第41話「世界一の高校生を見に――十二球団の視線が富山へ」
第41話「世界一の高校生を見に――十二球団の視線が富山へ」
U-18日本代表として世界一を掴み、富山へ帰還した高橋肇。
世界大会という大舞台を終え、ようやく富山第二高等学校でいつもの学校生活と野球部の練習へ戻りました。
学校では千鶴とも再会しています。
家では恋人として膝枕をしてもらい、プロ志望届について将来を語り合う二人ですが、学校へ一歩入れば――「東雲先生」と「高橋君」。
二人の秘密を知らない生徒や教師たちの前では、これまで通り教師と生徒として接します。
しかし、肇を取り巻く環境は大きく変わり始めています。
甲子園全国制覇。
最速160km。
高校通算70本塁打。
甲子園決勝でのサイクルヒット。
U-18日本代表。
世界一。
そして世界大会決勝では、投手として六回二失点。
打者としては日本代表で唯一となる本塁打を、それも二本記録しました。
そんな高校生をプロ野球界が放っておくはずもありません。
北海道から九州まで――。
ついにプロ野球十二球団のスカウトたちが、本格的に富山第二高校へ集まり始めます。
ブルペン。
打撃練習。
キャッチボール。
仲間との会話。
後輩との接し方。
さらには練習後の球拾いまで。
スカウトが見ているのは「160km」と「70本塁打」という数字だけではありません。
そして一条昴監督がスカウトへ語る、高橋肇最大の魅力とは何なのか。
世界一の高校球児から――ドラフト候補へ。
高橋肇にとって、新しい戦いが始まります。
U-18日本代表として世界一を掴んだ高橋肇が富山へ帰ってきてから、数日が経った。
甲子園全国制覇。
高校通算70本塁打。
最速160km。
甲子園決勝でのサイクルヒット。
U-18日本代表入り。
そして世界大会優勝。
決勝戦では投手として六回二失点。
さらに打者として、日本代表で唯一となる本塁打を二本も放った。
高校野球で残してきた実績だけを並べても、肇の名前が全国の野球関係者から注目されるには十分すぎるものだった。
しかし――。
肇本人の日常は、意外なほど早く元に戻っていた。
「おはようございます」
朝。
富山第二高等学校の校門を通る。
「高橋、おはよう!」
「世界一、おはよう!」
「それ名前じゃないから!」
「高橋君! 決勝見たよ!」
「二本ホームラン打ったんでしょ!」
「ありがとう!」
すれ違う生徒たちから次々と声を掛けられる。
以前から甲子園優勝によって有名だったが、U-18世界一を経て、その注目度はさらに上がっていた。
それでも肇は、一人一人へ普通に返事をしていく。
そして校舎へ入ったところで――。
「高橋君、おはようございます」
聞き慣れた声。
肇は反射的に振り返った。
東雲千鶴。
学校一の美人教師。
生徒たちからは「高嶺の花」と呼ばれている女性。
そして。
誰にも言えない肇の恋人。
もちろん学校では、その関係を見せることはできない。
「おはようございます、東雲先生」
「世界大会、お疲れさまでした」
「ありがとうございます」
それだけ。
ほんの数秒。
教師と生徒として交わした、ごく普通の会話だった。
千鶴はそのまま職員室の方向へ。
肇も教室へ向かう。
だが。
すれ違う瞬間。
千鶴が小さな声で。
「……今日も頑張ってください」
肇にだけ聞こえる声だった。
肇は振り返らない。
「はい」
それだけ答えた。
昨日まで家では膝枕をしてもらい、プロ志望届について長く話していた二人。
しかし学校へ来れば――。
東雲先生。
高橋君。
その約束は、卒業する最後の日まで変わらない。
◇◇◇
一方。
その日の午前。
校長室では。
校長。
教頭。
そして野球部監督・一条昴。
三人が向かい合っていた。
校長の机の上には、複数の資料。
そして名刺。
一枚や二枚ではなかった。
教頭が苦笑する。
「……増えましたね」
一条監督も名刺を見る。
「昨日だけでもかなり来ましたからね」
校長。
「電話は?」
教頭。
