第35話「十八人の日本代表――富山第二から世界へ」
第35話では、ついに五十人から正式なU-18日本代表十八人が決定します。
全国から集められた候補選手――五十人。
しかし、日の丸を背負うことができるのは十八人だけ。
つまり、三十二人はここで代表への挑戦を終えることになります。
甲子園全国制覇。
最速160km。
高校通算70本塁打。
決勝戦でのサイクルヒット。
それだけの実績を持つ高橋肇であっても、候補である以上、代表入りが約束されていたわけではありません。
そして前薗晃大も同じです。
甲子園優勝捕手としてではなく、高橋以外の全国トップクラスの投手ともバッテリーを組み、自分自身の捕手としての実力を選考期間で証明してきました。
そして迎える、運命の発表。
「高橋肇――私立富山第二高等学校」
さらに――。
「前薗晃大――私立富山第二高等学校」
二人とも実力で十八人の枠を勝ち取り、ついに甲子園全国制覇バッテリーが正式なU-18日本代表となります。
さらに、二人にとって心強い知らせも。
甲子園で富山第二を全国制覇へ導いた一条昴監督も、代表スタッフとして同行することが決定。
富山第二から、高橋肇、前薗晃大、一条昴監督の三人が世界へ向かうことになります。
一方、富山第二高校にも競技団体を通じて正式な連絡が届きます。
代表活動によって学校を離れる以上、選手本人だけに通知して終わるものではありません。
学校への正式な派遣連絡。
公欠に関する手続き。
遠征への承諾。
保険や安全管理。
必要な手続きを進めるため、校長をはじめ学校側にも二人の正式選出が伝えられます。
そして校長から全校生徒へ――。
「高橋肇君、前薗晃大君、両名が十八名のU-18日本代表選手として正式に選出されました」
その放送を聞く生徒たち。
教師たち。
そしてもちろん――東雲千鶴も。
候補入りを知った時から願っていた、
「前薗君と一緒に日の丸を背負えるといいですね」
その願いが、ついに現実となります。
候補ではなく、日本代表。
甲子園の次に高橋肇が目指すのは――世界一です。
五十人が集まったU-18日本代表候補合宿。
その最終日。
朝から、これまでとは明らかに違う緊張感が漂っていた。
投手十八人。
捕手八人。
内野手十二人。
外野手十二人。
全国各地から集められた五十人の高校球児たち。
甲子園で活躍した者。
地方大会で圧倒的な成績を残した者。
ドラフト候補としてプロ球団から注目されている者。
過去にU-18日本代表を経験している者。
その誰もが、日本代表になるために数日間、自分の持てるものをすべて見せてきた。
だが――。
日の丸を背負えるのは。
わずか十八人。
五十人から十八人。
つまり。
三十二人は選ばれない。
肇は宿泊施設の自室で目を覚ました瞬間から、それを意識していた。
「……今日か」
隣のベッドから前薗が身体を起こす。
「起きてた?」
「今起きた」
「眠れた?」
「途中で何回か目が覚めた」
「俺も」
肇は前薗を見る。
甲子園ではずっと一緒だった。
全国制覇を成し遂げたバッテリー。
しかし、ここでは事情が違う。
肇が選ばれて前薗が落ちる可能性。
前薗が選ばれて肇が落ちる可能性。
二人とも選ばれない可能性だって、理屈の上ではある。
「前薗」
「何?」
「二人で行きたいな」
前薗は少し黙ってから。
「……行こう」
「うん」
「俺、お前以外の投手の球もかなり受けた」
「どうだった?」
「面白かったよ。白峰も君彦も神城も、全部違った」
「俺もいろんな捕手に受けてもらった」
「だからこそ」
前薗は拳を握った。
「選ばれたい」
「俺も」
甲子園優勝バッテリーだからではない。
選考期間中に見せた実力で。
十八人へ入りたい。
二人はそう思っていた。
◇◇◇
午前。
最後の軽い練習が終わった。
そして昼前。
五十人全員がミーティングルームへ集められた。
昨日まで笑い合っていた選手たちも、今日はほとんど話さない。
