キノコの価値
「はははははははは!やっはぁ!やっはほぉ!!」
ものすごい勢いで走るイノシシ。先程の交換屋のイノシシの様だ。
すれ違う村のイノシシの声なんか聞こえやしない。大喜びで走る。
彼の口にはイノシシの角が咥えられており、そのせいで歓喜の声も意味不明な叫びに聞こえる。
どしたんだよ?おーい…
なんかあったんだか?おーい…
聞こえた声はあっ、という間に風の音と同化して聞こえなくなっていく。
そうこうしている内に山の麓にある一件の家に着いた。
世辞にもキレイとは言えず、逆にみすぼらしいといった方が確かにといった様子の家にイノシシは入っていった。
そして家の中から暫くすると、大きな声が聞こえてきた。
一方、雨はイノシシの駆けた反対側へと歩いていた。
どこの家も茅葺きの同じ様。軒先にぶら下げている根野菜や果実等で見分けがつくかどうかという所だ。
(はて、この有り様では結局隣村まで向かわねばなるまいか…)
次第によっては野宿だな、とまで考えていた矢先に目の前が変わる。
「なぁんさ?余所モンさうち宿屋やってっから泊まってくか?」
先のイノシシとは違う、年季の入ったイノシシが声をかけてきた。
「ここらはなぁんもねぇで大したモテナシはできねぇが良ければぁよ?」
客引き、とも違った様子の声かけだった。
行く宛もなく、丁度良かった。
「ありがたい。世話になるよ」
「いいべよいいべよ。本業宿屋なんにだんれも来ねぇから廃業するとこだったさ」
ハッハッハ、と笑う初老のイノシシ。
嫌味のない彼の後を着いていく。
内心、なんとかなったな…という思いが強かったが何よりもこのタイミングでの声かけに驚いていた。
雨は、旅をしている割に臆病だった。
それが活きているのか、助かった事も多くある。
一人旅だが、行き当たりばったりで無計画なのに何とかなってきたのはこういう性格のお陰なのだろうな、などと考えている内
「ようこそ、イノシシの宿屋へ」
と不恰好に書かれた立て札、小綺麗ではあるが周りと大差無い大きさの家が見えてきた。
(まぁ町から遠いし、思った通りだったなぁ)
多少の落胆。少ししっぽの動きも悪くなり耳も前のめり気味だ。
しかし、宿には変わらない。
野宿より遥かにいい。と思い直し、初老のイノシシに言う。
「良い宿屋だ。私はこういうのが好きだよ。主よ、これで一泊させてもらおうか」
すっ、とイノシシイタケを出す。
初老のイノシシは小さな目玉を大きく見開いて見せる。
「こ、こ、これで一泊ぅ??ダメだよ猫さん!こんなもらってもなんも出せねぇってば!」
慌てるイノシシ。しかしここで使えるのはこれくらいだ。
「両替してきたんだが、ここで使えそうなものはこれくらいだったんだ。だめなのか?」
慌てる初老から考え込む初老。
宿屋を目前に誘われてきて泊まれない等とは前代未聞。
うーん、うーん、とああでもない、こうでもない、どうしたものかと悩むイノシシ。
「そうだ、こうしよう。」
雨が言う。
「そのイノシシイタケに見合うのは何泊なのだ?」
急な言葉に初老のイノシシは驚く、が
「これ一つならウチみたいな安宿なら…そうだなぁ……多く見積もっても二月程だろうなぁ。そんでどうすんだ?」
『では二月の間、私は個々に宿を取ろう。急ぎの旅ではない。なんなら多く見積もっても一月半でも良いぞ?』
そう言うとまた初老のイノシシはああでもない、こうでもない、どうしたものかと悩む。
段々とその様子が可笑しくなってきた雨はこう言った。
「どんな宿屋にも、宿帳はあるだろう。私がいる間を数えておくれよ。先払い、ということならどうだ?」
初老のイノシシは顔を上げる。それなら、と。
「わかった。ならそうしよう。」
雨は内心、やってしまったなぁと思っていた。
ここは通りすがりの村。よく居ても数日なのだ。
しかし切り出したのはこちら、野宿も不便だ。
旅に貴重品はあまり持ちたくもないので都合良いとは思ったが、まぁいいか、と。諦めた。
その途端にスッ、と気分が良くなる。
「ではよろしく頼むよ主よ。私は雨。旅をしているただの猫だ。」
差し出した手にイノシシも手を差し出す。
「任せてくだせぇ。宿屋の主、イノシシのバラハっていいまさぁ。」
変わった名前だな、と頭に過るが自分も然して変わらない。
この村に来て初めて、少しだけ安心した雨だった。
ささ、立ち話もなんです!とバラハは宿へと招いてくれた。
簡素な作りの茅葺きの平屋。見た目よりもかなり大きな空間と、玄関直ぐに見える囲炉裏。そこから通路が伸び、小さく分けられた個室が4部屋。最奥には台所?が見えた。
「部屋は好きな部屋を右奥以外のものをご使用ください。奥には台所がありますがぁ突き当たり左手には厠、右手には風呂があります。なにかあれば応えますよ!」
ドンと胸を叩き、バラハは台所へと向かっていった。
雨は左手前の部屋をあけた。
煎餅布団が畳まれて置かれており、小さな机も置かれている。
ここにするかと持っていた荷物を降ろし、ため息をつきながら座る。
鹿の角が化けたキノコ1つでエライことだ、残り2つは隣村で両替してしまおう、と思いながら。
雨はそのまま安心から重くなる瞼を押さえきれず、少しだけ眠ろうと目を閉じた。




