第22話「甲子園初戦――神奈川の強豪・横浜高校と、160キロの衝撃」
第22話では、ついに高橋肇たちの甲子園初戦が始まります。
初戦の相手は――神奈川県代表・横浜高校。
全国でも名の知られた強豪校であり、しかもチームには三人のドラフト候補が在籍しています。
最速148kmのストレートと大きく曲がるスライダーを武器にする投手・真田悠生。
身長158cmと小柄ながら、高校通算45本塁打を誇る強打の捕手・小田切海斗。
そして身長167cm、俊足と広い守備範囲を武器とする中堅手・早瀬蒼空。
甲子園初戦から、簡単には突破できない強敵です。
しかし――。
高橋肇も負けてはいません。
高校通算六十本塁打で甲子園へ乗り込んだ四番打者。
そしてチームのエース。
その肇が甲子園初打席から本塁打。
さらに二本目、三本目、そして――四本目。
一試合四本塁打という驚異的な打撃を見せます。
そして投手としても、これまで誰も予想していなかった球速を記録。
一回裏。
相手の二番打者へ投じた初球。
スコアボードに表示された数字は――
『160km/h』
真悠。
眞衣。
両親。
千鶴。
一条監督。
横浜高校の選手たち。
そして甲子園を埋める観客。
すべての人が驚く一球となります。
高校最後の甲子園。
その初戦から、高橋肇が全国へ強烈な印象を残します。
甲子園で迎える最初の試合。
組み合わせが決まった時、野球部七十人の間には一瞬、何とも言えない空気が流れた。
初戦の相手は――神奈川県代表・横浜高校。
全国でも名の知られた強豪校だった。
「……初戦から横浜高校か」
宿泊先のミーティングルーム。
主将・鈴木和誠が対戦表を見ながら呟いた。
前薗晃大も腕を組む。
「簡単な相手じゃないな」
「甲子園なんだから、簡単な相手なんて最初からいないだろ」
そう答えたのは高橋肇だった。
「それはそうだけどさ」
一条昴監督が前へ立つ。
「高橋の言う通りだ」
ホワイトボードには、横浜高校の予想スターティングメンバーが書かれていた。
一番・遊撃手 神谷颯太
二番・二塁手 藤崎晴也
三番・捕手 小田切海斗
四番・一塁手 片瀬龍之介
五番・左翼手 朝倉健吾
六番・三塁手 久保田蓮司
七番・右翼手 倉橋拓海
八番・中堅手 早瀬蒼空
九番・投手 真田悠生
そして控えから出場する可能性が高い三人。
投手 白石翔吾。
内野手 有馬琉生。
外野手 瀬戸陽向。
その中でも、一条監督が赤いペンで丸をつけた選手が三人いた。
真田悠生。
小田切海斗。
早瀬蒼空。
「ドラフト候補が三人いる」
部員たちの表情が引き締まる。
最初は投手――真田悠生。
右投げ。
最速148キロのストレート。
そして最大の武器は、打者の手元で大きく曲がるスライダー。
一条監督が映像を流す。
「真田はストレートだけを待っていると、このスライダーで崩される」
画面の中。
右打者の外角へ向かった球が鋭く逃げる。
空振り。
「曲がるな……」
肇が呟いた。
前薗も頷く。
「結構大きい」
「しかも同じ腕の振りから来る」
一条監督が続ける。
「二人目」
小田切海斗。
身長158センチ。
高校球児としてはかなり小柄な捕手だった。
しかし――。
高校通算45本塁打。
「45……」
誰かが呟く。
肇の高校通算六十本塁打に迫る数字。
小柄な身体からは想像できないほどのスイングスピード。
しかも引っ張るだけではない。
右方向にも長打を打てる。
「高橋」
「はい」
「お前と同じで、一球の失投をスタンドへ持っていける打者だ」
「分かりました」
「身体の大きさで判断するな」
「しません」
そして三人目。
中堅手・早瀬蒼空。
身長167センチ。
脚が長く、俊足。
守備範囲が非常に広い。
「普通ならセンター前になる打球も取られると思え」
「はい」
「長打になりそうな右中間、左中間も追いついてくる」
肇は映像を見る。
確かに速い。
打球が飛んだ瞬間の一歩目が早い。
「面白い」
肇が小さく言った。
前薗が見る。
「何が?」
「強いじゃん」
