宴はお開き(3)
「──勇者様、そろそろ」
「へあ、あ、はい」
勇者は我に返り、間の抜けた返事をする。そんな彼に、堕天使は極上の微笑みを向けた。
「わたしの我儘を叶えて頂き、ありがとうございます。勇者様は、やはり勇者様でした」
「そ、それはよかった。占いのおかげかな」
理想の女の子から褒められ、満更でも無い勇者は、へら、とだらしなく笑う。
直後に彼女の背後から射殺さんとする鋭い視線に晒され、すぐに笑顔を引っ込めて肝を冷やすことになったが。
気を取り直し、周りの連中に「じゃあなー」となんともテキトーな挨拶をしてオサラバしようとしたところで、不意に欲が湧いた。
「あ、あのさ……」
言いにくそうに口を開くと、堕天使がきょとりと目を瞬かせる。
「俺、実はいろいろ不安なんだよね。こっちの世界にいる時も、勇者なんて務まると思えなかったし、ちゃんと帰れるかって、不安だったけど。帰れるって分かった途端、向こうで持ってた悩みがいろいろ沸いてきて、さ。悩みは──まあ人並みにあったから」
だからもし可能ならでいいんだけど、と彼は言い訳のような前置きをした上で、“お願い”をした。
「もう一回だけ、占ってくれない? 俺がこっから先も、“勇者”でいれるか」
今この時のように、恐怖と共に、歩けるか。歩んだ先に、この光はあるか。
きみが大丈夫と言ってくれたら、大丈夫な気がするから。
それは、もしかしたら恋だったかもしれない。燃えるような、本気の恋ではないけれど。“憧れ”や“夢”に限りなく近い、淡い恋心。
断られたら、それまで。
このくらいの望みなら、どこぞの剣士に斬られることも無いだろう、多分。そこまで心は狭くない、……はずだ。
──どうせこの先はずっと独り占めなんだろうし。
いろいろな──命の危機を含めた──ドキドキをそっと包み込むように、「お安い御用です」と優しい笑顔をプレゼントされる。
手渡されたのは、サイコロがひとつ。
「わたしは、貴方様は勇者様だと確信しております。さあ、数字を仰ってくださいませ。必ずその数字が出るでしょう」
一度目よりも、穏やかで、それでいて強い想いのこもった言葉に、何故だか泣けてきた。
「わたしは“友人”として、貴方様の幸運を祈ります」
うわ、フラれたよ。
分かりきっていたことだが。苦笑しながら、「1」と数字を唱える。
勇者は優しくサイコロを転がした。
──ころころ、ころ……ころ……
出た目は、
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「お帰りになりました」
髪を揺らした風の暖かさに目を細め、堕天使は小さく呟く。
余韻に浸る堕天使を横目に、周りは、さーて終わった、とばかりにさっさと動き出す。
「では私は城に戻りましょう」
「貴方一人でしょう? 仕方ないわね、アタクシも城に戻るから、ついていってあげるわ」
「え、戻るの? 地上界に? 僕のことは?」
途端に動揺する宰相に、魔女は呆れた目を向ける。「引越しの準備よ。貴方まさか、アタクシに身一つで居を移せっていうの?」と告げる口調はつっけんどんだが、照れ隠しなのだとすぐに分かった。
「身一つのきみを迎えるだけの経済力はあるつもりだけど……」
「っ、思い出の品とかもあるのよ!」
馬鹿! と罵る魔女の顔は赤い。
子供の頃プレゼントでもらったものとか、という声はとても小さかった。聞かせるつもりはなかったのだろうが、幸か不幸か宰相の耳にも届き、二人して赤面する羽目になった。
「……魔女殿。貴方が戻らないなら、私は一人で構わないが?」
賢者はやってられないとばかりに、ため息を吐いた。
「やれやれ、ようやく素直になったか」
無表情に、しかしよく見たら喜びを滲ませて、魔王は呟いた。もぞ、と村娘が動く。
「覗き魔、いい加減離せ。あと、オレも村に戻りたい」
「………………何故?」
「だってそこに住んでるからな」
