第3話「最後の夏へ――地区大会の組み合わせと、甲子園への第一歩」
第3話では、いよいよ肇たち野球部にとって「高校野球最後の夏」が本格的に動き始めます。
地区大会の組み合わせが決定し、初戦の相手は県立青葉高校。
エース兼四番の高橋肇、正捕手の前薗晃大、主将の鈴木和誠を中心に、一条昴監督のもとで甲子園を目指すメンバーたちが揃いました。
もちろん、試合を戦うのはスターティングメンバーだけではありません。
約十人のベンチメンバー、そして一年生から三年生まで十一人の女子マネージャーも、同じ野球部の仲間として最後の夏へ挑みます。
さらにスタンドには、吹奏楽部の真悠と三十人の仲間たち、チアリーディング部の眞衣もいます。
番外編⑵で交わした「みんなを甲子園へ連れていく」という約束。
そして千鶴と二人だけで交わした、もう一つの大切な約束。
しかし一条監督が肇たちへ伝えたように、甲子園への道は一試合ずつしか進むことができません。
だから最初に目指すのは――初戦突破。
肇たちにとって二度と戻ってこない、高校野球最後の夏が始まります。
七月。
三年生にとって、最後となる夏がやって来た。
放課後の野球部グラウンドには、いつも以上に張り詰めた空気が流れている。
「集合!」
野球部監督・一条昴の声が響いた。
「はい!」
グラウンドにいた選手たちが、一斉にバックネット前へ集まってくる。
その中心にいるのは、エースで四番を務める高橋肇。
その隣には、正捕手で肇とバッテリーを組む前薗晃大。
そしてチームをまとめる主将・鈴木和誠。
地区大会の開幕まで、残された時間はわずかだった。
今日、選手たちが集合させられた理由は一つ。
地区大会の組み合わせが正式に決定したのだ。
「全員いるな?」
「はい!」
一条監督は選手たちを見渡した。
「組み合わせを発表する前に、夏の登録メンバーを確認する」
一気に空気が変わった。
三年生にとっては最後の大会。
しかし、全員が同じように試合へ出場できるわけではない。
スターティングメンバー。
ベンチメンバー。
そしてスタンドから仲間を応援する選手。
それぞれに役割がある。
一条監督は名簿を開いた。
「まず、夏の基本スターティングメンバーだ」
全員が監督を見る。
「一番、遊撃手――二年、神谷悠斗」
「はい!」
「二番、二塁手――三年、藤堂拓海」
「はい!」
「三番、中堅手――三年、鈴木和誠」
「はい!」
主将の和誠が力強く答えた。
「四番、投手――三年、高橋肇」
「はい!」
肇の声がグラウンドに響く。
「五番、捕手――三年、前薗晃大」
「はい!」
「六番、一塁手――三年、宮坂大智」
「はい!」
「七番、三塁手――二年、桐生翔」
「はい!」
「八番、左翼手――三年、長谷川颯太」
「はい!」
「九番、右翼手――二年、相馬健吾」
「はい!」
これが、この夏の基本布陣だった。
一塁手・宮坂大智。
二塁手・藤堂拓海。
三塁手・桐生翔。
遊撃手・神谷悠斗。
左翼手・長谷川颯太。
中堅手、そして主将・鈴木和誠。
右翼手・相馬健吾。
捕手・前薗晃大。
そしてマウンドには、高橋肇。
一条監督は続けた。
「もちろん、これで固定するつもりはない。相手投手、選手の状態、試合展開によって変える」
選手たちは真剣な表情で聞いている。
「そしてベンチから試合を支えるメンバーも発表する」
名前が読み上げられていった。
三年・投手、黒崎蓮。
三年・投手、早川慶介。
二年・投手、久我直哉。
三年・捕手、松岡亮平。
二年・捕手、橘優成。
三年・内野手、西川陸斗。
二年・内野手、安西航。
一年・内野手、倉田陽向。
三年・外野手、森川駿。
二年・外野手、大野蒼真。
約十人の控え選手たちも、それぞれ返事をする。
「はい!」
「お願いします!」
一条監督は名簿を閉じた。
「スタメンだけで大会を勝てると思うな」
選手たちが顔を上げる。
「投手が苦しくなれば継投する。代打も出す。代走も使う。守備固めも必要になる」
一条監督は控え選手たちを見る。
「ベンチにいる選手にも必ず役割がある」
黒崎が拳を握る。
久我も真剣に監督を見ていた。
「そして、ベンチに入れなかった選手にも役割はある」
監督の声が少し強くなる。
「スタンドから声を出す。練習を手伝う。相手校を分析する。道具を準備する。全員で戦うのが高校野球だ」
「はい!」
大きな声が返った。
◇◇◇
野球部を支えているのは選手だけではなかった。
十一人の女子マネージャーも、この夏を一緒に戦う大切な仲間だった。