「そりゃ横浜高校だからな」
肇は笑った。
「だったら倒し甲斐あるだろ」
一条監督が言う。
「そのくらいでいい」
そして全員を見る。
「相手にドラフト候補が三人いようが関係ない」
「はい!」
「俺たちにも高橋がいる」
一斉に肇を見る。
「俺だけですか?」
笑いが起こる。
「もちろん七十人全員で戦う」
一条監督は笑ったあと、真剣な顔へ戻った。
「甲子園初戦」
「はい!」
「取りに行くぞ」
「はい!」
◇◇◇
試合当日。
甲子園球場。
スタンドは朝から大勢の観客で埋まっていた。
そして――。
「来た!」
真悠が声を上げる。
「お兄ちゃん!」
その隣には眞衣。
「兄貴ー!」
さらに父親。
母・由紀子。
そして吹奏楽部顧問としてスタンドにいる東雲千鶴。
吹奏楽部三十人。
チアリーディング部。
学校関係者。
同級生。
大勢が応援へ駆けつけていた。
千鶴はグラウンドへ姿を現した肇を見つめる。
学校では教師と生徒。
ここでもそれは変わらない。
だが心の中では。
――肇。
――頑張って。
前夜に交わした言葉を思い出す。
そして肇も、スタンドを一瞬だけ見た。
真悠。
眞衣。
父。
母。
そして――千鶴。
見つけた。
ほんの一瞬だけ視線が重なる。
それで十分だった。
「肇!」
前薗が呼ぶ。
「行くぞ!」
「ああ!」
◇◇◇
試合開始前。
両校のスターティングメンバーが発表される。
そして横浜高校。
「三番、キャッチャー、小田切君」
大きな歓声。
身長158センチ。
高校通算45本塁打。
ドラフト候補。
「八番、センター、早瀬君」
再び歓声。
俊足と広大な守備範囲を持つ中堅手。
「九番、ピッチャー、真田君」
最速148キロ。
大きく曲がるスライダーを武器とする右腕。
甲子園初戦から、ドラフト候補三人を擁する強豪。
しかし。
こちらの四番が呼ばれる。
「四番、ピッチャー、高橋君」
甲子園が大きく沸いた。
高校通算六十本塁打。
地区大会準決勝では二本塁打。
決勝ではサヨナラヒット。
投手としても注目されるドラフト候補。
「お願いします!」
両チームが整列。
「お願いします!」
甲子園初戦が始まった。
◇◇◇
一回表。
肇たちの攻撃。
横浜高校のマウンドには真田悠生。
「プレイ!」
一番打者への初球。
ズバン!
「ストライク!」
前薗がベンチから呟く。
「速い」
表示は147キロ。
二球目。
ストレート。
三球目。
スライダー。
「ストライク! バッターアウト!」
大きく曲がった。
「やっぱりあれか」
肇はベンチから真田を見る。
二番打者も苦戦。
三番打者が安打を放ったものの二死一塁。
そして。
「四番、ピッチャー、高橋君」
大歓声。
肇が打席へ。
真田と視線が合う。
捕手・小田切がサインを出す。
一球目。
148キロ。
肇は見送った。
「ボール!」
わずかに外。
二球目。
スライダー。
「……!」
肇のバットが止まる。
大きく逃げた。
「ボール!」
小田切が一瞬、肇を見る。
――見切った?
三球目。
ストレート。
肇が踏み込んだ。
カキィィィィン――!
打った瞬間。
甲子園の観客が一斉に立ち上がる。
左中間。
中堅手・早瀬が全力で走る。
速い。
「追いつくか!?」
しかし。
その頭上を越えた。
さらに。
フェンスも越えた。
「入ったぁぁぁぁ!」
甲子園初打席。
高橋肇。
高校通算――六十一本目。
ツーランホームラン。
肇は静かにダイヤモンドを回る。
「よっしゃぁぁ!」
ベンチが沸く。
真悠が立ち上がる。
「お兄ちゃん!」
眞衣も。
「兄貴ー!」
千鶴も思わず拍手。
「高橋君……!」
教師としてそう呼びながら。
その表情には抑えきれない喜びがあった。
二対〇。
しかし――。
本当の衝撃は、その裏に待っていた。
◇◇◇
一回裏。
肇がマウンドへ。
前薗がホームベース後方へ。
「肇」
「何?」
「最初から飛ばす?」
「普通に行く」
「お前の普通が怖いんだよ」
「何だそれ」
一番・神谷颯太。
初球。
ストレート。
ズバン!
