第33話「全国制覇のその先――U18日本代表候補、学校に届いた一通の知らせ」
第33話では、甲子園全国制覇を終えて学校生活へ戻った高橋肇に、新たな知らせが届きます。
夏休みが終わり、私立富山第二高等学校の高校三年生として再び授業を受ける日々。
全国ニュースで取り上げられ、最速160km、高校通算70本塁打、甲子園決勝でのサイクルヒットという記録を残しても、学校に戻れば肇はいつもの高校生です。
そして東雲千鶴も、学校ではあくまで「東雲先生」。
二人の秘密の関係を知らない生徒たちの前では、これまでと何も変わりません。
そんな中、校長室へ届いた一通の知らせ。
そこに記載されていたのは――
U18日本代表候補選手。
そして私立富山第二高等学校から候補に挙がったのは、一人ではありませんでした。
エース兼四番――高橋肇。
そして、甲子園でその肇をリードし続けた捕手――前薗晃大。
甲子園では全国の強豪校を相手に戦ってきた二人。
今度は、そのライバルたちと同じ日の丸を背負う可能性が生まれます。
甲子園全国制覇は、すでに過去。
一条昴監督から二人へ伝えられる、
「候補になったことを喜ぶのは今日まで」
という言葉。
高校最後の夏には、まだ続きがありました。
高橋肇――次なる舞台は、U18日本代表へ。
甲子園全国制覇から数日。
夏休みが終わり、私立富山第二高等学校にも、いつもの学校生活が戻り始めていた。
朝。
「おはよう、高橋!」
「おはよう」
「今日も人気者だな」
「もう勘弁してくれよ」
教室へ入った肇を待っていたのは、クラスメイトたちだった。
甲子園から富山へ凱旋した直後ほどではない。
それでも、休み時間になるたびに誰かが肇の席へやってくる。
「高橋、決勝のサイクルヒットの映像、昨日またテレビでやってたぞ」
「俺も見た」
「高校通算70本って、本当にすごいよな」
肇は苦笑した。
「もう甲子園終わったんだから、普通にしてくれ」
「無理だろ」
「なんで?」
「同じクラスに全国制覇したエース兼四番がいるんだぞ」
「俺だって普通の高校生だって」
「160km投げる普通の高校生がどこにいるんだよ」
教室に笑いが広がった。
肇も笑う。
甲子園では全国から注目された。
しかし、黒板があって、机があって、教科書を開けば――ここでは一人の高校三年生。
その感覚が、肇には心地よかった。
◇◇◇
一時間目。
二時間目。
いつも通り授業が進んでいく。
そして三時間目。
廊下を歩いていた東雲千鶴が、教室の前を通った。
学校一の美人教師。
生徒たちから「高嶺の花」と呼ばれている千鶴。
男子生徒の何人かが反応する。
「東雲先生だ」
「今日も綺麗だな……」
「分かる」
肇は何も言わなかった。
しかし心の中では。
――知ってる。
昨日までなら。
家で二人きりになれば。
膝枕をしてもらったり。
Jカップの胸元へ顔を預けて甘えたり。
「好き」
「大好き」
そんな言葉も交わせる。
しかし学校では違う。
東雲千鶴先生。
高橋肇。
教師と生徒。
それだけ。
千鶴が教室の前を通り過ぎる瞬間。
ほんの一瞬。
二人の視線が重なった。
千鶴は小さく微笑む。
肇も。
本当にわずかに口元を緩めた。
それだけだった。
誰にも分からない。
二人だけの合図。
◇◇◇
その頃。
職員室とは別の校長室。
校長の机の上には、一通の書類が置かれていた。
教頭。
一条昴監督。
そして校長。
三人が、その書類を見つめている。
教頭が口を開いた。
「やはり、来ましたね」
校長が頷く。
「甲子園であれだけの活躍をしましたからね」
一条監督は腕を組んでいた。
表情は冷静。
しかし内心では、ある程度予想していた。
書類の上部。
そこには――。
『U18日本代表候補選手について』
そう記載されていた。
校長が一条監督を見る。
「本人には?」
「まだです」
「今日?」
「はい」
一条監督は頷いた。
「授業が終わってから、私から話します」
教頭。
「高橋君だけですか?」
一条監督は書類を確認する。
