第29話「準々決勝――高橋肇VS神城颯真、ベスト4を懸けた激突」
第29話では、ついに甲子園準々決勝。
相手は――東海大相模高校。
そして、その中心にいるのはエース・神城颯真です。
神城は昨年、高校二年生でU18日本代表に選出され、橘川玲央や白峰蓮司とも同じチームで戦った投手。
最速155km。
高い制球力。
ストレートと見分けにくいフォーク。
鋭いスライダー。
さらにピンチになればなるほど集中力を高める精神力。
一条昴監督からも、
「去年の神城ではなく、今日の神城を見ろ」
と伝えられた肇。
一方の神城も、高校通算68本塁打、最速160kmを記録している肇を当然警戒しています。
前日のチャットでは同じ二十四人のドラフト候補グループで話していた二人。
しかし当日の朝に交わした言葉は、
「球場で」
それだけ。
甲子園のグラウンドへ立てば、友人でもチャット仲間でもありません。
ベスト4進出を懸けた敵同士です。
そして試合は、前回の大阪桐蔭高校戦を思わせる投手戦へ。
肇。
神城。
両エースが何度もピンチを切り抜け、八回まで〇対〇。
九回裏。
四番・高橋肇が迎える最後の打席。
しかし今回、試合を決めるのは肇のホームランではありません。
「ホームランを打てなくてもいい」
第28話で肇自身が口にしたその言葉。
一人ではなく、仲間と勝つ。
その成長が試される準々決勝です。
甲子園球場へ向かうバスの窓から、あの大きな球場が見えてきた。
高橋肇は、それまで少し横になっていた身体を起こした。
隣には一条昴監督。
後ろには、ここまで一緒に戦ってきた仲間たちがいる。
前薗晃大。
鈴木和誠。
神谷悠斗。
藤堂拓海。
宮坂大智。
桐生翔。
長谷川颯汰。
相馬健吾。
そして控えには、黒崎蓮、早川慶介、久我直哉たち。
「見えてきたな」
一条監督が言った。
「はい」
肇は短く答えた。
その表情から、先ほどまで千鶴と電話していた時の柔らかさは消えていた。
ここからは野球。
準々決勝。
勝てばベスト4。
負ければ、高校最後の夏が終わる。
そして今日の相手は――。
東海大相模高校。
その中心にいるのが、昨年のU18日本代表でも活躍した右腕。
神城颯真。
最速155km。
高い制球力。
ストレートと見分けにくいフォーク。
鋭いスライダー。
ピンチになればなるほど球威を上げる精神力。
橘川玲央。
白峰蓮司。
二人から昨夜聞いた話が頭に残っている。
だが、一条監督から言われた。
――去年の神城を見るな。
――今日の神城を見ろ。
肇は帽子を深く被った。
「神城……」
小さく呟く。
「今日は敵だからな」
◇◇◇
甲子園球場へ到着すると、すでに周囲は大勢の観客で埋め尽くされていた。
「高橋だ!」
「昨日の大阪桐蔭戦でサヨナラ打った選手!」
「160km出した高橋!」
「今日は神城と投げ合うぞ!」
全国から注目される二人。
高橋肇。
神城颯真。
しかし肇は観客の声へ反応しなかった。
前だけを見る。
ロッカールームへ入り、ユニフォームを整える。
前薗が隣に座った。
「肇」
「何?」
「今日、最初から全開で行く?」
「いや」
前薗が少し驚く。
「珍しい」
「九回まで考える」
「そうして」
「でも」
肇が笑う。
「神城が飛ばしてきたら、俺も行く」
「張り合うなよ」
「分かってるって」
そこへ一条監督。
「高橋、前薗」
「はい!」
「神城だけを見るな」
「はい」
「東海大相模は神城一人のチームじゃない」
ホワイトボードへ相手打線を書き込む。
一番・中堅手――藤宮蓮。
二番・二塁手――水野航太。
三番・遊撃手――相沢拓真。
四番・一塁手――白川健。
五番・捕手――安堂悠河。
六番・三塁手――小田切蒼。
