番外編⑾❸終「全校への報告――七十人と十一人が託した『頑張ってこい』」
番外編⑾も、今回の❸で完結となります。
前回までに、高橋肇と前薗晃大がU18日本代表候補に選ばれたことが、家族や森崎修司にも伝わりました。
そして今回は――その翌月曜日。
まず朝。
前日の飲み会で少し飲みすぎた肇の父親は、自宅で目を覚まします。
目の前には、じーっとこちらを見つめる由紀子。
迎えに来てもらったこと。
心配をかけたこと。
飲みすぎたこと。
父親は素直に謝り、夫婦らしい朝のやり取りから一日が始まります。
一方、その頃。
肇も千鶴の隣で目を覚まします。
学校では「高橋君」と「東雲先生」。
しかし家の中では、誰にも知られない恋人同士。
肇は眠っている千鶴の寝顔を見ながら、
「可愛い」
「綺麗」
と思わず見つめてしまいます。
そして千鶴のJカップの胸元へそっと抱きつき、少しだけ甘える朝。
その後は二人で朝食を作りながら、肇から一つの提案。
「俺と前薗がU18日本代表候補に選ばれたことを、学校のみんなにも自分たちから伝えたい」
甲子園では全校生徒からたくさんの応援を受けました。
だからこそ、次の挑戦についても自分たちの口から報告したい。
その思いを一条監督へ伝え、昼休み。
高橋肇。
前薗晃大。
二人による校内放送が始まります。
ただし――まだ「日本代表」ではありません。
あくまで「日本代表候補」。
その違いをしっかり伝えた上で、
「正式な代表入りを目指して頑張ります」
と全校生徒へ報告します。
そして放課後。
待っているのは、甲子園全国制覇をともに成し遂げた野球部七十人とマネージャー十一人。
マネージャーリーダー・美月から始まる、
「頑張ってきて」
という一言。
そしてその後――。
十一人のマネージャー。
七十人の野球部員。
一人ずつ肇と前薗の背中を軽く叩きながら、
「頑張ってこい」
「日の丸を背負ってこい」
「二人で選ばれてこい」
と送り出します。
甲子園では七十人で全国制覇。
今度は、その七十人と十一人の想いを背負って――。
高橋肇と前薗晃大が、U18日本代表を目指します。
月曜日の朝。
カーテンの隙間から、朝の柔らかな光が差し込んでいた。
甲子園全国制覇を果たしてから、また新しい一週間が始まる。
その頃――。
肇の実家では。
「……うっ」
肇の父親が、ゆっくりと目を開けた。
頭が重い。
昨夜、森崎修司、一条昴監督と三人で飲み、途中からかなり酒が進んでしまった。
そして最後には、妻の由紀子に迎えに来てもらった。
「……朝か」
身体を起こす。
すると。
「…………」
視線を感じた。
「……ん?」
横を見る。
由紀子がいた。
何も言わない。
ただ。
じーっ。
夫の顔を見ている。
「…………」
「…………」
「由紀子」
「何?」
「おはよう」
「おはようございます」
妙に丁寧だった。
「…………」
「…………」
父親は昨夜の記憶をたどる。
修司。
一条監督。
U18日本代表候補。
乾杯。
昔話。
もう一杯。
さらにもう一杯。
そして――。
『あなた、飲みすぎ』
迎えに来た由紀子。
全部思い出した。
「あー……」
「思い出した?」
「はい」
「そう」
「…………」
数秒後。
父親は素直に頭を下げた。
「昨日はすみませんでした」
由紀子は腕を組む。
「何について?」
「飲みすぎたこと」
「それから?」
「迎えに来てもらったこと」
「それから?」
「……心配かけたこと」
由紀子はしばらく夫を見る。
「分かってるならいいです」
「申し訳ありませんでした」
「もう若くないんですから」
「はい」
「修司さんと久しぶりに会って嬉しかったのは分かります」
「はい」
「一条先生とも話が盛り上がったんでしょう?」
「はい」
「でも飲みすぎない」
「はい」
由紀子は小さく息を吐いた。
しかし、その表情は少しずつ柔らかくなっていった。
「でも」
