第39話「世界一への大一番――高橋肇、日の丸を背負う先発マウンド」
第39話「世界一への大一番――高橋肇、日の丸を背負う先発マウンド」
U-18日本代表はここまで三連勝。
甲子園で全国制覇を成し遂げた高橋肇は、今度は「JAPAN」のユニフォームを身にまとい、世界一という新たな目標へ向かっています。
そして迎える第四戦。
先発を任されたのは――高橋肇。
捕手はもちろん、私立富山第二高等学校で長年バッテリーを組んできた前薗晃大です。
今回の相手は攻撃だけではありません。
投手力、守備力、走塁。
すべてが高い水準にある今大会屈指の強豪。
簡単に大量得点できる相手ではなく、一点の重みがこれまで以上に大きな試合となります。
そんな大一番を前に、肇にも一つの変化が。
これまでなら「160kmを出したい」と考えていた肇が、一条昴監督から今日の目標を聞かれて答えたのは――。
「日本が勝つことです」
球速を競うのではなく、打者を抑える。
自分一人で勝つのではなく、十八人で勝つ。
世界の強打者たちとの対戦を重ねたからこそ、肇は少しずつ新しい投手像へ近づき始めています。
そして日本では――。
番外編⑿で、ついに「寂しい」「会いたい」という本音を口にした千鶴。
もちろん今回も、試合を終えた夜には二人のテレビ電話があります。
遠く離れているからこそ伝えられる気持ち。
肇と千鶴の関係にも、少しずつ変化が生まれています。
世界一を目指す十八人。
そして、その帰りを待つ人たち。
U-18日本代表、絶対に落とせない第四戦です。
三連勝。
U-18日本代表は、世界一という目標へ着実に近づいていた。
だが――ここから先は、一つのミス、一つの失投、一つの判断が勝敗を大きく左右する。
そして迎えた大会四戦目。
朝。
ホテルの一室で目を覚ました高橋肇は、ベッドの上でゆっくり右肩を回した。
「……大丈夫」
痛みはない。
違和感もない。
昨日は途中登板。
相手の強力な四番打者を二度三振に仕留め、最高156km。
あえて160kmを狙わず、118kmのカーブとの球速差を使った。
それまでの肇なら、
――もっと速く。
――160kmを。
そう考えていたかもしれない。
しかし今は違った。
「今日は……勝つ球を投げる」
コンコン。
扉が鳴った。
「肇、起きてる?」
「起きてる」
前薗晃大だった。
「肩どう?」
「問題ない」
「本当に?」
「本当に」
前薗は肇の顔を見る。
「今日の先発、聞いた?」
「まだ」
「俺も正式には聞いてない」
「じゃあ何で来たんだよ」
「もしお前だったら、先に確認しておこうと思って」
「何を?」
前薗は即答した。
「160km連発禁止」
「またそれ?」
「お前は言っておかないと投げる」
「昨日156までだったじゃん」
「昨日はな」
肇は笑った。
「分かった」
「本当に?」
「今日は球速じゃない」
前薗が少し驚く。
「どうした?」
「何が?」
「肇が成長してる」
「失礼だな!」
「甲子園の頃なら『今日は162出す』とか言ってただろ」
「……ちょっとは思ってた」
「ほら!」
二人の笑い声が部屋に響いた。
◇◇◇
朝食後。
日本代表十八人がミーティングルームへ集まった。
一条昴監督も同行スタッフとともに後方に座っている。
スクリーンには、今日の対戦相手の映像。
今大会屈指の優勝候補。
攻撃力だけではない。
守備。
走塁。
投手力。
すべての水準が高かった。
スタッフが映像を止める。
「今日の相手は、これまでの三試合とは少し違います」
白峰蓮司が画面を見る。
「守備がかなりいいですね」
「その通りです」
映像が切り替わる。
三遊間への強烈なゴロ。
三塁手が横っ飛び。
捕球。
立ち上がって一塁へ。
アウト。
次。