七番・左翼手――杉浦大和。
八番・右翼手――大西拓海。
九番・投手――神城颯真。
一条監督が振り返る。
「藤宮は足がある」
「はい」
「相沢は追い込まれてからの対応力が高い」
「はい」
「白川は長打」
「はい」
「安堂は神城をリードする捕手でありながら打撃もいい」
「はい」
そして。
「神城自身も打てる」
肇が頷く。
「分かりました」
「それから」
一条監督が今度は自分たちの打順を書く。
一番・中堅手――鈴木和誠。
二番・二塁手――神谷悠斗。
三番・遊撃手――藤堂拓海。
四番・投手――高橋肇。
五番・捕手――前薗晃大。
六番・一塁手――宮坂大智。
七番・三塁手――桐生翔。
八番・左翼手――長谷川颯汰。
九番・右翼手――相馬健吾。
「いいか」
一条監督が九人を見る。
「今日は高橋対神城じゃない」
全員が監督を見る。
「九人対九人だ」
「はい!」
「いや」
一条監督が言い直す。
「七十人対、東海大相模だ」
「はい!」
「ベンチにいる者も、スタンドにいる者も全員だ!」
「はい!」
肇は静かに頷いた。
昨日までなら。
神城に勝ちたい。
神城からホームランを打ちたい。
そういう気持ちが一番強かったかもしれない。
しかし大阪桐蔭戦を経験して変わった。
勝てばいい。
自分が本塁打を打たなくてもいい。
完封しなくてもいい。
仲間が点を取ってくれればいい。
「行くぞ!」
一条監督。
「おおおおおっ!」
◇◇◇
グラウンドへ出る。
そして。
肇は初めて、今日の神城颯真を間近で見た。
身長は肇より高い。
細身に見えるが、下半身はしっかりしている。
キャッチボール。
神城が軽く投げる。
パシンッ!
乾いた音。
「……いい球」
前薗が呟く。
「うん」
「昨日聞いた通り?」
肇は首を横に振った。
「違う」
「え?」
「去年の映像より速い」
前薗が神城を見る。
「分かるの?」
「多分」
その直後。
神城がこちらを見た。
肇と目が合う。
昨日まで同じグループチャットで話していた二人。
神城がほんの少しだけ右手を上げる。
肇も右手を上げた。
それだけ。
言葉はいらない。
次に話すのは試合後。
どちらかが勝ち。
どちらかが負けた後だ。
◇◇◇
一方。
アルプススタンド。
吹奏楽部三十人。
チアリーディング部。
生徒たち。
そして肇の家族。
真悠。
眞衣。
父親。
由紀子。
さらに。
東雲千鶴。
千鶴は吹奏楽部の前に立っていた。
教師。
吹奏楽部顧問。
学校一の高嶺の花と呼ばれる美人教師。
そして――。
誰にも言えない肇の恋人。
由紀子が隣から声をかける。
「千鶴」
「はい、由紀子先輩」
「朝の電話」
千鶴の頬が少し赤くなる。
「……はい」
「最後、何て言われたの?」
「それは……」
由紀子は笑った。
「聞かないでおく」
「ありがとうございます」
その少し前では。
真悠と眞衣。
「お兄ちゃん出てきた」
真悠が言う。
眞衣もグラウンドを見る。
「本当だ」
「今日も四番?」
「四番で先発投手」
「いつも通りだね」
真悠は千鶴をちらっと見る。
千鶴も肇を見ている。
当然。
周囲の部員たちは知らない。
だから真悠は何も言わなかった。
心の中だけで。
――千鶴さん、お兄ちゃんのことずっと見てる。
そう思っていた。
◇◇◇
試合開始。
先攻――東海大相模高校。
後攻――肇たちの高校。
肇がマウンドへ上がる。
前薗がホームベース後方へ。
「肇」
「うん」
「最初は力抜こう」
「分かってる」
「150前後でいい」
「うん」
「160いらない」
肇が笑う。
「そこまで言う?」
「お前だから言う」
プレイボール。
一番。
藤宮蓮。
俊足。
肇はセット。
第一球。
ストレート。
ズバン!