「朝から続いています」
「やはり高橋君ですか」
「ほぼ全て」
一条監督が腕を組む。
甲子園の時点で、肇には複数球団のスカウトが注目していた。
160kmを投げる右腕。
それだけでもドラフト上位候補になる。
ところが肇の場合。
高校通算70本塁打。
四番。
甲子園優勝投手。
甲子園決勝でサイクルヒット。
さらにU-18日本代表でも投打で活躍。
世界大会決勝では、日本人唯一の本塁打を二本。
評価が上がらないはずがなかった。
校長が一条監督を見る。
「十二球団全てですか?」
「はい」
一条監督は答える。
「少なくとも現時点では、十二球団全てから何らかの接触があります」
「全球団……」
「ただ」
一条監督は続けた。
「興味の度合いは当然違います」
「一位候補として見ているところも?」
「あります」
教頭。
「複数?」
「はい」
校長は小さく息を吐いた。
「高橋君自身は?」
「プロ志望です」
「迷いは?」
「ほぼありません」
一条監督ははっきり言った。
「本人から、大学へ進学せず高校からプロへ行きたいと聞いています」
校長。
「そうですか」
「プロ志望届も提出する意思を固めています」
教頭。
「となると……これからもっと来ますね」
「間違いなく」
一条監督が答えた、その時だった。
コンコン。
「失礼いたします」
事務職員が入ってくる。
「校長先生」
「はい」
「プロ野球球団のスカウトの方がお見えです」
三人が顔を見合わせた。
教頭。
「もうですか」
一条監督。
「今日は早いですね」
校長。
「お通ししてください」
「はい」
数分後。
スーツ姿の男性二人が入ってきた。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
「こちらこそ、遠いところありがとうございます」
名刺交換。
担当スカウト。
そして地区を統括するスカウト責任者。
挨拶を終えると。
早速。
「高橋君について、改めてお話を伺いたいと思いまして」
一条監督が答える。
「何でも聞いてください」
「まず」
スカウトが資料を見る。
「甲子園の頃とU-18の頃で、投球に変化はありましたか?」
一条監督は即答した。
「ありました」
「具体的には?」
「球速を追わなくなりました」
スカウトのペンが動く。
「と言いますと?」
「甲子園では、本人にも160kmへの意識がありました。もちろん必要な場面では力を出せます。ただ、U-18では150km台前半から中盤でも十分に抑えられることを学んだと思います」
「変化球は?」
「スライダー、カーブ、シュート。高校入学時と比較すれば、精度はかなり上がっています」
「制球面は?」
「まだプロへ行けば磨かなければならないでしょう。ただ、高校生としては高い水準だと思っています」
スカウト責任者が尋ねる。
「監督から見て、彼は投手ですか?」
一条監督は少し笑った。
「その質問が一番難しいですね」
「やはり?」
「投手だけなら迷いません」
「はい」
「でも打者として70本打っています」
「ええ」
「甲子園決勝でサイクル安打」
「はい」
「U-18決勝で二本塁打」
「しかも日本選手では唯一の本塁打でしたね」
「そうです」
一条監督は腕を組む。
「だから私から、投手一本にしろとも、野手一本にしろとも、今は言えません」
「二刀流については?」
「本人は挑戦したい気持ちを持っています」
二人のスカウトが視線を合わせた。
ペンが。
また動いた。
◇◇◇
午後。
授業終了。
肇は野球部のグラウンドへ向かった。
「お願いします!」
いつものように頭を下げる。
世界一になったからといって、特別扱いはない。
主将・鈴木和誠が声を出す。
「アップ始めるぞ!」
「はい!」
部員たちが一斉に動く。
前薗が肇の横へ。
「今日来てるぞ」
「何が?」
「スカウト」
「また?」
「またって……」
前薗は呆れる。
「お前を見に来てるんだぞ」
「分かってるけど」
「緊張しないの?」
肇はグラウンド脇を見る。
スーツ姿。
