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第25話「二回戦の奇策――五回まで託したマウンドと、三本塁打の約束」


第25話では、甲子園二回戦。


相手は、ドラフト候補・橘川玲央を擁する智辯和歌山高校。


一回戦では十二対三と大差で勝利した肇たちでしたが、今回の試合はまったく違う展開となりました。


試合前。


肇は一条昴監督へ、ある作戦を提案します。


「最初から投手として出さないでください」


「五回までは黒崎蓮と早川慶介に任せてください」


「俺はその間、四番・一塁手として打撃に集中します」


そしてさらに――。


「本塁打を三本打ちます」


その作戦を知っているのは、


一条昴監督。


前薗晃大。


宮坂大智。


そして肇本人。


他の野球部員たちには秘密のまま。


さらに試合前、肇は東雲千鶴にだけ本当の作戦をメッセージで伝えました。


父親も。


母・由紀子も。


双子の妹・真悠と眞衣も。


誰も知りません。


そして試合開始。


「四番、ファースト、高橋君」


そのアナウンスに甲子園球場は騒然。


160kmを記録したエースがマウンドへ上がらない。


観客からはブーイングまで飛びます。


しかし肇は、その声を自分のバットでひっくり返すことを決めていました。


一方、応援席では真悠が吹奏楽部。


眞衣がチアリーディング部。


父親も二人の近くから応援。


そして由紀子は千鶴の近くで、指揮を執る千鶴と時折言葉を交わしながら息子の試合を見守ります。


甲子園二回戦。


高橋肇対橘川玲央。


そして、肇が仲間へマウンドを託したことで始まる――七十人で戦う、本当の全国大会です。



甲子園二回戦当日の朝。


高橋肇は、いつもより少し早く目を覚ましていた。


宿泊先の部屋。


カーテンの隙間から差し込む朝日を見ながら、しばらくベッドの上で天井を見つめる。


今日の相手は、智辯和歌山高校。


一回戦で逆転二ラン本塁打を放ったドラフト候補・橘川玲央。


高校通算五十本塁打。


身長163センチ。


強肩の三塁手。


去年、肇が高校二年生だった頃からニュースで何度も見てきた選手。


そして今。


同じ甲子園。


同じ試合。


敵として向き合う。


「……面白いな」


肇は小さく呟いた。


しかし。


今日の試合には、まだ誰にも話していない考えがあった。


いや。


正確には――これから一条昴監督へ話すつもりだった。


◇◇◇


朝食後。


球場へ向かう前の短いミーティングが終わる。


部員たちがそれぞれ準備を始めた頃。


肇は一条監督へ声を掛けた。


「監督」


「何だ?」


「少しだけ、いいですか?」


一条は肇の表情を見る。


「野球の話か?」


「はい」


「分かった」


肇は少し周囲を確認した。


「前薗と宮坂も呼んでいいですか?」


「何でその二人?」


「関係あります」


一条監督は少し考え、頷いた。


「分かった」


数分後。


少し離れた場所。


いるのは四人だけ。


一条昴監督。


高橋肇。


捕手・前薗晃大。


一塁手・宮坂大智。


宮坂が少し不安そうに聞く。


「俺、何かした?」


肇が笑う。


「してない」


「じゃあ何?」


前薗も。


「何か企んでる顔だな」


「企んでる」


「やっぱり」


一条監督が腕を組む。


「話せ」


肇は一度深呼吸した。


「今日」


「うん」


「俺を最初から投手として使わないでください」


三人が黙った。


数秒。


前薗が最初に反応する。


「……何?」


宮坂も。


「え?」


一条監督は表情を変えない。


「続けろ」


肇は言う。


「五回まで」


少し間。


「黒崎蓮と早川慶介の二人に投げさせてください」


前薗が驚く。


「五回まで?」


「うん」


「で、お前は?」


「打者に集中する」


「守備は?」


肇は宮坂を見る。


「最初は一塁」


宮坂が自分を指差す。


「俺は?」


「ごめん」


「おい」


肇は苦笑する。


「でも六回から俺がマウンドへ行くなら、その後宮坂に一塁入ってもらう」


宮坂が少し理解する。


「つまり」


「最初から四番・一塁、高橋肇」


「うん」


「五回までは黒崎と早川」


「そう」