154キロ。
「ストライク!」
観客がどよめく。
二球目。
カーブ。
三球目。
155キロ。
ファウル。
最後は大きく曲がるスライダー。
空振り三振。
「よし!」
そして。
二番・藤崎晴也。
打席へ。
肇はロージンを触る。
前薗がサインを出す。
肇が頷いた。
振りかぶる。
初球。
右腕が振り抜かれた。
ズバァァァン!!
藤崎のバットが遅れる。
完全な空振り。
その直後。
球場の大型表示。
『160 km/h』
一瞬。
静まり返った。
そして――。
「うおおおおおおおっ!!」
甲子園全体が揺れた。
「えっ!?」
真悠が表示を見る。
「160!?」
眞衣も立ち上がる。
「兄貴、160出したの!?」
母・由紀子も目を見開く。
父親も思わず身を乗り出す。
「……肇」
そして千鶴。
「160……?」
口元を押さえる。
地区大会でも速かった。
だが。
160キロ台。
それは千鶴も聞いていない。
横浜高校ベンチ。
真田が立ち上がる。
「160……?」
捕手・小田切もネクストバッターズサークルで目を見開く。
中堅手・早瀬も。
「高校生だよな……?」
前薗自身も驚いていた。
ミットを確認する。
「肇!」
マウンドの肇が見る。
「何?」
「160!」
「え?」
本人が一番驚いた。
スコアボードを見る。
160。
「……マジ?」
甲子園が再び沸く。
一条監督も腕を組んだまま表示を見つめていた。
「高橋……」
思わず笑う。
「ここで出すか」
◇◇◇
だが肇は浮かれなかった。
二球目。
158キロ。
ファウル。
三球目。
大きなスライダー。
空振り。
「ストライク! バッターアウト!」
二者連続三振。
そして三番。
ドラフト候補・小田切海斗。
158センチ。
高校通算45本塁打。
小柄だが、打席に立った瞬間に雰囲気が変わる。
肇がじっと見る。
小田切も肇を見る。
「すごい球投げるね」
小田切が笑う。
肇も。
「45本打ってるんですよね?」
「そっちは六十一になったでしょ」
「今さっき」
「だったら一本くらい打たせてよ」
「嫌です」
前薗が後ろで苦笑する。
「試合中に会話するな」
初球。
159キロ。
小田切が振る。
カァン!
ファウル。
「当てた!」
観客が沸く。
二球目。
シュート。
詰まらせる。
しかしファウル。
三球目。
カーブ。
小田切は見逃す。
「ボール!」
四球目。
肇が投げたのはスライダー。
大きく外へ曲がる。
小田切のバットが空を切った。
「ストライク! バッターアウト!」
三者連続三振。
一回裏終了。
肇は静かにベンチへ戻る。
その背中へ、甲子園から大きな拍手が送られた。
◇◇◇
三回裏。
再び甲子園が揺れた。
二死走者なし。
肇のストレート。
表示。
『160 km/h』
「また出た!」
真悠が叫ぶ。
眞衣も驚いたまま。
「一回だけじゃないんだ……」
千鶴もスコアボードを見る。
「肇……」
思わず名前を口にしかけ、すぐに周囲を見る。
幸い歓声に消えていた。
「高橋君……すごいですね」
近くの教師が言う。
千鶴は教師の顔へ戻る。
「はい。本当に」
しかし胸の奥では。
――無茶しないでね。
その心配もあった。
◇◇◇
攻撃では肇のバットが止まらない。
三回表。
二度目の打席。
真田のスライダー。
一球目は見逃し。
二球目。
内角ストレート。
肇が振り抜く。
カキィィン!
