第5話「二回戦へ――学校に広がる期待と、勝利へ向けた最後の調整」
第5話では、地区大会初戦を突破した肇たちが、次なる二回戦へ向けて過ごす学校での一日と、強豪校対策の練習を描きました。
初戦を四対一で勝利したことで、学校内でも野球部への期待は一気に高まっています。
廊下や教室で声を掛けられるエース兼四番・高橋肇。
吹奏楽部では、真悠が仲間たちと次の応援へ向けて準備を進め、チアリーディング部では眞衣も兄たちを後押しするため練習に励んでいます。
そして二回戦の相手は――私立明成学院。
甲子園出場経験もある強豪校です。
一条昴監督から伝えられたのは、初戦の勝利に浮かれず、すべてを切り替えて次の一試合だけを見ること。
投手・肇と捕手・前薗晃大のバッテリー。
主将・鈴木和誠を中心とする守備陣。
ベンチメンバーと十一人の女子マネージャー。
さらにスタンドから支える吹奏楽部とチアリーディング部。
全員で二つ目の勝利を掴むため、甲子園への挑戦は続きます。
地区大会初戦。
県立青葉高校を四対一で破り、肇たち野球部は無事に初戦を突破した。
しかし、地区大会はまだ始まったばかり。
甲子園までの道のりは長い。
次に待っているのは二回戦。
初戦の翌日は休養日となり、肇も千鶴と二人きりで久しぶりに穏やかな休日を過ごすことができた。
そして月曜日。
いつもの学校生活が戻ってきた。
ただし――。
校内の雰囲気は、初戦前とは明らかに変わっていた。
「高橋!」
登校して早々、肇は後ろから呼び止められた。
振り返ると、同じ学校の男子生徒が数人立っている。
「初戦勝ったな!」
「四番の二点タイムリー、すごかった!」
「投げても一失点だったんだろ?」
「次も頼むぞ、エース!」
肇は少し照れながら答える。
「ありがとう」
「甲子園行ってくれよ!」
その言葉を聞いて、肇は笑った。
「行くよ」
「おお!」
「言い切った!」
「絶対行く」
それだけ言って肇は教室へ向かった。
番外編で吹奏楽部三十人へ伝えた言葉と同じだった。
地区大会で優勝する。
そして甲子園へ行く。
もう、その目標を隠すつもりはなかった。
◇◇◇
一時間目が始まる前。
肇が教室へ入ると、今度はクラスメイトたちに囲まれた。
「エース来た!」
「高橋、昨日ニュースに出てたぞ」
「マジ?」
「地方のスポーツニュース。二点タイムリー打ったところ映ってた」
「見てない」
「本人が見てないのかよ!」
教室に笑いが起きる。
「次いつ?」
「今週」
「応援行くから!」
「俺も!」
「絶対勝ってよ!」
肇は自分の席へ座りながら笑った。
「簡単に言うなよ」
「でも高橋ならいけるだろ」
「相手だって勝ちに来るんだから」
初戦を経験して、肇自身の考え方も少し変わっていた。
試合前までは、
自分が抑える。
自分が打つ。
そんな気持ちが強かった。
しかし実際の試合では、四回にピンチを迎えた。
そこで助けてくれたのは仲間だった。
前薗晃大。
鈴木和誠。
そして内野手たち。
一人では勝てない。
それを実感した初戦でもあった。
「まあ、でも」
肇はクラスメイトたちを見る。
「次も勝つよ」
「頼んだぞ!」
◇◇◇
昼休み。
一年生の教室。
真悠もまた、吹奏楽部の友人たちと初戦について話していた。
「真悠ちゃんのお兄さん、すごかったね」
「うん」
「投手なのに四番ってすごくない?」
「昔から野球ばっかりだから」
「五十五本もホームラン打ってるんでしょう?」
「高校通算ね」
真悠は少しだけ誇らしそうだった。
「次も演奏するよね?」
「もちろん」
「甲子園まで行きたいなぁ」
「行くよ」
「真悠ちゃんまで言い切るんだ」
真悠は笑った。
「だって、お兄ちゃんが約束したから」
吹奏楽部三十人を甲子園へ連れていく。
あの日、音楽室で肇が全員の前で宣言した。
真悠は、その言葉を信じていた。
◇◇◇
別の場所では、眞衣もチアリーディング部の仲間たちに囲まれていた。
「眞衣のお兄ちゃん、本当にすごいね!」
「初戦勝ったね!」
「次も私たち応援するよ!」
「ありがとう!」
眞衣は嬉しそうに答える。
「でも、まだ一回勝っただけだから」
「急に冷静」
「お兄ちゃんが言ってたの。一試合ずつって」
実際には一条監督から肇が教えられた言葉だった。
それが妹たちにも伝わっていた。