肇の近くには。
前薗晃大。
崇道君彦。
橘川玲央。
白峰蓮司。
神城颯真。
そして、候補合宿で親しくなった選手たち。
肇が小さな声で言った。
「緊張する」
君彦が横を見る。
「お前もするんだな」
「するよ」
白峰。
「甲子園決勝より?」
「種類が違う」
玲央。
「分かる」
神城も腕を組んだまま。
「五十人から十八人だからな」
三十二人が落ちる。
その事実が重い。
やがて。
スタッフたちが前へ並んだ。
「それでは」
一瞬で静まり返る。
「U-18日本代表最終選考結果を発表します」
肇は膝の上で拳を握った。
前薗も前を見る。
「今回、候補選手として五十名に参加してもらいました」
「短期間ではありましたが、投球、打撃、守備、走塁だけでなく、国際大会への適応力、複数ポジションへの対応、チーム構成などを総合的に判断しました」
そして。
「最終的に十八名を選出しました」
沈黙。
「名前を呼ばれた選手は前へ出てください」
肇は息を整える。
発表が始まった。
「投手」
最初の名前。
「高橋肇。私立富山第二高等学校」
「――はい!」
肇は大きく返事をした。
胸の奥から何かが一気に込み上げる。
選ばれた。
だが。
まだ喜べなかった。
前薗。
前薗の名前がまだ呼ばれていない。
肇は前へ出る。
続いて。
「崇道君彦。横浜高校」
「はい!」
「白峰蓮司。大阪桐蔭高校」
「はい!」
「神城颯真。東海大相模高校」
「はい!」
「甲斐悠成。山梨学院高校」
「はい!」
「成瀬迅。仙台育英高校」
「はい!」
六人の投手。
次。
「捕手」
肇の心臓が大きく鳴った。
「前薗晃大。私立富山第二高等学校」
「はいっ!」
肇は思わず前薗を見る。
前薗も肇を見る。
一瞬。
二人とも笑った。
それだけで十分だった。
――二人で行ける。
「成田蓮。金足農業高校」
「はい!」
「北条悠真。関東第一高校」
「はい!」
捕手三人。
続いて内野手。
「橘川玲央。智辯和歌山高校」
「はい!」
「水城拓真。智辯和歌山高校」
「はい!」
「駿河大和。常葉大学菊川高校」
「はい!」
「名古屋悠成。中京大中京高校」
「はい!」
「桐谷蒼生。大阪桐蔭高校」
「はい!」
内野手五人。
そして外野手。
「飛騨悠人。県立岐阜商業高校」
「はい!」
「大河内蓮。花巻東高校」
「はい!」
「瀬戸蒼空。星稜高校」
「はい!」
「比嘉龍之介。沖縄尚学高校」
「はい!」
十八人。
発表が終わった。
◇◇◇
【U-18日本代表・最終選出十八名】
投手・6名
高橋肇――私立富山第二高等学校・富山県
崇道君彦――横浜高校・神奈川県
白峰蓮司――大阪桐蔭高校・大阪府
神城颯真――東海大相模高校・神奈川県
甲斐悠成――山梨学院高校・山梨県
成瀬迅――仙台育英高校・宮城県
捕手・3名
前薗晃大――私立富山第二高等学校・富山県
成田蓮――金足農業高校・秋田県
北条悠真――関東第一高校・東京都
内野手・5名
橘川玲央――智辯和歌山高校・和歌山県
水城拓真――智辯和歌山高校・和歌山県
駿河大和――常葉大学菊川高校・静岡県
名古屋悠成――中京大中京高校・愛知県
桐谷蒼生――大阪桐蔭高校・大阪府
外野手・4名
飛騨悠人――県立岐阜商業高校・岐阜県
大河内蓮――花巻東高校・岩手県
瀬戸蒼空――星稜高校・石川県
比嘉龍之介――沖縄尚学高校・沖縄県
合計――十八名。
◇◇◇
しかし。
その部屋には十八人だけがいるわけではない。
選ばれなかった三十二人もいる。
肇は素直に大喜びすることができなかった。
つい数日前まで一緒に練習した。
一緒に食事をした。
ブルペンで球を受けてもらった。
打撃練習で対戦した。
そんな選手たちが。
三十二人。
ここで日の丸への挑戦を終える。
スタッフが言った。
「選ばれなかった三十二名へ」
全員が前を見る。
「今回の結果は、皆さんの高校野球選手としての価値を否定するものではありません」
