第31話「決勝――史上二人目のサイクルヒット、そして創立以来初の全国制覇へ」
第31話では、ついに高校最後の夏――甲子園決勝。
対戦相手は、健大高崎高校。
高橋肇たちの学校にとって、この試合で勝利すれば創立以来初となる甲子園優勝です。
地区大会から始まった長い夏。
横浜高校。
智辯和歌山高校。
大阪桐蔭高校。
東海大相模高校。
仙台育英高校。
数々の強豪校を破り、ようやくたどり着いた最後の一試合。
そしてこの決勝で、肇は投打の両方でこれまで以上の活躍を見せます。
第一打席――二塁打。
第二打席――三塁打。
第三打席――満塁本塁打。
この時点で残されたのは、単打だけ。
甲子園球場が、
「もしかして、サイクルヒットが出るのでは――」
と大きくざわめき始めます。
父親。
母・由紀子。
真悠。
眞衣。
学校の生徒たち。
野球部の仲間。
アルプススタンドの観客。
そして吹奏楽部顧問として応援する東雲千鶴。
さらに、肇とつながった二十四人のドラフト候補たちも、それぞれの場所からその瞬間を見守ります。
そして第四打席。
必要なのは――一本の単打。
高校野球史に残る記録へ、肇が挑みます。
しかし、もちろん打撃だけではありません。
投手としても160kmのストレート。
スライダー。
カーブ。
シュート。
高校最後のマウンドで、すべてを使って健大高崎打線と真正面から勝負します。
全国制覇。
創立以来初の甲子園優勝。
そして高校野球最後の一試合。
高橋肇にとって、忘れることのできない決勝戦です。
甲子園球場。
高校最後の夏。
その最後の一試合。
高橋肇たちの学校にとって、創立以来初となる甲子園優勝を懸けた決勝戦が、ついに始まろうとしていた。
対戦相手は――群馬県代表・健大高崎高校。
アルプススタンドは、試合開始前から異様な熱気に包まれていた。
野球部のベンチ外部員五十人。
マネージャー十一人。
吹奏楽部三十人。
チアリーディング部。
そして学校から駆けつけた生徒たち。
さらに。
肇の父親。
母・由紀子。
双子の妹、真悠と眞衣。
吹奏楽部の指揮を担当する東雲千鶴。
誰もが同じグラウンドを見つめている。
『まもなく、全国高等学校野球選手権大会、決勝戦を開始いたします』
場内アナウンス。
大歓声。
そしてスコアボードへ両校のスターティングメンバーが表示された。
健大高崎高校。
一番・中堅手――早瀬颯真。
二番・二塁手――小野寺悠斗。
三番・遊撃手――榊原蓮。
四番・一塁手――真田龍之介。
五番・三塁手――桐生大河。
六番・右翼手――神崎悠真。
七番・左翼手――藤森蒼空。
八番・捕手――黒川航平。
九番・投手――赤城翔馬。
エース・赤城翔馬。
最速151kmのストレートに加え、縦に落ちるスライダー、フォーク、カーブを操る右腕。
そして一番・早瀬と二番・小野寺はともに俊足。
三番・榊原から五番・桐生までは長打力を備えている。
一条監督が最も警戒していたのは、健大高崎らしい積極的な走塁だった。
一条昴監督はベンチ前で最後に言った。
「いいか」
「はい!」
「優勝旗を見るな」
「はい!」
「目の前の一球だけだ」
「はい!」
「行ってこい!」
「はいっ!」
九人がグラウンドへ走り出す。
マウンドへ向かうのは――高橋肇。
前薗晃大がホームベース後方へ。
肇はマウンドの土を踏む。
ゆっくりと甲子園を見渡した。
満員の観客。
アルプススタンド。
吹奏楽部。
千鶴。
肇はほんの一瞬だけ、そちらを見る。
そして帽子を深く被った。
「……行こう」
高校最後の登板が始まった。
◇◇◇
一回表。
健大高崎高校の攻撃。
先頭・早瀬颯真。
前薗がサインを出す。
初球。
肇が振りかぶる。
ズバンッ!
球場のスピード表示。
『158km/h』
「おおおおおおっ!」
いきなり大歓声。
しかし早瀬も簡単には終わらない。
二球目のスライダーをファウル。
三球目。
159km。
ボール。
四球目。
カーブ。
早瀬が合わせる。
カキンッ!