「六回くらいからお前が投手」


「そのつもり」


前薗が口を開く。


「何で?」


肇は即答した。


「打つため」


「……」


「今日は最初の五回、打撃だけに集中したい」


一条監督が聞く。


「理由はそれだけか?」


肇は少し笑う。


「相手が俺をどう見てるか、分かってるからです」


一条監督は黙っている。


「一回戦で四本塁打」


「うん」


「160キロ」


「うん」


「相手は当然、俺が最初から投げてくると思ってる」


「そうだろうな」


「だから」


肇は言う。


「最初に崩したい」


前薗が少し笑う。


「心理戦?」


「そんな大げさじゃない」


一条監督が聞く。


「それで?」


肇は少しだけ胸を張る。


「三本打ちます」


「何?」


「ホームラン」


「……」


宮坂が目を丸くする。


「三本?」


「うん」


前薗が呆れる。


「お前、一回戦四本打ったからって簡単に言うなよ」


「簡単じゃない」


「じゃあ何で言える」


肇は真っ直ぐ前を見る。


「打つって決めたから」


一条監督が少し笑った。


「高橋」


「はい」


「ホームランは約束するものじゃない」


「分かってます」


「相手も全国の強豪だ」


「はい」


「橘川一人のチームじゃない」


「はい」


「でも」


肇は言う。


「俺が打てば流れが来る」


前薗と宮坂が黙る。


一条監督も肇を見る。


「それに」


肇は続ける。


「黒崎と早川にも甲子園で投げてもらいたい」


その言葉で空気が少し変わった。


「俺一人で全国制覇するわけじゃない」


「……」


「七十人で勝つって言ったから」


一条監督が静かに聞く。


「本気なんだな?」


「はい」


「黒崎と早川に五回まで任せる」


「はい」


「その間、お前は一塁」


「はい」


「六回以降、状況を見て登板」


「はい」


「宮坂はその時一塁へ」


「はい」


一条監督は少し考える。


そして。


「分かった」


前薗が驚く。


「監督!」


「やる」


肇も少し驚く。


「本当に?」


「ただし」


一条監督が指を立てる。


「予定通りいかない場合は俺が変える」


「はい」


「黒崎や早川が崩れたら早めに出す」


「はい」


「お前が三本打てなくても責めない」


肇が笑う。


「そこは打ちます」


「まだ言うか」


宮坂も笑う。


「じゃあ俺、六回から準備しとく」


「頼む」


前薗が少し考えてから言う。


「俺は最初から捕手?」


「当然」


「黒崎と早川、ちゃんとリードする」


肇が笑う。


「頼む、女房役」


「野球の意味でな」


四人が笑った。


そして一条監督が最後に言う。


「この話」


三人を見る。


「他の部員には言わない」


肇が頷く。


「はい」


「サプライズにする」


前薗が苦笑する。


「絶対球場ざわつきますよ」


宮坂も。


「ブーイング来るかも」


肇は笑った。


「来ればいい」


「え?」


「俺が打ってひっくり返す」


その目は、本気だった。


◇◇◇


球場へ向かう前。


肇はスマートフォンを取り出した。


送り先。


千鶴。


周囲には誰もいない。


短いメッセージ。


『今日、最初は投手じゃなく一塁で出る。黒崎と早川に五回まで任せる。六回くらいから俺が投げる予定。監督と前薗と宮坂しか知らない。千鶴にだけ本当のこと伝えとく。』


少し考える。


もう一文。


『三本打つから見てて。』


送信。


数分後。


返信。


『本当に無茶な約束をしますね。でも、仲間を信じる作戦なら私は応援します。三本より勝つことを一番にしてください。』


肇は笑う。


『分かってる。勝つ。その上で三本。』


千鶴から。


『欲張りですね。』


『四番だから。』


『では、頑張ってきてください。』


そして最後。


『応援しています。』


肇は画面を見つめた。


「よし」


スマートフォンをしまった。


双子の妹たちも知らない。


父親も。


由紀子も。


野球部員たちも。


知っているのは。


一条監督。


前薗。


宮坂。


そして――千鶴だけ。


◇◇◇


甲子園球場。


スタンド。


応援席には、すでに大勢の学校関係者が集まっていた。


