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姫君の憂鬱  作者: 夜流
3/3

第一王女の後悔

 翌朝。


 シルフィアは身支度を整え、食事を済ませ、午前の政務に励んでいた。

 現在シェインデル王国の内政において最優先にされているのは間近にせまる王女夫妻の結婚式である。

 しかし通常業務もおろそかにしてはならない。緊急性のない要件は後日に延期するなり人に任せるなりすればいいのだが、そうはいかないものもそれなりにある。

 採決の急がれる案件などを片付けつつ、シルフィアはこめかみをもんだ。


 これじゃあ、新婚早々政務に没頭されてしまいそうね…。


 苦笑交じりに溜息を吐いて、シルフィアは書類に署名を記すとペンを置き、侍女に紅茶を頼んだ。文官が机の上の処理された書類を片付け、侍女がお茶の支度をするわずかな時間。

 その空隙のように生じた休憩時間の中で、シルフィアはぼぅっと窓の外を見つめていた。


 父王はここのところ体調もいい。初夏のこの季節は比較的過ごしやすく、神殿で行われる式にも出席できるだろうというのが侍医の見立てであった。

 上の妹も普段の職務を離れて第二王女として、すでに訪れ始めている他国の賓客の相手を務めている。下の妹は在籍する歌劇座と王女の勤めを並行して行っていた。

 本来なら第一王女であり、主役である自分が来賓の相手をしなければならないが、父の公務も代行している身であり、彼女たちの協力は必須であった。妹たちに感謝しつつ、シルフィアは陶器に注がれた薫り高い紅茶に口を付けた。

 シニヨンにまとめられた淡い金髪。アクセントとしてわずかに垂らされた毛先を揺らしながら、シルフィアは清楚な美貌、そのなかでも特に顕著に人々の意識を惹くアクアマリンの瞳をやや伏せた。


 今日は午後からヨエルと会わなければならない。


 結婚式の最終確認、その段取りと打ち合わせのために二人で神殿に赴くことになっている。シルフィアが昼食を終え、支度を整えるころには彼が迎えに来る予定だ。


 正直に言おう。気が重い。


 シルフィアは婚約者となったその日から、ヨエルに対してはことさら事務的な態度をとっていた。たとえ夫になる人でも、自分は王となる娘。甘えていい相手などない。

 そうなんだかんだ建前の理由をつけて、――実際のところ彼に対してどう接すればいいのかわからなくて、ヨエルに対して拒絶するような態度をとってしまっている。


 しかし多くの人々は二人の微妙な関係を知らない。


 シルフィアは慈悲深く清楚な第一王女であり、ヨエルはそんな彼女を支える立派な若者として周囲の目には映っている。ふたりの結婚はおとぎ話の終焉のような、美しく幸せなものであろう。

 それが、繰り返すが多くの人々の共通認識であった。

 ゆえに人目のあるところでは、シルフィアはヨエルと仲睦まじい婚約者を演じなければならなかった。ヨエルの方は基本的にシルフィアに合わせている。事務的なシルフィアには事務的に。可憐な婚約者を演じる彼女には理想的な婚約者に。


 なんでこんなことになってしまったのだろう?


 決まっている。シルフィアのせいだ。シルフィアが、ヨエルにあんなに頑なになったから。もっと歩み寄ればよかった。きっと私、かわいげのない女だと思われている。

 ヨエルだってもっと歩み寄りたかったかもしれない。けれどヨエルは臣下だ。許されてもいないのに(公的には立派に許された仲だが)至高の王族に無遠慮になれなかったに決まってる。


 けれど、…けれど先に拒絶的な態度をとってきたのはヨエルではないだろうか?

 結婚を前にした女が、結婚が決まって初めて会ったときにどうしてあんなふうな恭順の姿勢を欲するだろうか?それともやっぱり、ヨエルにとってはそういうものなの?


 女王の最もそばにいる臣下。

 これが男王で、伴侶が妃だったらもっといろんなことが違っただろう。しかしヨエルは婿だ。高い政治的能力を持った、それを行使することが認められた立派な臣下だ。


 ヨエルにとっては、そういうことなのだろうか。だったら自分はいったい何なのだろう?こんな泣きそうな気分になるなんて、滑稽の極みではないか。なんてひどいひとだろう。


 ああ、もう私、完全に嫌な女だ。



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