番外編⑾❷「二つの再会――森崎修司への報告と、家族をつないだ週末」
番外編⑾❷では、U18日本代表候補に選ばれた高橋肇が、今度は森崎修司へ直接報告します。
土曜日。
久しぶりに修司おじさんと二人で会い、富山市内の有名店で食事。
甲子園全国制覇。
決勝でのサイクルヒット。
高校通算70本塁打。
最速160km。
そして新たに届いた――U18日本代表候補入り。
肇自身の口からその知らせを聞いた修司は、改めて甲子園優勝と候補入りを祝福します。
ところが、そこで思わぬ出来事が。
店内にいた多くの客から、
「甲子園優勝おめでとう!」
「サインください!」
と声をかけられ、肇は幅広い世代の人たちから祝福されることになります。
さらに偶然その場にいたのは――幼稚園、小学校、中学校時代の仲間たち。
高校進学後は別々の道へ進み、約三年ぶりとなる再会。
甲子園優勝によって全国的に知られるようになった肇が、今度は昔の自分を知る仲間たちと再び言葉を交わします。
そして翌日の日曜日。
今度は森崎修司。
肇の父親。
一条昴監督。
三人による飲み会。
その頃、肇本人は――誰にも知られない家の中で、東雲千鶴との休日を過ごしています。
学校では教師と生徒。
しかし二人きりの家では恋人同士。
それぞれ違う場所で、「高橋肇」という一人の高校生を大切に思う人たちが集まる週末です。
土曜日。
甲子園全国制覇を果たし、U18日本代表候補に名前が挙がったことを家族へ報告してから、最初の週末を迎えていた。
朝。
肇は自室のベッドに腰掛け、スマートフォンの連絡先を眺めていた。
そこに表示されている一人の名前。
――森崎修司。
肇にとっては幼い頃から「修司おじさん」と呼んできた存在。
そして父親とは、一条昴監督へとつながる昔からの縁を持つ人物でもある。
以前、甲子園で肇が活躍していることをニュースで知り、さらに富山第二を率いている監督が一条昴だと知った時には、修司自身も驚いていた。
甲子園が終わったら、きちんと会って話したい。
そう思っていた。
そして今回は。
もう一つ。
報告したいことができた。
肇は通話ボタンを押した。
プルルルル――。
数回。
「もしもし?」
「修司おじさん?」
「おお、肇か!」
聞き慣れた声。
「久しぶり」
「久しぶりどころじゃないだろ。全国制覇した男が急に電話してくるんだから」
「やめてよ」
「ははは! それで、どうした?」
「今日、時間ある?」
「今日?」
「うん」
修司は少し考えてから答えた。
「昼なら空いてるぞ」
「じゃあ、飯食べない?」
「いいぞ。優勝祝いだな」
「それもあるけど、話したいことがある」
「……何だ?」
「会ってから言う」
「気になる言い方するなあ」
肇は笑った。
「じゃあ後で」
「おう」
電話を切る。
肇は小さく息を吐いた。
甲子園優勝。
そして。
U18日本代表候補。
今日は修司おじさんへ、自分の口から報告する。
◇◇◇
昼。
待ち合わせたのは富山市内。
二人が入ったのは、富山駅近くにある廻転とやま鮨 富山駅前店 本館。
富山湾の魚介を楽しめる店として多くの客が訪れる店で、この日も土曜日ということもあり、店内には幅広い年代の客がいた。
親子連れ。
高校生。
大学生らしい若者。
カップル。
家族。
年配の夫婦。
肇が先に到着すると。
「肇!」
振り返る。
「修司おじさん」
森崎修司だった。
「久しぶり」
「おう」
二人は向かい合う。
修司はしばらく肇の顔を見る。
「……何?」
「いや」
修司が笑った。
「本当に甲子園優勝したんだなと思って」
「テレビで見たんでしょ?」
「全部見た」
「全部?」
「見られる試合はな」
席につく。
注文を済ませる。
そして最初に修司が言った。
「改めて」
肇を見る。
「甲子園優勝、おめでとう」
肇は少し照れながら頭を下げる。
「ありがとう」
「創立以来初なんだろ?」