真悠。


眞衣。


父親。


母・由紀子。


吹奏楽部三十人。


チアリーディング部。


学校の生徒たち。


そして東雲千鶴。


千鶴は吹奏楽部顧問として前方に立ち、楽譜とグラウンドを交互に確認していた。


そのすぐ近く。


由紀子がやってくる。


「千鶴」


「由紀子先輩」


学校関係者もいるため、二人は声を少し抑える。


「今日もすごい人ね」


「はい」


「肇、大丈夫かな」


「大丈夫だと思います」


千鶴は少しだけ笑う。


もちろん。


今日の作戦を知っている。


だが由紀子には言えない。


由紀子が聞く。


「何か知ってる?」


千鶴が一瞬止まる。


「え?」


「今、何か意味ありそうな顔した」


「してません」


「本当に?」


「はい」


由紀子は少し怪しむ。


しかしそれ以上は聞かない。


そこへ真悠と眞衣。


「お母さん!」


「千鶴……先生!」


真悠が途中で言い直す。


千鶴が小さく目で注意する。


真悠もすぐ頷く。


「今日も兄貴、先発ですよね?」


眞衣が聞く。


由紀子が答える。


「エースなんだから普通はそうでしょう?」


千鶴は何も言わない。


真悠が笑う。


「今日も160出すかな」


眞衣も。


「四本塁打またやったらどうしよう」


由紀子が笑う。


「そんな簡単にできないわよ」


千鶴も。


「そうですよ。まずは一勝です」


しかし心の中では。


――三本打つって言ってたけど。


少しだけ不安。


そして少しだけ楽しみ。


◇◇◇


両校の選手がグラウンドへ。


スターティングメンバー発表。


智辯和歌山高校。


一番・遊撃手 黒川拓実。


二番・二塁手 小松陽介。


三番・三塁手 橘川玲央。


四番・捕手 桐谷大河。


五番・一塁手 南條颯真。


六番・左翼手 藤原海翔。


七番・右翼手 石橋遼。


八番・中堅手 上杉悠生。


九番・投手 桑原拓人。


そして主力としてベンチに控える二人。


投手・東条凌太。


外野手・桑田蒼。


特に注目される五人。


橘川玲央。


桐谷大河。


南條颯真。


桑原拓人。


そして中堅手・上杉悠生。


打撃力。


長打力。


走力。


投手力。


バランスの取れた強豪だった。


そして。


こちらのスターティングメンバー。


一番・遊撃手 神谷悠斗。


二番・二塁手 藤堂拓海。


三番・中堅手 鈴木和誠。


四番――。


場内アナウンス。


「四番、ファースト、高橋君」


一瞬。


甲子園球場が静かになった。


次の瞬間。


「え?」


「ファースト!?」


「高橋投げないの?」


そして。


ざわめき。


さらに。


ブーイング。


「何でエース出さないんだ!」


「160キロ見せろ!」


「投げないのかよ!」


観客席のあちこちから声が飛ぶ。


真悠が目を丸くする。


「えっ!?」


眞衣も。


「兄貴、ファースト!?」


父親も驚く。


「聞いてないぞ」


由紀子も千鶴を見る。


「千鶴?」


千鶴は一瞬だけ困った。


「……」


由紀子が気づく。


「知ってた?」


千鶴は小さく。


「少しだけ」


「やっぱり!」


真悠と眞衣が振り返る。


「先生知ってたんですか!?」


千鶴は小声で。


「高橋君本人から事前に連絡がありました」


由紀子が驚く。


「私にはないのに?」


千鶴は少し申し訳なさそうに。


「秘密にしてほしいと」


由紀子は少し笑う。


「本当に肇らしい」


◇◇◇


マウンド。


黒崎蓮。


スタンドのブーイング。


黒崎は少し緊張した表情。


前薗がマウンドへ。


「蓮」


「はい」


「聞くな」


「でも」


「スタンドの声は無視」


「はい」


「お前が投げるんだ」


「はい」


一塁。


肇も黒崎を見る。


そして声を掛ける。


「蓮!」


黒崎が見る。


「頼む!」


「はい!」


肇は拳を握る。


「俺が打つから!」


黒崎も笑う。


「お願いします!」


一条監督はベンチから見ている。


この作戦。


観客には理解されなくてもいい。


勝てばいい。


◇◇◇


一回表。


こちらの攻撃。


神谷が出塁。


藤堂が送り。


和誠が四球。