「だから次は二回戦!」
眞衣が拳を握る。
「みんなで応援しよう!」
「おー!」
◇◇◇
昼休み。
職員室でも野球部の話題が出ていた。
「一条先生、初戦突破おめでとうございます」
教頭が声を掛ける。
「ありがとうございます」
一条昴監督は軽く頭を下げた。
校長も嬉しそうだった。
「いい試合でしたね」
「まだ課題だらけですよ」
「高橋君は良かったじゃないですか」
「結果だけ見れば、ですね」
一条監督は冷静だった。
「四回は明らかに力んでいました」
「やはりエースでも緊張しますか」
「高校生ですから」
その近くで資料を整理していた千鶴も、会話を聞いていた。
教頭が千鶴へ話を振る。
「東雲先生も応援に行かれたんですよね?」
「はい。吹奏楽部の引率で」
「高橋君の投球、どうでした?」
一瞬だけ答えに迷う。
家では誰よりも近くで肇を応援している。
しかし、ここは職員室。
「素晴らしかったと思います」
教師として答える。
「特に、ピンチになった時に周囲の選手が声を掛けていたのが印象的でした」
一条監督が千鶴を見る。
「よく見ていますね」
「吹奏楽部の生徒たちも応援していましたから」
「次もお願いします」
「もちろんです」
千鶴は微笑んだ。
校長が言う。
「吹奏楽部とチアリーディング部の応援も見事でしたよ」
「ありがとうございます」
「野球部だけではなく、学校全体で盛り上げたいですね」
一条監督は静かに頷いた。
「ただし、選手たちには浮かれさせません」
「二回戦ですね」
「はい」
一条監督の表情が変わる。
「次の相手は初戦より厄介です」
千鶴はその言葉を聞き逃さなかった。
◇◇◇
放課後。
野球部グラウンド。
「集合!」
一条監督の声が響く。
「はい!」
選手たちが集まる。
肇。
正捕手・前薗晃大。
主将・鈴木和誠。
一塁手・宮坂大智。
二塁手・藤堂拓海。
三塁手・桐生翔。
遊撃手・神谷悠斗。
左翼手・長谷川颯太。
右翼手・相馬健吾。
さらにベンチメンバーたちも集まった。
一条監督が言う。
「初戦は忘れろ」
選手たちが静かになる。
「勝ったことまで忘れろとは言わない。ただ、四対一で勝ったという結果をいつまでも引きずるな」
「はい!」
「次は次だ」
一条監督は資料を取り出す。
「二回戦の相手は、私立明成学院」
何人かの表情が変わった。
「明成……」
和誠が呟く。
「知ってるな?」
「はい」
明成学院。
毎年地区大会で上位へ進出している強豪校だった。
甲子園出場経験もある。
一条監督は続ける。
「強い」
曖昧な言い方はしなかった。
「打線は青葉より上だ」
晃大が資料を見る。
「上位打線ですか?」
「いや」
一条監督は首を横に振る。
「一番から九番まで油断できない」
肇の表情が変わる。
「高橋」
「はい」
「三振を取りに行くなよ」
「……またですか」
笑いが起きる。
「お前はすぐ三振を欲しがるから言ってる」
「分かりました」
「前薗」
「はい」
「明成打線は初球から振ってくる。特に二巡目以降、同じ配球を続けるな」
「はい」
晃大は真剣に資料を見る。
「鈴木」
「はい!」
「外野は一歩目が重要になる。長打を警戒しろ」
「分かりました」
一条監督は全員を見る。
「今日から三日間、明成対策を徹底する」
「はい!」
◇◇◇
練習が始まった。
まずは守備練習。
「一本目!」
コーチがノックを打つ。
カキンッ!
鋭い打球が三遊間へ。
「神谷!」
遊撃手の神谷悠斗が飛びつく。
捕球。
すぐ立ち上がる。
一塁へ。
「アウト!」
「ナイス!」
次。
一、二塁間。
藤堂が追う。
捕った。
「宮坂!」
一塁手・宮坂が送球を受ける。
「よし!」
一条監督が叫ぶ。
「明成は足も使ってくるぞ! 一つのミスが失点につながる!」
「はい!」
続いて外野。
「長谷川!」
左翼へ大きな打球。
長谷川颯太が背走する。
「オーライ!」
捕球。
「相馬!」
今度は右翼線。
相馬健吾が走る。
スライディング。
捕った。
「ナイスキャッチ!」
中堅では和誠が大きな声を出している。
「外野、もっと声出そう!」
「おう!」
主将として全体をまとめる。
◇◇◇
その頃、ブルペン。
肇が投球練習をしていた。
座っているのは晃大。
「まずストレート」
「おう」
肇が投げる。
バシンッ!
