10 命の恩人、だがチンピラ
レオンによって締め上げられた海賊たちの言い分では、黒幕はどうやら海の向こうの国のようだった。
「海賊の撃退と子どもの奪還までが、俺たちの仕事だ。政治の話は俺等の領域じゃない」
得られた情報と、この事態をどう扱うのかは子爵と侯爵で決めろ、と面倒くさそうに手を振った。
子爵は子どもたちを強く抱きしめ、肩を震わせている。
「お父様!」
「本当に、感謝いたします。どうぞ、こちらを…」
差し出されたのは薔薇色の真珠であった。
「本当にあるんだ、薔薇色の人魚の涙!」
光を反射し、物語のような神秘的な宝石に、ガイが思わず感嘆の声を漏らす。
「ああ。我が一族には確かに異能者が生まれるのだ。今回のような事件を避けるためにおとぎ話としているが…」
ごく稀に、現実のものとして語り継がれることがある。二百年とは物語にするには、まだ短い期間なのだ。
「後日改めて、侯爵へ報告に馳せ参じます。エレオノーラお嬢様にはお約束の通りこちらを」
見るものを惹きつけてやまない、艶やかな薔薇色の真珠を宝石箱に納め、丁寧に差し出された。
「俺たちの報酬、今回は出るかなぁ」
「微妙。…結局、最後はレオンだったとか言い出しかねん」
宝石箱を手に、二人は深海のような暗い目で天井を見上げた。
「また、大変申し上げにくいのだが…」
子爵がどこか気まずげにレオンを含めた三人に向き直った。
「子どもたちを救ってくれたことは、本当に感謝している。それは間違いない。だが、あなた方は刺激が強すぎる!」
無事に帰ってきた子どもたちが、少しだけたくましくなっていたのは好ましい変化だったが、言葉遣いに品位の無いものが混ざり始めていた。
「あら、お父様!恩人に向かって、そのくそったれな態度は良くないわ」
子爵は、再会を喜ぶ娘の口から飛び出した「くそったれ」という単語に、目に見えて卒倒しかけていた。
「私の日々の躾の努力が…。貴族としての品位が…!!!」
命の恩人であることは間違いない。だが、代償として愛娘の気品が音を立てて崩壊していく様に、胃のあたりを固く押さえた。
「おおー!確かにガラ悪くなってんな、マリーナ」
「そういえば、俺等って品が無さすぎて、『星屑の天球儀』を出禁になってんだもんね!」
あはは、と笑いながら「了解、了解」と、手を振る。
「子爵に言われずとも、俺等はもう引き上げる。心配するな」
カカッと笑いながらレオンもそう告げて、マリウスの頭に手をのせた。
「妹を守ったお前は勇敢だ、良くやった。……だがな、力だけが強さじゃねぇ。貴族には貴族の、お前にしか守れねぇやり方がある。適材適所ってやつだ。覚えておけ」
グシャグシャと頭をかき回されたマリウスの頬が、薔薇色の真珠よりも鮮やかに染まった。
「リンもガイも行っちゃうの!?」
服の裾を握るマリーナは出会ったときとは大違いである。大きな目に涙を溜めているところは変わらないが。
「いちいち泣くなよ、面倒クセェな。『るるなる』になるんだろ?」
「あはは!頑張れー。めちゃめちゃ強くなんないとね!」
きゅっと、小さな手を握りしめマリーナは二人の服から手を離した。
「もう、二人とも嫌い!!マリーナだって、スッゴク強くなって二人を絶対びっくりさせるんだから!」
乱暴に目元を擦り、海に反射する日の光のような眩しい笑顔で、リボンのついたペンを構えた。
「おーおー、その調子だ。そのペンはお前にやるよ。おもちゃだけどな!」
ゲラゲラと笑うリンに、ゲシゲシと蹴りをいれる愛娘。その様子に子爵はガックリと肩を落とした。
一刻も早く、引き離したい。
年頃の娘を持つ父親の切実な願いであった。
半ば、追い出されるように子爵邸を後にする三人は、一番初めに落ち合った、町の食堂で別れる。
「レオン、ギルドには戻らねぇの?」
「まぁ、ひとつ報告をすませとかねぇと、ババァがうるせぇからな。その後顔を出すさ」
「ねぇ、侯爵サマって怖いんじゃないの?いいの、そんなこと言って…」
レオンはいつもの弾けるような笑顔で言い切った。
「今更だ!」
さっさと向けられた背中を見送りながら、レオンの立ち位置がますます分からなくなる二人であった。
「俺等も、報告に帰るか…」
まずは自分達も報告だ。