「ストライク!」
球速表示。
152km。
球場が少しどよめく。
第二球。
カーブ。
藤宮が見送る。
ストライク。
0ボール2ストライク。
前薗は外へ構えた。
肇。
スライダー。
藤宮が当てる。
カンッ!
遊撃方向。
藤堂拓海。
「任せろ!」
捕球。
一塁。
アウト。
一死。
二番・水野航太。
初球。
149kmストレート。
ファウル。
二球目。
シュート。
ボール。
三球目。
カーブ。
空振り。
四球目。
外角低め。
153km。
「ストライク! バッターアウト!」
二死。
そして。
三番・相沢拓真。
肇は少しだけ呼吸を整える。
初回。
三者凡退。
まずはそれだけ。
相沢への初球。
152km。
ファウル。
二球目。
スライダー。
見送る。
三球目。
外角ストレート。
相沢が振る。
カキン!
センター前へ抜けそうな打球。
「和誠!」
鈴木和誠が前進。
スライディング。
捕った。
「アウト!」
三者凡退。
肇がマウンドから降りる。
前薗が言う。
「いい感じ」
「まだ全然」
「それでいい」
◇◇◇
一回裏。
ついに神城颯真が甲子園のマウンドへ。
肇はベンチから見つめる。
一番・鈴木和誠。
神城。
第一球。
ズバンッ!
「ストライク!」
154km。
肇の目が少し細くなる。
「やっぱり」
一条監督。
「何だ?」
「昨日までより仕上がってる」
二球目。
152km。
ボール。
三球目。
フォーク。
和誠が振る。
空振り。
「うわ……」
ベンチの宮坂が声を漏らす。
「落ちたな」
肇は黙って見る。
四球目。
内角。
155km。
和誠が詰まる。
セカンドゴロ。
一死。
二番・神谷悠斗。
神城は初球からスライダー。
ストライク。
二球目。
ストレート。
153km。
ファウル。
三球目。
フォーク。
神谷は止める。
「よく止めた!」
ベンチから声。
四球目。
外角。
神谷が当てる。
ライト前。
「落ちろ!」
しかし右翼手・大西拓海が前進。
キャッチ。
二死。
三番・藤堂拓海。
初球を打つ。
三塁線。
小田切蒼が捕球。
一塁アウト。
三者凡退。
そして。
二回裏。
肇の第一打席が回ってくる。
◇◇◇
四番・高橋肇。
甲子園が大きく沸いた。
「高橋!」
「ホームラン!」
「神城対高橋だ!」
神城がマウンド。
肇が右打席。
目が合う。
神城が小さく笑った。
肇も。
しかし次の瞬間。
二人から笑顔が消える。
神城。
振りかぶる。
第一球。
内角高め。
155km。
肇は振らない。
「ストライク!」
肇の目が少し開く。
――速い。
白峰とは違う。
白峰は力で押し込んでくる。
神城は。
狙った場所へ速い球が来る。
第二球。
外角。
153km。
肇が振る。
カァン!
ファウル。
0ボール2ストライク。
追い込まれた。
神城は表情を変えない。
安堂悠河がサイン。
第三球。
ストレートと同じ軌道。
肇が振り始める。
「……!」
落ちた。
フォーク。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
甲子園がどよめいた。
高橋肇。
三球三振。
神城は何も表情を変えず、捕手から返球を受ける。
肇はベンチへ戻った。
前薗。
「どう?」
肇は悔しそうではなかった。
むしろ。
笑っていた。
「すごい」
「そんなに?」
「玲央と白峰が言ってた意味分かった」
一条監督。
「打てそうか?」
肇は神城を見る。
「次は打ちます」
◇◇◇
二回。
三回。
試合は動かなかった。
肇は東海大相模打線を抑える。
神城もこちらの打線を抑える。
三回表。
神城自身との初対決。
九番・神城颯真。
肇がマウンド。
神城が打席。
「今度は逆だな」
神城が小さく言った。
肇。
「打てるなら打ってみろ」
前薗。
「二人とも喋るな」
初球。
153km。
神城がファウル。
二球目。
カーブ。
ボール。
三球目。
スライダー。
神城が当てる。
一塁線。
宮坂。
「俺!」
捕球。
ベースを踏む。
アウト。
神城がベンチへ戻りながら肇を見る。
肇も見る。
互いに一本ずつ。
投手として。
まずは相手を抑えた。
◇◇◇
四回裏。
肇の第二打席。
二死走者なし。
神城。
初球。
スライダー。
肇は見送る。
ボール。
二球目。
内角ストレート。
154km。
肇が振る。
カキィン!