三年生は五人。
マネージャー長の三年・小宮山美月。
三年・佐々木梨花。
三年・水野琴音。
三年・青木菜々美。
三年・白石美羽。
二年生は三人。
二年・森下結菜。
二年・小泉杏奈。
二年・坂口莉央。
そして一年生も三人。
一年・山岸ひなた。
一年・川島咲良。
一年・本田紗季。
合計十一人。
スコア記録。
飲み物の準備。
選手の体調確認。
用具管理。
試合資料の整理。
練習補助。
大会が近づけば仕事はさらに増えていく。
「高橋君」
美月が肇へスポーツドリンクを渡した。
「ありがとう」
「最近、投げ込み増えてるでしょ?」
「まあな」
「無茶しないでよ。エースが大会前に肩壊したら困るから」
「一条監督にも言われてる」
「だったらちゃんと守って」
そこへ晃大がやって来る。
「美月、高橋だけじゃなくて俺にもくれよ」
「自分で取って」
「扱い違わない?」
「晃大君は元気そうだから」
「ひどいな」
周囲から笑いが起きる。
そんな何気ないやり取りも、三年生にとって残りわずかだった。
大会で負ければ、その日が引退の日になる。
だからこそ、一日一日が大切だった。
◇◇◇
「それじゃあ本題だ」
一条監督がホワイトボードへ大会表を貼った。
選手たちが集まる。
マネージャーたちも後ろから覗き込んだ。
地区大会のトーナメント表。
数多くの高校名が並んでいる。
「俺たちの初戦は――県立青葉高校だ」
ざわめきが起きる。
「青葉か」
「去年ベスト16だよな」
「左のいい投手いるところだろ?」
一条監督が頷いた。
「そうだ。二年生の左腕、速水が中心だ」
ホワイトボードへ情報を書き込む。
「球速だけなら突出しているわけじゃない。だが制球がいい。スライダーとチェンジアップを低めへ集めてくる」
和誠が尋ねる。
「打線はどうですか?」
「一番と三番が要注意だ」
監督は資料をめくる。
「特に三番。長打力がある」
晃大が肇を見る。
「肇」
「分かってる」
「初回から慎重に行こう」
「うん」
バッテリーの会話になっていた。
一条監督は二人を見る。
「前薗」
「はい」
「配球は任せる。ただし、高橋を一人で投げさせようとするな」
「はい」
「高橋」
「はい」
「全部三振に取ろうとするなよ」
肇が少し苦笑した。
「……分かりました」
「今の間は何だ?」
チームメイトから笑いが起こる。
一条監督も小さく笑った。
「お前には守ってくれる八人がいる」
肇は周囲を見る。
宮坂。
藤堂。
桐生。
神谷。
長谷川。
和誠。
相馬。
そして晃大。
さらにベンチには仲間たちがいる。
「はい」
肇は改めて答えた。
「全員で守ります」
「それでいい」
◇◇◇
その日の放課後。
音楽室にも地区大会の組み合わせが伝わっていた。
「初戦、県立青葉高校だって」
吹奏楽部員の一人が言った。
「いつ?」
「来週の日曜日」
「いよいよだね」
三十人の部員たちも、すでに野球部を応援する準備を始めていた。
真悠もその中にいる。
楽譜には野球応援で使用する曲が並んでいた。
「真悠ちゃん」
「何?」
「お兄さん、先発するのかな?」
「たぶん」
「エースだもんね」
「うん」
真悠は少し誇らしそうに答えた。
そこへ千鶴が入ってくる。
「みんな、野球部の応援も大切だけど、自分たちの練習も忘れないこと」
「はーい!」
「返事だけじゃなくて」
笑いが起こる。
千鶴も微笑む。
しかし、地区大会の初戦が決まったと聞いた瞬間から、胸の奥では少し緊張していた。
家では肇から何度も聞いている。
――必ず地区大会で優勝する。
――甲子園へ連れていく。
それがいよいよ始まる。
◇◇◇
同じ頃。
体育館近くでは、チアリーディング部も応援練習をしていた。
「ワン、ツー、スリー、フォー!」
眞衣がポンポンを動かす。
「ファイブ、シックス、セブン、エイト!」
動きを揃える。
休憩になると、眞衣はすぐ真悠から届いていたメッセージを確認した。
『初戦、青葉高校だって』
眞衣はすぐ返信する。
『こっちも聞いた!』
『応援頑張ろうね』
『もちろん!』
双子の妹たちにとっても、兄の最後の夏だった。
真悠は吹奏楽部。
眞衣はチアリーディング部。
二人とも立つ場所は違う。
しかし応援する相手は同じだった。
◇◇◇
夕方。
再び野球部グラウンド。
打撃練習。
肇が打席に立った。
「お願いします!」
投手が投げる。
一球目。
見送る。
二球目。
ファウル。
三球目――。
カキィィン!