二遊間へのゴロ。
藤堂拓海が回り込む。
一塁へ。
「アウト!」
一死。
二番・小野寺悠斗。
一球目。
シュート。
ファウル。
二球目。
外角へのストレート。
160km。
「うおおおおおおっ!」
甲子園がどよめいた。
小野寺も思わずマウンドを見る。
「……決勝でも160かよ」
三球目。
肇は速度を落とす。
126kmのカーブ。
タイミングを外された。
空振り三振。
二死。
三番・榊原蓮。
初球157km。
二球目スライダー。
三球目シュート。
そして四球目。
160km。
空振り三振。
三者凡退。
肇は静かにベンチへ戻った。
前薗が横へ並ぶ。
「飛ばしすぎ」
「分かってる」
「本当か?」
「次から落とす」
「ならいい」
一条監督も言う。
「高橋」
「はい」
「160はいらない」
「はい」
「九回まで考えろ」
「分かりました」
そして。
一回裏。
肇の高校、最初の攻撃が始まった。
◇◇◇
二死。
ランナーなし。
四番・高橋肇。
この日最初の打席。
大歓声。
健大高崎のエース・赤城翔馬が肇を見る。
初球。
149kmのストレート。
「ストライク!」
二球目。
スライダー。
ボール。
三球目。
外角。
147km。
肇は見送る。
ボール。
2ボール1ストライク。
四球目。
赤城が投じたのは、内角高めのストレート。
肇のバットが動いた。
カァァァンッ!
鋭い打球。
左中間。
「抜けた!」
中堅・早瀬と左翼・藤森が追う。
しかし間を抜けた。
肇は一塁を蹴る。
二塁へ。
「セーフ!」
二塁打。
第一打席――ツーベースヒット。
アルプススタンドから大歓声。
真悠。
「兄貴ー!」
眞衣。
「いけー!」
由紀子も立ち上がって拍手する。
千鶴も吹奏楽部の前で笑顔を見せた。
だが後続が倒れ、得点にはならない。
0対0。
決勝は静かに始まった。
◇◇◇
二回表。
健大高崎の四番・真田龍之介。
肇の153kmをセンター前へ。
無死一塁。
五番・桐生大河。
送りバントの構え。
肇が投げる。
バント。
前薗が素早く前へ。
二塁へ投げる。
「アウト!」
一塁は間に合わない。
一死一塁。
六番・神崎。
初球。
桐生が走った。
「走った!」
前薗が二塁へ。
しかし。
「セーフ!」
健大高崎の機動力。
一死二塁。
神崎がライト前ヒット。
二塁ランナーが三塁を回る。
相馬健吾が本塁へ。
「バックホーム!」
前薗が捕る。
タッチ!
「アウト!」
大歓声。
前薗が拳を握った。
「よし!」
肇もグラブを叩く。
「ナイス!」
二死一塁。
最後は藤森をスライダーで三振。
無失点。
◇◇◇
三回裏。
一死一塁。
四番・肇へ第二打席。
赤城は慎重になっていた。
初球。
外角ボール。
二球目。
フォーク。
空振り。
三球目。
151km。
ファウル。
1ボール2ストライク。
追い込まれた。
四球目。
赤城が外角へスライダー。
肇が踏み込む。
カァァァンッ!
今度は右中間。
「抜けた!」
右翼・神崎が追う。
中堅・早瀬も追う。
しかし。
フェンス手前まで転がった。
肇は二塁。
そして。
「三つ行け!」
一条監督。
肇が二塁を蹴った。
三塁へ。
送球。
ヘッドスライディング。
「セーフ!」
三塁打。
第一打席――二塁打。
第二打席――三塁打。
球場がざわつき始める。
そして五番・前薗晃大。
センターへの犠牲フライ。
肇がホームへ。
1対0。
先制。
前薗がベンチへ戻ると、肇が拳を出す。
「ありがとう」
「お前が三つ行ったからだ」
「ナイス犠牲フライ」
「ホームランじゃなくても一点だからな」
「分かってる」
二人が拳を合わせた。
◇◇◇
四回表。
健大高崎が反撃する。
二番・小野寺が四球。
すぐに盗塁。
無死二塁。
三番・榊原。
ライト前ヒット。
無死一、三塁。
四番・真田。
肇の154kmを捉える。
センターへの犠牲フライ。
1対1。
同点。
さらに五番・桐生がヒット。
一死一、二塁。
一条監督がベンチを出る。
「高橋!」
「はい!」
「力むな!」
「はい!」
「前薗!」
「はい!」
「任せた!」
前薗がマウンドへ。
「肇」
「うん」
「160禁止」
「……分かった」
「ここは三振じゃなくていい」
「うん」
「打たせよう」
六番・神崎。
初球カーブ。
二球目シュート。
三球目。
外角スライダー。
引っ掛けた。
ショートゴロ。
藤堂。
二塁。
神谷。
一塁。
「アウト!」
「アウト!」
ダブルプレー。
チェンジ。
肇が息を吐く。
「助かった」
前薗。
「だから守備を信じろって」
「はいはい」
◇◇◇
五回裏。
2対1と一点を勝ち越し、なおも一死満塁。
打席へ向かうのは。
高橋肇。
第三打席。
第一打席、二塁打。
第二打席、三塁打。
赤城がマウンド上で息を整える。
健大高崎ベンチも動かない。
勝負。
初球。
フォーク。
ボール。
二球目。
149km。
ストライク。
三球目。
スライダー。
肇が見送る。
ボール。
2ボール1ストライク。
四球目。
赤城。
内角ストレート。
肇。
ファウル。
2ボール2ストライク。
五球目。
フォーク。
低い。
3ボール2ストライク。
満塁。
フルカウント。
甲子園が静まり返った。
赤城が投げる。
六球目。
148km。
真ん中から少し内側。
肇のバット。
一閃。
カァァァァァァンッ!!!