右中間へ抜けそうな打球。
中堅手が俊足を飛ばして追いつく。
「守備範囲広っ……」
橘川玲央が呟く。
さらに。
投手。
最速154km。
変化球はスライダー、チェンジアップ、カーブ。
制球力も高い。
前薗。
「簡単には点取れなさそうだな」
肇。
「面白そう」
君彦。
「何で嬉しそうなんだよ」
肇。
「強い相手とやれるんだぞ?」
白峰。
「完全に野球馬鹿」
「白峰まで言う?」
スタッフが少し笑った後。
表情を戻す。
「そして、今日の日本の先発です」
室内が静かになる。
「高橋肇」
肇は。
すぐに返事をした。
「はい!」
「行けますか?」
「もちろんです」
「捕手は前薗晃大」
「はい!」
富山第二バッテリー。
再び。
世界の舞台で先発する。
前薗が肇を見る。
肇も見る。
言葉はいらなかった。
甲子園全国制覇を成し遂げた二人。
今度は。
日本代表を勝たせるためのバッテリー。
一条監督が口を開く。
「高橋」
「はい」
「今日の目標は?」
肇は少し考える。
以前なら。
完封。
二桁奪三振。
160km。
そんな答えだったかもしれない。
だが。
「日本が勝つことです」
一条監督は頷いた。
「それでいい」
◇◇◇
球場。
ブルペン。
肇が投げる。
ズバンッ!
前薗。
「149」
次。
カーブ。
パシッ。
「いい」
次。
シュート。
バシッ。
次。
スライダー。
前薗のミットへ。
「今日スライダーかなり曲がってる」
「本当?」
「うん」
肇はもう一球。
大きく曲がる。
バシッ!
前薗。
「それ、使える」
「初回から?」
「相手次第」
「了解」
最後。
ストレート。
ズバァンッ!
表示。
153km。
肇。
「どう?」
前薗。
「十分」
「160は?」
「いらない」
「即答」
「当たり前」
二人は笑う。
そこへ。
一条監督。
「高橋」
「はい」
「世界大会だからといって特別なことをする必要はない」
「はい」
「お前が富山第二でやってきた野球をやれ」
「はい!」
「ただし」
「はい?」
「甲子園の時より頭を使え」
肇。
「分かっています!」
前薗。
「監督、俺が見張ってます」
「頼んだ」
「二人とも俺を何だと思ってるんですか!」
◇◇◇
試合開始。
日本代表。
先攻。
一回表。
先頭打者が打席へ。
相手エース。
初球。
152km。
ストライク。
二球目。
チェンジアップ。
空振り。
三球目。
153km。
ファウル。
四球目。
スライダー。
空振り三振。
二番。
ショートゴロ。
三番。
センターフライ。
三者凡退。
肇はベンチから相手投手を見る。
「いい投手だな……」
玲央。
「簡単に打たせてくれない」
水城。
「球速以上に速く見える」
前薗がプロテクターを装着しながら言う。
「肇」
「うん」
「一点勝負になるかもしれない」
肇は立ち上がった。
「じゃあ」
グラブを手に取る。
「一点もやらなきゃいい」
前薗。
「そういうところは変わらないな」
◇◇◇
一回裏。
肇がマウンドへ。
日本代表のユニフォーム。
胸には。
JAPAN。
第一球。
前薗のサイン。
ストレート。
肇が振りかぶる。
投げる。
ズバンッ!
151km。
ストライク。
「よし」
二球目。
カーブ。
119km。
打者のタイミングが崩れる。
ファウル。
三球目。
スライダー。
空振り。
三振。
一アウト。
二番。
初球。
シュート。
内角。
詰まらせる。
セカンドゴロ。
二アウト。
三番。
この選手からが要注意。
前薗が慎重にサインを出す。
初球。
カーブ。
ボール。
二球目。
152km。
外角。
ストライク。
三球目。
スライダー。
ファウル。
1ボール2ストライク。
四球目。
シュート。
内角。
打者が振る。
カキンッ!