右翼方向。
大きい。
右翼手・倉橋が下がる。
フェンス。
そのまま――。
「入った!」
二打席連続。
ソロホームラン。
高校通算六十二号。
「嘘だろ……」
真田がマウンドで呟く。
小田切がマスク越しに肇を見る。
「二本目……」
早瀬も中堅から打球の行方を見ていた。
「守備範囲とか関係ないじゃん……」
三対〇。
さらに後続が連打。
四対〇。
五対〇。
横浜高校も黙ってはいない。
四回裏。
四番・片瀬龍之介が二塁打。
五番・朝倉健吾が適時打。
一点を返す。
さらに六番・久保田蓮司も安打。
一死一、二塁。
一条監督がベンチから肇を見る。
「高橋!」
肇が頷く。
ここでギアを上げる。
シュート。
内野ゴロ。
二死。
そして次打者。
スライダー。
空振り三振。
最少失点で切り抜けた。
五対一。
◇◇◇
五回。
この日三度目。
肇のストレートが160キロを記録した。
『160 km/h』
一回。
三回。
五回。
偶然ではない。
甲子園の観客も、そのたびに大きなどよめきを上げる。
横浜高校のドラフト候補三人も完全に理解した。
高橋肇。
打者としてだけではない。
投手としても、とてつもない存在。
真田がベンチで呟く。
「六十本打って160投げるって……」
小田切が答える。
「反則だよね」
早瀬も苦笑する。
「しかもスライダーもある」
「カーブも」
「シュートも」
三人が同時にグラウンドを見る。
「……すごいな」
敵ながら、それだけは認めるしかなかった。
◇◇◇
六回表。
肇の第三打席。
ここまで二本塁打。
横浜高校は投手交代。
真田悠生から白石翔吾。
「ピッチャー、白石君」
真田はベンチへ戻る。
肇と一瞬だけ視線が合った。
真田が帽子のつばへ触れる。
肇も軽く応えた。
白石は左腕。
一球目。
外角。
ボール。
二球目。
変化球。
ストライク。
三球目。
内角。
肇は振らない。
そして四球目。
高めへ浮いた。
「そこ!」
カキィィィィン!
打球はセンターバックスクリーン方向。
早瀬が数歩追う。
しかしすぐに止まった。
「無理だ……」
バックスクリーンへ。
三本目。
甲子園が揺れた。
高校通算六十三号。
「三本!?」
真悠が頭を抱える。
眞衣も笑うしかない。
「兄貴、何してるの!?」
父親は腕を組みながら笑った。
由紀子は拍手。
千鶴も目を丸くしている。
「三本……」
だが。
まだ終わらなかった。
◇◇◇
七回。
横浜高校は代打・有馬琉生を投入。
さらに守備では外野手・瀬戸陽向も起用。
強豪校らしく最後まで諦めない。
七回裏。
小田切がついに肇のカーブを捉えた。
カァァン!
左中間。
「走れ!」
小田切が一塁を蹴る。
二塁へ。
ツーベース。
横浜高校応援席が沸く。
小田切は二塁上で肇を見る。
「やっと打てた!」
肇も笑う。
「ホームランじゃないですよ」
「次打つ!」
「次は抑えます」
その後、早瀬も俊足を生かした内野安打。
横浜高校はさらに一点を返す。
だが肇は崩れない。
スライダー。
カーブ。
シュート。
そして150キロ台後半のストレート。
追加点を許さなかった。
◇◇◇
八回表。
スコアはすでに九対二。
それでも攻撃は止まらない。
二死一、二塁。
そして。
四番・高橋肇。
この日、すでに三本塁打。
甲子園全体が異様な空気になる。
「まさか……」
「四本目あるぞ」
「一試合四本?」
横浜高校は三人目の投手を準備していた。
しかし白石が続投。
小田切がマウンドへ。
「どうする?」
白石が聞く。
小田切は肇を見る。
「逃げたくない」
「俺も」
「勝負しよう」
「分かった」
小田切が戻る。
肇が打席へ。
一球目。
外角低め。
ボール。
二球目。
内角。
ファウル。
三球目。
外角変化球。
見逃す。
二ボール一ストライク。
四球目。
ストレート。
ファウル。
二ボール二ストライク。
五球目。
白石が投げる。
外角。
肇が踏み込む。
そして――。
逆方向へ振り抜いた。
カキィィィィィン――!