「いい」
もう一球。
バシンッ!
「次、スライダー」
肇が投げる。
晃大が捕球する。
「ちょっと高い」
「やっぱり?」
「試合なら持っていかれる」
「もう一球」
投げる。
今度は低め。
「それ」
「よし」
「チェンジアップ」
投げる。
晃大が受ける。
「初戦よりいい」
「本当?」
「肩も軽そう」
「昨日休めたからな」
「何してた?」
肇の動きが一瞬止まった。
「家」
「ずっと?」
「……まあ」
「珍しいな」
「休養日なんだから休んでたんだよ」
まさか千鶴と一日家デートをしていたとは言えない。
「次」
肇が話題を切り替える。
晃大が笑う。
「ストレート」
「おう!」
再び投げる。
バシィン!
◇◇◇
一方、音楽室。
吹奏楽部三十人も次戦へ向けて練習していた。
「もう一度、最初から!」
千鶴の声が響く。
真悠も楽器を構える。
演奏が始まった。
野球応援で使う曲。
初戦よりさらに音を揃える。
演奏が止まる。
「今のところ、少し走ってるわね」
千鶴が指摘する。
「試合になると周囲の声も大きいから、自分たちだけでテンポが速くならないように」
「はい!」
真悠が手を上げた。
「先生」
「何?」
「二回戦、明成学院ですよね?」
「そうよ」
「強いんですよね?」
千鶴は少し考える。
「強いみたいね」
部員たちがざわつく。
「でも」
千鶴は続ける。
「私たちが今考えるのは、野球部のみんなが一番力を出せるように応援すること」
真悠が頷く。
「はい」
「甲子園で演奏するんでしょう?」
部員たちの表情が変わる。
番外編⑵で肇と交わした約束。
「はい!」
「だったら私たちも練習しましょう」
「はい!」
再び演奏が始まった。
◇◇◇
チアリーディング部でも、眞衣たちが練習を続けていた。
「もう一回!」
眞衣が声を上げる。
「眞衣、今日気合い入ってるね」
先輩が笑う。
「二回戦だから!」
「お兄さんの?」
「はい!」
「明成学院、強いんでしょう?」
「強いです」
眞衣は即答した。
「だから私たちも、もっと応援頑張りたいんです」
「いいね」
「甲子園まで行くんでしょ?」
「もちろんです!」
眞衣は迷わなかった。
◇◇◇
野球部グラウンド。
守備練習が終わると、次は打撃練習。
肇が打席へ入った。
「明成の投手を想定するぞ!」
一条監督が叫ぶ。
相手エースは右腕。
球速があり、縦に落ちる変化球を持っている。
「高橋!」
「はい!」
「ホームラン狙うな!」
「分かってます!」
初球。
速球。
肇が振る。
カキンッ!
センター前。
「それでいい!」
一条監督が声を上げる。
二球目。
変化球。
空振り。
「もう一球!」
三球目。
同じような軌道から落ちる。
肇はバットを止めた。
「ボール!」
「今のだ!」
一条監督が叫ぶ。
「低めを追うな!」
「はい!」
次。
甘く入った。
カキィィン!
打球は右中間を破った。
「よし!」
肇はバットを握り直す。
ホームランだけが四番の仕事ではない。
走者を返す。
塁へ出る。
次へつなぐ。
初戦を通して、その意識も強くなっていた。
◇◇◇
練習終盤。
走者を置いた実戦形式。
一死一、三塁。
マウンドには肇。
捕手は晃大。
打席には和誠。
「本番だと思え!」
一条監督の声。
晃大がサインを出す。
肇が投げる。
和誠が打つ。
カキンッ!