「ん?」
「楽しかった?」
父親は笑った。
「楽しかった」
「なら良かった」
「怒ってるんじゃなかったのか?」
「怒ってます」
「どっちなんだよ」
「飲みすぎたことには怒っています。でも、修司さんと久しぶりに会えたのは嬉しかったです」
由紀子も数年ぶりに修司と再会した。
そして一条監督とも、肇が高校一年生の時の野球部保護者の集まり以来、約三年ぶりにゆっくり話すことができた。
父親が尋ねる。
「修司、何か言ってた?」
「肇のこと?」
「うん」
「U18日本代表候補、おめでとうございますって」
父親は笑った。
「昨日もずっとその話だった」
「でしょうね」
「本人から直接聞いたのが嬉しかったみたいだ」
「肇も修司さんには自分で伝えたかったんでしょう」
「だろうな」
そして。
由紀子は夫の前へ水を置いた。
「はい」
「ありがとう」
「今日はお酒なし」
「飲まないよ」
「本当に?」
「本当」
「じゃあ信じます」
「はい」
夫婦の月曜日は。
そんなやり取りから始まった。
◇◇◇
同じ頃。
別の家。
肇はゆっくりと目を開けた。
「……朝?」
時計を見る。
まだ少し余裕がある。
そして。
隣を見る。
そこには――。
千鶴が眠っていた。
長い髪。
穏やかな寝顔。
普段、学校では凛としていて。
生徒たちから「学校一の美人教師」「高嶺の花」と呼ばれている東雲千鶴。
しかし今は。
そんな学校での表情とは違う。
無防備な寝顔。
肇はしばらく見つめていた。
「……可愛い」
小さく呟く。
そして。
「綺麗……」
学校でこの距離から千鶴を見ることなどできない。
学校では。
「東雲先生」
「高橋君」
それだけ。
けれど。
ここでは違う。
肇はそっと千鶴へ寄り添い、眠っている彼女を起こさないように優しく抱きしめた。
千鶴の豊かなJカップの胸元へ顔を預ける。
温かい。
そして何より。
落ち着く。
「……千鶴」
肇が小さく呼ぶ。
すると。
「……ん……」
千鶴が少し動いた。
ゆっくり目を開く。
「……肇さん?」
「おはよう」
「……おはようございます」
まだ眠そうだった。
肇は笑う。
「寝顔、可愛かった」
「朝から何を言ってるんですか……」
「本当だもん」
千鶴が少し頬を赤くする。
「何分見ていたんです?」
「ちょっと」
「ちょっとって?」
「秘密」
「もう……」
そして千鶴は、自分の胸元へ甘えるように抱きついている肇に気づいた。
「肇さん」
「ん?」
「またここですか?」
「うん」
「好きですね」
「好き」
「そういう意味じゃありません」
「千鶴も好き」
「……朝からずるいです」
千鶴はそう言いながら。
肇の頭を優しく撫でた。
何度か髪を撫で。
「そろそろ起きますよ」
「もう少し」
「学校に遅れます」
「五分」
「三分」
「四分」
「三分です」
「分かった」
千鶴は小さく笑った。
◇◇◇
三分後。
二人は起きた。
洗顔。
着替え。
そしてキッチンへ。
「今日は何にする?」
肇が冷蔵庫を開ける。
「卵がありますね」
「卵焼き?」
「お願いします」
「千鶴は?」
「お味噌汁を作ります」
「じゃあ俺、卵焼きと焼き魚」
「お願いします」
二人で並んで朝食を作る。
肇が卵を割る。
千鶴は鍋を準備する。
「千鶴」
「はい?」
「今日さ」
「はい」
「学校で放送しようと思ってる」
千鶴が味噌汁を作る手を止めた。
「放送?」
「俺と前薗のこと」
千鶴はすぐ理解した。
「U18日本代表候補?」
「うん」
「全校生徒へ?」
「そう」
「一条先生には?」
「朝練で話す」
「そうですか」
肇は卵を巻きながら言う。
「甲子園の時、全校で応援してくれたじゃん」
「はい」
「だから、次のことも自分たちからちゃんと伝えたい」
千鶴は微笑んだ。
「いいと思います」
「でも」
「何です?」
「まだ候補だから」
「それもちゃんと言えばいいんですよ」
「うん」