打球が右翼方向へ高く上がる。
「行くか!?」
右翼手がフェンス際まで下がる。
観客が立ち上がる。
打球は――。
その頭上を越えた。
スタンドへ。
一瞬の静寂。
直後。
甲子園が爆発したような大歓声に包まれた。
「四本目ぇぇぇぇ!」
肇は一塁を回る。
自分でも信じられない。
「……マジか」
二塁。
三塁。
ホーム。
高校通算六十四号。
この試合――四本塁打。
ベンチへ戻ると前薗が肇のヘルメットを叩く。
「お前、やりすぎ!」
「痛い!」
和誠も笑う。
「初戦で全部打つな!」
「俺だって狙ってない!」
「四本打ってそれ言う?」
ベンチが大騒ぎ。
スタンド。
真悠と眞衣は抱き合っていた。
「四本!」
「兄貴、四本打った!」
由紀子も笑顔。
父親も何度も拍手。
千鶴は胸の前で手を合わせてから、嬉しそうに拍手した。
学校では決して見せられない気持ちを胸の奥へ隠しながら。
――すごいよ、肇。
◇◇◇
試合は終盤へ。
一条監督は点差を考慮し、肇をマウンドから下げた。
「高橋」
「はい」
「今日はここまで」
「まだ投げられます」
「駄目だ」
「でも」
「甲子園は今日で終わりじゃない」
肇が黙る。
「肩を作る投手はお前だけじゃない」
後ろには黒崎蓮。
早川慶介。
久我直哉。
仲間がいる。
「……分かりました」
「それでいい」
肇は仲間へボールを渡した。
「頼む」
「任せろ」
黒崎がマウンドへ。
横浜高校も最後まで攻めた。
しかし大きく開いた点差は縮まらない。
そして九回裏。
最後の打球。
遊撃手が捕球。
一塁へ。
「アウト!」
試合終了。
スコアボード。
『12-3』
二桁得点。
九点差。
甲子園初戦突破。
「ゲームセット!」
両チームが整列する。
「ありがとうございました!」
深く頭を下げた。
◇◇◇
試合後。
肇は横浜高校の三人のドラフト候補と向き合った。
真田悠生。
小田切海斗。
早瀬蒼空。
真田が最初に手を差し出す。
「完敗」
肇が握る。
「ありがとうございました」
「四本はやりすぎ」
「自分でもそう思います」
真田が笑う。
「それより160」
「俺もびっくりしました」
「三回出したじゃん」
「一回目は本当に偶然かと」
小田切も握手。
「次に対戦する時はホームラン打つから」
「次も抑えます」
「プロで会えたら面白いね」
肇は少し驚く。
そして。
「はい」
しっかり握手。
最後に早瀬。
「俺の頭を四回も越さないでよ」
「全部センターじゃないでしょ」
「気分的には全部」
四人が笑った。
敵として戦ったのは今日だけ。
それでも。
同じ高校野球最後の夏を戦った者同士だった。
◇◇◇
スタンドでは真悠と眞衣が興奮したままだった。
「160キロだよ!?」
「しかも三回!」
「四本塁打!」
「高校通算六十四本!」
由紀子が笑う。
「二人とも少し落ち着きなさい」
「無理!」
双子が同時に答える。
父親も笑った。
「今日は帰ってきたら相当騒がれるな」
少し離れた場所。
千鶴はグラウンドから引き揚げていく肇の背中を見ていた。
四本塁打。
高校通算六十四本。
そして160キロ。
嬉しい。
誇らしい。
だが同時に。
教師としても、恋人としても。
身体が心配だった。
――今夜、ちゃんと休んでね。
直接駆け寄ることはできない。
抱きしめることもできない。
ここでは東雲先生と高橋君。
だから千鶴はただ、大きな拍手を送った。
◇◇◇
ロッカールーム。
「高橋!」
一条監督の声。
「はい」
「今日の結果を言ってみろ」
「十二対三で勝ちました」
「それだけでいい」
肇が少し驚く。
「四本塁打は?」
「忘れろ」
「160キロは?」
「忘れろ」
「高校通算六十四本は?」
「忘れろ」
部員たちが笑う。
肇も苦笑した。
「全部忘れるんですか?」
「次の試合で四本打ったことが一点になるのか?」
「なりません」
「160キロ出したら次の試合を一対〇から始められるか?」
「始められません」
「だったら忘れろ」
「はい!」
一条監督は七十人を見る。
「今日、俺たちは一勝した」
「はい!」
「全国制覇まで進んだのは――」
一条監督が指を一本立てる。
「たった一歩だ」
全員の表情が変わる。
「横浜高校に勝ったことは誇っていい」
「はい」
「だが甲子園は終わっていない」
「はい!」
「次も勝つぞ!」
「はい!」
肇は拳を握った。
甲子園初戦。
神奈川県の強豪・横浜高校。
ドラフト候補三人。
最速148キロの真田悠生。
高校通算45本塁打の小田切海斗。
俊足と広い守備範囲を持つ早瀬蒼空。