完璧に捉えた。
打球は高々と舞い上がり、そのまま左翼フェンスを越えた。
「ナイスバッティング!」
「さすが四番!」
しかし肇は表情を変えない。
「もう一球!」
次。
カキンッ!
今度はセンター返し。
「もう一球!」
一条監督は離れた場所から肇を見ていた。
「気合い入ってますね」
主将の和誠が隣に立つ。
「入りすぎだ」
「やっぱり?」
「あいつは背負いすぎるところがある」
和誠は肇を見る。
「甲子園へ行くって、吹奏楽部にも約束しましたからね」
「聞いた」
「俺も言いました」
「知ってる」
一条監督は腕を組む。
「約束すること自体は悪くない」
「はい」
「ただ、野球は一人じゃできない」
和誠は頷いた。
「だからお前がいる」
「俺?」
「主将だろ」
一条監督は和誠を見る。
「高橋が一人で全部背負いそうになったら、お前が止めろ」
「はい」
「前薗にも言っておけ」
「分かりました」
一条監督はグラウンド全体を見渡した。
「俺たちは全員で甲子園へ行く」
和誠が笑った。
「はい」
◇◇◇
練習終了後。
選手、ベンチメンバー、マネージャーがグラウンドへ集まった。
一条監督が中央に立つ。
「いよいよ最後の夏だ」
三年生たちの表情が変わる。
「三年生」
「はい!」
「負ければ終わりだ」
誰も目を逸らさない。
「だからといって、負けることを考える必要はない」
一条監督は続ける。
「初戦のことだけ考えろ」
青葉高校。
まず、その一校を倒す。
「甲子園を考えるのは構わない。優勝を目標にするのも構わない」
監督の視線が肇へ向く。
「だが、甲子園へ行く道は一試合ずつしか進めない」
「はい」
肇が答えた。
「高橋」
「はい!」
「お前がエースだ」
「はい!」
「鈴木」
「はい!」
「お前が主将だ」
「はい!」
「前薗」
「はい!」
「お前が扇の要だ」
「はい!」
そして監督は全員を見る。
「だが、この三人だけで勝つわけじゃない」
全員が静かに聞く。
「スタメンも、ベンチも、マネージャーも、スタンドも全部含めて一つの野球部だ」
一条監督が拳を前へ出した。
「まず一勝」
和誠がその拳へ自分の拳を重ねる。
「はい!」
肇。
晃大。
宮坂。
藤堂。
桐生。
神谷。
長谷川。
相馬。
さらにベンチメンバーたち。
最後にはマネージャーたちも輪へ加わった。
「絶対勝つぞ!」
和誠が叫んだ。
「おおおおおっ!」
グラウンドに大歓声が響いた。
◇◇◇
その夜。
肇が帰宅すると、千鶴がリビングで吹奏楽部の楽譜を確認していた。
「ただいま」
「おかえり」
「疲れた……」
「お疲れさま」
肇は千鶴の隣へ座る。
「組み合わせ、聞いた?」
「ええ。青葉高校でしょう?」
「うん」
千鶴は楽譜を閉じた。
「強いの?」
「強いよ」
「そう……」
「でも勝つ」
迷いはなかった。
千鶴は肇を見る。
「緊張してる?」
「ちょっと」
「前も同じこと言ってたわね」
「今回は本当に大会が始まるから」
「そうね」
しばらく沈黙が続いた。
「肇」
「ん?」
「甲子園へ連れていくっていう約束、覚えてる?」
肇が笑った。
「何回聞くんだよ」
「だって心配なんだもの」
「覚えてる」
「吹奏楽部のみんなとの約束も?」
「もちろん」
「真悠ちゃんも楽しみにしてるわよ」
「眞衣も応援するって」
「チアリーディング部だものね」
「うん」
千鶴は微笑んだ。
「だったら、まずは一試合目」
一条監督と同じ言葉だった。
「青葉高校に勝ってきて」