詰まった。
一塁方向。
肇自身がベースカバー。
アウト。
三者凡退。
ベンチへ戻る。
白峰。
「ナイス!」
君彦。
「今日いいじゃん」
肇。
「まだ一回」
神城。
「昨日までのお前なら一回から160狙ってた」
肇。
「みんな俺を何だと思ってるの?」
玲央。
「球速表示大好き高校生」
「ひどい!」
◇◇◇
三回まで。
0対0。
肇は。
三回。
被安打1。
無失点。
奪三振4。
だが。
日本打線も相手エースを打てない。
そして四回表。
一死。
三番・橘川玲央。
カキンッ!
右前打。
「よし!」
一死一塁。
四番。
高橋肇。
肇は打席へ向かう。
前薗がベンチから叫ぶ。
「自分で点取ってこい!」
「分かってる!」
相手エース。
初球。
153km。
肇。
見送る。
ストライク。
二球目。
チェンジアップ。
空振り。
「……遅っ」
完全にタイミングを外された。
0ボール2ストライク。
三球目。
スライダー。
外。
肇は止める。
ボール。
四球目。
154km。
内角。
ファウル。
五球目。
チェンジアップ。
ボール。
2ボール2ストライク。
六球目。
153km。
外角。
肇が振る。
カキィンッ!
打球。
右中間。
中堅手が走る。
右翼手も走る。
だが。
その間へ。
落ちた!
玲央が三塁へ。
肇は二塁へ。
一死二、三塁。
肇が拳を握る。
「よし!」
続く五番。
水城拓真。
初球。
ファウル。
二球目。
ボール。
三球目。
内野ゴロ。
三塁走者玲央。
スタート。
ホーム。
セーフ!
日本。
1対0。
先制。
肇は三塁へ。
続く六番。
犠牲フライ。
肇。
タッチアップ。
ホームへ。
2対0。
日本が。
二点を奪った。
◇◇◇
しかし。
四回裏。
相手三番。
肇の152kmを。
カキィィンッ!
左中間。
二塁打。
無死二塁。
そして。
四番。
今大会で既に複数本塁打を記録している強打者。
前薗がマウンドへ。
「肇」
「分かってる」
「速球勝負するなよ」
「分かってるって」
「顔が楽しそうだから心配」
肇は笑う。
「だって四番だぞ」
「だから熱くなるな」
「はいはい」
前薗が戻る。
初球。
カーブ。
118km。
ストライク。
二球目。
スライダー。
外。
ボール。
三球目。
シュート。
内角。
ファウル。
1ボール2ストライク。
肇は。
前薗を見る。
サイン。
ストレート。
肇が頷く。
ただし。
全力ではない。
コースへ。
ズバンッ!
154km。
外角低め。
打者。
ファウル。
五球目。
カーブ。
ボール。
2ボール2ストライク。
六球目。
スライダー。
打者が振る。
カキンッ!
三塁線。
「ファウル!」
粘る。
七球目。
シュート。
ファウル。
八球目。
154km。
ファウル。
「……すげえ」
肇が思わず笑う。
前薗が立ち上がる。
「楽しむな!」
肇。
「ごめん!」
九球目。
カーブ。
打者。
見送る。
フルカウント。
球場全体が緊張する。
前薗のサイン。
肇は。
一度首を振る。
前薗。
もう一度。
肇が頷く。
大きく曲がるスライダー。
投げる。
打者が振る。
空振り!
三振!
「よっしゃああ!」
肇が吠える。
一アウト。
しかし。
五番。
初球。
カキンッ!
