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# 第十二話 ## 「名前を呼ぶだけで」

# 第十二話


## 「名前を呼ぶだけで」


冬が近づいていた。


空気が少しだけ冷たくなって、

夜の街が静かに見える季節。


雨宮悠人は、

仕事帰りのコンビニで缶コーヒーを買っていた。


いつもの癖でブラック。


少し苦い。


でも、最近はその苦さが嫌いじゃなかった。


---


スマホが震える。


白石雫。


【今日、寒いですね】


悠人は少し笑う。


【寒いですね】


【今どこですか?】


【コンビニです】


すぐ返事。


【じゃあ少しだけ会えます?】


悠人は一瞬だけ固まる。


「少しだけ会う」


その言葉が、

もう日常になっていることに気づく。


---


駅前。


白石はマフラーを巻いていた。


息が白い。


「寒いですね」


「ですね」


それだけで少し笑う。


もう説明はいらなかった。


---


二人は歩き出す。


目的地はない。


ただ歩く。


それが普通になっていた。


---


白石がふと聞く。


「雨宮さんってさ」


「はい」


「私のこと、なんて呼べばいいですか?」


悠人は少し驚く。


「え?」


「ずっと“白石さん”ですよね」


「確かに」


---


少し沈黙。


夜の風。


白石は小さく言う。


「なんか、距離ある感じしません?」


悠人は笑う。


「でも急に名前呼ぶの恥ずかしくないですか」


「今さらです」


即答だった。


---


悠人は少しだけ考える。


そして、口を開く。


「じゃあ……雫さん」


白石が止まる。


一瞬。


---


「……はい」


それだけ。


でもその返事が、

少しだけ柔らかかった。


---


白石も言う。


「じゃあ私も」


「はい」


少し間。


白石は小さく笑って言った。


「悠人さん」


その瞬間。


悠人の胸が少しだけ鳴った。


---


ただ名前を呼んだだけ。


それだけなのに。


空気が少し変わった気がした。


---


白石が歩き出す。


「なんか変ですね」


「何がです?」


「名前呼んだだけなのに」


悠人は笑う。


「変ですね」


---


コンビニの光が遠くなる。


街灯の下。


二人の影が並ぶ。


---


白石がぽつりと言う。


「ねぇ、悠人さん」


「はい」


「私たちってさ」


「はい」


少し間。


白石は少しだけ笑って言った。


「もう“ただの知り合い”じゃないですよね」


悠人はすぐに答えなかった。


でも迷いはなかった。


「……ですね」


---


白石は少しだけ安心したように笑う。


---


その夜。


何も特別なことは起きなかった。


告白もない。


キスもない。


ドラマみたいな展開もない。


---


でも。


帰り道で別れる時、

白石が小さく言った。


「悠人さん」


「はい」


「また会いましょうね」


悠人は少し笑って答える。


「それ、もう確定じゃないですか」


白石も笑う。


「ですね」


---


そして二人は別れる。


でも不思議と、

離れている感じはしなかった。


---


“また会いましたね”は、

もう言葉じゃなくなっていた。


それはもう、

二人の約束だった。


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