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# 第九話 ## 「雨の日の帰り道」

# 第九話


## 「雨の日の帰り道」


六月の雨は、

やけにしつこかった。


朝からずっと降っている。


工事現場は最悪だ。


雨具は重い。

足元は滑る。

鬼塚は今日も機嫌が悪い。


「雨宮!!

そっち押さえろって言ってんだろ!!」


「はい!!」


叫び返す声も、

雨に吸われていく。


---


昼。


休憩小屋。


誰も喋らない。


カップ麺の湯気だけが、

ぼんやり揺れている。


坂本がつぶやく。


「雨の日ってさ、

なんか全部どうでもよくなるよな」


「分かります」


悠人は即答した。


ほんとにそうだった。


---


スマホを見る。


白石雫からメッセージ。


【今日も雨すごいですね】


それだけなのに、

少し救われる。


悠人は返信する。


【現場地獄です】


すぐに既読。


少し間があって、


【お疲れ様です】


その一言が、

やけに優しかった。


---


仕事終わり。


夕方。


まだ雨は止まない。


悠人は駅前で傘をさして立っていた。


「今日も会うんだろうな」


なんとなく思っていた。


根拠はない。


でも最近、

そういう“予感”だけは当たる。


---


「雨宮さん」


やっぱり来た。


白石雫。


薄いベージュの傘。


少し濡れた前髪。


小走りで近づいてくる。


「すごい雨ですね」


「ですね……」


二人並ぶ。


傘が少しぶつかる。


---


「傘、近くないですか?」


「これ以上離れたら濡れます」


「確かに」


くだらない会話なのに、

妙に落ち着く。


---


駅まで歩く途中。


白石が小さく言った。


「こういう雨の日って、

ちょっと嫌いなんですけど」


「はい」


「でも最近は、

少しだけマシです」


悠人は横を見る。


「なんでです?」


白石は少し考えてから言った。


「雨宮さんと会うからです」


悠人の足が止まりかける。


---


駅の前の信号。


赤。


車のヘッドライトが、

雨に滲んでいる。


白石は続ける。


「婚活の時は、

雨の日ほんと嫌いでした」


「みんな疲れてて、

うまく喋れなくて」


「帰り道も一人で」


白石は少し笑う。


「でも今は、

誰かと一緒に歩けるから」


---


悠人は何も言えなかった。


ただ、

傘の中が少し狭く感じた。


---


信号が青になる。


歩き出す。


その時。


白石が小さく言う。


「雨宮さん」


「はい」


「今日、

うち寄っていきます?」


---


悠人は一瞬止まった。


「え」


「濡れてるし、

タオルくらいありますよ」


「いやそれって」


「変な意味じゃないです」


白石は即答する。


でも少しだけ顔が赤い。


---


悠人は笑う。


「じゃあ……お邪魔します」


白石も少し笑う。


「はい」


---


アパートの一室。


小さな部屋。


白石はタオルを渡す。


「狭いですけど」


「落ち着きます」


「それは褒めてます?」


「褒めてます」


少し笑う。


---


二人はソファに座る。


雨の音だけが響く。


沈黙。


でも嫌じゃない。


---


白石がぽつりと言う。


「雨宮さんって」


「はい」


「安心します」


悠人は少しだけ驚く。


「俺がですか?」


「うん」


白石はカップを持ちながら続ける。


「頑張らなくていい感じがするので」


---


悠人は少し笑う。


「それ、褒めてるんですか?」


「褒めてます」


即答だった。


---


外ではまだ雨が降っている。


でも部屋の中は、

少しだけ静かで温かい。


悠人は思う。


人生は変わってない。


仕事も、収入も、何も。


でも。


一つだけ違う。


---


“雨の日に、帰る場所ができたかもしれない”


そう思った。


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