誰もが。
打った瞬間に分かった。
「いったあああああああっ!」
実況の声。
打球は。
左中間スタンドへ。
一直線。
そのまま――。
スタンドイン。
満塁本塁打。
グランドスラム。
「うおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
甲子園全体が揺れた。
6対1。
肇はゆっくりとダイヤモンドを回る。
一塁。
二塁。
三塁。
ホーム。
仲間たちが待っている。
「肇!」
「高橋!」
「すげえええ!」
ホームイン。
その瞬間。
場内が別の意味でざわつき始めた。
『高橋選手、これで今日――』
二塁打。
三塁打。
本塁打。
残るのは。
単打。
『サイクルヒットまで、あとシングルヒット一本です!』
「おおおおおおっ!」
観客が一斉にざわめく。
父親が立ち上がる。
由紀子も。
真悠も。
眞衣も。
学校の生徒たちも。
ベンチ外部員五十人も。
アルプススタンドは総立ち。
千鶴も目を見開いていた。
「……肇さん」
高校野球。
甲子園。
しかも決勝。
サイクル安打が達成されれば、春夏を通じた決勝戦では史上二人目という、とてつもない記録になる。
◇◇◇
その頃。
スマートフォンやテレビで試合を見ていた人々。
全国の高校野球ファン。
プロ野球関係者。
そして。
あの二十四人のドラフト候補たち。
グループチャットが一気に動いた。
崇道君彦。
『待て』
橘川玲央。
『二塁打、三塁打、ホームラン?』
白峰蓮司。
『あと単打だけ』
神城颯真。
『決勝でサイクル狙えるぞ』
『高橋やばい』
『しかも満塁ホームラン』
『普通逆だろ』
『単打が最後に残るのか』
玲央。
『次の打席絶対見る』
崇道。
『俺も』
白峰。
『ここまで来たら見たい』
◇◇◇
七回裏。
健大高崎も粘り、スコアは6対3。
そして。
一死ランナーなし。
四番・高橋肇。
第四打席。
甲子園の観客が立ち始める。
異様な雰囲気。
必要なのは――単打。
肇は打席へ。
「……何だこれ」
前薗がベンチから叫ぶ。
「肇! 普通に打て!」
肇が一瞬だけ前薗を見る。
小さく頷く。
健大高崎は投手交代。
二番手・榊原健吾。
右の技巧派。
初球。
外角へのストレート。
肇が振る。
カンッ!
「ファウル!」
0ボール1ストライク。
二球目。
外へ逃げるスライダー。
肇は見送る。
「ボール!」
1ボール1ストライク。
三球目。
内角ストレート。
「ストライク!」
1ボール2ストライク。
追い込まれた。
甲子園が静かになる。
四球目。
榊原が投じる。
外角低め。
146km。
肇は強振しなかった。
逆らわない。
バットを出す。
カンッ!
