れた獲物が想定外だったのだ。
バルドの背丈より高いと言うから、その位を予想して仕掛けていたのに、バルドが二人居て立ったまま肩車した位の巨大なピピ角牛が、ホビット達の罠に掛かってしまった。
群れの先頭に現れた、ボスピピ角牛の前足を輪が絞り、撓る枝がバネのように跳ね上げた。
それに驚いたボスピピ角牛は山が震えるような大きな嘶きを上げたかと思うと、罠が成功して喜んでいたホビット達目掛けて突進してきたのだ。
罠を仕掛けていた巨木を引き摺りながら。
「「「 よろしくギルマスー!!」」」
「おまえらなぁ……!」
結局ホビット達は、早々に自分達の手に負えない獲物だと悟り、バルドに丸投げする事にしたようだ。
だがバルドからしてみれば、自分の背後にはマリールが居るのだから、此方にあの巨体が来られては堪らない。
バルドがちらりとマリールを確認すれば、この大騒ぎの中、マリールは集中しているのか、地面に這い蹲るようにして、相変わらず花柄スライムに夢中になっていた。
あのボスピピ角牛が此処まで来る前に、さっさと仕留めれば大丈夫だろう。
バルドはそう判断して、逃げて来るホビット達の方向へと駆け出した。あの背負い鞄はマリールの側にある。きっと大丈夫の筈だ。
――だがその判断が、後にバルドを激しく後悔させる事になる。




