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お薬いかがですか?  作者: ほる
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01. お嫁さんにしてください!


 ここメルクは美しい湾と険しい山に挟まれた街である。


 王都から離れてはいるものの貿易船等が行き交い、人口も出入りもそれなりに多く、揉め事もそれなりに多い。だが、賑やかな港側から中央広場を抜けて山側へ入ると途端に静かなもので、通りにはこじんまりとした肉屋と野菜売りの店が軒を連ねて建っているくらいだ。


 その穏やかな通りを、身体ばかりか顔まで厳つい大男がのっそりと歩いて行く。男に気付いた肉屋の店主が、揶揄うように声を掛けた。


「おや、バルドの旦那。今日は警備兵にとっ捕まらなかったのかい?」

「ハンス。毎日捕まってるみたいに言わんでくれ……。」


 バルドと呼ばれた男が情けなく眉尻を下げれば、その様子が面白かったのか、隣の野菜売りの女主人までもが笑い出した。


「港の方は旦那の正体知らない旅人や新参の出店ばかりだからねぇ。とっ捕まるのが面倒なら、昼飯ぐらい自分で作ればいいのに」

「人には向き不向きってのがあるんだよ、エドナ。火事起こすより偶に警備兵に捕まる方がマシだろう?」

「マシとかいう話かねぇ。それに偶にでもないし」

「偶に一日に二度三度とっ捕まってるって意味じゃないか?」

「ああ! それなら偶にだねぇ!」


 肉屋ハンスの言葉に野菜売りの女主人、エドナが大笑いして納得する。バルドは確かに偶に日に二度三度、いや四度くらいは警備兵に通報されていた。


「ぐっ。……もう買いに来ないぞ」

「やだねぇ、旦那。料理しないアンタが買うのなんて精々干し肉くらいだろ?」

「お。そういや干し肉の在庫が少なくなってるから、また良い肉回してくれないか?」

「……依頼に出しとく」

「ああ、よろしくな――!」



 店主達に散々揶揄われてから、バルドは後ろ手に手を振ると、再びのっそりと歩き出す。


 この身体も顔も厳つい大男、バルドはこの街メルクの冒険者ギルドの長である。

 未だに独身で食事を作ってくれる相手も居ないものだから、食事は毎日港側にある食堂や屋台で適当に済ませていた。そして今も丁度、昼飯から冒険者ギルドに戻って来たのだが。


 バルドは眼前に広がる常とは違うその珍妙な光景に、大いに困惑していた。

 冒険者ギルドと云えば、死地を潜り抜け生きる荒くれ共が、仕事を斡旋して貰う場所だ。冒険者の中にはひょろりとした奴や女もいるが、見た目に反して揃いも揃って癖のある奴等ばかりである。

 そんな危険地帯の入り口に、自分の身体の三分の一はあるであろう大荷物を背負った子供が、冒険者ギルドの重い扉が開けられずに唸っているのだ。

 全身で扉を押しているのに、ちっとも動かない。後ろからちらりと見える小さく尖った耳は、力んで血の気が昇っているのか、熟れた果実のように真っ赤になっていた。


 このままでは子供が邪魔で冒険者ギルドに入れない。バルドは仕方なく子供に声を掛けた。


「……おい。そこはガキが来る場所じゃねぇぞ」


 すると、突然掛けられた声に驚いたのか、子供は「ひゃっ!」と垂直に飛び上がり、恐る恐る振り返る。その仕草はまるで、怯えた子栗鼠のようだ。

 振り返った子供の容貌に、バルドは僅かに目を瞠る。女子供がこぞって欲しがる流行の貴族人形のように、愛らしく整った白い顔。両の耳の上で結わえられた、ふわふわと豊かに波打つ白に近い淡金の髪。それ以上見開いたら、その翡翠色の宝石みたいな瞳がポロリと零れ落ちるのではないかと心配になる程、大きく真ん丸に目を見開き、薄桃色した小さな唇をポカンと開けて、子供は呆けた様にバルド見つめた。


(あ――……。こりゃ泣くな)


 バルドの身体は太い骨格の上に鍛え過ぎて盛り上がった筋肉で覆われていて、その厳つい身体には新古混ざって刻まれた傷跡があちこちにある。それに平常時でも肉食獣のような獰猛な貌をしていて、特に左目の眉上から顎に掛けて刻まれ肉が引き攣れ盛り上がった傷は、バルドの容姿をより一層迫力のあるものにしていた。故に女子供がバルドの顔を見ると、硬直して後に失禁か泣き叫ぶのが常であった。