「いいえ」
もう一人。
私立富山第二高等学校から名前が挙がっている。
捕手。
前薗晃大。
教頭が少し驚いた。
「前薗君も」
「甲子園での配球が評価されたのでしょう」
一条監督が答える。
「高橋の160kmばかり注目されていますが、前薗は高橋を最後までリードしました」
校長も頷く。
「高橋君自身も、全校集会で言っていましたね」
『僕が160kmを投げても、前薗が捕ってくれなかったら、ただの暴投です』
一条監督が少し笑う。
「肇らしい言い方です」
そして。
校長が書類へ視線を戻した。
高橋肇。
前薗晃大。
全国制覇した富山第二から。
二人。
新しい舞台への扉が開こうとしていた。
◇◇◇
昼休み。
「肇」
「何?」
前薗が弁当を持ってやってきた。
その後ろには和誠。
三人はいつものように昼食を食べる。
和誠が言う。
「甲子園終わったら、急に暇になった感じするな」
前薗。
「分かる」
肇。
「毎日試合か練習だったからな」
「肇はこれからドラフト関係で忙しくなるだろ」
「まだ分からないよ」
「何言ってるんだよ」
前薗が箸を止める。
「全国ニュース見た?」
「見てない」
「お前の特集やってたぞ」
「見たくない」
「なんでだよ」
「自分がテレビに出てるの、恥ずかしい」
和誠が笑う。
「甲子園で満員の観客の前に立ってた奴が?」
「それとこれとは別」
前薗。
「しかもSSS評価なんだろ?」
「サイトの評価だろ」
「プロのスカウトも来てたって」
「それもまだ何も決まってない」
肇は弁当を食べながら続ける。
「まず学校」
和誠。
「真面目だな」
「卒業しないとプロにも行けないだろ」
「それはそう」
そして肇が前薗を見る。
「前薗は?」
「何が?」
「卒業後」
前薗は少し考えた。
「大学かな」
「野球?」
「続けたい」
「じゃあ続けろよ」
「簡単に言うな」
「甲子園優勝捕手だぞ?」
前薗が笑う。
「お前に言われると嫌味に聞こえる」
「なんでだよ」
三人が笑った。
その時点では。
前薗自身も知らなかった。
数時間後。
自分の名前もまた、U18日本代表候補として呼ばれることを。
◇◇◇
放課後。
チャイム。
「終わったー!」
教室から声が上がる。
肇が教科書を鞄へ入れていると。
「高橋」
担任が呼んだ。
「はい?」
「一条先生が呼んでる」
「監督が?」
「職員室じゃなくて野球部の監督室」
「分かりました」
その近く。
前薗も別の教師に呼ばれていた。
「前薗君も一条先生のところへ」
「俺も?」
肇と前薗が顔を見合わせる。
「何かした?」
「お前じゃない?」
「俺?」
「甲子園から帰ってきて何かやらかした?」
「何もしてない!」
二人は並んで監督室へ向かった。
コンコン。
「失礼します」
「入れ」
一条監督。
そして。
そこには和誠もいた。
「和誠?」
「俺は監督に呼ばれたわけじゃない」
「じゃあ何で?」
「監督に用事があっただけ」
一条監督が苦笑する。
「ちょうどいい。鈴木も聞いていけ」
「はい」
肇と前薗が椅子へ座る。
一条監督は机の上から書類を二枚取り出した。
「高橋」
「はい」
「前薗」
「はい」
「二人に話がある」
空気が変わる。
肇も前薗も背筋を伸ばした。
一条監督。
「今日、学校へ正式な連絡が来た」
「はい」
「二人とも」
一度。
言葉を切る。
「U18日本代表候補選手として名前が挙がっている」
沈黙。
肇。
「……え?」
前薗。
「俺も?」
「そうだ」
一条監督が書類を渡す。
肇は自分の名前を見る。
――高橋肇。
そして前薗の書類。
――前薗晃大。
和誠が先に笑った。
「すげえじゃん!」
前薗。
「いやいやいや、待って」
「何だよ」
「肇は分かるよ」
「何で俺?」
一条監督が答える。
「お前の甲子園でのリードが評価された」
前薗が黙る。
「高橋という特殊な投手をリードしながら、他の投手とも組んだ」
「……はい」
「キャッチング」
「配球」
「肩」
「試合中の判断」
「それらを含めて候補に入った」