打球。
一、二塁間。
一塁手・真田が飛びつく。
届かない。
二塁手・小野寺も追う。
抜けた。
ライト前へ。
「ヒットおおおおおおおおっ!!!」
肇が一塁へ。
そして。
甲子園が爆発した。
『高橋肇選手――サイクルヒット達成です!』
二塁打。
三塁打。
本塁打。
単打。
決勝戦でのサイクル安打。
史上二人目。
通常なら、一生に一度あるかどうか。
まして。
甲子園決勝。
その舞台で。
高橋肇はやってのけた。
父親が両手を叩く。
由紀子は口元を押さえる。
「……本当に、あの子は」
真悠。
「兄貴いいいいい!」
眞衣。
「サイクルうううう!」
野球部員五十人。
「高橋いいいい!」
「肇おおお!」
千鶴も。
教師として。
吹奏楽部顧問として。
大きく拍手する。
しかし心の中では。
――おめでとうございます、肇さん。
誰よりも強く。
そう伝えていた。
◇◇◇
24人のチャット。
一気に通知。
崇道。
『やった』
玲央。
『本当にやった』
白峰。
『決勝でサイクルは意味分からん』
神城。
『史上二人目』
『化け物』
『これスカウト評価どうなるんだ』
『投手で160出して打者でサイクル?』
『しかも満塁ホームラン入り』
崇道。
『本人今チャット見られないけど、おめでとうって先に書いとく』
玲央。
『同じく』
白峰。
『おめでとう、高橋』
◇◇◇
だが。
試合は終わっていない。
八回表。
健大高崎。
最後の反撃。
一番・早瀬。
センター前。
二番・小野寺。
送りバント。
一死二塁。
三番・榊原。
肇の155kmを捉える。
ライト前。
6対4。
一死一塁。
四番・真田。
肇はマウンドで息を吐く。
前薗がタイム。
「疲れてる?」
「疲れてる」
「投げられる?」
「投げられる」
「痛みは?」
「ない」
前薗がベンチを見る。
一条監督。
肇を見る。
「高橋!」
「はい!」
「ここまで行くか!」
肇は即答。
「行きます!」
「前薗!」
「行けます!」
一条監督が頷く。
「任せた!」
四番・真田。
初球。
158km。
ファウル。
二球目。
スライダー。
空振り。
三球目。
160km。
ボール。
四球目。
カーブ。
ファウル。
五球目。
シュート。
内角。
詰まった。
セカンドフライ。
二死。
五番・桐生。
初球157km。
二球目カーブ。
三球目スライダー。
四球目。
160km。
空振り三振。
「よおおおし!」
肇が吠えた。
残り。
三アウト。
◇◇◇
八回裏。
二死一、二塁。
そして。
四番。
高橋肇。
第五打席。
すでに。
二塁打。
三塁打。
満塁本塁打。
単打。
サイクルヒット達成。
もう記録は十分。
だが。
肇はまだ終わっていなかった。
健大高崎の三番手投手・高梨悠成。
初球。
ボール。
二球目。
ストライク。
三球目。
ファウル。
四球目。
ボール。
2ボール2ストライク。
五球目。
外角へのスライダー。
肇が踏み込む。
カァァァァァンッ!!!
また。
甲子園が止まった。
打球は。
ライト方向。
高い。
高い。
右翼・神崎がフェンス際まで下がる。
見上げる。
そして。
スタンドへ。
3ラン本塁打。
「入ったああああああああっ!!!」
9対4。
第五打席。
3ランホームラン。
肇はこの日。
五打席。
五安打。
二塁打。
三塁打。
満塁本塁打。
単打。
3ラン本塁打。
二本塁打。
7打点。
甲子園決勝という舞台で。
信じられない打撃成績を残した。
前薗がベンチで頭を抱える。
「お前……本当に何なんだよ」
鈴木が笑う。
「もう笑うしかない」
一条監督も。
何も言わず。
ただ小さく笑った。
◇◇◇
九回表。
9対4。
あと三アウト。
肇がマウンドへ。
アルプススタンド。
全員が立っていた。
六番・神崎。
初球。
159km。
ストライク。
二球目。
カーブ。
ストライク。
三球目。
スライダー。
空振り。
三振。
一死。
七番・藤森。
初球。
シュート。
セカンドゴロ。
神谷。
一塁。
アウト。
二死。
あと一人。
健大高崎の八番。
捕手・黒川航平。
肇はロージンバッグを触る。
前薗を見る。
前薗がサイン。
肇が頷く。
初球。
158km。
ファウル。
二球目。
カーブ。
ボール。
三球目。
160km。
ファウル。
1ボール2ストライク。
あと一球。
前薗が最後のサイン。
スライダー。
肇が振りかぶる。
投げた。
大きく曲がる。