一死一、二塁。


そして。


「四番、ファースト、高橋君」


ブーイングが少し歓声へ変わる。


「打てよ!」


「投げないなら打て!」


「四本打ったんだろ!」


肇は打席へ向かう。


一回戦。


四本塁打。


高校通算六十四本。


今日。


自分で宣言した。


三本。


相手投手・桑原拓人。


一球目。


外角。


ボール。


二球目。


内角。


ファウル。


三球目。


低め変化球。


見送る。


二ボール一ストライク。


四球目。


ストレート。


肇が振り抜く。


カキィィィィン――!


打球は左中間へ。


「行った!」


中堅手・上杉が走る。


しかし。


フェンスを越える。


「入ったぁぁぁぁ!」


スリーランホームラン。


甲子園が一気に沸く。


肇はゆっくりダイヤモンドを回る。


高校通算――六十五号。


ベンチへ戻る。


前薗が叫ぶ。


「一本!」


肇が笑う。


「あと二本」


宮坂も。


「本当にやるつもりかよ!」


「当たり前!」


そして。


ブーイングは消えていた。


◇◇◇


しかし。


智辯和歌山高校も強かった。


一回裏。


黒崎が先頭打者を抑える。


二番。


安打。


一死一塁。


そして。


三番・橘川玲央。


甲子園が沸く。


肇が一塁から見る。


去年から知っていた選手。


橘川も肇を見る。


一瞬だけ視線が合う。


橘川が少し笑う。


肇も笑う。


黒崎が投げる。


一球目。


ストレート。


ファウル。


二球目。


変化球。


ボール。


三球目。


内角。


橘川が振る。


カァァン!


強烈な打球。


三塁線。


抜ける。


長打。


一塁走者が三塁へ。


橘川は二塁。


一死二、三塁。


「やっぱり打つな……」


肇が小さく呟く。


四番・桐谷大河。


犠牲フライ。


一点。


三対一。


さらに五番・南條颯真。


タイムリー。


三対二。


一点差。


黒崎が苦しくなる。


前薗がマウンドへ。


「大丈夫」


「はい」


「高橋が三点取ってくれた」


「はい」


「まだ一点勝ってる」


「はい!」


後続を抑える。


三対二。


◇◇◇


二回。


両校無得点。


三回。


こちらの攻撃。


神谷がヒット。


和誠も続く。


二死一、二塁。


再び肇。


桑原は警戒している。


一球目。


ボール。


二球目。


ボール。


三球目。


ストライク。


四球目。


外角。


ファウル。


五球目。


甘く入った。


肇の目が変わる。


カキィィィン!


今度は右翼方向。


大きい。


右翼手・石橋が下がる。


そのまま。


スタンドへ。


「二本目ぇぇぇぇ!」


三ラン。


高校通算六十六号。


六対二。


肇はホームへ戻る。


前薗がベンチで笑う。


「あと一本!」


肇も指を一本立てる。


「分かってる」


◇◇◇


三回裏。


智辯和歌山の反撃。


橘川が四球。


四番・桐谷が二塁打。


五番・南條がタイムリー。


六対四。


さらに藤原海翔の犠牲フライ。


六対五。


また一点差。


黒崎が苦しくなる。


一条監督が動く。


「早川!」


「はい!」


黒崎から早川慶介へ。


予定より少し早い交代。


肇が一塁から声を掛ける。


「蓮!」


黒崎が見る。


「ありがとう!」


黒崎は少し悔しそうだが。


「お願いします!」


早川がマウンドへ。


後続を抑える。


六対五。


◇◇◇


四回。


こちらが一点追加。


七対五。


四回裏。


智辯和歌山も一点。


七対六。


試合は完全な打撃戦。


五回表。


肇の第三打席。


球場中がざわつく。


「三本目あるぞ」


「また打つのか?」


智辯和歌山は投手交代。


桑原拓人から東条凌太。


肇は打席。


一球目。


外角。


ボール。


二球目。


スライダー。


空振り。


三球目。


内角。


ファウル。


一ボール二ストライク。


東条が投げる。


低め。


肇が見送る。


二ボール二ストライク。


五球目。


高めストレート。


肇が振る。


カキィィィィン!