前薗は書類を見たまま。
何も言わない。
肇が。
前薗の肩を叩いた。
「やったじゃん」
「肇……」
「U18でも俺の球、受けてよ」
前薗が顔を上げる。
「まだ選ばれてねえよ」
「候補には入った」
「お前はほぼ確定みたいなもんだろ」
「分からないって」
一条監督。
「高橋」
「はい」
「その考え方でいい」
肇を見る。
「甲子園優勝も」
「160kmも」
「70本塁打も」
「サイクルヒットも」
「全部過去だ」
肇。
「はい」
「U18では全国からトップクラスが集まる」
「はい」
「甲子園に出られなかった選手にも、いい選手はいくらでもいる」
「はい」
「高橋肇だから選ばれると思うな」
肇は強く頷いた。
「分かりました」
「前薗もだ」
「はい!」
「候補になったことを喜ぶのは今日まで」
「はい」
「明日からは、代表へ選ばれるための準備をしろ」
二人。
「はい!」
和誠が横で笑う。
「いいなぁ」
前薗。
「和誠も来いよ」
「俺は呼ばれてないって」
肇。
「サポートで」
「何のサポートだよ!」
四人の笑い声が監督室に響いた。
◇◇◇
その日の野球部練習。
甲子園を終えた三年生たちは、以前よりも軽めの調整が中心。
肇も投げ込みはしない。
ランニング。
ストレッチ。
軽いキャッチボール。
身体を休ませながらの練習。
前薗がボールを受ける。
パシッ。
「肇」
「ん?」
「U18か」
「うん」
「本当に一緒に行けたらいいな」
肇はボールを投げ返す。
「行こう」
「簡単に言う」
「甲子園優勝も最初は無理って言ってただろ?」
「……言った」
「でもできた」
前薗がボールを握る。
「じゃあ」
構える。
「次は日の丸か」
肇が笑った。
「うん」
軽く投げる。
パシッ。
一条監督は遠くから。
二人を見ていた。
◇◇◇
その頃。
校舎。
千鶴は職員室で仕事をしていた。
「東雲先生」
「はい?」
教頭が声をかける。
「聞きましたか?」
「何でしょう?」
「高橋君と前薗君です」
千鶴の手が一瞬止まる。
しかし表情は教師のまま。
「何かあったんですか?」
「U18日本代表候補です」
「……!」
思わず。
ほんの少しだけ目を大きくする。
「二人とも?」
「はい」
千鶴はすぐ教師の表情へ戻った。
「すごいですね」
「甲子園優勝校ですからね」
「そうですね」
教頭はそれ以上何も言わず去っていく。
千鶴は。
机の上の書類を見る。
しかし。
頭の中には。
一人の生徒。
いや。
大切な恋人の顔。
――肇さん。
――また一つ、夢に近づきましたね。
口には出さない。
学校だから。
◇◇◇
夜。
肇は自宅へ戻った。
夕食。
風呂。
宿題。
そして。
スマートフォンを見る。
通知。
あの二十四人のドラフト候補グループ。
崇道君彦。
『みんな、U18の候補連絡来た?』
橘川玲央。
『来た』
白峰蓮司。
『俺も』
神城颯真。
『来た』
次々にコメント。
『来た』
『俺も』
『学校から言われた』
『候補入り』
肇は画面を見る。
「……やっぱり」
甲子園で戦った選手。
以前から名前を知っていた選手。
昨年U18を経験した選手。
全国のドラフト候補。
そこへ。
肇も入力する。
『俺も今日、一条監督から聞きました。U18日本代表候補に入ったそうです。よろしくお願いします』
送信。
数秒。
崇道。
『来た!』
玲央。
『高橋が来ないわけないだろ』
白峰。
『今度は味方になるかもな』
神城。
『160km、後ろから見たい』
肇。
『まだ選ばれてないです』
崇道。
『全員同じ』
白峰。
『候補は候補。ここからだ』
その言葉。
肇はしばらく見る。
『ここからだ』
甲子園優勝は終わった。
次は。
日の丸。
◇◇◇
そして。
個人メッセージ。
『千鶴』
肇は少し迷ってから送る。
『U18日本代表候補に選ばれました』
既読。
すぐに返信。
『学校で教頭先生から聞きました。おめでとうございます』
肇。
『ありがとう』
千鶴。
『でも、まだ候補なんですよね?』