強烈な打球。
三塁線。
「抜けろ!」
しかし。
小田切蒼。
横っ飛び。
グラブに入った。
「アウト!」
肇が一塁手前で止まる。
「マジか……」
神城がマウンドで少し笑った。
肇も苦笑。
戻りながら小田切へ。
「ナイスプレー」
小田切。
「ありがとうございます!」
◇◇◇
五回表。
初めて試合が大きく動きかける。
先頭の白川健。
肇の153kmをセンター前。
無死一塁。
安堂悠河。
送りバント。
一死二塁。
小田切蒼。
四球。
一死一、二塁。
東海大相模の応援が一気に大きくなる。
前薗がマウンドへ。
「肇」
「大丈夫」
「ここから」
「分かってる」
「一人ずつ」
「うん」
七番・杉浦大和。
肇はセット。
第一球。
150km。
ストライク。
二球目。
カーブ。
ファウル。
三球目。
スライダー。
空振り。
三振。
二死。
八番・大西拓海。
初球。
ファウル。
二球目。
ボール。
三球目。
シュート。
内野ゴロ。
神谷悠斗が捕る。
二塁へ。
アウト。
無失点。
肇が大きく息を吐いた。
アルプスから歓声。
千鶴も思わず胸元で手を握っていた。
由紀子。
「抑えたね」
「はい……」
「千鶴」
「はい?」
「呼吸止まってたわよ」
千鶴が少し赤くなる。
「……緊張してしまって」
由紀子は笑った。
「私もよ」
◇◇◇
六回裏。
一死。
神谷悠斗。
初球。
神城のストレート。
カキン!
センター前。
「よし!」
初めて先頭に近いところで走者が出る。
藤堂拓海。
一条監督からサイン。
送りバント。
神城が処理。
一塁アウト。
二死二塁。
そして。
四番。
高橋肇。
甲子園の空気が変わる。
第三打席。
神城が肇を見る。
肇も見る。
二死二塁。
一点が欲しい。
ホームランはいらない。
肇は自分自身へ言い聞かせる。
――ヒットでいい。
第一球。
外角ストレート。
154km。
ボール。
第二球。
内角。
155km。
肇が振る。
ファウル。
第三球。
フォーク。
肇は止めた。
「ボール!」
2ボール1ストライク。
神城が初めて少しだけ表情を変えた。
第四球。
スライダー。
肇が振る。
カキィン!
センター方向。
「抜けろ!」
しかし。
藤宮蓮が走る。
走る。
最後はダイビング。
捕った。
「アウト!」
肇は一塁を回ったところで止まった。
藤宮がボールを掲げる。
東海大相模の応援席から大歓声。
〇対〇。
まだ動かない。
◇◇◇
七回表。
一番から。
藤宮。
肇はここでギアを上げた。
第一球。
155km。
「ストライク!」
二球目。
156km。
ファウル。
球場がどよめく。
三球目。
スライダー。
空振り。
三振。
二番・水野。
初球。
156km。
ボール。
二球目。
154km。
ファウル。
三球目。
カーブ。
見逃し。
四球目。
外角。
157km。
「ストライク! バッターアウト!」
二者連続三振。
三番・相沢。
初球。
155km。
ファウル。
二球目。
シュート。
ボール。
三球目。
スライダー。
空振り。
四球目。
肇が大きく踏み込む。
ズバンッ!