「『日本代表に選ばれました』ではなく、『日本代表候補に選ばれました』と」
「そうする」
「前薗君とは相談したんですか?」
「今日話す」
「二人で放送?」
「そのつもり」
千鶴は味噌汁をよそう。
「きっと皆さん喜びますよ」
「また騒がれそう」
「甲子園全国制覇のエースと捕手ですから」
「千鶴まで」
「事実です」
二人で笑った。
◇◇◇
朝食。
白いご飯。
味噌汁。
焼き魚。
卵焼き。
簡単な野菜。
二人で作った朝食を向かい合って食べる。
「いただきます」
「いただきます」
肇が味噌汁を飲む。
「美味しい」
「ありがとうございます」
千鶴も卵焼きを食べる。
「肇さんの卵焼きも美味しいですよ」
「良かった」
そして。
肇が言った。
「今日の放送」
「はい」
「千鶴も聞く?」
「もちろんです」
「緊張するな」
「甲子園決勝で何万人もの前に立った人が?」
「それとこれは違う」
「以前も同じことを言っていましたね」
「学校の方が恥ずかしい」
千鶴は笑った。
「では、東雲先生として聞いています」
「うん」
「学校では高橋君」
「分かってる」
「私も普通にしています」
「俺も」
そして。
二人は食事を終えた。
家を出る前。
肇は千鶴を見る。
「じゃあ学校で」
「はい」
「東雲先生」
千鶴も表情を教師へ戻す。
「学校で会いましょう、高橋君」
家を一歩出れば。
秘密の恋人同士から。
教師と生徒へ。
いつもの二人に戻った。
◇◇◇
朝練。
富山第二高校野球部。
グラウンド。
「集合!」
一条監督の声。
選手たちが集まる。
甲子園を終えた三年生。
そして次のチームを作り始めている一、二年生。
全員がそれぞれの練習へ入っていく。
肇は軽めの調整。
一条監督から投げ込みを制限されているため、無理はしない。
ストレッチ。
ランニング。
軽いキャッチボール。
その途中。
「監督」
「どうした?」
肇が一条監督のところへ行く。
「今日の昼休みなんですけど」
「うん」
「俺と前薗で、放送したいです」
「何を?」
「U18のことです」
一条監督が肇を見る。
「全校へ?」
「はい」
「前薗には?」
「これから話します」
一条監督は少し考える。
「いいんじゃないか」
「本当ですか?」
「ただし」
「はい」
「まだ候補だということは必ず言え」
「もちろんです」
「代表入りしたような言い方はするな」
「分かっています」
一条監督は頷く。
「甲子園では全校から応援してもらった」
「はい」
「報告するのはいいことだ」
「ありがとうございます」
そこへ前薗が来た。
「何の話?」
肇。
「前薗、昼休み空いてる?」
「空いてるけど」
「放送しよう」
「何の?」
「U18」
前薗。
「……全校に?」
「うん」
「俺も?」
「当たり前だろ」
「お前だけでいいじゃん」
「何でだよ。二人で候補になったんだから」
一条監督。
「前薗」
「はい」
「行ってこい」
「監督まで……」
肇が笑う。
「決定」
「勝手に決めるな!」
しかし。
前薗も最後には笑った。
「分かったよ」
◇◇◇
そして。
昼休み。
校内放送。
放送室。
肇。
前薗。
担当の放送部員。
マイクが二本。
放送部員が尋ねる。
「準備いいですか?」
前薗。
「俺、緊張してきた」
肇。
「俺も」
「お前でも?」
「学校の放送は別」
「甲子園決勝より?」
「別の意味で」
「分かる」
放送部員が笑う。
「では、始めます」
チャイム。
校内に放送が流れる。
『昼休み中、失礼します』
教室。
職員室。
体育館。
廊下。
それぞれで生徒たちが耳を傾ける。
『野球部から、全校生徒の皆さんへお知らせがあります』
ざわっ。
「野球部?」
「何?」
「高橋?」
そして。
マイクの前。
肇が息を吸った。
『野球部三年、高橋肇です』
瞬間。
いくつもの教室がざわめいた。
『甲子園では、たくさんの応援をありがとうございました』
少し間を置く。