 バルドが何もしていなくても、子供が火がついた様に泣き叫べば、周りの大人たちが騒ぎ出して警備兵を連れてくる。そして何時もの事に面倒そうな顔をした警備兵達が、「話を聞こうか」と肩を叩き、有無を言わさず詰め所に連れて行かれるのだ。酷い日には、これが何度も起こる。納得はいかないが、警備兵は民から訴えられれば必ず事情聴取をするのが仕事なので、仕方が無い。

 メルクに居を構える顔馴染みの住民達も、最初はバルドを擁護してくれていた。だが、泣き叫ぶ子供と興奮した大人達に何を言っても無駄だと悟ったのか、あるいは毎日の事で面倒だと思ったのか、今では擁護もせずに苦笑いをしながら、バルドが連行されて行くのを見送るだけとなったのだ。


 今日は珍しく港に出ても警備兵の世話にならなかったのに、まさか自分の家の前で警備兵に捕まる事になろうとは。バルドがうんざりした気分で溜息を零してから子供を見下ろすと、子供はその真っ白い頬をみるみる桃色に染めて、その大きな目を潤ませた。


(お? とうとう泣くのか?)


 これから襲ってくるであろう、子供特有の甲高く泣き叫ぶ声を想定して、バルドは身構える。だが、予想していたものとは違う衝撃がバルドを襲った。


「好きです!! 結婚してくださいっ!!」


 子供は両手を祈るように組んで、潤んだ瞳でバルドに迫る。あまりの予想外の出来事に、バルトは思わず「あ? ああ?」と、聞き返したとも了承したとも取れる曖昧な声を出してしまった。

 「しまった!」と思う間もなく、子供はまさかの了承に驚いて目を見開き、大喜びで両手を天に突き上げて、嬉しそうにぴょんぴょんと飛び跳ねる。


「やっ……!やった――!!!」

「「「いやいやいや! ちょっと待って、ギルマス!!」」」


 それと同時にバルドの背後から一斉に声を上げたのは、事の成り行きを見物していたギルドの常連達だ。小柄な少年にしか見えない、若いホビットが三人。一様にニヤニヤしながら、畳み掛けるようにバルドを非難し始める。バルドを揶揄って遊ぶ気なのが見え見えだ。


「犯罪ですって! ギルマスって変態さんだったの!?」

「その子まだ十歳にもなってないだろ!? そんな子にあんた……!!」

「見損なった! 見損なったよ! ギルマス!!」

「トート、ラルム、サルム……。おまえら……この街で仕事が欲しくないようだなぁ?」


 ゆっくりと振り向きながらバルドは歯を剥き出して、獣の唸り声のように低く、ホビット達に告げた。すると三人は慌てて子供に駆け寄り、宥めにかかった。冒険者にとって依頼が受けられなくなるのは死活問題だ。


「お、お嬢ちゃん! こんな怖いおっさんやめときなって!」

「そうそう、お嬢ちゃんならこの国の王子様だってイチコロだぜ? 何もこんな筋肉達磨の岩顔おっさん相手にしなくてもさぁ!」

「あと十年は年取ってからでないとな!」

「私の旦那様を悪く言わないで! それに私、こう見えて合わせて四十五歳なんだから!!」


 子供は頬を膨らませて、首に掛けられていた紐を服の中からズルズルと引き出した。現れた紐の先には大人の指二本程の大きさのタグが結ばれていて、それをまるで印籠のようにホビット達の目前に突き出して見せた。


 突き出してきたこのタグ。これは、この世界に存在する全ての国で共通する身分証明証だ。


 居住場所や家族構成等の国民情報や所属ギルド等が分かり、所属するギルドに行けば資産の預けや引き出しもこのタグ一枚で出来る便利なものだ。だが、税金も自動でこのタグから引き落とされるので容赦がない。帳簿の提出が無い代わりに、滞納や不正など出来ない仕組みになっていた。

 店や個人での売買もこのタグで取引する為、紛失したり奪われたりしないよう、それぞれのタグには魔石が埋め込まれ、持ち主の魔力を判断し、磁石のように離れない陣が施されている。


 殆どの国民は産まれた時から商業ギルドに所属し、職業に就けば、それぞれの職業組合にも所属される。商品登録や販売許可の審査は組合側で行われるが、書類管理は一括して商業ギルドが担っているので、職によっては「商業ギルド/組合/組合」等、複数の職業組合が記載される。

 だが、商業ギルドは年齢制限が無い代わりに、親や親族等の身元を保証する者等、三名の推薦が集められる信用ある者しか所属出来ない。何らかの理由で親の判明しない孤児達は、教会の運営する孤児院で有志の国民達で面倒を見る仕組みになってはいるが、彼等は殆どが保証人にはなれない。

 それはかつて、身寄りの無い者を何百人と養子にし、表向きは養子縁組を装った人身売買行為を働いた者が出た為だ。以来、血縁関係が無い者は養子を取れるのは一人につき一人。保証人になれるのも二人までとなり、それも余程の経済的余裕と社会的信用がある者のみと定められているからだ。