「任せて」
「それから二試合目」
「うん」
「一つずつね」
「分かった」
肇は自分の練習ノートを開いた。
そこには以前書いた二つの文字が残っている。
『甲子園』
『全国制覇』
その下へ、肇は新しく書いた。
『初戦突破』
千鶴がそれを見る。
「いいんじゃない?」
「だろ?」
「いきなり全国制覇だけ見ているより安心する」
「一条監督にも似たようなこと言われた」
「やっぱり一条先生ね」
「一試合ずつしか甲子園への道は進めないって」
千鶴は頷いた。
「その通りだと思う」
肇はノートを見つめる。
最初の相手は県立青葉高校。
まだ甲子園は遠い。
全国制覇など、さらにその先にある。
それでも道は確かにつながっている。
初戦を勝つ。
次も勝つ。
そして地区大会の頂点へ。
吹奏楽部三十人。
チアリーディング部の眞衣。
吹奏楽部の真悠。
十一人のマネージャー。
ベンチの仲間たち。
主将・鈴木和誠。
正捕手・前薗晃大。
監督・一条昴。
そして――東雲千鶴。
多くの人の想いを背負い、高橋肇は高校野球最後の夏へ挑む。
「千鶴」
「何?」
「行ってくるよ」
「どこへ?」
「甲子園」
まだ地区大会さえ始まっていない。
千鶴は思わず笑った。
「だから、まずは初戦でしょう?」
「分かってる」
肇も笑う。
「でも最後は絶対そこに行く」
千鶴は静かに頷いた。
「うん。待ってる」
地区大会初戦まで、あとわずか。
高橋肇、高校三年生。
最後の夏。
甲子園へ続く最初の一歩が、いよいよ始まろうとしていた。
第3話「最後の夏へ――地区大会の組み合わせと、甲子園への第一歩」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回は地区大会の組み合わせ発表とともに、肇と一緒に最後の夏を戦う野球部の仲間たちが本格的に登場しました。
エース兼四番・高橋肇。
正捕手・前薗晃大。
主将兼中堅手・鈴木和誠。
さらに一塁手の宮坂大智、二塁手の藤堂拓海、三塁手の桐生翔、遊撃手の神谷悠斗、左翼手の長谷川颯太、右翼手の相馬健吾。
そして黒崎蓮、早川慶介、久我直哉、松岡亮平、橘優成、西川陸斗、安西航、倉田陽向、森川駿、大野蒼真というベンチメンバーたち。
誰か一人だけで甲子園へ行くことはできません。
一条昴監督が語ったように、スタメンも、控え選手も、マネージャーも、そしてスタンドから応援する仲間も含めて一つのチームです。
三年生五人、二年生三人、一年生三人、合計十一人の女子マネージャーたちにとっても大切な夏となります。
特に三年生にとっては、野球部員と同じくこれが最後の大会。
勝ち続ければ仲間たちと過ごす時間は続きます。
しかし一度負ければ、そこで高校野球生活は終わります。
そんな中で決まった初戦の相手は県立青葉高校。
そして夜、肇の練習ノートには、それまで書かれていた『甲子園』『全国制覇』に加えて、新たに『初戦突破』という言葉が刻まれました。
大きな夢だけを見るのではなく、まず目の前の一勝を掴む。
その一勝の積み重ねだけが、甲子園へ続いていきます。
千鶴を甲子園へ連れていくために。
吹奏楽部三十人との約束を果たすために。
真悠たちの演奏を甲子園で響かせるために。
眞衣たちチアリーディング部と一緒に甲子園で応援するために。
そして何より、野球部全員で高校最後の夏を最高の形で終えるために――。
次はいよいよ、地区大会。
肇たちの甲子園への挑戦が始まります。