表示。
158km。
「ストライク! バッターアウト!」
三者連続三振。
甲子園が揺れる。
真悠。
「お兄ちゃん!」
眞衣。
「すごい!」
父親も立ち上がる。
由紀子も拍手。
そして千鶴。
教師として。
吹奏楽部顧問として。
大きく拍手を送る。
けれど心の中では。
――肇、頑張って。
誰よりも強く願っていた。
◇◇◇
八回終了。
スコアは――。
〇対〇。
大阪桐蔭戦に続き。
またしても投手戦。
ベンチへ戻った肇はタオルで汗を拭いた。
一条監督。
「高橋」
「はい」
「球数」
「まだ行けます」
「聞いてない」
肇が少し止まる。
「……はい」
「身体は?」
「大丈夫です」
「本当に?」
「はい」
一条監督は前薗を見る。
前薗も頷く。
「球威は落ちてません」
「分かった」
一条監督。
「九回も行け」
「はい!」
「ただし」
「はい」
「160はいらん」
肇が苦笑。
「分かってます」
◇◇◇
九回表。
東海大相模。
四番・白川健から。
初球。
154km。
ファウル。
二球目。
カーブ。
ボール。
三球目。
スライダー。
ショートゴロ。
藤堂。
アウト。
一死。
五番・安堂悠河。
神城の女房役。
初球。
152km。
見送る。
二球目。
シュート。
ファウル。
三球目。
安堂が食らいつく。
ライト前。
ヒット。
一死一塁。
六番・小田切。
送りバント。
二死二塁。
七番・杉浦。
一打勝ち越し。
前薗がマウンドへ。
「肇」
「うん」
「ここ」
「分かってる」
「全力でいい」
肇が前薗を見る。
「いいの?」
「ただし力むな」
「難しい注文だな」
「お前ならできる」
前薗が戻る。
第一球。
155km。
ストライク。
第二球。
156km。
ファウル。
第三球。
ボール。
第四球。
スライダー。
杉浦が止める。
2ボール2ストライク。
第五球。
肇。
大きく踏み込む。
ストレート。
表示。
159km。
杉浦が振る。
ファウル。
「まだ来るか……」
そして六球目。
前薗が要求したのは。
カーブ。
肇が投げる。
杉浦のタイミングが外れる。
バットが空を切る。
「ストライク! バッターアウト!」
無失点。
肇が拳を握る。
◇◇◇
九回裏。
〇対〇。
東海大相模のマウンドには、まだ神城颯真。
先頭。
神谷悠斗。
神城の154km。
セカンドゴロ。
一死。
藤堂拓海。
フォーク。
空振り三振。
二死。
そして。
アナウンス。
「四番、ピッチャー、高橋君」
甲子園全体から巨大な歓声が上がった。
高橋肇。
神城颯真。
今日、四度目の対決。
肇は打席へ入る。
神城はマウンドから見る。
「高橋」
小さな声。
「何?」
「最後にしよう」
肇が笑う。
「俺もそのつもり」
第一球。
155km。
外角。
肇は見送る。
ストライク。
第二球。
フォーク。
肇は振らない。
ボール。
1ボール1ストライク。
第三球。
内角。
156km。
肇が振る。
ファウル。
1ボール2ストライク。
追い込まれた。
神城。
肇。
二人とも笑わない。
安堂からサイン。
第四球。
スライダー。
肇は見切る。
ボール。
2ボール2ストライク。
第五球。
神城が投げる。
155km。
外角いっぱい。
肇が振る。
カァン!
ファウル。
甲子園が大きく沸く。
第六球。
フォーク。
肇。
止める。
「ボール!」
フルカウント。
3ボール2ストライク。
一条監督がベンチから見つめる。
前薗も。
和誠も。
全員。
そしてアルプス。
真悠。
眞衣。
父親。
由紀子。
千鶴。
千鶴は何も言わない。
ただ肇を見る。
神城がロージンへ触れる。
ボールを握る。
セット。
第七球。
投げた。
内角。
ストレート。
156km。
肇が振り抜く。
カキィィィン――!