 しかし、それでは早々に働かなくてはならないのに、保証人も信用も無い孤児達はタグを作れない事になってしまう。その救済措置として冒険者ギルドが受け皿となり、五歳以上になれば誰でも登録出来るようになっていた。

 幼い子供でも出来る簡単で安全な仕事を用意して、依頼時には見守り役となる冒険者も必ず付ける事が決められている。そうして冒険者ギルドで地道に仕事をこなし信用を得た者は、冒険者ギルドが保証をし、商業ギルドにも所属出来るようになれるのだ。



 子供のタグにはこう記されていた。


名前:マリール

種族:エルフ+不明=ハーフエルフ

性別:女

年齢:八歳

所属:エスティリア共和国 / 商業ギルド / 薬術士組合

保証人:有(表示不可)

居住権:エスティリア共和国 / カンテラ


 通常、身元を明かす為には石の嵌め込まれた表面のみを見せるが、マリールはタグの裏も返して見せた。裏面には基本的な健康状態と魔法性質や特技等、個人的なものが記載されている。


生命力:21/30

状態:疲労

魔力値:表示不能

性質:緑 / 風 / 火 / 水 / 光 / 無

戦闘値:10

製薬:最大

創造:最大

料理:大成功確立70%・不具合確立30%   

備考:老齢の魂(異界最終年齢三十七歳) 異界の迷い子 



「「「「は?」」」」

「三十七歳で老齢って失礼しちゃうと思わない!?」


 「ね!?」と、同意を求めるマリールに、「いやいや、そこ問題!?」と、ホビット達が揃って突っ込みを入れたのは仕方のない事だろう。


「……俺、はじめて見たよ。『異界の迷い子』。しかもハーフって何?」   

「俺も……つーか生命力ちっさっ! 良く生きてこれたな……」

「この国で前に迷い子見つかったの百年前だっけ?」

「――いや、報告が上がってないだけかもしれん」


 『異界の迷い子』という荒唐無稽な存在は、世間に当たり前のように知られる程には、割と頻繁に現れる。理の異なる世界から魂が迷い込み、この世界で魂を失ったが機能だけはしている肉体に入り込んでしまった者を指す。

 元の魂を失った肉体の能力はそのままに、入り込んだ異界の魂の記憶による能力も加味される。その能力は変わったものが多いらしく、過去に現れた『異界の迷い子』は、歴史に名を残す者が多く出た。この身分証明証であるタグも、過去の『異界の迷い子』が発案・開発したものである。


 『異界の迷い子』の有用性が高いが為に、過去には彼等を攫い搾取する者が出た。しかし『異界の迷い子』の中には、確かに素晴らしい能力を発揮する者が何人も居たが、この世界の者とそう変わらない、それどころか只人よりも能力を持たない者の方が当然多く居たのである。能力を持つ者があっさり攫われる筈もなく、捕まるのは大抵能力が無い『異界の迷い子』だった。

 特出した能力が無い『異界の迷い子』が攫われ、価値が無いと知られればどうなったか。表に出せないが故に売る事も出来ず、大抵が腹いせに残虐の限りを尽くし甚振られたあげくに、その命を奪われていた。

 そしてある日、同郷の者が殺され怒り狂った『異界の迷い子』の一人は、たった一振り手を振り払っただけで、攫った者の居る国ごと消し去ってしまったのである。


 この出来事以降、自国に現れた『異界の迷い子』を保護し、決して無理強いする事を許さず、監禁等の独占を禁じる『異界の迷い子保護条約』が世界各国共同で結ばれた。

 だが、未だに隠れて『異界の迷い子』を虐げている欲深い者がいるようだった。他国では少なくとも数年に一度は保護報告が上がっている『異界の迷い子』が、このゴルデア国では百年近く一人も現れていないのだ。これには流石に各国も疑いの目を向けているが、ゴルデア国の王は知らぬ存ぜぬで押し通していた。

 

 自分に聞こえない様にひそひそと声を潜めて話し込む男達に、マリールはまた頬を膨らませる。こんな三十七歳は無い。いや、三十七 + 八歳か。精神年齢はこちらの世界の身体に引き摺られているようだ。

 仲間外れに膨れているマリールに気付いたのか、バルドがゴホンとひとつ、咳払いをした。


「あ――……それでマリール? 商業ギルド所属のおまえが、何をしに冒険者ギルドに?」


 冒険者ギルドは所謂「命懸けの力仕事や雑用仕事専門のギルド」で、孤児でも無い限り子供が来る場所ではない。マリールは既に他国で商業ギルドに所属しているのだから尚更だ。