打った瞬間。


全員が立ち上がる。


左中間。


中堅手・上杉。


左翼手・藤原。


二人が追う。


しかし。


届かない。


スタンド。


三本目。


「入ったぁぁぁぁ!」


肇は一瞬だけ打席付近で打球を見送った。


そして走り出す。


高校通算――六十七号。


今日。


三本塁打。


約束達成。


ベンチ。


前薗が大笑い。


「本当に三本打った!」


宮坂も。


「嘘だろ!」


一条監督も苦笑する。


「言った通りにするな……」


スタンド。


真悠と眞衣が抱き合う。


「三本!」


「兄貴三本!」


父親も笑う。


由紀子は千鶴を見る。


「知ってた?」


千鶴が少し笑う。


「三本打つとは聞いていました」


「それまで秘密!?」


「本人から……」


由紀子は呆れながら笑う。


「本当にもう」


千鶴は指揮をしながらも、グラウンドの肇を見る。


――本当に打った。


――でも、勝つことが一番だからね。


◇◇◇


五回裏。


早川が粘る。


しかし智辯和歌山打線も止まらない。


橘川が安打。


桐谷もヒット。


一死一、二塁。


南條がタイムリー。


八対七。


さらに藤原が犠牲フライ。


八対八。


同点。


甲子園が沸騰する。


早川は後続を抑えた。


五回終了。


八対八。


一条監督が肇を見る。


「高橋」


「はい」


「行くぞ」


肇はグラブを持つ。


宮坂が準備する。


「一塁頼む」


「任せろ」


前薗もキャッチャーミットを叩く。


「やっと投げるか」


「待たせた」


「肩大丈夫?」


「完璧」


一条監督が最後に言う。


「球速いらない」


「はい」


「アウトだけ取れ」


「はい!」


◇◇◇


六回裏。


場内アナウンス。


「ピッチャー、高橋君」


甲子園が再び大きく沸く。


今度はブーイングではない。


大歓声。


一回表。


投手ではなく一塁手で出場した時とは真逆。


肇がマウンドへ。


宮坂は一塁。


前薗がホームへ。


「行くぞ」


「おう」


最初の打者。


初球。


153km。


ストライク。


二球目。


スライダー。


空振り。


三球目。


カーブ。


見逃し三振。


次打者。


シュートで内野ゴロ。


二死。


そして。


橘川玲央。


三度目の対峙。


橘川が打席へ。


「やっと投げるんだ」


肇が笑う。


「待たせた?」


「かなり」


「じゃあ行くよ」


前薗がミットを構える。


初球。


156km。


橘川が振る。


ファウル。


二球目。


シュート。


見逃す。


ストライク。


追い込む。


三球目。


スライダー。


橘川が何とか当てる。


ファウル。


四球目。


カーブ。


ボール。


五球目。


155km。


橘川が振る。


カァァン!


