番外編⑾❶「家族への報告――甲子園の次は、日の丸を目指して」
番外編⑾❶では、第33話で明らかになった「U18日本代表候補入り」を、肇が改めて家族へ報告します。
千鶴はすでに学校で教頭から聞いているため、今回報告するのは――父親、母・由紀子、そして双子の妹・真悠と眞衣。
甲子園全国制覇という大きな夢を叶えたばかりの肇に届いた、次なる可能性。
それは、今度は富山第二のユニフォームではなく、「日の丸」を背負って戦うという新しい舞台でした。
しかも富山第二から候補入りしたのは肇だけではありません。
甲子園で肇の160kmのストレートを受け、最後までバッテリーを組んできた捕手・前薗晃大も候補入り。
さらに、二十四人のグループチャットで交流している崇道君彦、橘川玲央、白峰蓮司、神城颯真たちにも候補入りの知らせが届き始めています。
甲子園では敵だった選手たちが、次は同じ日の丸を背負う仲間になるかもしれない。
しかし、まだ「日本代表」ではなく「日本代表候補」。
家族からの祝福を受けながらも、肇はその違いを誰よりも理解しています。
甲子園の次は、日の丸へ。
高橋家の家族五人で交わされる、次なる夢についてのお話です。
甲子園全国制覇から少し経った日の夜。
私立富山第二高等学校では、すでに普段の学校生活が戻り始めていた。
高橋肇もまた、全国から注目される甲子園優勝投手ではなく、一人の高校三年生として授業を受け、放課後には野球部で身体を動かす日常へ戻っている。
しかし――。
その日常の中で、新たな大きな知らせが届いた。
U18日本代表候補。
富山第二から候補として名前が挙がったのは二人。
エース兼四番――高橋肇。
そして捕手――前薗晃大。
肇は一条昴監督から直接その知らせを聞いた。
千鶴も学校で教頭からすでに聞いている。
だから、次に伝えなければならない相手は決まっていた。
家族だった。
◇◇◇
その日の夕方。
肇は久しぶりに家族全員が揃う時間に実家へ帰っていた。
玄関を開ける。
「ただいま」
すぐに奥から声。
「おかえりー!」
真悠だった。
続いて眞衣も顔を出す。
「兄貴、おかえり」
「ただいま」
「今日こっちでご飯食べるんでしょ?」
「そのつもり」
「お母さん、もう作ってるよ」
キッチンから由紀子の声。
「肇、手洗ってきなさい」
「分かってるよ」
「甲子園優勝しても、手洗いはしてください」
「します!」
真悠と眞衣が笑う。
「甲子園優勝関係ないじゃん」
「お母さんらしい」
肇も笑いながら洗面所へ向かった。
全国制覇。
160km。
サイクルヒット。
高校通算70本塁打。
そんな肩書がいくつ増えても。
家に帰れば。
母親から「手を洗いなさい」と言われる。
それが肇には、どこか嬉しかった。
◇◇◇
夕食。
父親。
由紀子。
肇。
真悠。
眞衣。
家族五人が食卓を囲んだ。
「いただきます」
「いただきます!」
しばらくは普通の会話だった。
学校のこと。
夏休み明けのこと。
真悠と眞衣の学校生活。
甲子園後に学校で行われた全校集会。
そして、富山へ凱旋した日の話。
父親が笑う。
「学校でも相当騒がれたらしいな」
「まあ……」
「全国優勝したんだから当然でしょ」
由紀子が言う。
真悠。
「兄貴、学校でもすごいよ」
眞衣。
「廊下歩いてるだけで見られてる」
肇。
「本当にやめてほしい」
父親。
「今だけだ。諦めろ」
「父さんまで……」
「甲子園決勝であんな試合したら仕方ない」
真悠が指を折りながら数える。
「二塁打」
眞衣。
「三塁打」
真悠。
「満塁ホームラン」
眞衣。
「ヒットでサイクル」
真悠。
「最後に3ラン」
二人。
「五打席五安打!」
肇。
「もういいって!」
食卓に笑い声が広がった。
しかし。
肇には。
今日、この家へ来たもう一つの理由がある。
少しして。
箸を置いた。
「父さん」
「ん?」
「母さん」
由紀子が肇を見る。
「何?」
「真悠、眞衣も」
双子も顔を上げた。
父親がすぐに気づく。
「何かあるのか?」
「うん」
肇は一度、息を吸った。
「今日というか、学校で正式に聞いたんだけど」
「うん」
「俺――」
少し間を置く。
「U18日本代表候補に選ばれた」
数秒。
誰も言葉を発しなかった。
最初に反応したのは。
真悠。
「……え?」
眞衣。
「U18?」
「うん」
「日本代表?」
「まだ代表じゃない」
肇はすぐ訂正する。
「日本代表の候補」
それでも。
双子の表情が一気に変わった。
「すごいじゃん!」
「兄貴!」
二人が同時に立ち上がる。
「ちょっと待って!」