数人。
明らかに野球部関係者ではない。
「……ちょっとする」
前薗。
「珍しい」
「世界大会より違う意味で緊張する」
「昨日千鶴先――」
前薗はそこで止まる。
肇の表情も一瞬変わる。
もちろん。
前薗は二人の関係を知らない。
前薗自身も何かを言い間違えたわけではなく、単に教師の名前を出そうとしただけだった。
「東雲先生も世界大会見てたらしいぞ」
「あ、うん」
「学校の先生みんな見てたみたい」
「そうなんだ」
肇は自然に答える。
誰にも。
悟らせない。
◇◇◇
アップ。
キャッチボール。
ダッシュ。
守備練習。
スカウトたちは。
肇がブルペンへ入るまで待っている――わけではなかった。
キャッチボールから見ていた。
担当スカウトが小さく言う。
「肩の可動域、いいですね」
別のスカウト。
「投げ方にも無理が少ない」
「U-18から帰って間もないのに身体が重そうに見えない」
「下半身もかなりある」
「投手だけの身体じゃないな」
「打者としても見ないと判断できない」
一条監督は。
少し離れた場所から、その会話を聞いていた。
やがて。
ブルペン。
前薗が防具を着ける。
肇がマウンドへ。
「何球?」
肇。
「今日はそんな投げない」
前薗。
「当たり前」
「30くらい」
「監督の指示は25」
「少ない」
「U-18帰りだぞ」
一条監督が後ろから。
「高橋」
「はい!」
「今日は25球」
「はい……」
「不満そうな返事するな」
部員たちから笑い。
肇も笑う。
「分かりました!」
一条監督が続ける。
「それから」
「はい?」
「スカウトがいるからといって160を出そうとするなよ」
「出しません!」
「本当か?」
「U-18で学びました!」
前薗。
「俺が止めます!」
「前薗まで!」
再び笑い声。
その様子を。
スカウトたちは見ていた。
一人が小さく言う。
「普通ですね」
「何が?」
「世界一になった直後なのに」
「確かに」
「周囲との接し方が変わってない」
スカウトのチェック項目。
そこへ。
一つ。
書き加えられた。
――協調性。
◇◇◇
ブルペン。
一球目。
バシッ!
145km。
二球目。
147km。
三球目。
カーブ。
パシッ。
四球目。
スライダー。
バシッ!
五球目。
シュート。
前薗。
「いい」
肇。
「今日スライダーどう?」
「かなりいい」
「じゃあもう一球」
スライダー。
鋭く曲がる。
バシッ!
スカウトたちの視線が。
肇の腕だけではなく。
前薗のミットへ集まる。
「曲がりが大きい」
「カウント球にも決め球にもできそうですね」
「ストレートはまだ抑えてる」
「当然でしょう。大会直後です」
十五球目。
150km。
二十球目。
152km。
一条監督。
「高橋!」
「はい!」
「あと五球」
「はい!」
二十一球目。
カーブ。
二十二球目。
シュート。
二十三球目。
スライダー。
二十四球目。
外角ストレート。
153km。
そして。
二十五球目。
肇は一度。
スカウトの方を見る。
前薗が気づく。
「おい」
「何?」
「力入れるなよ」
「分かってる」
「本当に?」
「本当に」
振りかぶる。
投げる。
ズバァンッ!
前薗のミット。
表示。
155km。
「……155」
肇。
「ちょうどいい」
前薗。
「何がちょうどいいんだよ」
肇は笑う。
スカウトたちは。
静かだった。
驚いていないわけではない。
むしろ逆。
大会直後。
25球限定。
全力投球ではない。
それで155km。
一人のスカウトが小さく言う。
「160が偶然じゃないことは、これで十分分かる」
◇◇◇
だが。
視察は終わらない。
次は。
打撃練習。
肇はバットを持つ。
一条監督。
「高橋」
「はい」
「木でいけ」
「分かりました」
木製バット。
U-18でも使用していた。
プロへ行けば。
当然。
木製。
金属バットで70本塁打を記録していても。
プロのスカウトが見たいのは。
木製でどうなるのか。
肇が打席へ。
一球目。
カキンッ!