大きな音。
打球は。
左中間。
高くはない。
鋭い。
藤宮蓮が走る。
左翼手・杉浦も走る。
しかし。
その間。
打球が抜けた。
「抜けた!」
肇が一塁を回る。
「走れ!」
一条監督が叫ぶ。
肇は二塁へ。
藤宮がようやくボールへ追いつく。
肇は二塁を蹴った。
「三塁!」
返球。
遊撃・相沢。
中継。
三塁へ。
肇が滑る。
「セーフ!」
三塁打。
二死三塁。
甲子園が揺れる。
しかし。
まだ勝っていない。
肇は三塁ベース上で息を整える。
神城もマウンドで大きく息を吐いた。
「……打たれた」
そして。
五番。
前薗晃大。
前薗が打席へ向かう途中、三塁の肇を見る。
肇が右拳を胸へ当てる。
前薗も同じ仕草。
――頼む。
――任せろ。
神城対前薗。
第一球。
フォーク。
ボール。
第二球。
ストレート。
154km。
ファウル。
第三球。
スライダー。
ボール。
2ボール1ストライク。
第四球。
外角ストレート。
前薗が振る。
カキン!
打球は一、二塁間。
「抜けろおおお!」
宮坂がベンチから叫ぶ。
一塁手・白川が飛びつく。
届かない。
ライト前。
その瞬間。
肇がホームへ。
「高橋!」
「走れ!」
ホームイン。
一対〇。
サヨナラ。
前薗晃大のサヨナラタイムリー。
甲子園が爆発した。
「うおおおおおおおっ!」
肇が両手を広げる。
前薗へ仲間たちが殺到。
「前薗!」
「やった!」
「ベスト4!」
「勝ったぞ!」
肇も輪の中へ飛び込んだ。
「前薗!」
「肇!」
二人が抱き合う。
「お前が三塁まで行ったからだ!」
「お前が打ったから勝ったんだよ!」
一条監督も大きく拳を握った。
そしてアルプス。
真悠と眞衣は抱き合う。
「勝った!」
「ベスト4!」
由紀子は目元を押さえる。
父親も何度も頷いていた。
そして。
千鶴。
静かに涙が頬を伝った。
自分が決めたのではない。
最後に打ったのは前薗。
それでも。
肇が三塁打でつなぎ。
前薗が返した。
一条監督が言っていた。
――一人で勝つな。
その通りの勝利だった。
◇◇◇
整列。
東海大相模高校。
肇たち。
「ありがとうございました!」
深く頭を下げる。
そして。
肇と神城が近づいた。
神城が先に右手を出す。
「負けた」
肇はその手を強く握った。
「すごかった」
「高橋も」
「三振取られた」
「最後打っただろ」
「ホームランじゃなかった」
神城が少し笑う。
「それでいいだろ」
肇も笑った。
「うん」
神城は続ける。
「ベスト4」
「うん」
「ここまで来たなら」
肇はもう分かっていた。
白峰と同じ。
玲央と同じ。
崇道と同じ。
「勝てよ」
神城が言った。
肇は力強く答える。
「全国制覇してくる」
「それでこそ高橋だ」
二人はもう一度握手。
そして別れた。
◇◇◇
試合後。
ロッカールーム。
肇がスマートフォンを開く。
二十四人のグループ。
通知――大量。
崇道。
『勝ったな』
玲央。
『見てた』
白峰。
『また一対〇かよ』
成瀬。
『投手戦好きすぎ』
水城。
『最後ホームランじゃなく三塁打なのが良かった』
肇が笑う。
そして。
神城から一件。
『負けました』
その直後。
『高橋、次も勝て』
肇は返信する。
『ありがとう』
そして。
『神城、今日は本当にありがとう』
神城。
『次はU18かプロで』
肇。
『その時は味方かもしれないな』
神城。
『敵ならまた抑える』
肇。
『今度はホームラン打つ』
玲央。
『もう始まってる』
白峰。
『試合終わったばっかりだぞ』
チャットに笑いが広がった。
肇はスマートフォンを閉じる。
ベスト4。
全国制覇まで。
あと――二勝。
準決勝。
決勝。
そして。
甲子園優勝の先には。
千鶴との約束が待っている。
肇は胸の奥で静かに呟いた。
――あと二つ。
――必ず全国の頂点へ。
高橋肇たちの高校最後の夏は、ついに甲子園ベスト4へと進んだ。
第29話「準々決勝――高橋肇VS神城颯真、ベスト4を懸けた激突」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回の結果は――一対〇。