「うん」
「大したもんだ」
「俺一人じゃないよ」
「知ってる」
修司は笑う。
「七十人で日本一になったんだろ?」
肇が驚く。
「何で知ってるの?」
「学校での挨拶、ニュースになってたぞ」
「そこまで?」
「今のお前は、自分が思ってる以上に有名人だぞ」
「嫌だなあ……」
「慣れろ」
「無理」
二人で笑った。
◇◇◇
料理が届く。
富山湾の魚。
寿司。
肇は久しぶりに修司とゆっくり話した。
「決勝のサイクルヒット」
「うん」
「狙ってた?」
「四打席目だけはちょっと意識した」
「やっぱり」
「ベンチでも言われた」
「160kmは?」
「あれは狙ってない」
「嘘だろ」
「本当」
「高校生が160km出して『狙ってない』って言うな」
「俺に言われても」
修司が笑う。
「でもな」
少し真剣になる。
「身体だけは大事にしろ」
「うん」
「甲子園で投げた分、疲労は絶対にある」
「一条監督にも言われてる」
「昴が?」
「今は投げ込みをかなり減らしてる」
修司は安心したように頷いた。
「ならいい」
そして。
「そういえば」
修司が肇を見る。
「電話で言ってた話って何だ?」
肇は箸を置いた。
「それなんだけど」
「うん」
「学校に連絡が来た」
「何の?」
「俺」
少し間を置いて。
「U18日本代表候補に選ばれた」
修司の目が大きくなる。
「……本当か?」
「うん」
「日の丸?」
「まだ候補」
「いや、候補でもすごいだろ!」
修司は思わず声を大きくする。
近くの客が一瞬振り返った。
肇。
「声大きい」
「あ、悪い」
修司は声を落とした。
「いつ聞いた?」
「学校始まってから」
「一条監督から?」
「うん」
「他にもいるのか?」
「前薗も」
「捕手の?」
「そう」
修司は嬉しそうに笑った。
「甲子園優勝バッテリーが二人とも候補か」
「まだ選ばれたわけじゃないよ」
「分かってる」
「監督にも言われた」
「何て?」
「候補になったことを喜ぶのは今日までって」
修司は少し黙った後。
「昴らしいな」
「そうなの?」
「あいつなら言いそうだ」
肇は笑う。
「千鶴にも『ここからですね』って言われた」
「そうか」
修司は詳しく聞かなかった。
ただ。
「周りにいい大人がいるな」
そう言った。
◇◇◇
そこから話は長く続いた。
U18。
ドラフト。
高校卒業後。
プロ野球。
甲子園で対戦した選手たち。
二十四人のグループチャット。
白峰蓮司。
神城颯真。
崇道君彦。
橘川玲央。
去年のU18経験者。
修司は一つ一つ興味深そうに聞いていた。
「甲子園では敵だった奴と代表で一緒になるかもしれないのか」
「そう」
「面白いな」
「俺も楽しみ」
「前薗と一緒に選ばれたら?」
肇は即答した。
「一番嬉しい」
「だろうな」
「俺の球を一番知ってるから」
「160kmも?」
「もちろん」
「手、痛くならないのか?」
「本人は痛いって言ってた」
「だろうな!」
二人で笑った。
気づけば。
かなりの時間が経っていた。
そして――。
「すみません」
突然。
横から声。
肇が振り返る。
そこには十代後半くらいの男子が立っていた。
「あの……」
「はい?」
「高橋肇選手ですよね?」
肇は少し戸惑う。
「選手っていうか……はい」
「うわ、本物だ!」
その声で。
周囲の客が反応した。
「え?」
「高橋肇?」
「甲子園の?」
「富山第二の?」
修司。
「……見つかったな」
肇。
「最悪」
「人気者」
「笑わないでよ」
最初に声をかけてきた男子。
「甲子園優勝、おめでとうございます!」
「ありがとう」
「サイクルヒット、テレビで見ました!」
「ありがとうございます」
「サイン……お願いできますか?」
肇は少し迷った後。
「いいですよ」
「本当ですか!?」
そこからだった。
◇◇◇
「高橋君!」
四十代くらいの父親。
隣には小学生の男の子。
「息子が野球やってるんです」