センター。
ライナー。
二球目。
カキィン!
右中間。
三球目。
ファウル。
四球目。
逆方向。
左前。
五球目。
低め。
見送る。
スカウト。
「振らなかった」
「ボール球です」
「フリー打撃でも選んでるな」
六球目。
内角。
肇が振る。
カキィィィン!
高い。
右翼。
そのまま。
フェンスを越える。
部員。
「おお!」
前薗。
「木でも飛ぶなあ」
鈴木。
「当たり前だろ。U-18決勝で二本打ってんだから」
スカウトの一人。
「下半身で運べていますね」
別のスカウト。
「力任せじゃない」
さらに。
左中間。
センター。
ライト。
肇は。
引っ張るだけではない。
広角へ。
打ち分ける。
そして。
最後の一球。
肇は。
大きく振る。
カキィィィィン!
打球。
センター方向。
高く。
遠く。
フェンスを越える。
肇。
「よし」
前薗。
「何で投げた後にあんな飛ばせるんだよ」
「知らない」
「またそれか」
◇◇◇
視察していたスカウトたちは。
グラウンド脇で話していた。
「投手として一位級」
「打者でも上位でしょう」
「上位どころじゃない」
「木への対応が早い」
「ただ、プロの変化球は別物ですよ」
「もちろん」
「二刀流?」
「球団方針次第でしょう」
「本人は?」
「希望しているという話です」
「それなら面談で聞きたいですね」
「問題は」
「何です?」
「何球団が一位で来るか」
少し沈黙。
「読めませんね」
「今の段階では」
「ただ」
一人がグラウンドを見る。
肇は。
打撃練習が終わった後。
後輩が散らしたボールを一緒に拾っていた。
「……あれだけ注目されていて、あれが普通にできるのはいい」
「ですね」
「世界一になった高校生が後輩と球拾い」
「そういうところも報告書に書きます?」
「当然です」
プロのスカウトが見るのは。
155kmだけではない。
ホームランだけではない。
グラウンドに入った時。
練習中。
仲間への態度。
道具の扱い。
練習後。
すべてだった。
◇◇◇
練習終了後。
「ありがとうございました!」
全員で頭を下げる。
肇も。
誰より大きな声で。
「ありがとうございました!」
スカウトたちは。
校長室へ戻っていった。
肇は道具を片付ける。
前薗。
「どうだった?」
「何が?」
「初めて本格的にスカウトに見られた感想」
肇は考える。
「……怖い」
「世界大会の方が怖くない?」
「全然違う」
「何が?」
「世界大会は相手を抑えればいい」
「うん」
「打てばいい」
「うん」
「でも今日は」
肇はスカウトが去った方向を見る。
「キャッチボールから見られてた」
前薗。
「当たり前だろ」
「球拾いまで」
「プロはそういうところも見るんじゃない?」
「知らなかった」
「じゃあこれから真面目にしろ」
肇。
「今までも真面目だよ!」
前薗が笑った。
◇◇◇
校長室。
一条監督。
校長。
教頭。
そしてスカウト。
視察後の話が続いていた。
「監督」
「はい」
「高橋君の練習量は?」
「かなり多いです」
「止めることは?」
「あります」
「やはり」
一条監督は苦笑する。
「やり過ぎるところがあります」
「本人は?」
「野球が好きなんでしょう」
「性格は?」
「負けず嫌いです」
「かなり?」
「かなり」
「チーム内では?」
「普通ですよ」
一条監督は少し考える。
「甲子園優勝投手だからと偉そうにしたこともありませんし、U-18世界一になって帰ってきても変わっていません」
「キャプテンではありませんよね?」
「主将は鈴木和誠です」
「それでも中心選手?」
「もちろんです」
「問題行動は?」
「ありません」
「生活態度は?」
「学校側から大きな問題を指摘されたことはありません」
校長も頷く。
スカウト責任者。
「身体面ですが」
「はい」
「肩、肘の故障歴は?」
一条監督は。
これまでの記録を説明する。
登板間隔。
球数管理。
休養。