『今日は、皆さんへ一つ報告があります』
千鶴も職員室で聞いていた。
表情は教師のまま。
しかし。
耳はしっかり肇の声へ向いている。
『このたび、俺――ではなく、僕と』
肇が一瞬言い直す。
教室から小さな笑い。
前薗も横で笑いをこらえる。
『前薗晃大が、U18日本代表候補選手に選ばれました』
一瞬。
静寂。
そして各教室から。
「えええええっ!?」
「マジ!?」
「日本代表!?」
「高橋だけじゃない!」
「前薗も!?」
「甲子園バッテリーじゃん!」
一気に学校中がざわめく。
放送室にも声が聞こえてくるほどだった。
肇は続ける。
『ただし、まだ日本代表に選ばれたわけではありません』
『あくまで候補です』
『ここから正式な代表入りを目指して頑張ります』
そして。
マイクを前薗へ。
『前薗晃大です』
前薗は少し緊張していた。
『正直、最初に聞いた時は、僕自身が一番驚きました』
教室から笑い。
『甲子園では高橋の球をずっと受けてきました』
『もし二人で正式なU18日本代表に選ばれたら、今度は富山第二ではなく、日本代表としてもう一度バッテリーを組みたいと思っています』
肇が横を見る。
前薗も肇を見る。
そして。
最後。
二人で。
『応援よろしくお願いします!』
放送終了。
その直後。
校舎のあちこちから拍手が起こった。
◇◇◇
職員室。
千鶴も。
他の教師たちと一緒に拍手をしていた。
「すごいですね、高橋君と前薗君」
「甲子園優勝の次はU18か」
「正式に選ばれてほしいですね」
千鶴。
「そうですね」
それだけ。
教師として。
ただ。
心の中では。
――頑張ってください、肇さん。
誰にも聞こえない声で。
そう応援していた。
◇◇◇
授業終了。
放課後。
野球部のグラウンド。
この日は。
野球部員七十人。
そしてマネージャー十一人。
全員が集まった。
甲子園でグラウンドへ立った者。
ベンチから声を出した者。
スタンドから応援した者。
千羽鶴を作った者。
水分補給を支えた者。
スコアを記録した者。
用具を運んだ者。
七十人と十一人。
富山第二高校野球部。
その中心。
肇と前薗が前へ立つ。
肇が全員を見る。
主将・鈴木和誠。
捕手・前薗晃大。
宮坂大智。
桐生翔。
長谷川颯汰。
相馬健吾。
藤堂拓海。
黒崎蓮。
早川慶介。
久我直哉。
松岡亮平。
橘優成。
西川陸斗。
安西航。
倉田陽向。
森川駿。
大野蒼真。
榎本悠生。
甲子園を一緒に戦った仲間たち。
さらに。
その後ろには、レギュラーやベンチ入りを最後まで支えてくれた大勢の野球部員たちが並ぶ。
そして。
マネージャー十一人。
その先頭にはマネージャーリーダーの美月。
全員が。
肇と前薗を見ている。
一条監督。
「高橋」
「はい」
「前薗」
「はい」
「自分たちから話せ」
二人が一歩前へ。
肇が口を開いた。
「昼の放送を聞いた人も多いと思う」
「俺と前薗が」
「U18日本代表候補に選ばれた」
拍手。
しかし。
肇は手を少し上げる。
「でも」
全員が静かになる。
「まだ候補です」
「日本代表じゃない」
「俺も前薗も、そこは勘違いしてない」
前薗も頷く。
肇。
「甲子園で優勝できたのは」
周囲を見る。
「ここにいるみんなのおかげです」
「レギュラーだけじゃない」
「ベンチだけでもない」
「七十人全員」
「マネージャー十一人」
「一条監督」
「応援してくれたみんな」
「全員で優勝したと思ってる」
誰も口を挟まない。
「だから」
肇は頭を下げる。
「今度は俺と前薗が、富山第二を代表してU18日本代表を目指してきます」
前薗も頭を下げる。
「俺も」
そして前薗が続ける。
「候補に入れたのは、高橋の球を受けてきたからだけじゃない」
「いろんな投手と組んだ」
「毎日のブルペンがあった」
「打者がいて」
「守ってくれる仲間がいて」
「だから評価されたんだと思う」
「もし正式に選ばれたら」