ライト前。
二塁走者。
ホームへ。
2対1。
一点差。
肇は悔しそうにボールを受け取る。
前薗。
「切り替えろ!」
「分かってる!」
六番。
ショートゴロ。
ダブルプレー。
チェンジ。
最少失点。
◇◇◇
六回。
日本。
2対1。
肇の球数は。
78球。
一条監督がスタッフと話す。
「次の回までだな」
前薗も頷く。
肇。
「まだ行けます」
一条監督。
「知ってる」
「じゃあ」
「高橋」
「はい」
「世界大会は今日で終わりじゃない」
「……はい」
「十八人で勝つと言ったのは誰だ?」
肇は黙る。
そして。
「俺です」
「だったら仲間に任せろ」
肇は。
少しだけ笑った。
「分かりました」
◇◇◇
六回裏。
肇。
最後のイニング。
先頭。
三振。
二人目。
センターフライ。
二アウト。
三番。
今日二塁打を打たれている。
初球。
151km。
ストライク。
二球目。
カーブ。
ボール。
三球目。
シュート。
ファウル。
四球目。
スライダー。
空振り!
三振!
肇は。
大きく息を吐いた。
六回。
被安打4。
1失点。
9奪三振。
四球1。
最高球速154km。
160kmは。
一球もない。
それでも。
世界の強豪打線を一点に抑えた。
ベンチへ戻る。
日本代表の仲間たちが立ち上がる。
「ナイスピッチ!」
「肇!」
「九奪三振!」
「最高!」
前薗が肇の背中を叩く。
「どう?」
「何が?」
「160なくても抑えられるだろ」
肇は。
笑った。
「うん」
一条監督も言う。
「今日の154kmは、甲子園で投げた160kmより価値がある」
肇はその言葉を聞き。
深く頷いた。
「はい」
◇◇◇
七回。
日本の二番手。
崇道君彦。
152km。
153km。
スライダー。
フォーク。
三者凡退。
肇。
「君彦、すげえ!」
君彦。
「任せろ!」
八回。
白峰蓮司。
無失点。
そして日本は八回表。
玲央。
四球。
肇。
右前打。
水城。
送りバント。
一死二、三塁。
六番打者のタイムリー。
二人が生還。
4対1。
肇がホームを踏む。
「よし!」
ベンチの十八人が総立ち。
◇◇◇
九回裏。
日本。
4対1。
最後のマウンド。
神城颯真。
一人目。
三振。
二人目。
内野ゴロ。
二アウト。
あと一人。
相手四番。
神城。
初球。
150km。
ファウル。
二球目。
フォーク。
ボール。
三球目。
151km。
ファウル。
1ボール2ストライク。
四球目。
フォーク。
打者が振る。
空振り!
三振!
試合終了。
日本。
4対1。
四連勝。
十八人が一斉にグラウンドへ飛び出した。
「よっしゃあああああ!」
肇も。
前薗も。
君彦も。
白峰も。
神城も。
玲央も。
全員が集まる。
肇。
「神城!」
神城。
「最後怖かった!」
白峰。
「よく抑えた!」
君彦。
「四連勝!」
前薗。
「まだ終わってないぞ!」
肇。
「分かってる!」
十八人。
同じ目標。
世界一。
◇◇◇
その日の夜。
ホテル。
夕食。
ミーティング。
身体のケア。
肇は右肩を冷やしながら、一条監督と少し話していた。
「高橋」
「はい」
「今日どうだった?」
「楽しかったです」
「それだけか?」
肇は少し考える。
「甲子園では160kmを出した時、すごく嬉しかったです」
「うん」
「でも今日」
「うん」
「最高154だったのに、甲子園の160より手応えがありました」
一条監督は頷く。
「投手は球速を競う競技じゃない」
「はい」
「アウトを取る競技だ」
「はい」
「覚えておけ」
「はい!」
◇◇◇
自室。
肇はスマートフォンを手に取る。
そして。
いつもの時間。
テレビ電話。
発信。
数秒後。
画面に。
千鶴。
「こんばんは、肇さん」
「千鶴!」
「お疲れさまでした」
「勝った!」
「見ていましたよ」
「四連勝!」
「おめでとうございます」
肇は嬉しそうに笑う。
「今日、六回一失点」
