024. エドナが仲間になりました
「しかし旨いじゃないか、このトマト煮。やるねぇ、お嬢ちゃん! うちの店で雇いたいくらいだ」
腸詰肉と玉葱のトマト煮に舌鼓を打ちながら、エドナは感心したようにマリールを褒める。
エドナは元冒険者だが、今や農場と食事処を経営しているバリバリの女実業家だ。朝から昼まで冒険者ギルド側にある畑で自ら育てた野菜を売り、夜は商業ギルド側で飲食店を取り仕切っている。
冒険者時代はその身のこなしを生かし、斥侯をしていた。情報が命と知っているエドナは、引退後も変わらず飲食店で情報を集めているのだが、もはや身についてしまった職業病と言っても過言ではないだろう。
そのエドナに頼めば、飲食組合に話を通す事は容易になる。アエラウェがエドナに直接頼み事をしたのも、そんな理由からだった。
「エドナさんの作った野菜が美味しいからですよ~。味見に生で齧ったらすっごく肉厚で甘くて! 煮込んでしまうの勿体無いくらいでした。お昼には生のトマトで何か作ろうと思ってて」
「うん。これなら食堂開くのは問題ないんじゃないかい? 失敗したら景品つくんだっけ? それも刺激になっていいと思うよ。――ただ、此処だと早々客は来ないだろうからねぇ……気長にやんな」
「ありがとうございます! がんばります!!」
「……でもねぇ、アエラウェ様。この薬、これは直ぐにばれると思いますよ?」
マリールのすごい薬ですごい事になるのを身を以って知ったエドナは、だが薬についてはどうも気が乗らないようだった。
自分のように怪我で冒険者を引退した者は多く居る。隣で肉屋を営んでいるハンスもそうだ。
病気で働けない者も知っている。病気の家族の為に必死で働いても、その治療費で共倒れになる者も数え切れない程居る。この薬がゴルデア国でも流通出来れば、どんなに助かる事だろうか。
エドナもマリールの薬を広めてやりたい気持ちはあるのだ。だが、そうなればこの小さな少女の身が危険に晒されてしまう。
「薬のレシピはちゃんとした薬術士しか使いこなせないから、草入りの飴としてレシピ登録して貰えば良いわ。それから隠れ蓑として、何人かに薬のレシピで飴を作って先に売って欲しいのよ。そうすれば、その草飴を試した人も薬としての効果が無いと分かるだろうから」
「そりゃ、それだけなら構いませんが……」
「それから。本当に困っている人が居たら、此処でやる食堂に来るように、それとなく薦めてくれないかしら? マリーちゃんの薬を飴として飲んで貰おうと思うの。他の人の作った、効果が無い飴の中に一粒だけ混ぜてね。それを景品として渡しても良いわね」
「……ばれると思いますよ?」
「あらぁ。おいしい食事を食べてたら体力が付いて治った。なんて事もあるじゃない?」
アエラウェはこう言うが、エドナには無茶な話にしか聞こえない。だがマリールの薬は余りにも魅力的だ。エドナは協力するか決め兼ねていた。
悩むエドナに、もうひと押しとばかりにアエラウェが唇を開く。
「……さっきの粉末スープ。これのレシピ、登録しても良いのよ?」
「さっきの、ですか? スープストックを粉にしたものも……?」
突然粉末スープの話を持ち出してきたアエラウェに、エドナの眉もピクリと動く。
店で粉末スープを出す気は無いが、持ち帰りように売っているパンや焼き菓子と一緒に売るのは有りだ。
それにスープストック。腐る心配がある夏場、暑い中で毎日焦がさないように何時間も火の番をしているのが、一気に作り貯めて置けるのなら随分と助かる。
エドナはどちらかと言うと、粉末のスープストックに興味を惹かれていた。
「ええ。協力してくれるのなら、見返りに。いいのよね? マリーちゃん」
「へ!? ええ、良いですよ。というかこの粉末スープ、あとスープストックの粉末も、元々私が居た世界の誰かが考えたものだから、マージンとか要らないです」
「「え」」
アエラウェは粉末スープのレシピを見返りに、エドナにも利があると示して交渉を有利に進めるつもりで居たのだが、なんとマリールが自分の利益は要らないと言い出してしまった。
これにはアエラウェもエドナと共に驚くしかない。
「自分で売る程作るのも大変ですし、誰かが作ってくれたら助かりますしね。乾燥させるの大変かもしれないですけど、その辺は魔法が使える皆さんで考えて頂ければと。それで私にも売ってくれればと!」
「い、いいのかい? これ多分、ものすごい利益出るよ?」
「はい! いろんな方が作った方が、競合して美味しいもの生まれますからね~」
「……欲が無さ過ぎるわ、マリーちゃん」
「ん――……。でも私、薬売りで生計立ててくつもりですし。いっぺんに頭使うの苦手なんで」
えへへ、と、自分の情けなさにマリールは笑う。
『異界の迷い子』の知識とマリールのチート鞄があれば、薬売りなんてしなくても豊かに生活できるようになるのに、自らそれを捨てていく。
不器用過ぎるマリールに、アエラウェもエドナも驚きを通り越して呆れるしかない。この子供は世間知らず過ぎて心配だ。
アエラウェはこの欲の無いマリールの為に、せめて薬を広める夢を叶えてやりたいと、改めて思う。
「――ねえ、エドナ。どの道ばれるとは思うのよね。だったら少しはこの国の薬術士組合に、一矢報いてやりたいじゃない? 病気や怪我人が減れば困るのはこの国の薬術士達でしょ? 気づいた時には手遅れになるくらい、やってやりたいわね?」
「私からもお願いします、エドナさん。私すっっっごーく! この国の薬術士組合、嫌いなんです。他の国の薬術士さん達は、困ってる人の為に薬を作ってるのに。一部の薬術士のせいで、全部の薬術士が同じだと思われちゃう!!」
マリールは怒っていた。自分の薬がこの国で堂々と薬を売れないのも、この国の薬術士達のせいだ。
お陰でバルドの嫁には成り行きでなれたが。その辺はちょっとだけ感謝してやってもいいが。だが、それはそうと腹が立つ。
怪我や病気で生き難さを強いられた人々に、「お薬いかがですか?」と言って、飴のような薬を渡してから、治った時の驚き様を見るのが好きだっのに。マリールはこの国に来てから、ストレスが溜まりまくっていた。
マリールが真剣な表情でぷんすこ頬を赤くして怒るのを見て、エドナも腹を決めた。
こんなに小さな子供が戦おうとしているのに、何を良い年した大人がうだうだと悩む必要があるだろうか。危険ならば全力で守ってやれば良い。
「――よし! やってやろうじゃないか!! アタシも薬術士組合の奴等嫌いだからね、ぶっ潰してやる!!」
「その意気よ、エドナ!!」
「やったー! お薬飲んで貰える!!」
「……なあ。そろそろ飯食っていいか?」
アエラウェとエドナの交渉が終わるまで、空腹なのに美味しそうな匂いを嗅がせられるという拷問。それに食べ頃に温かかった料理が、今やすっかり冷めてしまっている。
気不味そうに話に割って入ったバルドの後ろでは、ホビット達が涙と涎を流し、腹を鳴らしながら、死屍累々と床に倒れていた。




