第36話「日の丸を背負う初戦――世界へ踏み出した富山第二バッテリー」
第36話「日の丸を背負う初戦――世界へ踏み出した富山第二バッテリー」
いよいよ今回から、U-18日本代表としての国際大会が本格的に始まります。
五十人の候補選手から、わずか十八人。
その狭き門を突破した高橋肇と前薗晃大。
甲子園では私立富山第二高等学校のエース兼四番と正捕手として全国制覇を成し遂げた二人が、今度は胸に「JAPAN」の文字を背負って世界へ挑みます。
しかも国際大会初戦。
先発投手として名前を呼ばれたのは――高橋肇。
そして、その球を受ける捕手には――前薗晃大。
富山第二の全国制覇バッテリーが、そのまま日本代表として世界の舞台に立つことになりました。
しかし、甲子園と世界では何もかもが違います。
いつものように150km台のストレートを投げれば抑えられる――そんな簡単な相手ではありません。
実際、初回には153kmのストレートを相手打者に捉えられ、肇自身が世界との差を肌で感じることになります。
そこで肇と前薗が選んだのは、力だけで押す野球ではありません。
ストレート。
大きく曲がるスライダー。
カーブ。
シュート。
緩急と配球を使いながら、世界の強打者たちへ挑んでいきます。
さらに今回は投手としてだけではなく、打者・高橋肇としても出番が。
甲子園決勝でサイクルヒットを達成し、高校通算70本塁打を記録している肇の打撃は、世界を相手にどこまで通用するのでしょうか。
そして試合が終わった夜には――。
第36話から第40話まで続いていく、もう一つの大切な時間。
日本代表として遠征している肇と、日本で待っている東雲千鶴とのテレビ電話。
会えないからこそ、画面越しに交わす二人だけの会話があります。
甲子園全国制覇の次は――世界一。
高橋肇、前薗晃大、一条昴監督。
富山第二から世界へ向かった三人の、新しい戦いの始まりです。
U-18日本代表十八人が正式に決定してから、ほとんど時間は残されていなかった。
夏の甲子園が閉幕してから国際大会までは、わずか十日前後。
候補五十人による選考。
十八人への絞り込み。
学校への正式な派遣要請。
代表合宿。
ユニフォームの支給。
そして海外への移動。
すべてが目まぐるしい速さで進んでいった。
高橋肇にとっても、甲子園全国制覇の余韻に浸る暇などなかった。
そして――。
ついにその日がやってきた。
日本代表として迎える、国際大会初戦。
宿泊先のホテル。
朝。
肇はベッドから身体を起こすと、椅子に掛けてあった日本代表のユニフォームへ視線を向けた。
胸には――。
「JAPAN」
その文字が入っていた。
「……本当に日本代表なんだな」
候補ではない。
正式な十八人。
肇はしばらくユニフォームを見つめた。
そこへ。
コンコン。
「肇、起きてる?」
「前薗?」
ドアを開ける。
前薗晃大が立っていた。
「朝飯行こう」
「ちょっと待って」
前薗も部屋の中へ入り、椅子に掛かっているユニフォームを見る。
「何回見てもすごいよな」
「うん」
「富山第二じゃないんだぞ」
「JAPAN」
「俺たちがこれ着るんだぞ」
肇は笑った。
「前薗」
「何?」
「今日、組めるかな」
「監督たち次第だろ」
「組みたい」
「俺もだよ」
前薗は拳を出す。
肇も拳を合わせた。
「甲子園の次は世界だ」
「ああ」
◇◇◇
朝食会場。
十八人が集まっていた。
高橋肇。
崇道君彦。
白峰蓮司。
神城颯真。
甲斐悠成。
成瀬迅。
前薗晃大。
成田蓮。
北条悠真。
橘川玲央。
水城拓真。
駿河大和。
名古屋悠成。
桐谷蒼生。
飛騨悠人。
大河内蓮。
瀬戸蒼空。
比嘉龍之介。
候補合宿では、十八人の枠を争うライバルだった。
だが今は違う。
全員が同じ日本代表。
橘川玲央が肇を見る。
「緊張してる?」
「してる」
白峰が笑う。
「甲子園決勝であれだけやった奴が?」
「甲子園とは違うって」
崇道君彦も頷く。
「俺は分かる」
肇。
「君彦は経験あるもんな」
「日の丸を初めて着た時は、俺もかなり緊張した」
前薗。
「やっぱり違う?」
「違う」
君彦は自分の胸元を指す。
「学校の名前じゃなくて、日本だからな」
一瞬。
全員が静かになる。
その意味は大きい。
負ければ。
富山第二が負けるのではない。
横浜が負けるのでもない。
大阪桐蔭でもない。