黒川のバット。
空を切った。
「ストライク! バッターアウト!」
一瞬。
静寂。
そして。
「うおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!!」
前薗がマスクを投げる。
「肇おおおおお!」
肇が両手を上げる。
「やったあああああああああっ!」
前薗が飛びつく。
鈴木。
神谷。
藤堂。
宮坂。
桐生。
長谷川。
相馬。
全員。
マウンドへ。
ベンチから十一人。
さらに一条監督。
アルプススタンドでは五十人が泣きながら叫ぶ。
マネージャー十一人も。
真悠。
「優勝したあああ!」
眞衣。
「兄貴いいいい!」
父親は何度も頷く。
由紀子の目には涙。
そして。
千鶴。
「……おめでとうございます」
小さく。
誰にも聞こえない声。
「肇さん」
学校創立以来。
初。
甲子園優勝。
全国制覇。
高橋肇たちは。
本当に。
日本一になった。
◇◇◇
その日の夜。
全国ニュース。
『甲子園決勝で歴史的記録です』
『高橋肇選手が決勝戦でサイクルヒットを達成』
『さらに第五打席では、この日二本目となる3ラン本塁打』
『投手としても160kmを複数回記録』
映像。
二塁打。
三塁打。
満塁本塁打。
ライト前ヒット。
3ラン本塁打。
そして。
最後の空振り三振。
『投打にわたる活躍で、学校創立以来初の全国制覇へ導きました』
全国のプロ野球球団。
スカウト。
編成担当。
彼らも。
同じ映像を見ていた。
「高橋肇……」
「SSS評価だったよな」
「ああ」
「160を投げるだけじゃない」
「スライダーの使い方がいい」
「カーブで速度差も作れる」
「シュートもある」
「しかも打撃は?」
「決勝でサイクル」
「その後にもう一本」
「高校通算は……」
資料がめくられる。
「今日の二本で70本到達だ」
高校通算70本塁打。
それも。
決勝の大舞台で。
複数球団のスカウトが。
高橋肇という名前を改めて強く記憶した。
ある球団では。
「ドラフト上位候補として、もう一度全部の映像を見直そう」
別の球団では。
「投手評価だけでは駄目だ」
「打者としても見ろ」
さらに別の球団。
「二刀流の可能性も含めて調査したい」
甲子園優勝。
それは高校野球の終着点。
だが。
肇にとっては。
次の野球人生へ続く、大きな始まりでもあった。
◇◇◇
ホテル。
長い一日。
表彰。
取材。
ミーティング。
仲間との喜び。
すべてを終えた肇のスマートフォンが鳴った。
表示された名前。
『千鶴』
肇はすぐに出る。
「もしもし?」
「肇さん」
「うん」
「……お疲れさまでした」
肇はベッドへ座る。
「ありがとう」
「そして」
少し間。
「全国制覇、おめでとうございます」
肇は笑った。
「約束守った」
「はい」
「優勝したよ」
「はい」
千鶴の声も少し震えていた。
「本当に……おめでとうございます」
「千鶴」
「はい」
「応援、聞こえてた」
「本当ですか?」
「多分」
「多分なんですね」
二人で笑う。
「でも」
肇は言う。
「心の中の応援は、ちゃんと届いた」
千鶴が黙る。
「……そうですか」
「うん」
しばらく。
二人とも何も言わなかった。
会いたい。
でも。
すぐには会えない。
学校が再開するまで、まだ数週間ある。
それまでは。
それぞれの時間。
「千鶴」
「はい?」
「学校始まったら」
「はい」
「また会おう」
「もちろんです」
「それまで少し我慢する」
千鶴が優しく笑う。
「私もです」
「うん」
「今日は本当に身体を休めてください」
「分かった」
「肘も肩も」
「ちゃんとケアする」
「約束ですよ」
「約束」
千鶴は最後にもう一度。
「肇さん」
「ん?」
「お疲れさまでした」
「ありがとう」
「そして――」
「うん」
「日本一、おめでとうございます」
肇は目を閉じた。
「ありがとう、千鶴」
二人はそれ以上長く話さなかった。
「おやすみなさい」
「おやすみ」
電話が切れる。
肇はスマートフォンを横へ置いた。
全国制覇。
甲子園決勝。
五打席五安打。
サイクルヒット。
二本塁打。
高校通算70本。
そして。
投手として最後までマウンドを守った。
高校最後の夏は。
最高の形で終わった。
しかし。
高橋肇の野球人生は。
まだ。
始まったばかりだった。
第31話「決勝――史上二人目のサイクルヒット、そして創立以来初の全国制覇へ」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
