02. オネエルフ
「ほへ――……。これがメルクの冒険者ギルド……。想像してたよりも、何だか」
マリールは冒険者ギルドに入るなりキョロキョロと室内を見回して、後から続いて入って来たバルド達に振り返る。
「すっっっご――く、少女趣味ですね?」
戸惑ったように小首を傾げたマリールの後ろに広がるのは、白を基調とした可憐な空間。壁や床が白いのは勿論のこと、白く塗られた木製の什器は花や蝶などの彫刻が施され、何組か置かれたテーブルと椅子に添えられているのは、繊細な刺繍やレースがたっぷり使われたクッションに掛け布。受付窓口らしき場所にも可憐な花が飾られていて、ここは貴族令嬢の部屋か何かかと言った具合だ。荒くれ共が集まる冒険者ギルドとは到底思えない、若い女性向けの可愛らしい室内だった。
マリールにはとても似合うが、一見少年に見えるホビット達もまあ似合うが、バルドには決してお世辞でも似合うとは言えない内装だ。
ここで漸く、マリールは「はて?」と違和感に首を傾げる。
昼間だからなのか、ギルド内にはバルド達以外の冒険者が一人も居ない。冒険者どころか受付窓口に居る筈の、冒険者ギルドの花とも言える可愛い受付嬢も居ないのだ。それに他の街の冒険者ギルドなら、パーティ募集や依頼待ちで、昼間から酒を飲みギルド内で屯してる荒くれ共が居て、女子供がおいそれと入っていける場所ではない。
確かギルドの扉には「本日休業」のサインも無かったので、マリールはさらに小首を傾げた。首を傾げ過ぎて、もう身体ごと傾いでいる。
「……。」
「まあ、慣れれば居心地いいっすよ?」
「ギルマスみたいに厳ついおっさんらが、そこの花飾ってるテーブル囲んで座ってるのも愛嬌あるし?」
「今は白が基調になってるけど、たまに桃色尽くしになったりで飽きないし?」
「桃色……」
苦虫を噛み潰したような表情で無言のバルドに代わり、口々にフォローをしてくるホビット達。マリールは「桃色」尽くしな冒険者ギルドを想像するが、桃色の中で荒くれどもが優雅に過ごしている姿を想像して、譫言の様に「桃…」「桃色…」と繰り返した。マリールの頭の中で、なかなかに破壊力のある絵面が出来上がりつつあるようだ。
「まあ、おかげでここのギルド、殆どの冒険者が依頼受けるのと達成報告以外、寄って来ないんだけどね~!」
「しかも周りの視線に耐えられなくて、他の街に本拠地移しちゃうし!!」
「「「ぎゃはははは!!!」」」
「……!!!」
フォローと見せかけて留めを刺してくるホビット達に、とうとうバルドは膝から崩れ落ちてしまった。その姿があまりにも悲壮なものだから、ホビット達はさらに可笑しくなったのか、益々笑いが止まらない。
「え? え? これ、旦那様の趣味なんです???」
恐らくだが、どの街の冒険者ギルドも内装やら外装はギルドマスターが仕切るだろうから、この少女趣味全開なのはギルドマスターであるバルドの趣味という事になる。まさかの未来の夫が少女趣味。予想外のハードルである。だが、マリールは挫けない。
「それでも愛しいって思えちゃうから、愛って不思議! きゃっ!」
「違う!!!」
「「「ぎゃははははは!!! ……ゲフォ!! ゲフフォ!!」」」
バルドへの愛にくねくね悶えるマリールに、今にも血の涙を流しそうな顔つきでバルドが否を叫べば、そんなバルドを見てホビット達がさらに笑い、咳き込みながら床をゴロゴロと転げ回り始める。
そんな混沌としたこの場に、突如低く美しい声が科を作り、頭上から降り注いできた。
「……いやぁねぇ。そぉんな鬼岩顔が、こぉんなに繊細で! 清楚で! 尚且つ嫋やかで可憐な! 素敵な感性持ってるわけないじゃないのぉ」
未だ嘗て聞いた事が無い、あまりにも美しい声に、マリールは誘われるように声の持ち主を探し、視線を上げた。
その目に飛び込んできたのは、受付の横から二階に繋がる、白い手摺と子柱に囲まれたアール階段を、ゆったりと優雅に降りてくる美しい女性。
色素を極限まで抜いた白銀とも白とも見える髪は、女性が動く度にまるで絹糸のようにサラサラと揺れ、同じ色の長い睫に縁取られた緑の瞳は、若葉のように明るく瑞々しい。その美しさに加えて長く尖った耳が、彼女がエルフであると物語っていた。
まるで映画のワンシーンのようで、その女性の周りはエフェクトが掛かっているかのようにキラキラと輝いて見える。思わず、という風に、マリールは感嘆の声を漏らした。
「--きれい……」
「……! んっまあぁぁぁ!! ちょっと聞いた!? き・れ・い ! ですって!!」
エルフはその美しくたおやかな白い手を両頬に当て、マリールに向かって真っすぐにやって来た。とてもこの美しい女性から出ている声とは思えない、低音の声で捲し立てながら。