智辯和歌山でもない。
日本が負ける。
白峰。
「でも」
全員を見る。
「だから面白いんだろ」
神城。
「甲子園で敵だった奴と同じチームだからな」
玲央。
「しかも全国トップクラスばっかり」
前薗。
「捕手としては大変だけどな」
成田蓮。
「俺たち三人で六人の投手を見るからな」
北条悠真。
「覚えること多すぎる」
肇。
「俺は前薗がいい」
前薗。
「お前は少し他の捕手にも慣れろ」
全員から笑いが起きた。
緊張していた空気が。
少しだけ柔らかくなった。
◇◇◇
朝食後。
ミーティング。
監督・コーチ陣が今日の試合について説明する。
そして。
一条昴監督も代表スタッフとしてそこにいた。
肇は一条監督を見る。
富山第二では毎日のように見ていた顔。
それが日本代表のスタッフウェアを着ている。
不思議な感覚だった。
「今日の先発を発表します」
全員が前を見る。
「高橋肇」
肇の目が大きくなる。
「はい!」
「国際大会初戦、先発を任せる」
「はい!」
そして。
「捕手」
前薗が前を見る。
「前薗晃大」
「はい!」
肇が前薗を見る。
前薗も肇を見る。
富山第二バッテリー。
世界大会初戦。
そのまま二人で組むことになった。
「ただし」
一条監督が口を開く。
肇。
「はい」
「甲子園と同じ感覚で投げるな」
「はい」
「国際大会ではストライクゾーンの感覚も違う。打者の特徴も違う」
「分かっています」
「それから」
「はい」
「160kmを見せる大会じゃない」
肇は苦笑する。
「分かってますって」
他の選手たちが笑う。
一条監督。
「勝つために投げろ」
肇の表情が変わる。
「はい」
「前薗」
「はい!」
「高橋が熱くなったら止めろ」
「任せてください」
肇。
「俺、そんなに熱くなります?」
前薗と一条監督。
「なる」
「二人同時に言わないでください!」
また笑いが起きた。
◇◇◇
そして。
球場。
日本代表十八人が姿を現す。
スタンドから拍手。
海外の観客。
日本から駆けつけたファン。
各国の関係者。
そして。
プロ野球のスカウト関係者も客席にいた。
肇はグラウンドへ足を踏み入れる。
甲子園とは違う。
空気。
土。
芝。
観客の声。
言葉。
すべてが違う。
だが。
マウンドからホームベースまでの距離は変わらない。
「肇!」
前薗。
「ん?」
「ブルペン行くぞ」
「おう」
◇◇◇
ブルペン。
肇がボールを握る。
前薗が座る。
一球目。
パシンッ!
「どう?」
「少し高い」
二球目。
パシッ!
「今度は?」
「いい」
三球目。
スライダー。
バシッ!
前薗。
「曲がりすぎ」
「マジ?」
「今日、いつもより曲がってる」
「ボール違うからかな」
「それもある」
肇はボールを見る。
国際大会で使用される球。
普段の高校野球とは感覚が微妙に違う。
前薗。
「最初から飛ばすな」
「分かってる」
「150前後でいい」
「うん」
「160いらない」
「監督と同じこと言うな」
「俺もお前の肩心配してるんだよ」
肇は少し笑った。
「ありがとう」
前薗。
「急に素直になるな」
「何で?」
「調子狂う」
二人は笑う。
そして。
最後の一球。
ズバンッ!
前薗のミットが大きな音を立てた。
表示。
153km。
前薗。
「十分」
肇。
「行こう」
◇◇◇
試合開始。
日本代表。
対するのは、国際大会常連の強豪国。
一回表。
日本代表の攻撃。
先頭打者が出塁。
送りバント。
進塁打。
そして適時打。
いきなり一点。
日本ベンチが盛り上がる。
「よし!」
「先制!」
肇もベンチから声を出す。
そして。
一回裏。
高橋肇。
日本代表として初めてマウンドへ。
球場アナウンス。
名前が呼ばれる。
肇はマウンドへ向かう。
胸にはJAPAN。
背後から前薗が来る。
「肇」
「ん?」
「いつも通り」
「うん」
「俺のミットだけ見ろ」
肇は頷いた。
「分かった」
一番打者。
右打者。
身長は肇よりかなり高い。
肇。
「……でかい」
前薗がミットで口元を隠す。
「独り言聞こえてるぞ」
肇。
「ごめん」
初球。
ストレート。
150km。
ボール。
二球目。
151km。
ファウル。
三球目。
カーブ。
ボール。
四球目。
スライダー。
空振り。
2ボール2ストライク。
前薗が要求したのは。
外角低め。
ストレート。
肇は頷く。
投げる。
ズバンッ!