「甲子園の次、日本代表!?」
「だからまだ候補だって!」
「候補でもすごい!」
「日の丸じゃん!」
父親も驚きながら。
「本当に来たのか」
「うん」
「学校へ正式に?」
「今日、一条監督から」
父親はゆっくり頷いた。
「そうか……」
そして。
「おめでとう」
肇。
「ありがとう」
由紀子も笑顔だった。
「おめでとう、肇」
「ありがとう、母さん」
しかし。
由紀子は母親だった。
喜びだけでは終わらない。
「でも」
「うん」
「身体は大丈夫なの?」
肇は少し笑う。
「やっぱり最初にそこ聞くんだ」
「当然でしょう」
「大丈夫」
「甲子園でかなり投げたでしょう?」
「今は投げ込みも減らしてる」
「肩は?」
「大丈夫」
「肘」
「大丈夫」
「本当に?」
「本当」
父親も言う。
「そこは一条監督も考えてるだろ」
「うん。むしろ監督から、今は無理して投げるなって言われてる」
由紀子はようやく少し安心した。
「だったらいいけど」
◇◇◇
真悠が尋ねる。
「兄貴だけ?」
「何が?」
「富山第二から候補」
「いや」
肇は笑った。
「前薗も」
「えっ!」
眞衣。
「前薗先輩も!?」
「うん」
真悠。
「すごい!」
眞衣。
「甲子園のバッテリーじゃん!」
「まだ二人とも候補だけどな」
父親が言う。
「前薗君も評価されたか」
「うん」
「いい捕手だったからな」
父親は甲子園の試合を思い出していた。
「お前が160kmを投げられるのも、捕ってくれる人間がいるからだ」
肇は頷く。
「俺もそう思ってる」
そして。
「U18でも一緒に行けたらいいなって、今日二人で話した」
「そうか」
「うん」
◇◇◇
眞衣が興味津々で尋ねる。
「他には誰が候補なの?」
「まだ全部は知らない」
「でも知ってる人いる?」
「いるよ」
肇はスマートフォンを取り出す。
「あの24人のグループあるだろ?」
父親。
「ドラフト候補の?」
「うん」
真悠。
「君彦さんとか?」
「そう」
崇道君彦。
橘川玲央。
白峰蓮司。
神城颯真。
甲子園を通じて知り合った同世代の強豪選手たち。
「みんなのところにも候補の連絡が来始めてる」
眞衣。
「じゃあさ」
「ん?」
「甲子園で戦った相手と、今度は同じチームになるかもしれないってこと?」
肇は頷く。
「そういうこと」
「すご……」
真悠。
「白峰さんも?」
「候補に入ってる」
「君彦さんも?」
「うん」
「神城さんも?」
「うん」
眞衣。
「それで兄貴も?」
「候補なら」
真悠と眞衣が顔を見合わせる。
そして。
「見たい!」
「絶対見たい!」
肇は笑った。
「まず代表に選ばれないと」
◇◇◇
父親は腕を組んだ。
「肇」
「ん?」
「嬉しいか?」
少し意外な質問だった。
「もちろん」
「甲子園より?」
肇は考える。
「それは比べられない」
「そうか」
「甲子園は富山第二のみんなで目指した場所だから」
父親が頷く。
「じゃあU18は?」
「全国の選手と」
肇は少し考えて。
「日の丸を背負って戦ってみたい」
食卓が静かになる。
「甲子園で戦った相手と同じチームになるのも楽しみだし」
「うん」
「今まで一度も対戦したことがない選手もいる」
「うん」
「そういう選手と野球してみたい」
父親は笑った。
「なら目指せ」
肇が父を見る。
「甲子園優勝したからって、そこで満足する必要はない」
「うん」
「次の目標ができたなら」
そして。
「全力で取りに行けばいい」
肇は力強く。
「うん」
と答えた。
◇◇◇
夕食後。
真悠と眞衣は肇をリビングへ連れていった。
「兄貴」
「何?」
「座って」
「何で?」
「いいから」
肇がソファへ。
双子は左右に座る。
真悠。
「U18っていつ?」
「まだ候補の段階だから詳しいことはこれから」
眞衣。
「ポジションは?」
「それも分からない」
「投手?」
「投手として評価されてると思うけど」
真悠。
「四番は?」
「知らないって」
眞衣。
「ホームラン打って」
「代表にも選ばれてないのに?」
「選ばれる前提」
「やめろ」
真悠。
「160kmも」
「それも毎回出すものじゃない」
眞衣。
「サイクルヒットも」
「国際大会で簡単に出るか!」
三人で笑った。
そして。
少し静かになる。
真悠が言った。
「でも」
「ん?」
「本当におめでとう」
眞衣も。
「私も」
「ありがとう」
「甲子園優勝した時も嬉しかったけど」
真悠。
「日本代表のユニフォーム着てる兄貴も見てみたい」
肇は。
少し照れながら。
「俺も着たいよ」
◇◇◇
少し離れたところでは。