セカンドゴロ。
「藤堂!」
藤堂が捕る。
二塁へ。
神谷。
一塁。
宮坂。
「アウト!」
「アウト!」
ダブルプレー。
「よっしゃ!」
肇が拳を握る。
一条監督も頷いた。
「今の形だ! 三振じゃなくてもアウトは取れる!」
「はい!」
肇は大きく返事をした。
◇◇◇
午後七時前。
練習終了。
選手たちが整列する。
一条監督が全員を見る。
「明成学院は強い」
誰も目を逸らさない。
「だが、名前で野球をするわけじゃない」
「はい!」
「甲子園出場経験がある?」
一条監督は選手たちを見る。
「だから何だ」
和誠が拳を握る。
「今グラウンドに立つのは、過去の選手じゃない」
監督の声が響く。
「お前たちと同じ高校生だ」
「はい!」
「高橋」
「はい!」
「相手が強いほど燃えるか?」
肇が笑った。
「もちろんです」
「前薗」
「はい!」
「九回まで高橋を操れるか?」
「任せてください!」
「鈴木」
「はい!」
「チームをまとめろ」
「はい!」
一条監督が全員を見る。
「次も全員で勝つぞ!」
「おおおおおっ!」
◇◇◇
その夜。
肇が帰宅すると、千鶴はすでに家に戻っていた。
「ただいま」
「おかえり」
「疲れた……」
「今日、かなり練習してたでしょう?」
「見てた?」
「見てないわよ」
「本当に?」
「吹奏楽部も練習していました」
「聞こえてた」
「私たちの演奏?」
「うん」
肇はソファへ座る。
千鶴が飲み物を渡した。
「ありがとう」
「明成学院、強いんでしょう?」
「強い」
肇は隠さなかった。
「打線も強いし、投手もいい」
「怖い?」
少し考える。
「怖くないって言ったら嘘になる」
千鶴は黙って聞く。
「でも楽しみ」
「楽しみ?」
「強い相手と最後の夏に戦えるんだから」
千鶴は微笑んだ。
「肇らしいわね」
「勝つよ」
「うん」
「吹奏楽部も来る?」
「もちろん」
「真悠も?」
「当然」
「眞衣たちも?」
「チアリーディング部も応援するって」
肇は笑った。
「じゃあ負けられないな」
千鶴は首を横に振った。
「また全部背負おうとしてる」
「え?」
「みんなは肇一人を応援してるんじゃないでしょう?」
肇は黙る。
「野球部を応援してるの」
「……うん」
「前薗君も、鈴木君も、他のみんなもいる」
「そうだった」
初戦でも同じことを学んだ。
「全員で勝つ」
「そう」
肇は練習ノートを開いた。
『甲子園』
『全国制覇』
『初戦突破 ○』
『二回戦突破』
最後の文字を指でなぞる。
「次、ここに丸つける」
千鶴が隣からノートを見る。
「試合が終わってからね」
「分かってる」
「焦らない」
「はい」
「無茶しない」
「はい」
「ちゃんと前薗君のサインを見る」
「それは見るよ」
千鶴が笑った。
肇も笑う。
学校では東雲先生と高橋君。
放課後は吹奏楽部顧問と野球部のエース。
そして家へ帰れば、互いの一日を話す二人に戻る。
初戦突破の余韻は、もう終わった。
次の相手は私立明成学院。
強豪。
だからこそ、挑む価値がある。
吹奏楽部三十人の演奏。
チアリーディング部の応援。
十一人のマネージャー。
ベンチメンバー。
九人のスターティングメンバー。
一条昴監督。
そして千鶴。
多くの人の想いとともに、高橋肇は次の一勝へ向かう。
二回戦まで、あとわずか。
甲子園へ続く二つ目の関門が、すぐそこまで迫っていた。
第5話「二回戦へ――学校に広がる期待と、勝利へ向けた最後の調整」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
初戦突破によって、少しずつ変化し始めた学校の雰囲気。
これまでも注目されていた肇ですが、地区大会で実際に勝利したことで、生徒たちから「次も勝って」「甲子園へ行って」と声を掛けられることが増えてきました。
しかし、肇自身は初戦を通して大切なことを学んでいます。
自分一人で勝とうとしないこと。
エースだからといって、すべてを背負わないこと。
マウンドには肇が立っていても、その後ろには八人の仲間がいます。
そして正捕手・前薗晃大が球を受け、主将・鈴木和誠がチーム全体をまとめています。
今回の練習では、そんな「全員でアウトを取る野球」も改めて確認しました。
そして次の相手となる私立明成学院は、初戦の県立青葉高校以上の強敵です。
一番から九番まで油断のできない打線。
力のある投手。
過去には甲子園出場経験もある学校。
それでも一条監督が選手たちへ伝えたように、過去の実績が試合をするわけではありません。
同じ高校生同士が、その日のグラウンドで勝負します。
一方、吹奏楽部三十人も次戦へ向けて応援曲を練習。
真悠もその一員として兄たちを支え、チアリーディング部の眞衣も応援の完成度を高めています。
そして学校では吹奏楽部顧問として振る舞いながら、家へ帰れば誰より近くで肇の挑戦を見守る千鶴。
そんな千鶴から肇へ改めて伝えられたのは、
「みんなは肇一人を応援しているんじゃない。野球部を応援している」
という言葉でした。
肇の練習ノートに残された次の目標は、
『二回戦突破』
初戦突破には、すでに大きな丸がつきました。
次はその下にも、大きな丸をつけるために。
強豪・私立明成学院との二回戦。
甲子園へ続く二つ目の関門が、いよいよ目前へ迫っています。