強烈な打球。


右中間。


長打。


橘川は二塁へ。


観客が沸く。


肇は悔しそうに笑う。


「やるな」


橘川も二塁上から笑う。


しかし後続。


桐谷大河をスライダーで三振。


無失点。


八対八のまま。


◇◇◇


七回表。


神谷が四球。


藤堂が送りバント。


和誠がタイムリー。


九対八。


勝ち越し。


肇はこの打席では四球。


前薗が続き、さらに一点。


十対八。


しかし七回裏。


智辯和歌山も二点。


十対十。


また同点。


「強いな……」


肇がベンチへ戻りながら呟く。


前薗も。


「簡単に離れない」


「甲子園だからな」


◇◇◇


八回表。


相馬健吾が二塁打。


神谷悠斗がタイムリー。


十一対十。


さらに藤堂が犠打。


和誠が犠牲フライ。


十二対十。


二点差。


八回裏。


肇がマウンド。


先頭。


安打。


次打者。


送りバント。


一死二塁。


そして橘川。


球場が再び沸く。


肇と橘川。


今日何度目かの視線。


前薗がサイン。


初球。


スライダー。


ボール。


二球目。


154km。


ファウル。


三球目。


シュート。


橘川が打つ。


三遊間。


抜ける。


一死一、三塁。


「また打たれた」


肇が苦笑。


桐谷。


犠牲フライ。


十二対十一。


一点差。


南條。


四球。


二死一、二塁。


藤原。


センター前。


二塁走者が生還。


十二対十二。


また同点。


甲子園は完全に熱狂していた。


肇もさすがに息を吐く。


前薗がマウンドへ。


「肇」


「強い」


「うん」


「でも」


前薗が笑う。


「こっちも強い」


肇も笑う。


「そうだな」


後続をスライダーで三振。


八回終了。


十二対十二。


◇◇◇


九回表。


先頭・和誠。


四球。


肇。


この日、三本塁打。


智辯和歌山ベンチが動く。


敬遠。


無死一、二塁。


前薗。


送りバント。


一死二、三塁。


宮坂大智。


ここまで途中出場。


打席へ。


肇が二塁から叫ぶ。


「大智!」


宮坂が見る。


「頼む!」


宮坂は笑う。


「任せろ!」


初球。


ファウル。


二球目。


ボール。


三球目。


内角。


宮坂が振り抜く。


カァァン!


センター前。


和誠が生還。


十三対十二。


肇も三塁へ。


一死一、三塁。


桐生翔。


犠牲フライ。


肇がホームへ。


十四対十二。


二点差。


◇◇◇


九回裏。


最後。


智辯和歌山高校。


上杉悠生。


内野安打。


無死一塁。


石橋遼。


送りバント。


一死二塁。


代打・桑田蒼。


タイムリーツーベース。


十四対十三。


一点差。


甲子園が揺れる。


肇は息を吐く。


一死二塁。


次。


黒川拓実。


ショートゴロ。


二死三塁。


あと一人。


二番・小松陽介。


そしてネクストには。


三番・橘川玲央。


肇は一度ネクストバッターズサークルを見る。


橘川がバットを振っている。


「絶対回したくない」


前薗がマウンドへ。


「同じこと考えてた」


「ここで終わらせる」


「うん」


小松。


初球。


ストレート。


ファウル。


二球目。


カーブ。


ボール。


三球目。


シュート。


ファウル。


追い込む。


二ストライク。


四球目。


外角スライダー。


小松が当てる。


ファウル。


五球目。


前薗がサインを出す。


肇が頷く。


ストレート。


力ではなくコース。


外角低め。


ズバン!