男の子。
「160kmすごかった!」
肇。
「ありがとう」
「僕もピッチャー!」
「じゃあ肩、大切にしてね」
「はい!」
次。
二十代くらいのカップル。
「決勝見てました!」
「ありがとうございます」
「サイクルヒットの瞬間、二人で叫びました」
「そんなに?」
「はい!」
次は。
女子高校生三人組。
「えっ、本当に高橋君!?」
「同い年!?」
「写真は駄目ですか?」
肇は困ったように笑う。
「今日はサインだけなら」
「お願いします!」
女子大学生らしい二人組も。
「甲子園見てました」
「高校通算70本ですよね?」
「はい」
「すごすぎます」
男子高校生。
「俺も野球部です!」
男子大学生。
「プロ行くんですか?」
肇。
「まだ何も決まってないです」
五十代の男性。
「富山に優勝旗持ってきてくれてありがとう」
その言葉には。
肇も深く頭を下げた。
「こちらこそ、応援ありがとうございました」
十代。
二十代。
三十代。
四十代。
五十代。
親子。
カップル。
学生。
男女を問わず。
「おめでとう」
「感動した」
「ありがとう」
そんな言葉が次々に届く。
肇は。
甲子園優勝が自分たちだけのものではなかったことを。
改めて感じていた。
◇◇◇
その時だった。
「……肇?」
聞き覚えのある声。
肇が振り返る。
六人組。
男子三人。
女子三人。
全員が肇を見ていた。
「……え?」
一人の男子が立ち上がる。
「やっぱり肇じゃん!」
肇は顔を見る。
そして。
「……直樹?」
「そうだよ!」
幼稚園時代からの幼馴染。
水野直樹。
別の女子も。
「覚えてる?」
肇は数秒見つめる。
「……美琴?」
「正解!」
長谷川美琴。
小学校、中学校で何度も同じクラスになった女子だった。
さらに。
「俺は?」
「健吾」
「即答かよ!」
柴田健吾。
「私」
「彩花」
中村彩花。
そして。
石黒拓海。
藤沢七海。
六人。
肇とは高校こそ別々になったが、小学校、中学校時代まで何度も顔を合わせていた同級生たちだった。
特に。
水野直樹と長谷川美琴。
この二人とは、中学三年生の時に肇と同じクラス。
そして他の四人も同学年。
三年ぶり。
高校へ進学してからは、ほとんど会っていなかった。
肇が立ち上がる。
「うわ……久しぶり」
直樹。
「三年ぶりだぞ!」
美琴。
「テレビで毎日のように見てるから、久しぶりな感じしないけど」
肇。
「俺は久しぶり」
健吾。
「お前、何やってんだよ!」
「何って?」
「甲子園優勝だよ!」
拓海。
「中学の頃から野球上手かったけどさ」
彩花。
「まさか全国優勝するとは思わなかった」
七海。
「しかも決勝でサイクルヒット」
美琴。
「160km」
直樹。
「70本」
肇。
「その三つ、今日何回聞いたと思ってる?」
全員。
「ははははは!」
◇◇◇
六人の席へ少しだけ混ぜてもらう。
修司も笑いながら見守っていた。
直樹。
「覚えてる? 幼稚園の時」
「何?」
「お前、ずっとボール持ってた」
「覚えてない」
「俺は覚えてる」
美琴。
「小学校でも休み時間ずっと野球してたよね」
「してた」
健吾。
「窓割ったことあったよな」
肇。
「それ俺じゃない!」
「お前だろ!」
「違うって!」
彩花。
「懐かしい」
七海。
「中三の時も野球の話ばっかりだった」
拓海。
「高校行ったら甲子園行くって言ってたよな」
肇。
「言ったっけ?」
直樹。
「言った」
美琴。
「言ってた」
健吾。
「全員覚えてる」
肇。
「……恥ずかしいな」
直樹。
「でも」
少し真剣な表情。
「本当に行ったじゃん」
肇を見る。
「しかも優勝した」
肇は。
少しだけ黙った。
「うん」
「おめでとう」
「ありがとう」
六人全員。
「おめでとう!」
肇は深く頭を下げた。
「ありがとう」
三年ぶりの再会。
偶然。
本当に偶然だった。
甲子園が。
富山へ戻ってきた肇に。