「九奪三振でしたね」
「そう!」
「そして」
千鶴は少し笑う。
「最高154km」
肇。
「そこ?」
「大切なところです」
「160出してない」
「とても良かったです」
「千鶴も監督と同じこと言う」
「一条先生は何と?」
「今日の154は甲子園の160より価値があるって」
千鶴は頷く。
「私もそう思います」
「本当?」
「はい」
「何で?」
「肇さんが球速ではなく、勝つことを考えて投げていたからです」
肇は。
少し照れる。
「千鶴、どんどん野球詳しくなるね」
「毎晩誰かさんから試合の説明を聞かされていますから」
「嫌?」
「嫌とは言っていません」
「じゃあ好き?」
「野球の話ですか?」
「俺」
「……話を変えないでください」
肇が笑う。
◇◇◇
少しして。
千鶴が言った。
「肇さん」
「何?」
「実は今日」
「うん」
「真悠さんと眞衣さんと話しました」
「妹たちと?」
「はい」
「何の話?」
千鶴は。
少し迷う。
だが。
昨日。
校長にも言われた。
帰ってきたら。
寂しかったと伝えてあげればいい。
まだ帰国してはいない。
でも。
少しくらい。
本音を伝えてもいいのかもしれない。
「……肇さん」
「うん?」
「私」
千鶴は画面越しに肇を見る。
「寂しいです」
肇が止まった。
「え?」
「肇さんがいないので」
「千鶴……」
「毎日テレビ電話をしています」
「うん」
「顔も見ています」
「うん」
「声も聞いています」
「うん」
「でも」
少しだけ。
千鶴の声が弱くなる。
「会いたいです」
肇は。
何も言わなかった。
数秒。
そして。
「俺も」
「…………」
「俺も会いたい」
千鶴は微笑む。
「本当ですか?」
「当たり前じゃん」
「世界大会が楽しくて忘れているのかと思いました」
「忘れるわけない!」
肇は少し声を落とす。
「毎日会いたいよ」
「肇さん……」
「ホテル戻ったら、千鶴がいたらなって思う」
千鶴は黙って聞く。
「試合終わったら直接『お疲れ』って言ってほしい」
「はい」
「膝枕してほしい」
「またそれですか?」
「抱きしめてほしい」
「はい」
「胸元で休みたい」
「それも毎回言っていますね」
「だって」
肇は。
素直に言った。
「千鶴のところが一番落ち着くから」
千鶴は少し頬を赤くする。
「……帰ってきたら」
「うん」
「たくさん甘えていいですよ」
肇。
「本当?」
「はい」
「絶対?」
「世界大会を最後まで頑張ったら」
「頑張る!」
千鶴が笑った。
「単純ですね」
◇◇◇
そして。
千鶴。
「校長先生と教頭先生とも話しました」
「俺のこと?」
「はい」
「何て?」
「恋人が日本代表として頑張っていて羨ましい、と」
肇。
「恋人って普通に言ったの?」
「三人だけでしたから」
「そっか」
「それから」
「うん」
「遠距離は寂しいですか、と聞かれました」
肇。
「何て答えた?」
千鶴は。
今度は迷わなかった。
「寂しいです、と」
肇は。
嬉しそうに笑ってしまう。
千鶴。
「どうして笑うんですか?」
「嬉しいから」
「私は寂しいと言っているんですよ?」
「分かってる」
「なら」
「だって」
肇は笑う。
「千鶴も俺に会いたいってことじゃん」
「……そうです」
「嬉しい」
「本当に単純ですね」
「うん」
二人が笑った。
◇◇◇
テレビ電話。
残り時間。
千鶴。
「今日は早く休んでください」
「あと五分」
「またですか?」
「今日は投げたから特別に十分」
「増えています」
「じゃあ八分」
「三分」
「何で!」
「肩を休めてください」
「四分」
「三分」
「三分半」
千鶴は。
笑った。
「毎回同じですね」
「じゃあ三分半」
「仕方ありません」
「やった」
◇◇◇
最後。
肇。
「千鶴」
「はい?」
「今日も言って」
「何をです?」
「分かってるでしょ」
「分かりません」
「昨日言ってくれたやつ」
千鶴。
「……大好き?」
肇。
