026. 罠を仕掛けよう
バルド達は順調にピピ角牛の水場がある、山の中腹までやってきた。
常ならば、この山に入ろうものなら肉食の獣や魔獣が飛び掛ってくるものだが、何故か一度も遭遇していない。お陰で予定より数時間も早く、昼間に到着してしまった。
あともう少し登れば、目的地の湖が見えてくる筈だ。
「マリーちゃんに貰った獣避けが効いてる、のか……?」
「スッゲーなマリーちゃん! 俺これ買うわ!!」
「ホントですか!? あ、でもこれも販売許可取らないと……」
「そうだった……! も~……。めんどくさいなぁ、タグルール!」
「冒険者ギルドで買い取って売る形なら大丈夫だろう。薬じゃないから大っぴらに扱っても問題ない筈だ」
バルドの言葉に、マリールも「やったー!」と大喜びだ。
だがマリールは、ふと、違和感に気付く。
この山に入ってから魔獣も獣も遭遇しなかったが、割とどこにでも居る筈の、この異世界でも、どの異世界でも冒険には付き物の、あの愛すべき魔物が居ない。
「――私の獣避け、嗅覚が無いスライムには効かない筈なんですけど……。これまで一匹も見ませんでしたね? スライムかわいいから、この山のスライムがどんなのか見るの楽しみにしてたのに……」
残念そうにマリールが呟くと、バルド達も言われてみればと首を傾げた。
「そういや、そうだな」
「いっつもスライムなんて気にもしないから、気付かなかったよ」
「気付かなかっただけで居たんじゃない? 草叢とか」
「でも何時もならさ。いつの間に足元に居て、踏んだりしない? あれくっつくとなかなか取れないし、靴溶けるし最悪だよな~。かわいいか~?」
「えー!? スライムかわいいですよぉ! 食べる物違うからか、その土地土地でみんな違うし。ご当地スライムとかお土産で売ってたら、私集めます!」
「「「えええー!?」」」
マリールのスライムあつめ宣言に、ホビット達は思い切り顔を顰める。
スライムと言えば、ちょっと腹が減っては酸を出し、ちょっと突くとまた酸を出し、ちょっと踏んでもやっぱり酸を出す。
この酸が皮膚どころか骨まで溶かすものだから、うっかり酸をかけられた日には堪らない。最弱なのに最強に厄介な魔物だ。
ホビット達とマリールがスライムかわいい、かわいくない議論を交わしている内に、一行は無事目的地へと到着した。
山腹に突如現れた、ぽっかりと開かれた場所にある大きな湖は、大昔に山が噴火した跡に湛水して出来た湖だ。
今は春から夏へと変わる季節だからか、湖の周りに青々と茂る野草が、白、黄、橙、薄紫の色とりどりの花を咲かせて広がる、とても素晴らしい景色だった。
「ふわあぁぁ! きれーい!! それに芹だ! あ、真菰もある……!!」
「今は山の植物も活き活きとしていて良い時期だからな。良かったな、マリール」
「はい!! 連れて来てくれてありがとうございます!」
湖の周りには、白色の小さく細かな花が多数付いている草や、背丈の高い幅広の葉を房のように茂らせている草が群生していて、それがどうやらマリールの求めていた薬草のようだった。
瞳をきらきらと輝かせて興奮しているマリールをバルドがそっと地面に降ろしてやれば、マリールは嬉しそうに駆け出した。
バルドもマリールが転ばないようにと細心の注意を払いながら、その後を追って行く。
遠ざかって行くバルド達に向けて、トートが大きく手を振った。
「ギルマスー! 俺達こっちで罠仕掛けてるからー!!」
「ああ! ちゃんと仕留めろよ!」
ホビット達はピピ角牛が降りてくる、山頂側の森に罠を仕掛ける事にしたようだ。
そこはいつも通る道なのかピピ角牛の蹄跡や糞が落ちていて、幅の広い獣道が出来ていた。この山のピピ角牛がどれ程大きいのかが、獣道の状態で分かる。
「んじゃ、仕掛けるかー」
「「おー!」」
トートの合図を皮切りに、ホビット達は早速罠を仕掛けようと、それぞれが動き出す。
まずは獣道を挟む様に生えている木の中で一際大きな巨木を、紐縄を肩に掛けたラルムがするすると登って行った。
長く伸びて丈夫そうな太枝の先に、紐縄をぐるぐると巻きつけきつく結ぶと、ラルムは先端に移動して自らの重みで枝を撓らせ、紐縄を下へと垂らす。
その枝先の真下に居たサルムが垂れ下がった紐縄を飛び跳ねて掴むと、体重を掛けてさらに下へと撓らせる。
ラルムは紐縄とサルムの身体を伝って地面へと降り立つと、サルムと共に紐縄を掴み、枝が半円に撓るように、紐縄を反対側の木の幹へと回して押さえつけた。
「トート! この枝でいいかなー?」
「いいぞー! そままま離さないで持っててくれ!」
トートは鉄の剣でも切れないと言われる鋼蜘蛛の糸を拠った丈夫な縄を、ラルムとサルムが押さえている枝に固く結んだ。
縄のもう片側の先端で大きな輪を作ると、予め両腕程の長さに切って置いた太枝を、輪を作った縄に絡ませる。
それからその太枝をラルムとサルムの反対側の木の枝、丁度ピピ角牛達が通る道の上まで伸びている枝に引っ掛けた。
そこから垂らした輪は道を横切るように地面に寝かせ、千切った草で覆い隠せば、罠の完成だ。
縄輪を絡ませた太枝は、ラルムとサルムが紐縄から手を離しても、ちゃんと枝に引っかかって固定されている。
罠を仕掛け終わると、トートは満足そうにパンパンと音を立てて、両手の土を払い落とした。
「こんなもんでいいかなー?」
「……枝細くないかな? あいつら巨体だから、大猪の罠に使う枝より丈夫そうなの選んだけど……」
「イケルっしょー。これならギルマス位でかくたって余裕余裕~」
心配性で気が弱いサルムが、不安そうに撓る枝を見ながら言えば、楽観的なラルムが軽いノリで大丈夫だと、サルムの肩を叩いた。
ホビット達はそのすばしっこい小さな身体と速く走れる足を生かし、張った罠へ獲物を誘い込み、動きを封じてから止めを刺すのが得意だ。
どんなに大きな獲物でも、機転を生かせば仕留める事が出来る。そう信じていた。
だが、いつもは拡張鞄の性能のせいで、大きな獲物を刈る事が無かったホビット達は失念していた。
群れを率いるボスという存在が居る事を。バルドの背丈より大きなピピ角牛のボスが、どんな大きさになるのかを。




