叶わない思い、報われない日々。
おい!しっかりするだ!
カリュドーン?カリュドーン??
ああ、アルテミス??アルテミスさしっかりするだよ!!
ダメだ。息をしてない。
カリュドーン……気の毒に……
(皆がなんかいってるぞ……わかんねぇ)
交換屋に出てない、畑にも出てこないカリュドーンを皆が心配し、家に来たところだった。
(母ちゃん……)
(俺……ごめんよ母ちゃん…)
塞き止めいていた堤防が決壊するように
大雨の後の川のように
カリュドーンの涙が溢れだす。
いたたまれない気持ちになったものは家を出、同情するものは共に涙する。
固まったように俯いたままのカリュドーンはが顔を上げる。
村の人がほとんど来ることのない我が家に訪れ、動かない母を囲んでいる。
そこにまた1つの光が射し込み、誰かが入ってきた。
「アルテ…いやカリュドーン!しっかりするんだ!」
声は宿屋のバラハだった。
こちらに勢いよく駆け寄り、彼が言う。
「おめぇ…大丈夫か?」
他にかける言葉がない、しかし腹の中からこちらを心配した同情でもなく、気遣いの言葉だ。
声にならない声を絞り出す。
「…大、丈夫だ。」
カリュドーンはフラフラと家の外へと向かっていく。
憔悴した顔を上げ、空を見る。
雲は流れ、太陽は輝く。
不意に、ざ。っと音がきこえる。
そのまま空を見ているカリュドーン。
音の主が話しかける。
『御主がどういう気持ちなのかは、わかるとは言わない。しかし、感傷から抜けて前を向いていくべきだ。』
カリュドーンは聞き覚えがあるが、辛辣な物言いの方向を見る。
そこには昨日の猫が腕を組んで立っている。
『感傷に浸る事は誰にでも出来る。それは誰かの為じゃない。自分を護るための行為だ。御主はそれでよいのか?』
猫は続ける。
『私は此処の事も、御主の事もよくは知らぬ。しかし、通りすがりの旅人にも故あっての旅が在るように、鹿の角をあれだけの物と交換をしたのだ。身内の病だろう。…だがな』
猫はそう言うが、とても続けにくそうにしていた。
「大丈夫、です。わかってはいたんです。オラも母ちゃんも。」
「母ちゃんの病気は、治らなかった。母ちゃんはオラじゃ助けられなかった。誰のせいでも無いのは、わかってるんだ。」
カリュドーンは歯を食い縛りながら
「でもさ!母親を助けたいのは子として当然だべよ!!どんな状態でも、母ちゃんが病気だったからオラが頑張ってなんとかしないとって、そう思って頑張ってきたんだ!」
猫……雨は目を細めながら、イノシシの激情に向き合っている。
「見てけろ!?ウチさこんなだよ!?こんな家のモンが交換屋なんて出来っか??いいや無理だよ!」
「でもな!なぁんも無かったから手探りで、手当たり次第、色んな利益に成ることを紡いで交換屋にしたんだよ!!」
家の中に居たイノシシ達も出てくる。
構いなしにカリュドーンは叫ぶ。
「イノシシイタケ採るのはいくら里の手練れでも骨が折れる!それを3つだしても惜しくない!なんでか!?ぜぇえええんぶ母ちゃんの為にやってきたことだっぺしさ!」
普段朗気、笑顔を絶さない彼の噴き出す情感に周りが固唾を呑むしかない。
「でもぉ…それも今日で終わりだぁ………結局、なぁんものこんなかった残んなかったぁよ。」
膝から崩れ落ちるイノシシに雨は近寄る。
「御主の母上はいつも御主に何と言ってきた?」
?何を、と顔を上げた時だった。
猫の眼の中に、映る自分を自分が「首を絞めている。」
「!!?」
急に周りが暗くなった。
日の光も、イノシシ達も居ない。
(なんだよぉこれ…)
混乱が自分を追い詰めていく。
声が出せない。
萎縮したイノシシは年に似合わず小さく震えている。
その顔をそっと雨が持ち上げる。
「御主は自分だけで気負い過ぎた。もっと周りを見て生きるがいいよ。」
その瞬間、猫の目が細くなったと思った時
あたりがパァーっと明るくなり、元の景色に戻っていた。
「カリュドーン、御主は少し休んでからでいい。前を向けるようになったらまた進んでいくといいよ。」
「私はもう行くよ。これ以上此処に居ても仕方ないだろうからね。」
踵をかえす猫にバラハ
「雨さん、あんたぁ一体何したんだ?」
周りのイノシシも、猫が現れてカリュドーンの顔を眺めて少しするとカリュドーンが落ち着いた、不思議な時間を見ていた。誰もが聞きたかった事だ。
「なぁに」
そういって雨はカリュドーンに目線を降ろしてこう言った。
「頑張っても救われないのなら、その気持ちだけを灌いでくれるモノがおってもいい。その役割を持っているだけだよ。」
意味わかんねぇ、よくわかんねぇ、と言ったイノシシの中
カリュドーンだけが雨を見つめている。
(雨さん…)
目線を戻し、歩き始める雨。その目はとても寂しく、悲しそうだった。
(やれやれ……やはり長居は出来ない体だったなぁ。)
イノシシの村を背に歩く雨。
身銭は増えたが、また一つ「荷物」も増えた雨はぼちぼちと歩いていく。
雨と名前を付けた、あの人に会いたい、会えればと願いながら。