小松のバットが空を切る。


「ストライク! バッターアウト!」


ゲームセット。


十四対十三。


一点差。


勝利。


◇◇◇


肇はマウンドの上で一瞬動かなかった。


勝った。


本当にギリギリ。


一回戦の十二対三とは全く違う。


一点差。


十四対十三。


前薗が駆け寄る。


「肇!」


「勝った……」


「勝ったぞ!」


宮坂も。


和誠も。


神谷も。


藤堂も。


全員が集まる。


「危なかった!」


「本当に!」


肇が笑う。


「三本打ってもギリギリじゃん」


和誠が言う。


「だから一人で勝てないって話だろ」


「本当だな」


宮坂が肇の肩を叩く。


「最後俺が打ったぞ」


「ありがとう!」


「ちゃんと覚えとけ」


「忘れない」


◇◇◇


整列。


「ありがとうございました!」


両校が頭を下げる。


そして試合後。


橘川玲央が肇へ歩いてくる。


「高橋」


「橘川」


握手。


「三本はやりすぎ」


「そっちも打ちすぎ」


「俺、ホームランなかったけど」


「何本ヒット打った?」


「まあまあ」


二人が笑う。


橘川が言う。


「崇道から聞いてた」


肇が少し驚く。


「やっぱり?」


「『高橋は面白い』って」


「何だそれ」


「160投げて四本打つ奴だから」


「今日は三本」


「十分おかしい」


二人が笑う。


そして。


橘川が手に力を込める。


「優勝しろよ」


肇も握り返す。


「する」


「言い切るんだ」


「約束してるから」


「誰と?」


肇が少しだけスタンドを見る。


そこには千鶴。


でも答えない。


「秘密」


橘川が笑う。


「またそれか」


「崇道にも同じこと聞かれた」


「今度三人で話そうぜ」


「プロで?」


「もちろん」


二人は最後にしっかり握手した。


◇◇◇


スタンド。


真悠と眞衣は疲れ切っていた。


「もう無理……」


「心臓持たない……」


父親も大きく息を吐く。


「一回戦と全然違ったな」


由紀子が頷く。


「一点差……」


千鶴も指揮棒を下ろし、ようやく息をついた。


「勝った……」


由紀子が千鶴を見る。


「千鶴」


「はい?」


「最初から知ってたんでしょ?」


「少しだけ」


「肇が投げないこと」


「はい」


「三本打つってことも?」


「はい」


由紀子が呆れながら笑う。


「本当にあの子は」


千鶴も少し笑った。


「でも」


「何?」


「三本打ったことより」


グラウンドを見る。


「仲間を信じて五回まで任せたことの方が、私は嬉しいです」


由紀子も肇を見る。


「成長したのね」


「はい」


そして千鶴は心の中で。


――お疲れさま、肇。


――本当に頑張ったね。


◇◇◇


試合後。


ロッカールーム。


一条監督が全員を見る。


「十四対十三」


「はい!」


「勝った」


「はい!」


「だが」


空気が引き締まる。


「危なかった」


「はい」


「三本塁打打った高橋」


「はい」


「最後の決勝点を打った宮坂」


「はい」


「五回まで投げた黒崎と早川」


「はい!」


「全員必要だった」


「はい!」


一条監督は言う。


「今日ほど分かっただろ」


「はい」


「全国制覇は、一人ではできない」


肇が大きく頷く。


「はい」


「高橋」


「はい」


「三本約束?」


「達成しました」


「次から勝手に約束するな」


部員たちが笑う。


肇も。


「はい」


「でも」


一条監督も少し笑う。


「よく打った」


「ありがとうございます」


「黒崎」


「はい!」


「早川」


「はい!」


「よく投げた」


「ありがとうございます!」


「宮坂」


「はい!」


「最後よく打った」


「はい!」


そして。


「全員」


一条監督は七十人を見る。


「二回戦突破だ!」


「おおおおおおっ!」


大歓声。


高橋肇。


甲子園二回戦。


投手として最初から出場しないという奇策。


黒崎蓮。


早川慶介。


二人へ五回までを託す。


自分は四番・一塁手として打撃へ集中。


そして――三本塁打。


高校通算六十七本。


六回からマウンドへ。


だが相手も最後まで食らいついた。


智辯和歌山高校。


橘川玲央を中心とする強力打線。


十四対十三。


一点差。


ギリギリの勝利。


一回戦のような圧勝ではない。


それでも。


勝ちは勝ち。


全国制覇へ向けて――。


高橋肇たちは、二つ目の勝利を掴んだのだった。



第25話「二回戦の奇策――五回まで託したマウンドと、三本塁打の約束」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回は甲子園二回戦。