昔の仲間まで連れてきてくれたような気がした。
◇◇◇
そして日曜日。
肇がその頃何をしていたかというと――。
「肇さん」
「ん?」
「昨日、かなり大変だったみたいですね」
「何で知ってるの?」
「由紀子先輩から聞きました」
千鶴と二人きり。
家デート。
ソファの上。
肇は千鶴の膝へ頭を乗せていた。
「サイン、何枚書いたんです?」
「分からない」
「そんなに?」
「途中から数えてない」
千鶴が笑う。
「有名人ですね」
「やめて」
「全国制覇したエース兼四番」
「やめてください」
「最速160km」
「千鶴」
「高校通算70本」
「もう!」
千鶴が楽しそうに笑った。
学校では見せない笑顔。
肇は。
そんな千鶴の顔を見る。
「……綺麗」
「またですか」
「だって綺麗」
「昨日、女子高校生や女子大学生にも囲まれたんでしょう?」
「それとこれとは別」
「本当に?」
「俺が好きなのは千鶴だから」
千鶴の頬が赤くなる。
「……簡単にそういうことを言わないでください」
「本当だから」
「もう」
千鶴は肇の髪を優しく撫でた。
肇はそのまま少し身体を寄せる。
千鶴も分かっている。
いつものように。
肇の頭をそっと抱き寄せ。
豊かなJカップの胸元へ、優しく預けさせる。
「これでいいですか?」
「うん」
「本当に好きですね」
「落ち着く」
「甲子園優勝投手が甘えていますよ」
「ここではただの肇だから」
その言葉に。
千鶴は少しだけ表情を柔らかくした。
「……そうですね」
学校では。
高橋君。
東雲先生。
しかし。
この家の中だけは。
「肇さん」
「千鶴」
恋人同士。
千鶴は肇の頭を撫でる。
何度も。
ゆっくり。
「U18」
「うん」
「選ばれたいですか?」
「もちろん」
「前薗君と?」
「一緒に行きたい」
「だったら」
千鶴は優しく言う。
「身体を休ませるのも練習ですよ」
「分かってる」
「昨日も外出」
「はい」
「今日は休む」
「はい」
「投げ込みは?」
「監督に止められてる」
「なら安心しました」
肇は千鶴を見上げる。
「千鶴」
「はい?」
「代表に選ばれたら」
「はい」
「一番最初に報告する」
「ご家族が先でしょう?」
「じゃあ家族と千鶴」
「それなら」
微笑む。
「待っています」
◇◇◇
映画。
昼食。
二人で片付け。
ソファで会話。
肇が千鶴の肩へ寄りかかる。
千鶴も肇の頭へ自分の頬を軽く寄せる。
恋人繋ぎ。
家の中だから。
昨日の学校とは違う。
誰にも隠す必要はない。
肇は千鶴の指をしっかり絡める。
「学校で十分しかできなかったから」
「学校では本当は駄目なんですよ」
「分かってる」
「だったら」
千鶴が握り返す。
「今日はここだけにしてください」
「うん」
二人の距離が近づく。
顔を見る。
目を見る。
そして。
互いの唇へ。
一瞬だけ視線が落ちる。
キスしたい。
それは二人とも同じ。
しかし。
肇は止まった。
千鶴も。
「……卒業してから」
肇が言う。
千鶴が頷く。
「はい」
「プロの道が決まって」
「はい」
「教師と生徒じゃなくなってから」
「その約束です」
肇は少し笑う。
「我慢する」
「私もです」
代わりに。
千鶴は肇の頭を自分の胸元へ抱き寄せた。
「今日はこれで」
「十分」
そして。
肇も千鶴の腰へ腕を回す。
強くではなく。
大切な人がそこにいることを確かめるように。
千鶴も肇の背中へ手を添えた。
言葉はなくても。
十分に伝わる。
「好き」
「……私も好きですよ」
「大好き」
「私もです」
「愛してる」
千鶴は少しだけ黙る。
そして。
「私も大切に思っています」
まだ。
教師と生徒。
だからこそ。
二人は急がない。
高校卒業。
プロ入り。
その先まで。
◇◇◇
その頃。
富山駅周辺。
日曜日の夜。
肇が千鶴と二人きりの休日を過ごしていることなど知らず。
三人の男が集まっていた。
森崎修司。
