番外編⑺❸終「決戦へ向かう朝――二十四人との約束と、甲子園へ走るバス」
番外編⑺も、今回で最後となります。
前回誕生した、今年の高校野球界を代表するドラフト候補二十四人のグループチャット。
その翌朝――。
いよいよ高橋肇たちは、次なる甲子園での戦いへ向かいます。
朝から続いていたのは、
高橋肇。
崇道君彦。
橘川玲央。
白峰蓮司。
四人だけのチャット。
かつてグラウンドで敵として戦った三人から、
「頑張れ」
「勝ってこい」
と送り出される肇。
さらに二十四人のグループでは、
「もし今年、U18日本代表に選ばれたら、その時はよろしくお願いします」
と、自分から仲間たちへ伝えます。
その中には――。
次に甲子園で戦う東海大相模高校のエース・神城颯真もいます。
チャットでは同世代の野球仲間。
しかし、次に会う場所は甲子園。
そこで二人は敵同士になります。
そして甲子園へ向かうバスの中。
一条昴監督の隣へ座った肇は、前日に誕生した二十四人のグループや、玲央と白峰から聞いたU18時代の神城について話します。
さらに車内では、前薗晃大、鈴木和誠、宮坂大智、神谷悠斗をはじめとする仲間たちの声が飛び交います。
そんな中、肇が電話をかけた相手は――東雲千鶴。
途中から電話を一条監督へ渡し、監督と千鶴も約二十分にわたって会話します。
そして再び電話を受け取った肇は、周囲には聞こえない小さな声で千鶴へ想いを伝えることに。
「大好きです」
「愛してる」
千鶴の隣には、肇の母・由紀子の姿も。
母親からも、
「頑張って」
と送り出されます。
家族。
恋人。
監督。
仲間。
そして、これまで戦ってきたライバルたち。
たくさんの想いを背負って――。
バスは甲子園へ向かいます。
朝。
甲子園での次なる試合を迎える日。
高橋肇は、宿泊先のホテルのベッドの上で目を覚ました。
まだカーテンの向こうから差し込んでくる光は弱い。
時計を見る。
午前六時過ぎ。
「……朝か」
ゆっくり身体を起こす。
肩を回す。
腕を伸ばす。
腰を軽く捻る。
大阪桐蔭高校との一対〇の死闘から時間は経っているものの、身体には甲子園を戦っている疲労が少しずつ蓄積していた。
それでも。
痛みはない。
「大丈夫」
自分自身へ言い聞かせるように呟く。
そして枕元のスマートフォンを手に取った。
画面には大量の通知。
一つは――。
高橋肇。
崇道君彦。
橘川玲央。
白峰蓮司。
四人だけのグループチャット。
もう一つは、昨日新たに作られた二十四人のドラフト候補たちによるグループだった。
まず肇が開いたのは四人の方だった。
午前六時にもかかわらず、すでにメッセージが届いている。
崇道。
『起きてる?』
玲央。
『俺は起きてる』
白峰。
『早すぎる』
崇道。
『今日試合の高橋が一番寝てたりして』
その直後。
肇が返信した。
『起きた』
玲央。
『噂をすれば』
白峰。
『体調は?』
『大丈夫』
崇道。
『肩は?』
『大丈夫』
玲央。
『肘は?』
『大丈夫』
白峰。
『全部大丈夫じゃ信用できない』
肇は思わず笑った。
『本当に大丈夫』
玲央。
『今日は神城だな』
肇。
『うん』
白峰。
『俺と玲央から聞いたことを意識しすぎるなよ』
肇の指が止まった。
白峰らしい言葉だった。
昨日。
玲央と白峰から、U18日本代表時代に知った神城颯真の特徴を聞いた。
高い制球力。
内外角を投げ分けるストレート。
打者の手元で落ちるフォーク。
ピンチになると一段階ギアを上げる投球。
そして何より。
味方のミスにも動じない精神力。
しかし。
白峰が言いたいことも分かる。
過去の情報だけで今の神城を決めつけてはいけない。
肇。
『分かってる』
『今日の神城を見て判断する』
白峰。
『それがいい』
玲央。
『あいつも去年より成長してるから』
崇道。
『高橋も去年とは違うしな』
肇。
『絶対勝つ』
玲央。
『頑張れ』
白峰。
『俺を倒したんだから次で負けるな』
崇道。
『俺も同じ』
肇は少し笑った。
『ありがとう』
そして最後に。
『行ってくる』
三人から、ほぼ同時に返ってきた。
『行ってこい』
『頑張れ』
『勝ってこい』
肇はその三つの言葉をしばらく眺めていた。
地区大会決勝。
甲子園二回戦。
甲子園三回戦。
本来なら敵だった三人。
今は。