由紀子と父親が二人を見ていた。
由紀子。
「本当に遠くまで行くわね」
父親。
「まだ高校生だけどな」
「甲子園」
「うん」
「今度はU18」
「うん」
「その次は……」
父親には分かっていた。
ドラフト。
プロ野球。
肇自身が決めている未来。
大学へ進学せず。
高校卒業後はプロの道へ。
そして。
さらにその先。
千鶴へのプロポーズ。
父親は静かに言った。
「本人が選んだ道だ」
「分かってる」
由紀子も頷く。
「だから応援する」
◇◇◇
そして。
家族への報告が終わった後。
肇はスマートフォンを手にした。
千鶴へメッセージ。
『家族にU18候補のこと話した』
少しして既読。
『皆さん、喜んでいましたか?』
『めちゃくちゃ』
『真悠と眞衣が日本代表のユニフォーム見たいって』
返信。
『私も見たいです』
肇の指が止まる。
そして。
笑った。
『じゃあ頑張らないと』
千鶴。
『はい』
もう一通。
『でも無理はしないでください』
肇。
『母さんと同じこと言ってる』
しばらくして。
『由紀子先輩と私は、そこについては同じ意見です』
肇は思わず笑った。
『分かりました』
千鶴。
『代表候補、おめでとうございます』
『ありがとう』
『選ばれたら、また改めてお祝いします』
肇はその文章を見つめた。
『約束』
千鶴。
『約束です』
◇◇◇
甲子園全国制覇。
それを一番近くで見守ってくれた家族。
父親。
母・由紀子。
真悠。
眞衣。
そして。
すでに学校で知らせを知っていた千鶴。
肇にとって。
家族への報告を終えて初めて。
U18日本代表候補になったことが、本当に実感できた気がした。
まだ。
日の丸を背負えると決まったわけではない。
候補。
ただそれだけ。
だからこそ。
一条監督が言った言葉を思い出す。
――候補になったことを喜ぶのは今日まで。
肇は自分の右手を見る。
甲子園で何度もボールを握った手。
160kmを投げた手。
そして。
全国制覇をつかんだ手。
次にこの手で握りたいものは。
日の丸を背負って投げる――白球。
「……絶対、選ばれる」
小さく呟いた。
甲子園の次は。
世界へ。
高橋肇の新しい目標が、はっきりと動き始めていた。
番外編⑾❶「家族への報告――甲子園の次は、日の丸を目指して」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回はU18日本代表候補に選ばれたことを、肇自身の口から家族へ報告する回となりました。
父親。
母・由紀子。
双子の妹・真悠と眞衣。
甲子園を目指していた頃から肇を応援し、全国制覇の瞬間まで見届けてきた家族です。
だからこそ、甲子園の次に「U18日本代表候補」という知らせが届いたことは、家族にとっても大きな出来事でした。
特に真悠と眞衣にとっては、兄が日の丸のユニフォームを着るかもしれないというだけで大興奮。
一方、母親である由紀子が最初に心配したのは、やはり肇の身体でした。
甲子園では何試合も登板し、160km台のストレートも何度も投げた肇。
肩や肘に無理をしていないか。
甲子園が終わった直後だからこそ、代表入り以上に息子の身体を心配する由紀子の姿も描きました。
そして父親からの、
「次の目標ができたなら、全力で取りに行けばいい」
という言葉。
甲子園優勝をゴールにせず、さらにその先へ進もうとする肇の背中を、家族は再び押してくれます。
また今回は、富山第二から前薗晃大もU18日本代表候補になっています。
甲子園では「高橋肇」という名前が大きく注目されましたが、その160kmの球を受け、変化球を組み合わせ、試合を作ってきたのは前薗です。
もし二人とも正式に代表入りできれば――甲子園を制した富山第二のバッテリーが、今度は日の丸を背負って再び組む可能性もあります。
さらに崇道君彦、橘川玲央、白峰蓮司、神城颯真たち全国の強豪選手も候補入り。
甲子園ではライバル。
U18では仲間。
そんな新しい関係が生まれるかもしれません。
そして最後に肇が報告したのは、すでに候補入りを知っている千鶴。
「私も見たいです」
千鶴もまた、日の丸のユニフォームを着る肇の姿を楽しみにしています。
ただし――まだ候補。
正式な代表選手に選ばれたわけではありません。
だから肇が最後に胸へ刻んだのは、一条監督から言われた言葉。
「候補になったことを喜ぶのは今日まで」
甲子園全国制覇を成し遂げた右腕で、次は日の丸を背負って白球を投げるために。
高橋肇の次なる挑戦――U18日本代表への道が始まります。