肇の父親。
そして。
一条昴監督。
場所は富山駅からも近い居酒屋くだん。
富山の地魚や旬の料理を楽しめる店である。
「じゃあ」
修司がグラスを持つ。
「まずは」
一条監督。
「何に乾杯する?」
肇の父親。
「甲子園優勝はもう何回もやっただろ」
修司。
「だったら決まってる」
二人を見る。
「肇のU18日本代表候補入り」
父親が笑う。
一条監督も。
「まだ候補だけどな」
「候補でも祝っていいだろ」
三人。
「乾杯!」
グラスが重なる。
◇◇◇
修司。
「昨日、本人から聞いた」
父親。
「そうらしいな」
「わざわざ電話してきてくれた」
一条監督。
「肇らしい」
「嬉しかったぞ」
「本人は?」
「『まだ候補だから』って何回言ったと思う?」
父親が笑う。
「家でも同じだった」
一条監督。
「それでいい」
修司。
「厳しいなあ、昴」
「代表候補になっただけで満足されたら困る」
「甲子園優勝したばかりだぞ?」
「だからこそだ」
一条監督は静かに言う。
「一度頂点を取った選手は、その成功体験に引っ張られることがある」
父親が聞く。
「肇も?」
「今のところはない」
「ならいい」
「むしろ本人の方が慎重だ」
一条監督は料理へ箸を伸ばしながら続ける。
「160kmを出したことも」
「70本打ったことも」
「サイクルヒットも」
「本人はもう過去として考え始めてる」
修司。
「高校生にしては落ち着いてるな」
父親。
「家では普通だぞ」
「そうなのか?」
「母親に『手洗え』って言われてる」
「ははははは!」
一条監督まで笑った。
「それはいい」
◇◇◇
話題は昔へ。
修司。
「しかし、まさかお前の息子を昴が指導してるとはな」
父親。
「俺も最初はそこまで知らなかった」
一条監督。
「俺も森崎とつながってるとは知らなかった」
「世間狭いよな」
「富山だからな」
「いや、それで片付けるな」
三人で笑う。
高校時代。
昔の友人。
野球。
仕事。
家族。
そして。
肇。
話題は尽きない。
一時間。
二時間。
料理が増える。
飲み物も進む。
肇の父親は少しずつ顔が赤くなっていった。
修司。
「お前、飲みすぎじゃないか?」
「大丈夫」
一条監督。
「大丈夫って言う奴が一番危ない」
「監督みたいに言うな」
「監督だからな」
「今は父親の友達だろ」
「それでも監督だ」
修司。
「面倒くさい二人だな」
三人。
「ははははは!」
◇◇◇
夜も遅くなった頃。
店の外。
一台の車が近くへ止まった。
由紀子だった。
「もう……」
連絡を受け。
酔っている夫を迎えに来たのだ。
店から出てくる三人。
「由紀子」
「あなた、飲みすぎ」
「大丈夫」
「大丈夫じゃないでしょう」
そして。
修司が由紀子を見る。
一瞬。
二人とも止まる。
「……由紀子さん?」
「修司さん?」
数秒。
そして。
「久しぶり!」
「本当に久しぶりですね!」
数年ぶり。
修司と由紀子。
懐かしい再会だった。
「変わらないですね」
「それはこっちの台詞」
「いやいや」
そして修司は。
すぐに表情を変えた。
「由紀子さん」
「はい?」
「肇から昨日聞きました」
由紀子はすぐ分かった。
「U18ですね」
「そう」
修司は笑顔になる。
「おめでとうございます」
由紀子も頭を下げる。
「ありがとうございます」
「甲子園優勝だけでもすごいのに」
「本人は『まだ候補だから』って」
「俺にも何回も言ってました」
二人で笑う。
「でも」
修司。
「いい息子になりましたね」
由紀子は少し照れたように。
「まだまだですよ」
「いや」
修司は首を横に振る。
「昨日見て分かりました」
「昔の友達にもちゃんと声かけて」
「ファンにも一人一人対応して」
「U18の話になったら『前薗と一緒に選ばれたい』って」
由紀子は静かに聞く。
「自分だけじゃなく、周りを見られるようになったんだなって」
「……ありがとうございます」