肇を見る。
「こいつの球を、今度は日の丸を背負って受けてきます」
肇。
「だから」
二人。
「頑張ってきます!」
大きな拍手。
その時。
美月が歩いてきた。
「肇」
「ん?」
「前薗君も」
「何?」
美月は二人を見る。
そして。
パシッ。
肇の背中を軽く叩いた。
続いて。
パシッ。
前薗の背中。
「頑張ってきて」
肇は少し驚く。
「美月……」
「甲子園では私たちも一緒に行けたけど」
美月は笑う。
「U18は二人がつかむ場所でしょ?」
「うん」
「だったら、ちゃんと選ばれてきて」
「分かった」
すると。
美月の後ろから。
他のマネージャーたちも並んだ。
一人。
また一人。
パシッ。
「頑張って!」
パシッ。
「絶対選ばれてね!」
パシッ。
「前薗君も!」
パシッ。
「日の丸、見せて!」
十一人。
全員が。
二人の背中を軽く叩いていく。
肇。
「ちょっと待って」
前薗。
「これ全員やるの?」
美月。
「当然」
「十一人だけでも結構あるぞ」
すると。
後ろから和誠。
「おい」
肇。
「何?」
和誠が笑う。
「俺たち忘れてない?」
肇の表情が固まる。
「……まさか」
和誠。
「七十人」
前薗。
「嘘だろ」
「行くぞ!」
「待て待て待て!」
笑い声。
そして。
和誠が最初。
パシッ。
肇。
パシッ。
前薗。
「頑張ってこい!」
宮坂大智。
「正式に選ばれてこい!」
桐生翔。
「日本代表でも暴れてこい!」
長谷川颯汰。
「甲子園だけで終わるな!」
相馬健吾。
「日の丸、背負ってこい!」
藤堂拓海。
「世界相手でも打ってこい!」
黒崎蓮。
「投手陣の代表として行ってこい!」
早川慶介。
「160kmだけじゃないって見せてこい!」
久我直哉。
「前薗! 全部止めろよ!」
松岡亮平。
「肇! ホームランも頼む!」
橘優成。
「二人とも絶対選ばれろ!」
西川陸斗。
「富山第二の名前、持っていけ!」
安西航。
「頑張ってこい!」
倉田陽向。
「俺たちも応援してる!」
森川駿。
「世界でも勝て!」
大野蒼真。
「二人なら行ける!」
榎本悠生。
「頑張れ!」
その後も。
一人。
一人。
また一人。
レギュラーも。
ベンチも。
スタンド組も。
三年生も。
二年生も。
一年生も。
全員が二人の背中へ手を添える。
強く叩く者はいない。
軽く。
でも。
そこには気持ちがこもっていた。
「頑張ってこい」
「選ばれてこい」
「日の丸背負えよ」
「富山第二の代表だぞ」
「前薗、肇を頼む!」
「肇、前薗を頼む!」
「二人で行ってこい!」
「待ってるからな!」
何十回。
何十人。
途中から肇も前薗も笑っていた。
「まだ候補だって!」
肇が叫ぶ。
和誠。
「だから選ばれてこいって言ってるんだよ!」
「簡単に言うな!」
「甲子園優勝した奴が言うな!」
全員が笑う。
そして。
最後の一人が。
パシッ。
二人の背中を叩いた。
静かになる。
肇は。
七十人を見る。
マネージャー十一人を見る。
そして。
一条監督を見る。
甲子園へ行く前。
みんなで誓った。
全国制覇。
それは叶った。
今度は。
新しい目標。
肇が深く頭を下げる。
前薗も続く。
「ありがとう」
そして。
肇は顔を上げた。
「絶対に、とは言えない」
「選考だから」
「でも」
拳を握る。
「俺は本気でU18日本代表を取りに行く」
前薗。
「俺も」
肇。
「もし二人とも選ばれたら」
前薗。
「日の丸背負って」
二人。
「富山第二の野球をしてきます!」
「おおおおおおおおおおっ!!」
七十人。
十一人。
グラウンドに大歓声が響いた。
その様子を。
一条監督は少し離れたところから見ていた。
「……まったく」
小さく笑う。
甲子園全国制覇で。
このチームの物語が終わったわけではない。
七十人でつかんだ日本一。
今度は。
その七十人と十一人の思いを背負って。
二人が次の舞台を目指す。
高橋肇。