 あるとすれば依頼者としてだが、この大荷物を見る限り、旅の護衛依頼か何かだろうと、バルドは中りをつける。子供ではあるが、マリールのその姿はまるで一端の行商人のようなのだ。他に旅の仲間か保護者が居て、その遣いでこの冒険者ギルドを訪れたのかもしれない。それにしても子供だけで寄越すのは不用心だが。

 しかし、マリールの小さな口からは、バルドの予想とは違う答えが飛び出した。


「はい! 私、薬術士として世界中に名を轟かせるのを目標に、薬を売りながら旅をしておりまして。今日は私の作った薬を、冒険者の皆様に買って頂けないかと、伺った次第です!」

「薬? 薬術士組合の販売許可証はあるのか?」


 元気良くセールストークを開始したマリールだが、発せられたバルドの疑問に、あからさまに顔を曇らせ目線を落とした。


「……効き目はちゃんとあるんですよ? だけど、この国に来たら、どの街の薬術士組合でも子供が作った薬だって販売許可証をくれなくて。私、三十七 + 八歳なのに……。」


 他の職業でも共通している事だが、何かを売ろうとする際、その国のどの街にある商業ギルドでも良いので、所属組合から販売許可証を発行して貰う事が必要だ。

 品質の悪い品を不当な価格で売らないようにする他に、他人の権利を侵害しない為の監視措置も兼ねていて、一度貰えればその国のどこでも販売する事が出来る。その為、大抵の商売人は入国した最初の街で許可証を取る事が多かった。


 マリールの職業である薬術士が薬を売るにも、売りに出す国の薬術士組合で一度許可証を得なければならない。

 だが、マリールがこの国に入国してから、何故かどの街でも販売許可証が取れなかった。薬を売ることが出来なければ、旅の目的である、マリールの薬を宣伝する事も出来ない。お蔭でとうとう路銀も心許なくなってしまった。

 仕方なく、この国は諦めて次の国に行こうと、他国へと渡る船がメルクから出ていると聞いてやって来たは良いが、やはりメルクでも薬術士組合の販売許可証は貰えなかった。


 だから、マリールは旅の資金を稼ぐ為に、冒険者ギルドに売り込みに来たのだ。

 製薬の腕が足らず、薬術士組合の許可が取れない見習い薬術士の練習と小銭稼ぎに、薬を安く冒険者ギルドに卸す事は許されていた。その場合、薬の性能を確かめ、買い取る値段を決めるのは冒険者ギルドになる為、正規の薬では無いからと、薬術士組合は一切の責任を問われないとされている。

 見習い価格では心許ないが、次の国に渡る路銀が稼げたら御の字だと、マリールはこうしてやってきたのだが。


「で・も! そのお蔭で素敵な旦那様が見つかったから、私勝ち組ぃ!! これが運命の出会いのやつぅっ!!」


 先程までの意気消沈していた姿は何だったのか。ニマニマと緩む頬を小さな手で抑えながら、マリールはクネクネと身体を捩らせて、バルドににじり寄る。気味の悪いマリールの動きにバルドもじりじりと後退しながら、先程のマリールの言葉について思考を巡らせた。


 商業ギルドで作れたタグを見せても、信用してくれなかったという。

 だが、見た目が子供だというだけで突っぱねられたというのは聊か疑問が残る。ここに居る三人のホビットだって見た目は少年のようだが、実はとっくに四十歳を超えているのだ。ホビットの中では四十歳を超えていても、まだまだ若者の年齢なのであるが。

 この世界では多くの種族が共存している為、種族によって見た目や寿命が異なるのは誰もが知っている。その上、肉体の年齢関係なく『異界の迷い子』の作る薬ならば、何か特別な効能があると考えるのが普通だろう。

 それを突っぱねるからには、只単にマリールの薬術士としての腕が見習い段階なのかと思えば、製薬レベルが最大とある。


 何かある。バルドは目を細めてマリールを観察してみるが、どこからどう見てもただの子供だという事しか判らない。存在する筈のないハーフエルフで、多少変わっている子供だが。


「……まあ、その薬とやらを見せてもらうかな。販売許可を出すかはそれからだ」


 「入りな」と、バルドがギルドの扉を軽く片手で押せば、マリールがうんうんと唸りながら押しても開かずにいた重い扉が、あっさりと動く。それを見たマリールは「凄い! ナイス腕力!! 素敵!!! 抱いて!!!」と、ひとしきり興奮してから顔を輝かせ、バルドに満面の笑顔を向けた。


「きっと気に入って頂けると思います、旦那様!!」

「いや、旦那になった覚えはねえ。とっとと入れ」


ここで漸くバルドは、マリールの求婚を拒否する事が出来たのだった。

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