「十八人という人数の中で、国際大会を戦うためのチーム構成を考えた結果です」
選ばれなかった選手の中には。
唇を噛む者。
下を向く者。
涙をこらえる者もいた。
「五十名全員が、日本を代表する高校球児の候補としてここへ集まった事実は変わりません」
肇はその言葉を聞きながら。
自分の胸にある日の丸の重さが、急に大きくなったような気がした。
自分は。
この三十二人の分まで戦わなければならない。
◇◇◇
ミーティング終了後。
肇のところへ、一人の候補選手が来た。
「高橋」
「うん」
選ばれなかった投手だった。
「おめでとう」
肇は一瞬、言葉に詰まる。
「……ありがとう」
「そんな顔すんなよ」
「でも」
「俺は悔しいよ」
はっきり言った。
「めちゃくちゃ悔しい」
「うん」
「でも、お前が選ばれたこととは別」
そして。
肇の肩を軽く叩く。
「世界で160出してこい」
肇は相手を見る。
「……うん」
「あとホームラン」
「それも?」
「エース兼四番なんだろ?」
肇は少し笑った。
「頑張る」
「頑張れ」
次々に。
選ばれなかった選手たちが、選ばれた十八人へ言葉を残していく。
「頼んだぞ」
「世界で勝ってこい」
「絶対優勝しろよ」
「日の丸背負うんだからな」
悔しくないはずがない。
それでも。
最後には送り出してくれた。
◇◇◇
そして。
前薗が肇のところへ来た。
「肇」
「前薗」
数秒。
二人は顔を見合わせる。
肇が右手を出す。
前薗も握る。
「やったな」
「うん」
「二人で選ばれた」
「本当に二人で行ける」
「日本代表だぞ」
肇は。
その言葉を聞いて。
ようやく実感した。
日本代表。
もう候補ではない。
正式な十八人。
「前薗」
「何?」
「日の丸でバッテリー組もう」
「当たり前だ」
「俺の160、ちゃんと捕って」
「だから簡単に言うな!」
周囲から笑いが起きた。
白峰。
「その前に俺とも組めよ、前薗」
前薗。
「もちろん」
崇道。
「俺も」
成田。
「捕手三人しかいないんだから大変だぞ」
北条。
「投手六人だからな」
肇。
「みんなで勝とう」
その一言で。
十八人の表情が変わった。
もう。
代表争いではない。
今日から。
同じチーム。
日本代表。
◇◇◇
さらに。
スタッフからもう一つ発表があった。
「今回の代表スタッフについてですが」
肇と前薗も前を見る。
「私立富山第二高等学校野球部監督、一条昴先生にもスタッフの一員として大会へ同行していただきます」
「えっ?」
肇が思わず声を出した。
前薗。
「監督!?」
後方にいた一条監督が苦笑する。
「お前ら、そんなに驚くな」
肇。
「聞いてません!」
「言ってないからな」
「いつ決まったんですか?」
「正式決定までは話せなかった」
前薗。
「じゃあ監督も一緒?」
「ああ」
肇の顔が一気に明るくなる。
「よっしゃ!」
一条監督。
「高橋」
「はい?」
「喜ぶ前に」
少し笑う。
「向こうでも投球数と肩の状態は俺が見るからな」
肇。
「そこですか?」
「そこが一番大事だ」
「はい……」
前薗が笑う。
「逃げられないな」
「前薗、お前もだ」
「俺も!?」
「捕手の身体も管理する」
「はい」
甲子園を一緒に戦った監督。
そして。
高橋肇。
前薗晃大。
富山第二から。
二人の選手と一人の指導者が。
日の丸とともに世界へ向かうことになった。
◇◇◇
だが。
代表選出の正式な知らせは。
選手本人たちだけで完結するものではなかった。
同じ頃。
富山。
私立富山第二高等学校。
校長室。
机の上には。
競技団体を通じて学校へ正式に届けられた書類が置かれていた。
校長。
教頭。
そして学校関係者。
書類には。
高橋肇。
前薗晃大。
二人が正式なU-18日本代表選手として選出されたこと。
代表合宿。
国際大会。
派遣期間。
安全管理。
保険関係。
そして学校を離れる期間についての派遣要請に関する内容が記されていた。