「それ!」
千鶴は少し笑う。
「肇さん」
「うん」
「大好きですよ」
肇の顔が一気に明るくなる。
「俺も大好き!」
「はい」
「愛してる」
千鶴は少し驚いた後。
優しく微笑んだ。
「その続きは」
「うん?」
「帰ってきてから、直接聞かせてください」
肇。
「分かった」
「世界一を目指すのでしょう?」
「うん」
「なら」
千鶴は。
画面越しに。
恋人へ伝える。
「十八人で、最後まで戦ってきてください」
肇は力強く頷いた。
「行ってくる」
「はい」
「世界一になって帰る」
「待っています」
「おやすみ、千鶴」
「おやすみなさい、肇さん」
通話終了。
◇◇◇
四連勝。
高橋肇。
六回。
一失点。
九奪三振。
最高球速154km。
160kmを一球も投げず。
世界の強豪を抑えた。
それは。
肇にとって新しい一歩だった。
そして。
遠く離れた日本。
千鶴も。
初めてはっきりと伝えた。
寂しい。
会いたい。
大好き。
距離は離れている。
それでも。
二人の心は。
以前より近づいていた。
世界一まで。
あと少し。
日本代表十八人の戦いは――いよいよ最大の山場へ向かっていく。
第39話「世界一への大一番――高橋肇、日の丸を背負う先発マウンド」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
U-18日本代表――四連勝。
そして今回の高橋肇の投球成績は、
六回。
被安打4。
1失点。
9奪三振。
四球1。
最高球速154km。
これまでの肇を考えると、意外に感じる数字が一つあります。
最高球速――154km。
今回は160kmを一球も投げませんでした。
それでも、今大会屈指の強力打線を相手に六回一失点。
一条監督からも、
「今日の154kmは、甲子園で投げた160kmより価値がある」
と評価されました。
118km前後のカーブ。
大きく曲がるスライダー。
内角へ食い込むシュート。
そして150km台のストレート。
球速だけに頼るのではなく、球速差、コース、配球を前薗とともに考えながら世界の強打者を抑える。
甲子園で160km台を記録した時とは違う意味で、投手・高橋肇が大きく成長した一戦になりました。
そして肇が降板した後には、崇道君彦、白峰蓮司、神城颯真たちが登板。
「十八人で勝つ」
その言葉通り、甲子園ではライバルだった投手たちへマウンドを託し、日本は4対1で勝利しました。
一方、今回もう一つ大切だったのが――千鶴とのテレビ電話です。
番外編⑿では、真悠と眞衣、そして校長と教頭に、
「寂しい」
「会いたい」
という本音を打ち明けていた千鶴。
今回はついに、その気持ちを肇本人へ直接伝えました。
毎日テレビ電話をしている。
顔も見られる。
声も聞ける。
それでも、実際に会えるわけではありません。
だから千鶴から伝えた、
「会いたいです」
という一言。
そして肇も、
「俺も会いたい」
と素直に答えました。
学校では教師と生徒。
二人の関係を知っているのは、校長、教頭、一条監督、肇の両親、真悠、眞衣など、ごく限られた人物だけ。
だからこそ、離れて過ごしている今のテレビ電話は二人にとって、とても大切な時間になっています。
そして最後には――。
「大好きですよ」
「俺も大好き!」
「愛してる」
と、お互いの気持ちを確認した二人。
ただし千鶴は、その続きについて、
「帰ってきてから、直接聞かせてください」
と肇へ伝えました。
世界大会が終われば、二人は再び富山で会うことができます。
けれど、その前に肇にはやらなければならないことがあります。
世界一になること。
しかも一人ではなく――日本代表十八人で。
四連勝。
世界の頂点は、確実に近づいています。
高橋肇とU-18日本代表十八人の戦いも、いよいよ最大の山場へ。
そして第40話――U-18日本代表編は、大きな決着へ向かいます。