その強敵を相手に――。
高橋肇は四本塁打。
高校通算六十四本。
そして投手として、一回、三回、五回に160キロを記録した。
しかし。
それも、もう終わった試合。
目指しているのは一回戦突破ではない。
去年の三回戦突破だけでもない。
全国の頂点。
高橋肇たちの高校最後の甲子園は――。
衝撃の初戦から、さらに熱を帯びていくのだった。
第22話「甲子園初戦――神奈川の強豪・横浜高校と、160キロの衝撃」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
甲子園初戦。
結果は――十二対三。
二桁得点、九点差での初戦突破となりました。
しかし試合前から分かっていた通り、横浜高校は決して簡単な相手ではありません。
特に注目された三人のドラフト候補。
投手・真田悠生。
最速148kmのストレートに加え、打者の手元で大きく曲がるスライダーを持つ本格派右腕。
捕手・小田切海斗。
身長158cmという小柄な体格ながら、高校通算45本塁打。
肇とはまた違ったタイプの強打者であり、捕手としても打者としても存在感を見せました。
そして中堅手・早瀬蒼空。
身長167cm。
俊足で一歩目が速く、通常なら安打になるような打球にも追いつくほどの広い守備範囲を持つ選手です。
そんな強豪を相手にした肇の甲子園初戦。
まず一回表。
甲子園での第一打席から放ったツーラン本塁打。
これで高校通算六十一号。
さらに三回表には二打席連続となる本塁打。
高校通算六十二号。
そして六回にはバックスクリーンへ三本目。
高校通算六十三号。
さらに八回。
逆方向となる右翼スタンドへ――四本目。
高校通算六十四号。
甲子園初戦にして、
一試合四本塁打。
地区大会準決勝でも二本塁打を記録しましたが、今度は全国の舞台でさらにそれを上回る打撃となりました。
そして今回、それ以上とも言える衝撃を与えたのが――投手・高橋肇です。
一回裏。
二番打者への初球。
前薗晃大のミットへ突き刺さったストレート。
表示された数字は、
『160km/h』
肇本人も思わず、
「……マジ?」
と驚いてしまう一球でした。
しかも160kmを記録したのは一度だけではありません。
一回。
三回。
五回。
三度にわたって160kmを表示。
さらに肇には速球だけではなく、
大きく曲がるスライダー。
カーブ。
シュート。
複数の球種があります。
だからこそ横浜高校のドラフト候補三人も、
「六十本打って160投げるって……」
と驚くことになりました。
応援席でも同じです。
真悠。
眞衣。
父親。
母・由紀子。
そして東雲千鶴。
特に千鶴にとっては、嬉しさだけではなく心配もあったでしょう。
四本塁打。
160km。
全国の観客から見れば大きな記録。
しかし千鶴から見れば、その選手は恋人である肇でもあります。
だからこそ、
「すごい」
という気持ちと同時に、
「無茶しないで」
という思いもあります。
ただし甲子園では二人はあくまで教師と生徒。
千鶴ができるのは、吹奏楽部顧問としてスタンドから拍手を送ることだけです。
そして試合後。
横浜高校の三人のドラフト候補と肇が交わした握手。
真田悠生。
小田切海斗。
早瀬蒼空。
試合中は敵。
しかし同じ高校三年生として甲子園を戦った選手たちです。
特に小田切から出た、
「プロで会えたら面白いね」
という言葉。
高校卒業後、大学へ行かずプロ野球の世界を目指す肇にとって、甲子園は未来へつながる出会いの場所にもなっていきます。
しかし――。
試合後、一条昴監督が肇へ言った言葉が、この一話で最も大切な部分かもしれません。
「四本塁打は忘れろ」
「160kmも忘れろ」
「高校通算六十四本も忘れろ」
なぜなら。
今日四本塁打を打ったからといって、次の試合が四対〇から始まるわけではありません。
160kmを出したからといって、一点をもらえるわけでもありません。
今回の十二対三は、もう終わった試合。
甲子園で手にしたのは――まだ一勝だけです。
昨年は三回戦敗退。
そして今年の目標は全国制覇。
そのためには、今日の記録に満足している暇はありません。
高校通算六十四本塁打。
甲子園初戦で一試合四本塁打。
三度の160km。
十二対三で初戦突破。
全国へ強烈な印象を残した高橋肇。
しかし本人たちにとっては――。
全国制覇へ向けた、まだ最初の一歩。
高校最後の甲子園は、ここからさらに激しい戦いへ入っていきます。