身体のケア。
スカウトたちは。
細かく記録した。
そして。
「最後に一つ」
「はい」
「監督自身なら」
一条監督を見る。
「高橋肇をドラフト一位で指名しますか?」
校長と教頭も。
一条監督を見る。
一条監督は。
少しも迷わなかった。
「私がプロ球団の編成責任者なら」
一呼吸。
「一位で行きます」
スカウトの表情が変わる。
「理由は?」
「160kmでも」
「はい」
「70本でもありません」
「では?」
一条監督は。
グラウンドの方向を見る。
「まだ完成していないからです」
「…………」
「高橋は、まだ高校生です」
「はい」
「投手としても」
「はい」
「打者としても」
「はい」
「まだ伸びる」
一条監督は言い切った。
「完成していないのに、これだけできる。そこが一番の魅力です」
スカウト責任者は。
静かに頷いた。
◇◇◇
その日の夕方。
一組。
また一組。
富山第二高校からスカウトが帰っていく。
しかし。
それで終わりではなかった。
翌日。
別の球団。
さらに翌日。
また別の球団。
北海道から。
東北から。
関東から。
東海から。
関西から。
中国地方から。
九州から。
十二球団の担当者たちが。
次々と富山へ入ってくる。
目的は。
ただ一人。
私立富山第二高等学校。
高橋肇。
ある球団は。
投手として。
ある球団は。
打者として。
ある球団は。
二刀流候補として。
同じ高校生を。
まったく違う視点から見始めていた。
◇◇◇
夕方。
職員室。
千鶴は自分の席で資料を整理していた。
近くの教師が話している。
「今日もプロのスカウト来てたんですよね?」
「そうみたいですね」
「高橋君でしょう?」
「でしょうね」
「すごいなあ。甲子園優勝して、世界一になって、次はプロか」
千鶴は。
何も言わず。
資料を整理する。
教師としては。
一人の生徒の進路。
しかし。
心の中では。
違う。
昨日。
膝の上で。
肇は言った。
「俺、プロ志望届を出す」
そして。
「怖い」
とも。
千鶴は。
誰にも分からないように。
小さく微笑んだ。
――大丈夫です。
――怖くても進めばいいんです。
それは。
口には出さない。
学校では。
教師だから。
◇◇◇
その頃。
野球部グラウンド。
ほとんどの部員が帰った後。
肇は一人。
バットを振っていた。
一条監督がやって来る。
「高橋」
「はい」
「まだやるのか?」
「あと十回」
「十回だけだぞ」
「はい」
素振り。
一回。
二回。
三回。
一条監督が見ている。
十回。
肇は止めた。
「終わりました」
「今日は素直だな」
「俺いつも素直ですよ」
「そうだったか?」
「そうです!」
一条監督が笑う。
そして。
「高橋」
「はい?」
「今日」
「はい」
「スカウトが何を見ていたと思う?」
肇。
「投球と打撃」
「それだけじゃない」
「キャッチボール?」
「それも」
「守備?」
「それも」
「……何です?」
一条監督。
「全部だ」
肇。
「全部?」
「お前がグラウンドに入ってから出るまで」
「…………」
「プロは数字だけ見て選手を取るわけじゃない」
「はい」
「160km」
「はい」
「70本塁打」
「はい」
「世界一」
「はい」
「それは全部、お前の評価の一部だ」
肇は黙って聞く。
「でも」
一条監督は続ける。
「プロで十年、十五年やれる人間なのか」
「はい」
「もっと成長できるのか」
「はい」
「苦しい時にどうするのか」
「はい」
「仲間とどう接するのか」
「はい」
「そういうところまで見られる」
肇は。
グラウンドを見る。
「……プロってすごいですね」
「怖くなったか?」
肇は。
少し考える。
そして。
「はい」
正直に答えた。
一条監督は笑った。
「それでいい」
「いいんですか?」
「怖さを知らない方が危ない」
「…………」
「ただ」
「はい?」
「一つだけ覚えておけ」
一条監督は肇を見る。