153km。
見逃し三振。
「ストライク!」
肇が小さく拳を握った。
日本代表として。
世界大会。
最初のアウト。
三振。
◇◇◇
二番打者。
初球。
ストレート。
152km。
ファウル。
二球目。
シュート。
詰まらせる。
セカンドゴロ。
二アウト。
三番打者。
ここで。
肇は国際大会の怖さを知る。
初球。
153km。
カキィィンッ!
「えっ?」
完璧に捉えられた。
打球は左中間。
外野手が走る。
フェンス直撃。
二塁打。
肇は驚いた。
甲子園では。
150km台後半のストレートを簡単に捉えられることは少なかった。
しかし。
世界では違う。
前薗がマウンドへ来る。
「驚いた?」
「うん」
「俺も」
「153だぞ?」
「関係ないってことだな」
肇は二塁を見る。
相手打者が笑っている。
前薗。
「面白いだろ?」
肇の口元が。
少し上がった。
「……面白い」
「そう来ると思った」
「前薗」
「何?」
「変化球使う」
「最初からそうしろ」
◇◇◇
四番打者。
初球。
カーブ。
ストライク。
二球目。
シュート。
ファウル。
三球目。
外へ大きく逃げるスライダー。
空振り。
三振。
無失点。
肇はマウンドを降りる。
ベンチ。
白峰が言う。
「世界どう?」
肇。
「楽しい」
君彦。
「やっぱりな」
一条監督。
「楽しむのはいいが、球速勝負するなよ」
「分かってます」
「三番に打たれただろ」
「はい」
「いい勉強だ」
「はい」
肇は水分を取る。
前薗が隣へ。
「次からもっと配球変える」
「任せる」
「ストレート四割くらいまで落とすぞ」
「そんなに?」
「世界相手だぞ」
「分かった」
◇◇◇
三回。
日本代表。
3対0。
肇は。
ストレート。
スライダー。
カーブ。
シュート。
緩急を使う。
150km。
132km。
145km。
118km。
速度差。
相手打者のタイミングを外す。
三者凡退。
四回。
一死からヒット。
盗塁。
二死二塁。
ここで相手四番。
前薗がタイム。
マウンドへ。
「どうする?」
肇。
「勝負」
「何で?」
「打ち取りたい」
「球種は?」
肇が笑う。
「一番自信あるやつ」
前薗。
「ストレート?」
「スライダー」
前薗が少し驚く。
「変わったな」
「世界だから」
「じゃあ行こう」
初球。
ストレート。
154km。
ファウル。
二球目。
カーブ。
ボール。
三球目。
シュート。
ファウル。
1ボール2ストライク。
そして。
四球目。
大きく曲がるスライダー。
相手四番のバットが空を切った。
三振。
肇。
「よし!」
前薗。
「ナイスボール!」
◇◇◇
そして。
打者としても肇に出番が来る。
五回表。
一死一、二塁。
肇が代打として告げられた。
球場がざわめく。
日本の高校野球で。
エース。
四番。
高校通算70本。
甲子園決勝でサイクルヒット。
海外のスカウトも注目する。
相手投手。
150km近い速球。
初球。
外角。
ボール。
二球目。
ストレート。
ファウル。
三球目。
変化球。
肇は見送る。
ボール。
2ボール1ストライク。
四球目。
内角。
肇が振り抜く。
カキィィィンッ!