不思議なことに、こうして背中を押してくれている。
「絶対勝たないとな」
◇◇◇
次に肇が開いたのは、二十四人のドラフト候補が集まったグループだった。
朝からすでに何人かが会話している。
『今日試合だろ』
『高橋と神城か』
『見るぞ』
『どっち応援すればいいんだ』
『二人ともこのグループにいるから困る』
『神城頑張れ』
『高橋も頑張れ』
そして。
神城颯真本人から。
『高橋』
肇。
『何?』
『球場で』
短い言葉。
肇も短く返した。
『球場で』
今日。
チャットではもう多くを語らない。
次に話す場所は甲子園。
肇は二十四人の参加者一覧を見た。
この中には、すでに甲子園を去った者もいる。
まだ勝ち残っている者もいる。
昨年のU18日本代表だった選手。
代表候補だった選手。
今年のドラフトで指名を待つ選手。
肇自身は、昨年のU18日本代表には入っていない。
だからこそ。
一つだけ送っておきたい言葉があった。
肇は文章を入力した。
『みんなに一つだけ』
メッセージの流れが少し止まった。
肇は続ける。
『今年、もし俺がU18日本代表に選ばれたら』
少し考える。
そして。
『その時はよろしくお願いします』
送信。
すぐに既読が増える。
玲央。
『急に真面目』
肇。
『こういうのはちゃんと言う』
白峰。
『高橋なら候補には入るだろ』
崇道。
『160km投げて甲子園で打ちまくってるからな』
肇。
『選ばれるかはまだ分からない』
神城。
『その時は同じチームになるかもな』
肇。
『そうだな』
神城。
『でも今日は敵』
肇。
『もちろん』
すると別の選手からも。
『代表で会おう』
『今年のU18楽しみだな』
『選ばれたらよろしく』
『日の丸で一緒に野球できたら面白い』
『まず甲子園頑張れ』
次々と返事が届いた。
肇は一人ずつ読んでいく。
昨日まではほとんど知らなかった選手もいる。
だが今。
高校野球という一つの場所でつながった。
そして将来。
U18日本代表。
ドラフト。
プロ野球。
また別の場所で出会うかもしれない。
肇は最後に、
『ありがとう。じゃあ行ってきます』
と送った。
◇◇◇
朝食。
選手たちはホテルの食堂に集まっていた。
神谷悠斗。
藤堂拓海。
鈴木和誠。
前薗晃大。
宮坂大智。
桐生翔。
長谷川颯汰。
相馬健吾。
黒崎蓮。
早川慶介。
久我直哉。
松岡亮平。
橘優成。
西川陸斗。
安西航。
倉田陽向。
森川駿。
大野蒼真。
榎本悠生。
そして肇。
他の部員たちも、それぞれ朝食を取っている。
前薗が肇を見る。
「食べられる?」
「普通に」
「緊張してない?」
「してるよ」
和誠が驚く。
「高橋が?」
「俺だって緊張する」
宮坂が笑う。
「昨日チャットでも緊張してたんだろ?」
肇が止まった。
「何で知ってる?」
「お前、昨日言ってたじゃん。ドラフト候補のグループできたって」
「そこまでしか言ってないだろ」
「顔見れば分かる」
「何だよそれ」
周囲から笑い声。
一条監督は少し離れた席から、その様子を見ていた。
いつもの空気。
大切な試合だからといって、全員が黙り込んでいるわけではない。
緊張する。
でも笑う。
食べる。
話す。
そしてグラウンドへ行く。
それでいい。
◇◇◇
午前。
ホテルを出る。
大型バスが待っていた。
選手たちが次々と荷物を積み込む。
「忘れ物ないか!」
「はい!」
「グラブ確認!」
「あります!」
「スパイク!」
「あります!」
「ユニフォーム!」
「着てます!」
一条監督が苦笑する。
「それは見れば分かる」
部員たちから笑い声。
全員が乗り込む。
肇はバスの中ほどまで進んだ。
すると。
「高橋」
一条監督が呼ぶ。
「はい?」
「こっち」
監督の隣。
「いいんですか?」
「今日は少し話したい」
「分かりました」
肇は一条監督の隣へ座った。
バスが出発する。
ホテルから甲子園球場へ。
窓の外の景色がゆっくり流れ始めた。
肇はシートへ身体を預ける。
少し横になるような姿勢。
一条監督が言った。
「寝るのか?」
「ちょっとだけ身体休めます」
「それならいい」
「監督」
「何だ?」
「昨日、変なことがありました」
「変なこと?」
「チャットグループができました」
「何の?」
「ドラフト候補の」
一条監督が肇を見る。