仕草も言葉遣いも上品なのに、見た目も極上の美しさで気品が溢れているのに、低い声だけがマリールに違和感を与える。美しい声に変わりはないが、とにかく低いのだ。その違和感の元を探そうと目を凝らすマリールに、にゅっと腕が伸びてくる。
「なぁんて、正直で可愛らしい子なのかしらあぁぁぁぁ!?」
「ふぎゃっ!?」
勢いに若干腰が引けるマリールを捕まえて、エルフはお構いなしに抱き締めた。その力は強く、とてもこんなに細く美しい女性のものとは思えない。
ギシギシと背骨が悲鳴を上げる中、マリールは滅多にお目に掛れないエルフの感触を堪能しようと、五感を研ぎ澄ます。だが、何故かこのエルフには女性特有の柔らかさが一切無い。そしてなんだか腕も胸も硬い。そう、胸が無いどころか鉄板かというくらい硬いのだ。ペタンコ胸とかいうレベルではない。
これは、紛うことなき。
「オ……ネ、エ……?」
「え!? なんですって?? きれいなお姉さんですって!??」
締め上げられ意識が遠のく中、絞り出すように掠れる声を発したマリールを、歓喜したオネエルフがさらに締め上げ仕留めにかかる。とうとう、マリールの小さな口から「グエ」と、踏まれた蛙の鳴き声のような、最期の断末の音が漏れた。
「ちょぉぉぉぉ!? アエラウェさん!! マリーちゃん白目剥いてる!!」
「そうっすよ! オークキングの首素手で捻る自分の腕力考えて!!」
「俺、ドラゴンの鼻指で弾いて撃退したって聞いた!!!」
「やめろ! すぐに離せこのオカマが!!」
ホビット達が三人がかりでオネエルフを羽交い絞めにしようと飛びつき、バルドがぐったりとしたマリールをオネエルフの腕から奪い取る。だが救い出したマリールは、もう既に虫の息になっていた。骨の砕ける音はしていないから、骨は大丈夫なはずだ。皹は入っているかもしれないが。
「お、おい、大丈夫か……!?」
愛しいバルドの声に意識を引き戻されたマリールは、ゆっくりと目を開けた。若干酸欠で霞んだ目が、段々と明瞭になってくるにつれ、視界一杯に心配そうに眉を寄せるバルドの顔が映る。息がかかる程近くに、バルドの顔がある。それだけでも叫びたい程興奮してしまうのに、バルドは厳つい外見からは想像できない程、気遣わし気に優しく、ぺちぺちとマリールの頬を叩いていた。
「ギ……ギャップ萌えぇぇぇぇ!!!」
垂れそうになる鼻血を、マリールは必死で堪えた。好きな人の前で鼻水鼻血涎は垂らしてはならない。譲れない乙女心だ。
そんなマリールの乙女な葛藤に気付く筈もなく。血の気を失って白くなっていた頬が、血色が戻り赤過ぎる程になっていくのを確かめ、バルドは安堵の息を吐いた。只でさえ変わり種と誹られるメルクの冒険者ギルドで、死人が出るところだった。それもギルド職員が犯人だ。
身内から犯罪者を出さずに済み、安心して気を抜いたバルドの耳元に、野太くも美しい声がねっとりと響く。
「……いやぁねぇ、バルド。オカマだなんて……そぉんなに掘られたいのかしらぁ?」
赤く扇情的な唇を艶めかしく舌舐めずりしながら、チロリと向けるその捕食者の目に、その場に居た男達は思わず、さっと自分の尻を隠して震えあがる。
オネエルフはどうやらタチだったようだ。
「だ……だめ……旦那様は私の、なの……」
弱々しい声でバルドの首に縋り付き、オネエルフから身を挺して庇おうとする。小さなマリールの健気な姿に、バルドとホビット達は揃って胸を打たれた。
「「「マリーちゃん……」」」
「マリール、おまえ……」
実際のマリールはと言えば、バルドの首に縋りつきながら、どさくさに紛れて耳の後ろの匂いをスンスンと嗅いで堪能していたのだが、それを泣いて鼻水を啜っているものと、都合良く勘違いしてくれたようだ。「子供の姿で良かった!」と、マリールは内心ほくそ笑んだ。
「はぁ?? 旦那? バルドが???」
だが、そんな一見して感動の場面をぶった切り、オネエルフのアエラウェがバルドとマリールを交互に見やる。何度も何度も確認するように見てから、アエラウェは最後にバルドへと気遣わしげに声を掛けた。
「……バルド、女に相手にされないからって、とうとう……」
「とうとうって何だ!? 違う! こいつが勝手に言ってるだけで!!」
「最初は優しくしてくださいね…?」
「誤解を深めるのはやめろぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「「「ぎゃははははははは!!!」」」
頬をぽっと染めて恥ずかしがりながらも、さらにバルドの首にぎゅっとしがみつくマリール。引っぺがしたくても、先程のアエラウェの攻撃で弱っているであろうマリールを乱暴には扱えずに、バルドは両手を空で所在無くばたつかせる事しか出来ない。
内装が少女趣味なメルクの冒険者ギルドから、本日何度目と分からないバルドの絶望の叫びと、ホビット達の爆笑が漏れ響いたのだった。