◇◇◇
そして。
由紀子は一条監督を見る。
「一条先生も」
「お久しぶりです」
「三年ぶりですね」
「そうですね」
高校一年生。
肇が野球部へ入部した頃。
保護者が集まった時以来。
「息子が三年間、お世話になりました」
由紀子が頭を下げる。
一条監督はすぐ首を横に振る。
「まだ終わっていません」
「え?」
「卒業まで、うちの部員です」
由紀子が笑う。
「そうでしたね」
「それに」
一条監督。
「U18もあります」
「はい」
「肩と肘は私が見ます」
由紀子は。
その言葉に安心したように。
「お願いします」
「任せてください」
◇◇◇
そのまま。
四人は近くで少し話すことになった。
夫は酔っている。
修司。
一条監督。
由紀子。
気づけば約一時間。
甲子園。
肇の幼い頃。
真悠と眞衣。
野球。
U18。
そしてこれから。
由紀子。
「本人はプロへ行くつもりです」
修司。
「昨日も聞いた」
一条監督。
「そのつもりで準備しています」
「親としては」
由紀子は少しだけ遠くを見る。
「心配ですよ」
二人は黙って聞く。
「でも」
「本人が決めたことですから」
修司。
「応援する?」
「もちろん」
即答。
一条監督が少し笑う。
「肇が強い理由、分かった気がします」
「え?」
「帰る場所があるからですよ」
由紀子は少し驚く。
「甲子園でも」
一条監督は続ける。
「あいつは追い込まれても、最後には落ち着く」
「多分」
「家族がいることを分かってるからです」
由紀子は何も言わなかった。
ただ。
少しだけ微笑んだ。
◇◇◇
「じゃあ、そろそろ」
由紀子が時計を見る。
「あなた」
「はい」
「帰りますよ」
「はい……」
修司が笑う。
「完全に酔ってるな」
一条監督。
「明日怒られるぞ」
由紀子。
「もう怒ってます」
「すみません」
「監督が謝らなくていいです」
また笑いが起こる。
修司。
「由紀子さん」
「はい」
「また肇に伝えてください」
「何を?」
「U18」
そして。
「選ばれたら、また祝わせてくれって」
由紀子は笑顔で。
「伝えておきます」
一条監督も。
「選ばれるように、私もできることをします」
由紀子。
「よろしくお願いします」
そして。
三人はそれぞれ別れる。
数年ぶりの再会。
三年ぶりの再会。
そして。
新しい目標について語った夜。
◇◇◇
同じ頃。
肇は。
ソファで千鶴の隣に座っていた。
恋人繋ぎ。
指を絡めたまま。
「そろそろ帰る?」
千鶴が聞く。
「もう少し」
「明日学校ですよ」
「分かってる」
「寝不足になったら?」
「ちゃんと寝る」
「本当に?」
「うん」
千鶴は笑う。
肇は。
その横顔を見る。
「千鶴」
「はい」
「甲子園優勝して」
「はい」
「U18候補になって」
「はい」
「いろんな人におめでとうって言われて」
「はい」
「でも」
千鶴を見る。
「ここに来ると一番落ち着く」
千鶴は少し黙った。
そして。
肇の手を。
少し強く握る。
「それなら」
優しく微笑む。
「いつでも帰ってきてください」
「うん」
「ただし」
「何?」
「学校では高橋君です」
「分かってる」
「私は東雲先生」
「分かってます」
「卒業するまでは」
「秘密」
「はい」
肇は千鶴の肩へ頭を預ける。
千鶴も。
そのまま。
二人の手は離れない。
甲子園を終え。
U18へ向かう肇。
その周囲では。
父親。
母・由紀子。
森崎修司。
一条昴監督。
そして。
東雲千鶴。
それぞれが。
それぞれの立場から。
高橋肇の次の挑戦を見守っていた。
土曜日。
三年ぶりに再会した昔の仲間たち。
日曜日。
数年ぶり、三年ぶりに再会した大人たち。
そして。
誰にも知られない場所で寄り添う二人。
甲子園全国制覇の後に生まれた縁は。
次なる舞台――U18日本代表へ向けて。
少しずつ。
確かにつながり始めていた。