打球。
右中間。
「行け!」
前薗が叫ぶ。
外野の間を抜ける。
一人。
二人。
生還。
肇は二塁へ。
二点タイムリーツーベース。
日本。
5対0。
ベンチが総立ち。
白峰。
「投げて打つのかよ!」
玲央。
「甲子園と同じじゃん!」
肇は二塁上で小さく拳を握った。
◇◇◇
肇は五回を投げ。
無失点。
被安打3。
奪三振7。
その後は。
白峰。
君彦。
他の投手へ継投。
日本代表十八人が力を合わせる。
守備でも好プレー。
打線も追加点。
そして。
試合終了。
日本代表。
7対2。
初戦勝利。
「よっしゃああああ!」
十八人がベンチから飛び出す。
肇と前薗。
拳を合わせる。
「勝った!」
「世界大会一勝目!」
「前薗」
「何?」
「楽しい」
「俺も」
そこへ一条監督。
「高橋」
「はい」
「五回無失点はよかった」
「ありがとうございます!」
「ただし」
「はい」
「三番打者に153kmを簡単に運ばれたこと、忘れるな」
肇の表情が引き締まる。
「はい」
「世界には、まだ上がいる」
「はい!」
その言葉が。
肇には嬉しかった。
まだ。
強くなれる。
◇◇◇
その夜。
ホテル。
食事。
ミーティング。
身体のケア。
すべて終わった頃。
肇は自室へ戻った。
スマートフォンを見る。
着信ではなく。
メッセージ。
千鶴。
『初戦、お疲れさまでした』
肇はすぐ返信する。
『今テレビ電話できる?』
数秒。
『できますよ』
肇はイヤホンをつける。
テレビ電話。
画面が切り替わる。
そこには。
自宅にいる千鶴。
「千鶴!」
「こんばんは、肇さん」
学校とは違う。
東雲先生ではない。
千鶴。
肇の顔が一気に緩む。
「見てた?」
「もちろんです」
「全部?」
「見られるところは全部」
「どうだった?」
千鶴は少し微笑む。
「格好良かったですよ」
肇。
「……もう一回」
「嫌です」
「何で!」
「一回で十分です」
「千鶴」
「ふふっ」
肇は画面越しの千鶴を見る。
「会いたい」
千鶴の表情が少し柔らかくなる。
「私もです」
「帰ったら抱きしめたい」
「それくらいなら」
「膝枕も」
「はい」
「あと……」
「Jカップの胸元で甘えたい、でしょう?」
肇が固まる。
「……何で分かったの?」
「肇さんですから」
千鶴は呆れたように笑った。
「帰ってきたら、ですね」
「約束」
「はい」
肇は嬉しそうに笑う。
◇◇◇
少しして。
千鶴が真剣な表情になる。
「でも」
「ん?」
「今日、少し驚きました」
「何が?」
「153kmを打たれたところ」
「ああ」
「甲子園では、あんな当たりはあまり見ませんでしたから」
「俺も驚いた」
「世界ですね」
「うん」
肇は少し興奮したように話す。
「でもさ」
「はい」
「すっごく楽しかった」
「そうでしょうね」
「速い球だけじゃ駄目なんだって、今日すぐ分かった」
「はい」
「前薗と配球変えて」
「はい」
「カーブとかシュートとか、スライダーとか」
「ちゃんと見ていましたよ」
「本当に?」
「肇さんが四番打者をスライダーで三振に取ったところも」
肇は嬉しくなる。
「あれ、今日一番良かった」
「160kmではなく?」
「うん」
千鶴は。
その言葉を聞いて微笑んだ。
「成長しましたね」
「何か先生っぽい」
「先生ですから」
「今は恋人」
千鶴。
「……そうでした」
少し赤くなる。
肇。
「可愛い」
「言わなくていいです」
「千鶴」
「はい?」
「今日さ」
少し真剣になる。
「JAPANって書いてあるユニフォーム着た時」
「はい」
「怖かった」
千鶴は黙って聞く。
「俺が打たれたら日本が負けるかもしれないって思って」
「はい」
「富山第二の時とは違った」
「でも」
千鶴が言う。
「一人ではないでしょう?」
「うん」
「前薗君がいる」
「うん」
「一条先生もいる」
「うん」
「そして十八人の仲間がいる」
肇は画面を見る。
「だから」
「全部を肇さん一人で背負う必要はありません」
「……うん」
「甲子園だって七十人で優勝したのでしょう?」
「うん」
「今度は十八人で世界一を目指してください」
肇は。
しばらく何も言わなかった。
そして。
「千鶴」
「はい」
「ありがとう」
「どういたしまして」
◇◇◇
そこから二人は。
学校の話。
真悠と眞衣の話。
由紀子の話。
クラスメイトたちが試合を見ていたこと。
職員室でもU-18が話題になったこと。
いろいろな話をした。
「学校どう?」
「高橋君と前薗君の話ばかりですよ」
「また?」