大阪桐蔭高校戦に続いて、またしても一点だけが勝敗を分ける試合となりました。
そして何より今回重要だったのは、
「高橋肇が最後にホームランを打って勝つ」
という形ではなかったことです。
相手は東海大相模高校。
エース・神城颯真。
昨年のU18日本代表。
玲央や白峰から事前に聞いていた通り、神城は非常に完成度の高い投手でした。
第一打席。
肇は神城の155kmのストレートとフォークに三球三振。
第二打席では強烈な打球を三塁手・小田切蒼が好捕。
第三打席ではセンターへ鋭い打球を放つものの、中堅手・藤宮蓮のダイビングキャッチ。
肇だけではありません。
東海大相模の守備陣も、何度も肇たちの得点を阻みました。
一方、肇もエースとして負けてはいません。
今回は160kmという数字を追うのではなく、アウトを取ることを最優先。
150km台前半から中盤を中心に、
スライダー。
カーブ。
シュート。
ストレート。
前薗晃大とのバッテリーで東海大相模打線を抑え続けました。
七回には155km、156km、そして158km。
九回には159kmも記録。
それでも目的は球速ではありません。
〇点で守り抜くこと。
そして試合は八回終了まで――〇対〇。
大阪桐蔭戦に続き、二試合連続の息詰まる投手戦となりました。
そして九回裏。
二死走者なし。
四番・高橋肇。
神城との第四打席。
フルカウントから七球目。
内角156kmのストレート。
肇が振り抜いた打球は左中間を破りました。
しかし――ホームランではありません。
三塁打。
ここで肇はホームへ帰ってくることができません。
まだ〇対〇。
そして打席へ立ったのが――捕手・前薗晃大。
ここまで何度も肇の球を受けてきた「女房役」。
前薗が一、二塁間を破るタイムリーヒット。
三塁から肇がホームイン。
一対〇。
サヨナラ勝ち。
今回の試合を決めた一打は、肇ではなく前薗でした。
これこそ、ここまで何度も描いてきた、
「七十人で勝つ」
という野球だったと思います。
肇が三塁打を打つ。
前薗が返す。
守備陣が九回まで〇点を守る。
そして一条監督が全員をまとめる。
誰か一人だけでは成立しない勝利でした。
以前の肇なら、
「自分がホームランを打って決める」
という気持ちが強かったかもしれません。
しかし今は違います。
ホームランでなくてもいい。
ヒットでもいい。
四球でもいい。
送りバントでもいい。
仲間が返してくれてもいい。
最後にチームが一点多ければいい。
甲子園を勝ち進む中で、四番として、エースとして、そして一人のチームメイトとして、肇は確実に成長しています。
そして試合後。
神城颯真との握手。
チャットでは仲間。
この日は敵。
そして試合が終われば、また同じ世代のドラフト候補。
神城から送られた、
「ここまで来たなら勝てよ」
という言葉。
崇道君彦。
橘川玲央。
白峰蓮司。
そして神城颯真。
肇が戦ってきたライバルたちから、同じように全国制覇への想いを託されるようになりました。
二十四人のグループチャットでも、試合後にはたくさんのメッセージ。
神城自身からも、
「次はU18かプロで」
という言葉が届きました。
甲子園では敵でも、その先では味方になるかもしれない。
プロ野球では再び敵になるかもしれない。
高校野球を通じて生まれた関係が、少しずつ未来へつながっています。
そして応援席。
真悠。
眞衣。
父親。
由紀子。
そして東雲千鶴。
学校では教師と生徒。
ここでも二人の秘密は変わりません。
それでも千鶴は、肇が三塁打を放ち、前薗の一打でホームへ帰ってきた瞬間、静かに涙を流しました。
地区大会優勝。
甲子園出場。
一回戦突破。
二回戦突破。
昨年敗れた三回戦を突破。
そして――準々決勝突破。
ついにベスト4。
全国制覇まで残された試合は、
準決勝。
決勝。
あと二つ。
そして、その先には。
肇が千鶴へ約束している未来も待っています。
高校最後の夏。
いよいよ本当に、全国の頂点が見えてきました。