結果は――十四対十三。


わずか一点差。


最後の最後までどちらが勝つか分からない、大激戦となりました。


まず今回の最大の特徴となったのが、肇が自ら一条監督へ提案した作戦です。


一回戦。


四本塁打。


高校通算六十四本塁打。


さらに三度の160km。


全国から見れば当然、


「二回戦も高橋肇が先発」


と思われていました。


しかし肇が選んだのは、その逆。


最初は四番・一塁手。


五回までのマウンドを黒崎蓮と早川慶介へ託し、自分は打撃へ集中する。


以前の肇なら、


「自分が最初から投げる」


と考えていたかもしれません。


しかし今は違います。


「七十人で全国制覇する」


そう言った以上、仲間を信じる。


その言葉を実際の甲子園で証明する作戦となりました。


もちろん、観客は事情を知りません。


スターティングメンバー発表で、


「四番、ファースト、高橋君」


とアナウンスされた瞬間。


球場には大きなどよめき。


さらに、


「どうしてエースを投げさせないんだ」


「160kmを見せてくれ」


というブーイングまで。


しかし肇自身は、それを気にしません。


なぜなら試合前、一条監督たちへ宣言していたからです。


「俺が打ってひっくり返す」


そして――本当に打ちました。


第一打席。


スリーラン本塁打。


高校通算六十五号。


第二打席。


再びスリーラン。


高校通算六十六号。


そして第三打席。


三本目。


高校通算六十七号。


試合前に宣言した、


「本塁打三本」


を、本当に甲子園二回戦で達成。


一回戦の四本塁打に続き、二回戦でも三本。


しかし今回重要なのは、三本塁打を打っても楽には勝てなかったことです。


智辯和歌山高校は強かった。


三塁手・橘川玲央。


捕手・桐谷大河。


一塁手・南條颯真。


投手・桑原拓人。


中堅手・上杉悠生。


中心となる五人をはじめ、打線全体が最後まで食らいついてきました。


黒崎蓮。


早川慶介。


二人も必死に投げました。


それでも五回終了時点で――八対八。


そして六回。


ついに肇がマウンドへ。


一回表に肇が投手ではないと知った時にはブーイングだった甲子園球場が、今度は大歓声で迎えます。


しかし肇が投げれば簡単に終わる――。


そんな試合でもありませんでした。


特に橘川玲央。


高校通算五十本塁打。


身長163cm。


肇が高校二年生の頃からニュースで何度も見ていたドラフト候補。


そんな橘川は、肇の速球や変化球にも食らいつき、何度も安打を放ちました。


七回終了。


十対十。


八回終了。


十二対十二。


三本塁打を放った肇。


それでも同点。


ここで改めて、


「一人だけでは甲子園では勝てない」


という事実が突きつけられます。


そして九回。


試合を決めたのは――肇ではありません。


鈴木和誠が四球で出塁。


肇は警戒されて歩かされ。


前薗晃大が送りバント。


そこで打席へ入ったのは、途中から一塁へ入った宮坂大智。


宮坂がセンター前へ勝ち越しタイムリー。


さらに桐生翔の犠牲フライ。


十四対十二。


そして九回裏。


智辯和歌山も一点を返し――十四対十三。


二死三塁。


次の打者を出せば、その次には橘川玲央。


肇と前薗は、


「絶対に橘川まで回さない」


と決意。


最後は外角低めのストレート。


空振り三振。


ゲームセット。


十四対十三。


本当に、あと一人。


あと一本。


わずかな違いで勝敗が逆転していた試合でした。


そして試合後。


肇と橘川が初めてしっかりと向き合います。


そこで分かったのが、橘川と崇道君彦とのつながり。


地区大会決勝で肇と戦い、


「プロで会おう」


と約束した崇道。


その崇道から、橘川も肇の話を聞いていました。


そして橘川からも、


「優勝しろよ」


という言葉。


肇は今回も、


「する」


と言い切りました。


なぜなら――。


甲子園優勝は、千鶴との約束でもあるからです。


もちろん、その理由を橘川へ話すことはありません。


「誰と約束したの?」


と聞かれても、


「秘密」


のまま。


そして応援席。


今回の作戦を知らなかった真悠、眞衣、父親、由紀子。


唯一、肇から事前に知らされていたのが千鶴でした。


「最初は一塁」


「五回まで黒崎と早川」


「六回から自分が投げる」


「そして三本打つ」


すべて知っていた千鶴。


だからこそ、由紀子から、


「知ってた?」


と聞かれた時には少し困ってしまいました。


しかし試合後。


千鶴が一番嬉しかったのは、三本塁打ではありません。


「仲間を信じて五回まで任せたこと」


それこそが、以前の肇から大きく成長した部分です。


そして一条監督も試合後に改めて確認しました。


三本塁打を打った肇。


途中から一塁へ入って決勝打を放った宮坂大智。


五回までマウンドを守った黒崎蓮と早川慶介。


最後までリードした前薗晃大。


主将としてチームを支えた鈴木和誠。


誰か一人が欠けても、十四対十三という勝利には届かなかったでしょう。


甲子園一回戦――十二対三。


甲子園二回戦――十四対十三。


まったく違う二つの勝ち方。


そして肇の高校通算本塁打は――六十七本。


全国制覇まで、また一歩。


高橋肇たちは、激戦の甲子園二回戦を突破しました。


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