番外編⑾❷「二つの再会――森崎修司への報告と、家族をつないだ週末」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は土曜日と日曜日、二日間にわたる物語となりました。
まず土曜日。
肇が森崎修司へU18日本代表候補入りを直接報告。
修司は甲子園優勝を改めて祝福すると同時に、
「候補でも十分すごい」
と喜んでくれました。
しかし肇自身は、ここでも、
「まだ候補だから」
と繰り返します。
甲子園全国制覇を果たしても、U18ではもう一度ゼロから。
一条監督から言われた、
「候補になったことを喜ぶのは今日まで」
という言葉が、しっかり肇の中に残っています。
そして食事中に起きた、予想外の出来事。
十代から五十代まで。
親子。
カップル。
女子高校生。
女子大学生。
男子高校生。
男子大学生。
多くの人たちから声をかけられ、
「富山に優勝旗を持ってきてくれてありがとう」
という言葉まで受け取りました。
全国制覇は野球部七十人だけの喜びではなく、富山で応援してくれた多くの人たちの喜びでもあったのだと、肇自身も改めて実感することになります。
さらに偶然再会した六人。
水野直樹。
長谷川美琴。
柴田健吾。
中村彩花。
石黒拓海。
藤沢七海。
幼稚園時代からの幼馴染や、小学校・中学校を一緒に過ごした同級生たち。
高校進学後はそれぞれ違う道を歩み、約三年ぶりの再会となりました。
「高校へ行ったら甲子園へ行く」
昔の肇が何気なく口にしていた言葉。
その約束を、本当に全国制覇という形で叶えて戻ってきた。
昔の仲間だからこそ分かる、肇の変わったところと変わらないところがあったと思います。
そして翌日。
森崎修司。
肇の父親。
一条昴監督。
三人による飲み会では、甲子園優勝とU18日本代表候補入りを改めて祝って乾杯。
ここでは「選手としての高橋肇」ではなく、
父親から見た息子。
監督から見た教え子。
修司から見た昔から知る少年。
それぞれ違う立場から肇について語りました。
終盤には、酔った夫を迎えに来た由紀子も合流。
森崎修司とは数年ぶり。
一条監督とは、肇が高校一年生の時の野球部保護者の集まり以来、約三年ぶりの再会。
修司から、
「U18日本代表候補入り、おめでとうございます」
と改めて祝福された由紀子。
母親として嬉しい反面、肩や肘の負担を心配する気持ちは変わりません。
そして一条監督からの、
「肩と肘は私が見ます」
という言葉。
それは由紀子にとって、とても心強いものだったと思います。
そして――。
その大人たちが肇について話している頃。
当の肇は、千鶴と二人きりの家デート。
学校一の美人教師。
高嶺の花と呼ばれる東雲千鶴。
学校では決して見せられない恋人としての時間です。
千鶴の膝で横になり。
Jカップの胸元へ顔を預け。
頭を撫でてもらい。
映画を見て。
二人で食事をして。
恋人繋ぎをする。
全国から注目される甲子園優勝投手でもなく。
最速160kmのドラフト候補でもなく。
高校通算70本塁打の四番でもない。
千鶴の前だけでは――ただの「肇」。
そんな時間になりました。
もちろん二人が守っている約束も変わりません。
互いにキスしたい気持ちはあっても、今はしない。
高校を卒業すること。
教師と生徒ではなくなること。
そしてドラフトを経てプロへの道が正式に決まること。
そこまでは待つ。
だからこそ、今は抱擁や恋人繋ぎ、言葉で気持ちを確かめます。
甲子園全国制覇を終え。
U18日本代表候補となり。
少しずつプロ野球へ近づいていく高橋肇。
その周囲には、
家族。
昔の友人。
一条監督。
森崎修司。
そして千鶴。
たくさんの人たちがいます。
次なる目標は――日の丸。
高橋肇が正式にU18日本代表へ選ばれる日は来るのか。
新しい挑戦を見守る人たちとのつながりも、さらに深まっていきます。