前薗晃大。
まだ――候補。
それでも。
二人の背中には。
仲間たちから託された。
何十回もの。
「頑張ってこい」
が残っていた。
甲子園の次は。
日の丸へ。
番外編⑾❸終「全校への報告――七十人と十一人が託した『頑張ってこい』」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これにて番外編⑾は完結となります。
❶では、U18日本代表候補入りを家族へ報告。
父親。
母・由紀子。
真悠。
眞衣。
甲子園全国制覇をずっと見守ってきた家族だからこそ、次なる「日の丸」という可能性も大きな喜びとなりました。
❷では、森崎修司へ直接報告。
その場で昔の同級生たちと約三年ぶりの再会を果たし、さらに翌日は森崎修司、肇の父親、一条昴監督による飲み会。
終盤には由紀子も合流し、甲子園優勝やU18日本代表候補入りについて、大人たちの目線から改めて語られました。
そして今回の❸。
まずは父親と由紀子の朝。
前日の飲みすぎをしっかり謝る父親。
怒りながらも、昔からの友人たちと楽しい時間を過ごせたこと自体は喜んでいる由紀子。
そんな夫婦らしいやり取りから始まりました。
その一方で肇は、千鶴との家で朝を迎えています。
学校一の美人教師。
高嶺の花と呼ばれている東雲千鶴。
しかし肇にとっては、大切な恋人。
寝顔を見つめ。
Jカップの胸元へ甘えるように抱きつき。
二人で朝食を作る。
学校では決して見せることのできない、二人だけの日常です。
そしてその朝、肇が決めたのが――全校生徒への報告でした。
甲子園全国制覇の時。
全校生徒。
吹奏楽部。
チアリーディング部。
教師。
学校関係者。
たくさんの人たちが応援してくれました。
だからこそ、
「次の挑戦も、自分たちの口で伝えたい」
その思いから、昼休みに高橋肇と前薗晃大が校内放送へ。
「U18日本代表候補に選ばれました」
ただし、
「まだ代表に選ばれたわけではありません」
という部分もしっかり伝えました。
甲子園優勝。
160km。
高校通算70本塁打。
サイクルヒット。
そんな実績があっても、U18ではまた候補の一人。
そこを肇自身が理解していることは、甲子園を通して大きく成長した部分でもあります。
そして前薗も。
甲子園では肇の160kmのストレートを受け、スライダー、カーブ、シュートを組み合わせながら投手陣を支えてきた捕手。
もし二人とも正式代表に選ばれれば――。
富山第二高校で全国制覇を成し遂げたバッテリーが、今度は日の丸を背負って再び組むことになります。
そして今回、何より印象的だったのが放課後。
野球部七十人。
マネージャー十一人。
全員が集まったグラウンド。
最初に肇と前薗の背中を軽く叩いたのは、マネージャーリーダー・美月。
「頑張ってきて」
そこから十一人のマネージャー。
そして七十人の野球部員へと続いていきます。
鈴木和誠。
宮坂大智。
桐生翔。
長谷川颯汰。
相馬健吾。
藤堂拓海。
黒崎蓮。
早川慶介。
久我直哉。
松岡亮平。
橘優成。
西川陸斗。
安西航。
倉田陽向。
森川駿。
大野蒼真。
榎本悠生。
そして一年生、二年生、三年生。
甲子園でベンチに入った者。
スタンドから応援した者。
千羽鶴を折った者。
練習を支えた者。
全員。
一人ずつ背中を軽く叩きながら、
「頑張ってこい」
「二人で選ばれてこい」
「日の丸を背負ってこい」
「富山第二の名前を持っていけ」
と送り出しました。
甲子園へ向かう時は――七十人で。
そして今度は。
七十人と十一人が背中を押し、高橋肇と前薗晃大の二人が次の舞台を目指します。
まだ候補。
正式な代表選手ではありません。
だからこそ、ここからが本当の勝負。
甲子園全国制覇の次は――U18日本代表。
高橋肇と前薗晃大。
二人の「日の丸への挑戦」が、いよいよ本格的に始まります。