教頭が書類を見る。
「正式に来ましたね」
校長が頷く。
「ええ」
候補入りの段階から。
学校。
野球部。
関係する競技団体。
必要な確認はすでに進められていた。
未成年である高校生を、学校側へ何の連絡もなく国際大会へ派遣することなどできない。
代表活動で授業を欠席する期間。
それを学校としてどのように扱うか。
公欠の手続き。
大会への派遣承諾。
万が一の怪我に備えた保険。
遠征中の安全管理。
責任の所在。
すべて正式な手続きが必要になる。
校長。
「候補に選ばれた時から、可能性は高いと思っていましたが」
教頭。
「二人とも入りました」
校長は書類に記された名前を見る。
「甲子園全国制覇の次は日本代表ですか」
教頭が笑う。
「今年の野球部は、どこまで行くんでしょうね」
「まだ高校生ですよ」
「そうでした」
二人とも笑った。
そして。
校長が言う。
「これは全校生徒へ報告しましょう」
「私もそう思います」
「甲子園では学校全体で応援しました」
「はい」
「今度は世界です」
◇◇◇
その日の学校。
授業の途中。
校内放送のチャイムが鳴った。
千鶴は教室で授業をしていた。
「……放送ですね」
生徒たちも顔を上げる。
やがて。
校長の声が流れた。
『授業中、失礼します』
生徒たちが静かになる。
『全校生徒の皆さんへ、嬉しい報告があります』
千鶴も。
黒板の前で聞いていた。
『先日、本校野球部の高橋肇君、前薗晃大君が、U-18日本代表候補に選出されたことをお知らせしました』
ざわっ。
教室の生徒たちが反応する。
「もしかして……」
「決まった?」
校長の声が続く。
『本日、学校へ正式な連絡がありました』
千鶴の手が。
ほんの一瞬。
止まった。
『高橋肇君』
『前薗晃大君』
そして。
『両名が、十八名のU-18日本代表選手として正式に選出されました』
「うわあああああっ!」
教室中から歓声。
「やった!」
「高橋、本当に日本代表になった!」
「前薗も!」
「すげえ!」
廊下の向こう。
他の教室からも。
歓声。
拍手。
学校全体が一気に騒がしくなる。
千鶴は。
黒板の前。
教師として。
微笑んだ。
「皆さん」
生徒たちを見る。
「良かったですね」
「先生、高橋君、日本代表ですよ!」
「ええ」
「世界ですよ!」
「そうですね」
千鶴は笑顔を崩さない。
しかし。
胸の中では。
――肇さん。
――おめでとうございます。
誰にも知られない。
恋人としての言葉があった。
候補入りを聞いた時。
千鶴は肇へ言った。
『前薗君と一緒に日の丸を背負えるといいですね』
それが。
現実になった。
高橋肇。
前薗晃大。
二人とも。
正式な日本代表。
◇◇◇
校長の放送は続く。
『なお、両名は今後、日本代表として合宿および国際大会へ参加するため、一定期間学校を離れることになります』
『学校として必要な派遣手続きを行い、代表活動期間についても正式な手続きのもと送り出します』
そして。
『さらに』
一瞬。
間。
『本校野球部監督・一条昴先生も、代表スタッフの一員として同行することが決定しました』
また。
「えええええっ!?」
学校中が響動めいた。
「一条監督も!?」
「富山第二から三人じゃん!」
「すごっ!」
千鶴も驚いた。
一条監督まで。
甲子園で肇たちを全国の頂点へ導いた監督が。
今度は世界へ同行する。
『高橋君』
『前薗君』
『そして一条先生』
『三名が日本を代表して世界の舞台へ挑戦します』
『全校生徒、教職員一同で応援しましょう』
放送が終わる。
教室から。
自然に拍手が起きた。
千鶴も。
ゆっくり拍手をする。
教師として。
そして。
誰にも知られないところでは。
肇を愛する一人の女性として。
◇◇◇
放課後。
職員室でも話題はそればかりだった。
「高橋君、本当に選ばれましたね」
「前薗君もですよ」
「甲子園優勝バッテリーが日本代表か」
「しかも一条先生まで」