ついに――。
高橋肇たちは甲子園の頂点へ立ちました。
決勝の結果は、九対四。
学校創立以来初となる甲子園優勝。
全国制覇です。
地区大会前からずっと掲げ続けてきた、
「全国の頂点へ」
という目標。
それがとうとう現実となりました。
そして今回、何よりも大きかったのが高橋肇の五打席です。
第一打席。
二塁打。
第二打席。
三塁打。
第三打席。
満塁本塁打。
この時点で――単打を残すだけ。
甲子園決勝という大舞台で、サイクルヒットの可能性が生まれました。
そして第四打席。
初球――ファウル。
二球目――ボール。
三球目――ストライク。
追い込まれて迎えた四球目。
肇は無理にホームランを狙いませんでした。
一、二塁間を破るライト前ヒット。
その瞬間――サイクルヒット達成。
二塁打。
三塁打。
本塁打。
単打。
甲子園決勝の歴史に残る、史上二人目となるサイクル安打をやり遂げました。
ですが。
それだけでは終わりません。
第五打席。
今度は――3ラン本塁打。
結果として決勝の肇は、
五打席五安打。
二塁打一本。
三塁打一本。
単打一本。
本塁打二本。
そのうち一本は満塁本塁打。
さらにもう一本は3ラン本塁打。
七打点。
まさに高校最後の一試合で、通常では考えられないほどの打撃成績を残しました。
そして二本の本塁打によって、高校通算本塁打数も68本から――70本へ。
奇しくも、記者から何度も聞かれていた、
「高校通算70本を意識していますか?」
という数字へ、最後の最後で到達しました。
しかし肇自身は、70本を目標として打席へ立っていたわけではありません。
欲しかったのは――甲子園優勝。
だからこそ、70号よりも何よりも、最後のアウトを取った瞬間に仲間たちと抱き合ったことの方が、肇にとって大きな意味を持っています。
そして投手としても。
158km。
159km。
160km。
何度も150km台後半から160kmを記録。
しかし速球だけに頼るのではなく、
スライダー。
カーブ。
シュート。
球速差やコースを使いながら、前薗晃大とのバッテリーで最後まで投げ抜きました。
最後の打者。
1ボール2ストライク。
前薗から出されたサインは――スライダー。
空振り三振。
そして。
ゲームセット。
その瞬間。
高橋肇。
前薗晃大。
鈴木和誠。
神谷悠斗。
藤堂拓海。
宮坂大智。
桐生翔。
長谷川颯汰。
相馬健吾。
ベンチメンバー十一人。
そしてアルプススタンドの五十人。
野球部七十人全員の夢が叶いました。
もちろん、彼らだけではありません。
マネージャー十一人。
地区大会前から折り続けた二万羽の千羽鶴。
吹奏楽部。
チアリーディング部。
学校の生徒たち。
一条昴監督。
家族。
父親。
由紀子。
真悠。
眞衣。
そして――東雲千鶴。
肇と千鶴の関係は、前薗をはじめとする野球部員たちには今も秘密です。
だから甲子園で千鶴ができることは、教師として、吹奏楽部顧問として応援することだけ。
それでも優勝が決まった瞬間。
誰にも聞こえない小さな声で、
「おめでとうございます、肇さん」
と伝えました。
そして試合後。
高橋肇の名前は、さらに全国へ広がることになります。
甲子園決勝でサイクルヒット。
二本塁打。
高校通算70本。
投手として160km。
そして全国制覇。
すでにSSSランクと評価されていた肇を、プロ野球球団のスカウトや編成関係者が改めて強く注目することになります。
投手として見るのか。
打者として見るのか。
それとも――二刀流の可能性まで考えるのか。
高校野球は終わりました。
しかし高橋肇の野球人生は、ここから新しい段階へ入ります。
そして夜。
千鶴から届いた電話。
「全国制覇、おめでとうございます」
甲子園優勝という最初の大きな約束を、肇は本当に守りました。
ただし二人には、まだ次があります。
学校が再開するまで、しばらく会えない時間。
高校卒業。
ドラフト会議。
プロ野球への道。
そしてその先に待つ――プロポーズ。
地区大会から続いた高校最後の夏は、最高の形で幕を閉じました。
高橋肇――高校通算70本塁打。
最速160km。
甲子園決勝でサイクルヒット。
そして、学校創立以来初となる全国制覇。
高校野球編の大きな目標は、ついに達成されました