「スカウトのために野球をするな」
肇。
「え?」
「十二球団来ようが」
「はい」
「百人の記者が来ようが」
「はい」
「やることは同じだ」
「…………」
「いつもの高橋肇を見てもらえ」
肇は。
しばらく一条監督を見る。
そして。
大きく頷いた。
「はい!」
◇◇◇
世界一から帰ってきた高校生。
高橋肇。
その名は。
もう富山だけのものではなかった。
十二球団。
十二通りの評価。
投手。
打者。
二刀流。
まだ。
答えは出ていない。
だが。
一つだけ確かなことがあった。
プロ野球のスカウトたちは。
最速160kmと高校通算70本塁打だけを見に来たのではない。
高橋肇という。
一人の高校生を。
見に来ていた。
そして翌日から。
その視線は。
さらに細かい部分へ向けられていくことになる。
第41話「世界一の高校生を見に――十二球団の視線が富山へ」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回からいよいよ、
「プロ野球スカウト本格始動編」
が始まりました。
U-18世界大会を終えて富山へ帰ってきた肇。
学校生活へ戻れば、千鶴とはこれまで通り「東雲先生」と「高橋君」。
家で過ごす二人との大きな違いがあります。
そして野球部へ戻った肇を待っていたのが――十二球団のスカウトたちでした。
今回、ブルペンでは25球限定。
U-18世界大会直後ということもあり、一条監督から、
「スカウトがいるからといって160を出そうとするなよ」
と念を押された肇。
それでも最後は155km。
全力で160kmを狙わなくても、高校生離れした球を投げられることを改めて見せました。
しかし、スカウトが注目していたのは球速だけではありません。
カーブ。
スライダー。
シュート。
制球力。
投球フォーム。
肩の可動域。
そして前薗とのコミュニケーション。
さらに木製バットを使った打撃練習では、引っ張るだけではなく逆方向にも打ち分け、最後にはフェンスオーバー。
投手として見るべきなのか。
打者として見るべきなのか。
それとも二刀流なのか。
十二球団にとっても、非常に判断の難しい選手になっています。
そして今回、特に重要だったのが――スカウトは「練習そのもの」だけを見ているわけではないということです。
キャッチボール。
練習中の態度。
仲間との接し方。
後輩との球拾い。
道具の扱い。
練習終了後の姿。
世界一になったからといって態度を変えず、これまでと同じように仲間たちと練習する肇。
そうした部分も、プロの世界では大切な評価材料になっていきます。
そして一条監督がスカウトから、
「監督自身なら、高橋肇をドラフト一位で指名しますか?」
と聞かれた場面。
答えは――。
「私がプロ球団の編成責任者なら、一位で行きます」
その理由は160kmでも、70本塁打でもありませんでした。
「まだ完成していないからです」
高校三年生。
投手としても。
打者としても。
まだ伸びる余地がある。
完成していない段階ですでに全国一、世界一まで経験していることこそ、一条監督が考える肇最大の魅力でした。
そして練習後、一条監督から肇へ伝えられた言葉。
「スカウトのために野球をするな」
「いつもの高橋肇を見てもらえ」
十二球団に囲まれても、肇がやることは変わりません。
ここからスカウトたちは、さらに細かく高橋肇という選手を調べていきます。
次回――。
第42話「160kmと70本塁打――スカウトが見たい本当の高橋肇」
球速、本塁打数だけではありません。
走力。
遠投。
守備。
投手としてのフィールディング。
牽制。
ベースランニング。
木製バットへの対応。
練習態度。
性格。
そして仲間たちから見た「普段の高橋肇」。
十二球団が知りたいのは、記録の向こう側にいる一人の高校生。
ドラフトへ向けて――肇の評価が、より具体的になっていきます。