「何人?」
「二十四人」
「多いな」
「俺もそう思いました」
「誰がいる?」
「崇道、橘川、白峰」
「うん」
「それから神城」
「今日の相手も?」
「はい」
一条監督が笑う。
「時代だな」
「ですよね」
「俺たちの頃なら、試合前に対戦相手と普通にチャットなんて考えられなかった」
肇も笑う。
「でも今日はもう話してません」
「何で?」
「次に話すのは球場だから」
一条監督が少しだけ肇を見る。
「いいじゃないか」
「あと」
「うん」
「玲央と白峰が去年のU18で神城と一緒だったらしくて」
「なるほど」
「神城の特徴を少し聞きました」
一条監督の表情が変わる。
「どこまで?」
「去年同じチームで見た範囲です」
「相手校の作戦とかは?」
「聞いてません」
「ならいい」
肇は頷く。
「白峰からも、去年の情報を意識しすぎるなって言われました」
一条監督が少し驚く。
「白峰が?」
「はい」
「いいこと言うな」
「俺もそう思いました」
一条監督は窓の外を見る。
「高橋」
「はい」
「神城は今日、去年とは違う投手になってると思え」
「はい」
「お前だって去年とは違う」
「はい」
「去年の映像だけ見て今のお前を攻略できるか?」
肇は首を横に振る。
「無理です」
「同じだ」
「はい」
「今日の第一打席」
「はい」
「今日の第一球」
「はい」
「そこで見ろ」
肇は大きく頷いた。
「分かりました」
◇◇◇
その頃。
バスの後方では、部員たちの声が飛び交っていた。
鈴木和誠。
「今日の神城、最初から飛ばしてくると思う?」
前薗晃大。
「来るだろ。高橋いるし」
宮坂大智。
「俺たちもいるんだけど」
桐生翔。
「高橋だけのチームみたいに言うなよ」
藤堂拓海。
「なら宮坂、ホームラン打て」
「急に無茶言うな!」
神谷悠斗が笑う。
「一本打ったら全国ニュースだぞ」
宮坂。
「高橋が打つよりニュースになるかも」
少し離れたところ。
黒崎蓮と早川慶介。
「今日出番あるかな」
「準備だけはしておこう」
「高橋が最後まで投げるとは限らないからな」
久我直哉も会話へ入る。
「俺も準備します」
松岡亮平。
「俺もブルペン入るなら受けるよ」
橘優成。
「俺も」
さらに。
西川陸斗。
「ベスト4か……」
安西航。
「まだ行ってないぞ」
「分かってる」
倉田陽向。
「今日勝ったらだろ?」
森川駿。
「勝とう」
大野蒼真。
「絶対」
榎本悠生。
「去年は見られなかった景色だもんな」
車内には緊張感がある。
それでも。
暗くはない。
全員。
勝つために甲子園へ向かっている。
◇◇◇
肇はスマートフォンを見る。
時間はまだある。
そして一条監督を見る。
「監督」
「何?」
「千鶴に電話していいですか?」
一条監督は周囲を確認した。
部員たちはそれぞれ話している。
もちろん。
肇と千鶴の本当の関係を知らない部員がほとんど。
一条監督は小さく頷く。
「声には気をつけろ」
「はい」
肇は千鶴へ電話をかけた。
数回の呼び出し音。
「もしもし?」
聞き慣れた声。
肇の表情が自然に柔らかくなる。
「おはよう」
「おはようございます」
周囲に聞かれる可能性がある。
千鶴も最初は教師らしい話し方。
「もうバスですか?」
「うん」
「体調は?」
「大丈夫」
「肩は?」
「大丈夫」
「肘は?」
「大丈夫」
肇が笑う。
「今日みんなそれ聞く」
千鶴も電話の向こうで笑った。
「心配しているんです」
「分かってる」
そして肇が隣を見る。
「千鶴」
「はい?」
「監督と話す?」
一条監督が肇を見る。
「俺?」
「昨日のこととか」
「まあ、いいけど」
肇はスマートフォンを差し出した。
「先生」
一条監督が受け取る。
「もしもし、東雲先生?」
「一条先生、おはようございます」
「おはようございます」
そこから。
二人の会話が始まった。
最初は今日の試合。
神城颯真について。
「東雲先生たちは後から球場ですか?」
「はい。吹奏楽部と一緒に向かいます」
「真悠さんたちは?」
「もちろん一緒です」
「チアも?」
「はい」
「分かりました」
さらに。
昨日の選手たちの状態。
学校関係者からの連絡。
吹奏楽部の応援準備。
甲子園での演奏。
話題は次々と変わった。
一条監督も、千鶴も。
高橋肇を支える大人。
片方は野球部監督として。