「『高橋、世界でも打った!』って」
「恥ずかしい」
「皆さん喜んでいます」
「そっか」
「校長先生も」
「校長先生も?」
「かなり嬉しそうでした」
肇が笑う。
「帰ったら挨拶しないとな」
「してください」
そして。
テレビ電話を始めてから。
かなり時間が経った。
千鶴が時計を見る。
「肇さん」
「何?」
「そろそろ寝てください」
「まだ話したい」
「明日も試合でしょう?」
「うん」
「なら寝る」
「あと五分」
「昨日も同じことを言っていませんでした?」
「今日は世界大会初戦勝利の特別日」
「理由になっていません」
「千鶴」
「三分」
「五分」
「三分」
「四分」
千鶴は笑った。
「仕方ありません。四分です」
「やった」
そして四分。
本当に。
何でもない話をした。
それが。
肇には一番落ち着いた。
やがて。
「じゃあ」
千鶴。
「おやすみなさい、肇さん」
「うん」
「明日も頑張ってください」
「頑張る」
「無理はしない」
「はい」
「一条先生と前薗君の言うことを聞く」
「はい」
肇は笑う。
「千鶴」
「はい?」
「大好き」
画面の向こうで。
千鶴が少しだけ頬を赤くした。
そして。
「私も大切に思っています」
「帰ったらちゃんと言って」
「考えておきます」
「絶対言って」
「では、おやすみなさい」
「逃げた!」
千鶴は楽しそうに笑った。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
テレビ電話が終わる。
画面が暗くなる。
肇はベッドへ横になった。
今日。
初めて。
日の丸を背負った。
初めて。
世界の打者と戦った。
153kmを打たれた。
変化球で三振を奪った。
五回無失点。
そして打者として二点タイムリーツーベース。
日本代表は。
初戦を勝った。
だが。
世界一までは。
まだ遠い。
肇は目を閉じる。
千鶴から言われた言葉を思い出す。
――全部を肇さん一人で背負う必要はありません。
十八人で。
世界一へ。
富山第二から世界へ踏み出した高橋肇の挑戦は。
まだ――始まったばかりだった。
第36話「日の丸を背負う初戦――世界へ踏み出した富山第二バッテリー」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに始まりました。
高橋肇にとって初めてとなる、U-18日本代表としての国際大会。
そして初戦から実現したのが――。
投手・高橋肇。
捕手・前薗晃大。
甲子園全国制覇を成し遂げた富山第二バッテリーでした。
ただ、今回大切だったのは「160kmを投げること」ではありません。
一条昴監督からも、
「160kmを見せる大会じゃない」
「勝つために投げろ」
とはっきり伝えられました。
そして、その意味を肇自身が初回から思い知らされます。
153kmのストレートを、世界の打者に捉えられる。
甲子園では大きな武器になった速球も、世界では絶対ではありません。
だからこそ前薗と話し合い、ストレート一辺倒ではなく、スライダー、カーブ、シュートを組み合わせる投球へ。
特に相手四番打者を、大きく曲がるスライダーで空振り三振。
肇にとっては160km以上に意味のある一球になったのではないでしょうか。
結果は五回無失点、七奪三振。
さらに打者としても二点タイムリーツーベース。
日本代表も7対2で初戦を勝利しました。
しかし、肇が知ったのは世界の怖さだけではありません。
「世界の野球は面白い」
甲子園で全国の頂点へ立っても、まだ知らない野球がある。
まだ強い選手がいる。
まだ成長できる。
そのことを知った初戦でもありました。
そして夜。
今回から第40話まで毎話描かれていく、千鶴とのテレビ電話。
学校では決して見せることのできない二人の関係ですが、遠く離れた今だからこそ、テレビ電話は二人にとって大切な時間になります。
「全部を肇さん一人で背負う必要はありません」
千鶴から伝えられた言葉。
甲子園は、野球部七十人で掴んだ全国制覇でした。
ならば世界大会は――日本代表十八人で。
前薗がいる。
一条監督がいる。
甲子園では敵だった崇道君彦、白峰蓮司、神城颯真、橘川玲央たちも、今は同じ日の丸を背負う仲間です。
そして日本には、肇の帰りを待ちながら応援している千鶴がいます。
初戦突破。
しかし、目標は一勝ではありません。
甲子園で全国一になった高橋肇が次に目指す場所。
それは――世界一。
U-18日本代表十八人による本当の戦いは、まだ始まったばかりです。