「学校としてもすごいことですよ」
千鶴は書類を整理しながら聞いていた。
表面上は。
いつもの東雲千鶴。
だが。
机の下。
誰にも見えないところで。
一度だけ。
小さく拳を握った。
――やった。
本当なら。
すぐ肇へ連絡したかった。
『おめでとうございます』
『本当に選ばれましたね』
『約束どおり、前薗君と二人ですね』
そう伝えたい。
でも。
まだ学校。
今は教師。
千鶴はスマートフォンへ手を伸ばさない。
家に帰ってから。
二人だけの時間になってから。
きちんと祝福する。
それでいい。
◇◇◇
一方。
代表合宿。
十八人へ新しい資料が配られていた。
そこには。
日本代表としての活動予定。
練習。
移動。
大会日程。
注意事項。
国際大会でのルール。
そして。
日の丸を背負う選手として求められる行動。
肇は資料を読む。
前薗が隣に座る。
「肇」
「何?」
「本当に日本代表になったんだな」
「うん」
「まだ実感ない」
「俺も」
少し前まで。
五十人の候補者だった。
それが。
今は十八人。
正式な日本代表。
肇は前を見る。
君彦。
白峰。
神城。
甲斐。
成瀬。
前薗。
成田。
北条。
玲央。
水城。
駿河。
名古屋。
桐谷。
飛騨。
大河内。
瀬戸。
比嘉。
十八人。
甲子園では。
別々の学校。
敵同士だった。
だが。
今日から。
全員が同じユニフォームを着る。
同じ国を背負う。
スタッフが言った。
「改めて伝えます」
全員が立ち上がる。
「今日から君たちは」
「U-18日本代表です」
肇の背筋が伸びる。
「学校の代表ではありません」
「都道府県の代表でもありません」
「日本の代表です」
「はい!」
十八人の声。
「国際大会では、日本の高校野球を背負って戦ってもらいます」
「はい!」
「目標は?」
一瞬。
十八人が顔を見合わせる。
肇が。
最初に口を開いた。
「優勝です」
白峰。
「世界一」
君彦。
「それ以外ないです」
前薗。
「日本へ優勝を持って帰ります」
そして。
十八人。
「世界一です!」
大きな声が響いた。
一条監督は。
少し離れたところから、その姿を見ていた。
甲子園出発前。
肇は言った。
『全国の頂点を目指します』
そして。
本当に全国の頂点へ立った。
今度は。
世界。
一条監督は小さく笑う。
「……また大きいこと言いやがって」
しかし。
その表情は。
誰よりも嬉しそうだった。
◇◇◇
夜。
代表選手としての一日目が終わる。
肇のスマートフォンが震えた。
表示された名前。
千鶴。
肇はすぐに電話に出る。
「もしもし」
『肇さん』
学校では絶対に聞くことのできない呼び方。
肇は自然と笑った。
「うん」
『正式に聞きました』
「学校に連絡行った?」
『はい。校長先生から全校放送がありました』
「そんなに早く?」
『正式な代表活動ですから。学校への派遣に関する手続きもあります』
「そっか」
『それから』
「うん」
千鶴は少しだけ間を置く。
『おめでとうございます』
肇は。
目を閉じた。
一番聞きたかった言葉だった。
「ありがとう」
『前薗君も』
「うん」
『二人で選ばれましたね』
「選ばれた」
『約束が一つ叶いましたね』
「うん」
『今度は?』
肇は即答する。
「世界一」
電話の向こう。
千鶴が小さく笑った。
『やっぱり』
「甲子園の次は世界だから」
『無理だけはしないでください』
「分かってる」
『160kmを何球も投げればいいわけではありません』
「一条監督にも同じこと言われた」
『当然です』
「千鶴と監督、似てきた」
『誰の心配をしていると思っているんですか?』
「俺」
『そうです』
肇は笑った。
そして。
少しだけ真剣な声になる。
「千鶴」
『はい』
「行ってくる」
『はい』
「日本代表として」
『はい』
「世界一、取ってくる」
千鶴は。
静かに答えた。
『行ってらっしゃい、肇さん』
「うん」
『帰ってきたら』
「うん?」
