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たびねこの雨  作者: のあ
3/4

零れ落ちる幸せ、ありふれた幸せ

薄暗い室内に明かりが射し込む。

「母ちゃんただいまぁ!」

元気よくイノシシが入ってきた。部屋の奥には痩せ細ったイノシシ。母ちゃんと呼ばれたイノシシが身体を起こす。


「おかえり。どうしたんだい?今日は何かいいことでも、あったかい?」


そう言うな否や、彼女は咳き込む。

「母ちゃんは寝てないと!」

先程、猫と交換した鹿の角を背に隠しながら近寄る。


「すまないねぇ…なんにもしてやれなくて……」

頻りに咳をするイノシシの母。何かの病だろうか


「いいんだよぉ。そんなことよりさ!母ちゃん良いものが手にはいったんだよ!ほら!」


そう言いながらイノシシは持っていた角を差し出す。

「あんたぁ…これ……どうしたんだい?」

驚嘆した母は子に聞く。

「猫と交換したんだよ!ようやく手に入ったよ母ちゃん!これで楽になるね!」

嬉しさと達成感からか、捲し立てる様に話す。


「この里じゃ手に入らない」「まず無理だろう」という事から絶望されていた鹿の角。

煎じて飲めばたちどころにどんな病も吹き飛ばすという鹿の角。

それが今ここにあるのだ。

「猫?何を言ってるんだい?」

「オイラの目論見は当たったよ母ちゃん。母ちゃんを放って鹿の村には行けない。ならここで交換屋をしてればなんとかなるって。少し高く付いたけど、治るなら安いもんだよ!ほら!今から煎じてくから、待っててな?」


溢れんばかりの笑顔。

この子は本当にこの時を待っていたんだなぁと母は思う。


「ゴホッゴホ……本当にありがとうねカリュドーン…」


カリュドーンと呼ばれたイノシシはとても嬉しそうだ。


元気なイノシシ…カリュドーンは台所をガチャガチャと探す。暫くすると爪研ぎだろうか。大きな棒状の金型のヤスリを取り出し、ゴリゴリガリガリと鹿の角を削っていく。


(もう少し…とりあえずもう少し…)


角の先を粉末に削り、それを湯飲みに少しだけ入れる。

水を水桶から汲み出し、鍋で沸かしていく。

やかんなんて、随分と昔に壊れたまんまだ。

火を起こして待つ。その間な母の様子を伺うために振り返る…


振り返ると、そこには微笑んだまま仰向けになっている母がいる。良かった、喜んでくれてる。


「母ちゃん!もうすぐだからね?湯を沸かしたらすぐ飲めるから!もぉすぐだから!ね?母ちゃん」


微笑んだ母に反応はない。

「母ちゃん?」

ずっと微笑んだままだ。

「母ちゃん!?」

我が子が自分を想ってくれ

「嘘だろ母ちゃん…母ちゃん!!」

優しく、大きく、立派になってくれた。

「母ぁぢゃぁん……!!ッグ……母…ち」



良かったわ。


「嫌だぁああああああああ!!!母ちゃあああああああああああああん!!」


母をどれほど揺さぶっても目を開けない。

終いには母を叩いても優しい微笑みのまま。


目を開けることはない。


なんでこんなことになったんだ……

ようやく手に入ったのに……


どうして……


天を仰ぐカリュドーン。


(神様……!どうして……!!)


声にならない声。

小さくみすぼらしい家に響く、慟哭の叫び。


……

助ける事が出来なかった……

恩返しの1つも、なんにも出来なかった……


カリュドーンは、体温が少しずつ、少しずつ。冷たくなっていく微笑む母の前を微動だにせずにいた。


その間に何度か誰か来たような気がするが、カリュドーンはそのまんま。


母を泣きながら見つめていた。




『ほう、この里にはそんなにこれが採れるのか。』

雨の声が響く。

「ええ、お陰様で交易に事欠くことはないんで私らは食っていけてるんです。」

バラハは何故か自慢げに言っている。

しかしイノシシイタケは金と交換出来る程の代物だ。

方や鹿の角は噂が先立つモノで、万病に聞くと言われるがそれは眉唾だ。

それを交換したあのイノシシはどうしているだろうか…まぁ大丈夫か。


囲炉裏を囲みながら、バラハ手製の麦汁を啜る。

熱いものは苦手だ、と知っているのは流石。このイノシシ、やるな。


十分過ぎる量の麦汁。

これには些か食べすぎだったが、仕方ないことだ。


「ふぅ、満腹だ。馳走になったよバラハ。」

そういうとバラハはにんまりと

「馳走だなんて。ありがたいことですよ!」


そういいながら椀を台所へと持っていく。

パチパチと燃える囲炉裏の火を見ながら、満腹がもたらす幸福感に雨はゆったりと座り込んでいる。


燃える薪の音と、台所から響くバラハの鼻歌に雨は思う。


(暫く此処に居てもよいかもしれぬな)


自身の目的を忘れた訳ではない。

何故私を拾ってくれたのか、救ってくれたのか…


何時になったら、何処へ行ったら会えるのかわからない。


途方もないのは知っているけれど、もう一度で良いからと願っている。


雨の表情が暗くなる。

眼の光が少し落ちている。暗いという言葉では語ることが出来ない表情。


(もう、帰る場所なんてないのだから……)


パチパチと鳴っている音だけが響き、雨はただ眼前の炎の揺めきをただ眺めていた。


次回、イノシシの村編終局。

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