片方は教師として。
そして千鶴には、もう一つ誰にも言えない立場がある。
肇の恋人。
約二十分。
一条監督は千鶴と話し続けた。
「では東雲先生」
「はい」
「今日もお願いします」
「こちらこそお願いします」
「高橋は」
一条監督が隣を見る。
肇は少し横になりながらこちらを見ている。
「元気です」
「それなら安心しました」
「ただ」
「はい?」
「ホームラン狙うなって言っても、多分狙います」
千鶴が電話の向こうで笑った。
「私からも言っておきます」
肇が小声で。
「監督!」
一条監督が笑う。
「じゃあ代わります」
スマートフォンが肇へ戻る。
◇◇◇
「もしもし」
「はい」
「監督、余計なこと言った」
「聞きました」
「ホームラン狙うなって」
「チームが勝つ打撃をしてください」
肇は少し笑う。
「分かってる」
そして。
周囲を見る。
和誠たちはまだ後ろで話している。
前薗も宮坂と何か話していた。
一条監督だけが隣。
肇は声を小さくした。
一条監督にしか聞こえないほど。
「千鶴」
電話の向こうも少し静かになる。
「はい」
「今日も頑張ってきます」
「はい」
「絶対勝ってくる」
「無理だけはしないでください」
「うん」
一瞬。
肇は隣の一条監督を見る。
一条監督は何も言わず、前を向いている。
だから。
さらに小さな声で。
「千鶴」
「はい」
「大好きです」
電話の向こうが静かになった。
そして。
「……私もです」
小さな声。
肇が微笑む。
「愛してる」
千鶴は少し間を置いて。
「……私も、愛しています」
一条監督は聞こえている。
しかし何も言わない。
ただ。
口元が少しだけ緩んでいた。
その時。
電話の向こうから別の声。
「肇?」
肇がすぐ反応した。
「母さん?」
由紀子だった。
千鶴の隣にいたのだ。
「千鶴と一緒にいるの?」
「いるわよ」
「そうなんだ」
「肇」
「何?」
「頑張って」
短い言葉。
でも。
母親から息子へ送るには、それだけで十分だった。
「うん」
「怪我しないでね」
「分かってる」
「ちゃんと仲間を頼るのよ」
肇は少し笑う。
「それも分かってる」
「昔のあんたなら全部自分でやろうとするから」
「もうしないよ」
「ならいい」
「母さん」
「何?」
「見てて」
「もちろん」
「絶対勝つ」
由紀子が笑った。
「行ってらっしゃい」
「行ってきます」
再び千鶴へ。
「じゃあ」
「はい」
「球場で」
「応援しています」
「ありがとう」
「肇」
千鶴も、周囲には聞こえないほど小さな声で名前を呼んだ。
「何?」
「頑張って」
肇は目を閉じる。
「うん」
通話終了。
◇◇◇
スマートフォンを膝の上へ置く。
一条監督が横から言った。
「終わった?」
「はい」
「二十分以上話したな」
「監督が二十分話したんでしょう」
「そうだった」
肇が笑う。
一条監督も笑う。
そして少しだけ声を落とした。
「高橋」
「はい」
「東雲先生にいいところ見せたいのは分かる」
肇は少し赤くなる。
「……はい」
「でも」
「はい」
「一人で勝とうとするな」
肇は真っ直ぐ監督を見る。
「分かってます」
「お前には前薗がいる」
「はい」
「和誠がいる」
「はい」
「神谷も藤堂も宮坂も桐生も長谷川も相馬もいる」
「はい」
「黒崎、早川、久我」
「はい」
「控えも全員いる」
「はい」
一条監督は後方を見る。
七十人。
甲子園でグラウンドに立てる人数には限りがある。
しかし。
ここまで来たのは全員だ。
「七十人で勝つぞ」
肇は大きく頷いた。
「はい!」
後ろから前薗。
「何の話ですかー?」
一条監督が振り返る。
「今日勝つって話だ!」
和誠。
「当たり前です!」
宮坂。
「勝ちましょう!」
神谷。
「ベスト4!」
藤堂。
「まず今日!」
桐生。
「一点ずつ!」
長谷川。
「守ります!」
相馬。
「絶対勝つ!」
黒崎。
「いつでも行けます!」
早川。
「俺も!」
久我。
「準備してます!」
松岡。
「任せてください!」
橘。
「全員で!」
西川。
「去年を越えたその先へ!」
安西。
「行きましょう!」
倉田。
「甲子園!」
森川。
「勝つぞ!」
大野。
「おおっ!」
榎本。
「全国制覇!」
車内が一気に騒がしくなる。
一条監督が笑った。
「お前ら朝から元気だな!」
前薗。