『たくさん褒めます』
肇が笑う。
「約束ね」
『約束です』
電話を切る。
肇はスマートフォンを胸元へ置いた。
◇◇◇
甲子園では。
富山第二のユニフォーム。
その胸には。
学校の名前があった。
だが。
これから着るユニフォームには。
日本。
その二文字が入る。
五十人。
その中から選ばれた。
十八人。
選ばれなかった三十二人の思い。
富山第二野球部七十人の思い。
マネージャー十一人の思い。
全校生徒。
校長。
教頭。
家族。
父親。
由紀子。
真悠。
眞衣。
森崎修司。
そして。
東雲千鶴。
たくさんの人の思いを背負って。
高橋肇。
前薗晃大。
そして一条昴監督。
富山第二から。
三人が世界へ向かう。
全国制覇の次は――。
日の丸を胸に。
世界一へ。
第35話「十八人の日本代表――富山第二から世界へ」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに決まりました。
U-18日本代表――十八人。
五十人の候補選手から選ばれることができたのは、わずか十八人。
高橋肇。
前薗晃大。
富山第二高校から候補入りしていた二人は、揃って正式な日本代表入りを果たしました。
しかし今回、肇がすぐに大喜びできなかった理由があります。
五十人の中から十八人が選ばれるということは――三十二人が選ばれないということ。
数日前まではライバルだった選手たち。
一緒に練習し。
一緒に食事をし。
ブルペンで球を受け。
打撃練習では対戦し。
少しずつ仲間になり始めていた選手たちです。
だからこそ、選ばれなかった選手から肇へ送られた、
「世界で160出してこい」
「ホームランも打ってこい」
「世界で勝ってこい」
という言葉には、大きな意味があります。
これから十八人が背負うのは、自分たちだけの夢ではありません。
選ばれなかった三十二人の思いも含めた――日の丸です。
そして、肇が何より願っていたこと。
前薗晃大との同時選出。
甲子園では富山第二のエース兼四番と正捕手。
これからは――U-18日本代表の投手と捕手。
もちろん代表には他の優秀な投手や捕手もいるため、必ず二人がバッテリーを組むとは限りません。
それでも、
「日の丸でバッテリーを組もう」
という二人の新しい約束が生まれました。
さらに今回は一条昴監督も代表スタッフとして同行。
甲子園全国制覇を成し遂げた二人を最も近くで見てきた監督が、今度は世界の舞台でも二人を支えることになります。
一方、富山第二高校にも正式な代表選出の知らせが届きました。
校長。
教頭。
教職員。
そして全校生徒。
候補入りを昼休みの放送で聞いていた学校のみんなが、今度は校長先生から、
「正式なU-18日本代表十八人に選出されました」
という知らせを聞くことになります。
その中には――千鶴もいました。
教室では東雲先生として、生徒たちと一緒に拍手。
職員室でも、いつも通り教師として振る舞います。
しかし心の中では、
「肇さん、おめでとうございます」
誰にも知られることのない、恋人としての祝福。
そして夜。
ようやく二人きりの電話で伝えることができた、
「おめでとうございます」
という言葉。
肇がずっと聞きたかった言葉でもありました。
候補入りした時に交わした、
「前薗君と一緒に日の丸を背負えるといいですね」
という願いは叶いました。
だから次の約束は――。
「世界一、取ってくる」
甲子園へ向かう前は、全国制覇。
そして本当に全国の頂点へ立ちました。
今度は日本代表として、世界の頂点を目指します。
高橋肇。
前薗晃大。
一条昴監督。
富山第二高校から世界へ向かう三人。
そして、全国から選ばれた十八人。
甲子園では敵だった選手たちが、これからは同じ「日本」のユニフォームを着て戦います。
全国制覇の次は――世界一。
ここから、U-18日本代表としての新しい戦いが始まります。