さも当然という口調の村娘を完全に落とせる日は、まだまだ先になりそうだ。
友情と勘違いしていても弊害は無いと考えていた魔王であったが、ここに来て大きな壁にぶつかった。これから、彼女に恋を教えていかなくてはならない。
「仕方ない、また通い詰めるか。あそこの空気は美味しいし、裸体は綺麗だ」
覗き魔と言われても仕方がない発言を聞き咎めた宰相は、目を吊り上げる。
「ちょっと魔王様! またサボる気ですか!」
「だってお前、俺のためなら大量の書類もこなせるんだろう」
「…………言うんじゃなかった」
早速後悔している宰相に、「お前は両想いで結婚も秒読みだからこのくらい許せ」と頭の中で祝いの言葉を贈った。
「さて、ようやく終わった。帰るぞ見習い。──おい、なんだその目は」
「……別に、なんでも、ありません」
抱き締められた瞬間から、見習い天使はひどく冷たい目で、上司を見ている。
「おい、見習い。見習い?」
「聞こえてますよ。早く行きましょう。この男の報告者も書かないといけませんし、捏造書類も作らないといけませんから」
あくまで静かに話す彼女に、ニヤニヤ笑いが完全に消える。しかし見習い天使は消えたことさえ気付かない。目を向けていないから当然だ。
おい、とか、なあ、とか話し掛けるが見習い天使は一向に反応しない。
「歌姫様一筋だと思っていたのに、あんなに簡単に他の女の子を抱き締めるなんて、軽い。軽すぎる。不潔です。ああ、なんということだ……」
「馬鹿な子が、面倒なことになった」
神よ、なんの試練だこれは。
しかし馬鹿という単語に反応した見習い天使が途端にぎゃあぎゃあと喚いたので、大天使は優しく笑った。
「幸運を祈る、ねェ」
「駄目でしたか?」
不安そうな顔をしている堕天使の頭をぽんと撫でる。
「歌姫の祈りなんて最上級のモン、まァそりゃァ反則だろォが、いーんじゃねェの?」
職権濫用だろうが、もう罪をふたつ重ねた後だ。今更もうひとつ重なろうが、気にすることはない。いや、悪いことは悪いが、生憎と剣士も、清廉潔白な人間ではないので。
咎めないのは、彼女が、必要以上に自分の力を使わないことを知っているからだ。幼い頃の様子を見ても、今回の件を見ても明白であったから。
もし暴走したとしても、受け止める覚悟も諌める覚悟も持っている。
もうこれ以上寂しい思いをさせない、という覚悟は、それ以上に強い。
「さて姫サン、聞きたい話は? 行きたい場所は? ──なんでもしてやらァ」
まあ、と頰を染めた愛らしい堕天使は、それでは、と口を開く。
「先程賢者様が仰っていた“色ボケ剣士”とはどういう意味でしょうか」
「…………あー、それなァ」
あくまで純粋な期待に満ちた目に、賢者を罵倒しながら、さてどう誤魔化そうか、と考える。
この時間すら幸せだと思う自分は、少々頭がイカれてる、と思いながら。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
勇者は、自室の敷布団で目覚めた。
これは実は時間が経ってないというオチなのか、それとも数日後、数ヶ月後に戻ってきたのか、どちらだろう。
答えは枕元に置いてある携帯を見ればすぐに分かるが、勇者はあえて何も確認せずに、ベッドから起き上がる。
身体が軽かった。
きっちりと締めてあるカーテンを、勢いよく開く。
太陽の光が、勇者の顔を照らした。
──いい朝だった。
◆宴はお開き 了
これにて、堕天使のサイコロ、完結です!
最後までお付き合い頂き、ありがとうございます!
群像劇を書きたいと思い挑戦したものの、どうにも上手くいっていない感が満載ですが、皆様のお陰で無事完結致しました。
技量不足で、読み難い部分も多々あったかと思いますが、温かく見守ってくださり、ありがとうございます。
文章も構成もまだまだですが、愛だけはたくさん詰まっておりますゆえ!(たくさんカップル作ろうぜ祭り……)
今後とも精進して参りますー!