「監督が火つけたんでしょう!」
笑い声。
肇も笑っていた。
◇◇◇
バスは高速道路を走る。
そして少しずつ。
見慣れた景色が近づいてくる。
甲子園。
高橋肇は窓の外を見た。
スマートフォンには。
崇道君彦。
橘川玲央。
白峰蓮司。
三人からの応援。
そして二十四人のドラフト候補たち。
その中には。
今日戦う神城颯真もいる。
試合が終われば、またチャットで話すかもしれない。
いつかU18日本代表で同じユニフォームを着るかもしれない。
数か月後。
ドラフト会議で、それぞれ違う球団から名前を呼ばれるかもしれない。
将来。
プロ野球で再び戦うかもしれない。
でも。
それは未来の話。
今は。
高校最後の夏。
一条監督が前を見る。
「見えてきたぞ」
部員たちが窓の外を見る。
甲子園球場。
肇は身体を起こした。
帽子をかぶる。
一条監督を見る。
「監督」
「何だ?」
「行きましょう」
「ああ」
肇はもう一度だけスマートフォンを見る。
千鶴との通話履歴。
その画面を閉じた。
「勝ってくる」
誰にも聞こえない声で呟く。
そして。
バスは甲子園へ。
高橋肇。
神城颯真。
全国の頂点を目指す二人が――。
まもなく、甲子園のグラウンドで真正面から向き合う。
番外編⑺❸終「決戦へ向かう朝――二十四人との約束と、甲子園へ走るバス」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
これにて番外編⑺は完結となります。
❶では、橘川玲央を通じて白峰蓮司が四人のグループへ加入。
玲央と白峰、そして神城颯真が高校二年生の時にU18日本代表でチームメイトだったことが明らかになりました。
❷では、そのつながりがさらに全国へ。
今年の甲子園に出場した選手やU18経験者を中心に、二十四人のドラフト候補による新しいグループチャットが誕生しました。
そして今回の❸。
試合当日の朝から、甲子園へ向かうまでを描きました。
特に肇が二十四人へ送った、
「もし俺がU18日本代表に選ばれたら、その時はよろしくお願いします」
という言葉。
今は別々の高校で戦うライバルたちです。
しかし、U18日本代表に選ばれれば、今度は日の丸を背負う仲間になる可能性があります。
そして、そのグループには次の対戦相手・神城颯真もいます。
「球場で」
そう短く言葉を交わした二人。
チャットでどれだけ仲良く話していても、甲子園のグラウンドへ立てば勝負は別。
その切り替えも、高校野球だからこその関係なのかもしれません。
また今回は、甲子園へ向かうバスの中での一条監督と肇の会話も描きました。
玲央と白峰から神城の特徴を聞いた肇。
しかし一条監督が伝えたのは、
「去年の神城ではなく、今日の神城を見ろ」
ということ。
神城が一年で成長しているように、肇自身も昨年とはまったく違う選手になっています。
そしてもう一つ。
バスの中から千鶴へかけた電話。
肇からスマートフォンを渡され、一条監督と千鶴が約二十分話すという、少し珍しい時間にもなりました。
野球部監督として肇を支える一条昴。
教師として、そして誰にも言えない恋人として肇を支える東雲千鶴。
立場は違っても、二人とも肇のことを大切に思っています。
電話の最後。
周囲には聞こえないように肇が伝えた、
「大好きです」
「愛してる」
という想い。
そして千鶴からも返された言葉。
さらに千鶴の隣にいた由紀子からも、
「頑張って」
「怪我しないでね」
「ちゃんと仲間を頼るのよ」
と母親として送り出されました。
肇は決して一人で甲子園を戦っているわけではありません。
前薗晃大。
鈴木和誠。
神谷悠斗。
藤堂拓海。
宮坂大智。
桐生翔。
黒崎蓮。
早川慶介。
久我直哉。
そして野球部七十人。
マネージャーたち。
吹奏楽部。
チアリーディング部。
家族。
千鶴。
一条監督。
さらに、これまで戦ってきた崇道、玲央、白峰たち。
たくさんの人の想いとともに、肇は再び甲子園へ向かいます。
そして次なる相手は――。
東海大相模高校。
エース・神城颯真。
チャットでは仲間。
グラウンドではライバル。
全国の頂点へ進むために、絶対に越えなければならない相手です。
番外編⑺はここで終了。
物語は再び――甲子園での熱い戦いへ戻ります。