『うん』
『だったら、ここからですね』
肇は笑った。
一条監督と。
同じ言葉。
『監督にも同じこと言われた』
『一条先生らしいですね』
『千鶴』
『はい』
『代表に選ばれたい』
少し。
返信まで時間が空いた。
そして。
『頑張ってください』
もう一つ。
『私は応援しています』
肇は画面を見る。
それだけで。
十分だった。
『ありがとう』
そして最後に。
『学校ではいつも通りで』
千鶴。
『もちろんです。高橋君』
肇。
『家では?』
少しして。
『肇さん』
肇は思わず笑った。
甲子園が終わり。
富山へ帰り。
学校生活が再開した。
そして。
新しく届いた一通の知らせ。
私立富山第二高等学校。
高橋肇。
前薗晃大。
二人の名前が。
U18日本代表候補へ。
甲子園では。
全国の強豪たちは敵だった。
だが。
次は。
同じ日の丸を背負う仲間になるかもしれない。
高校最後の夏は終わったはずだった。
しかし。
高橋肇の夏には。
まだ――続きが残されていた。
第33話「全国制覇のその先――U18日本代表候補、学校に届いた一通の知らせ」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
甲子園全国制覇。
最速160km。
高校通算70本塁打。
甲子園決勝でのサイクルヒット。
そして決勝で二本の本塁打。
全国から注目される存在となった高橋肇ですが、今回から再び高校三年生としての日常が本格的に始まりました。
教室ではクラスメイトから甲子園について聞かれ。
授業を受け。
昼休みには鈴木和誠、前薗晃大と一緒に昼食を食べる。
そんな、ごく普通の学校生活です。
そして学校内で東雲千鶴と顔を合わせても、二人はこれまで通り。
「東雲先生」
「高橋君」
学校では教師と生徒です。
家で二人きりになった時に見せる恋人としての姿を、学校へ持ち込むことはありません。
そんな日常の裏側で、校長、教頭、一条監督が確認していた一通の書類。
今回、正式に明らかになったのは――。
私立富山第二高等学校から、
高橋肇と前薗晃大の二人がU18日本代表候補に挙がったこと。
肇だけではありません。
前薗もまた、全国の舞台で評価されていました。
160kmを投げる肇の球を受け続けた捕球技術。
強肩。
試合状況を読む力。
そして、ストレートだけに頼らずスライダー、カーブ、シュートを組み合わせながら肇を最後までリードした配球。
甲子園優勝は、高橋肇一人で成し遂げたものではありません。
だからこそ前薗にも、次の舞台へ進む可能性が生まれました。
そして一条監督から告げられた言葉。
「甲子園優勝も、160kmも、70本塁打も、サイクルヒットも、全部過去だ」
さらに、
「候補になったことを喜ぶのは今日まで」
厳しい言葉ですが、それは二人を次の舞台へ送り出そうとする一条監督だからこその言葉でもあります。
U18には全国からトップクラスの高校球児が集まります。
昨年すでに日の丸を背負った選手。
今年の甲子園で戦った選手。
甲子園には届かなかったものの、プロから高く評価されている選手。
そして、肇がすでに二十四人のグループチャットで交流している、
崇道君彦。
橘川玲央。
白峰蓮司。
神城颯真。
彼らにも同じようにU18日本代表候補の知らせが届き始めました。
甲子園では敵として戦った選手が、次は味方になるかもしれません。
そして最後。
肇から千鶴へ送られた、
「U18日本代表候補に選ばれました」
というメッセージ。
千鶴から返ってきたのは、
「だったら、ここからですね」
という言葉でした。
一条監督と同じ答え。
そして学校では――「高橋君」。
二人だけなら――「肇さん」。
秘密の関係は変わりません。
甲子園という大きな目標を達成した肇ですが、高校生活はまだ終わっていません。
次なる目標は――日の丸。
高橋肇。
前薗晃大。
そして全国各地のライバルたち。
U18日本代表をめぐる、新たな物語がここから始まります。




