第21話「甲子園到着――全国から集う強豪校と、最後の夏の始まり」
第21話から、いよいよ「甲子園編」が始まります。
地区大会を九対八の激戦で制し、甲子園への切符を掴んだ高橋肇たち野球部。
第16話から第20話までは、地区大会優勝後の学校生活、最後の強化練習、全校生徒による壮行会、そして甲子園へ出発するまでを描いてきました。
そして今回――。
ついに野球部七十人とマネージャー十一人が甲子園へ到着します。
高校二年生だった昨年にも甲子園を経験している肇たち。
しかし、昨年は三回戦敗退。
だからこそ高校三年生として迎える今年の甲子園は、
「戻ってきた場所」
ではなく、
「去年を越えるための場所」
でもあります。
全国各地から集まってくる強豪校。
150キロを超える速球を投げる投手。
高校通算数十本の本塁打を記録している強打者。
ドラフト候補。
地区大会ではなかなか出会えなかった選手たちが、甲子園には集まっています。
高校通算六十本塁打を記録し、地区大会決勝でサヨナラヒットを放った肇自身も、すでに他校から注目される存在。
しかし一条昴監督が伝えるのは、
「地区大会の実績は関係ない」
ということ。
全国制覇をするためには――まず一勝。
一方、学校では東雲千鶴率いる吹奏楽部三十人と真悠、そして眞衣たちチアリーディング部も甲子園へ向けて最後の準備を進めています。
選手。
監督。
マネージャー。
家族。
吹奏楽部。
チアリーディング部。
そして千鶴。
多くの想いを背負った高校最後の夏。
ここから、本当の甲子園が始まります。
野球部を乗せた大型バスが学校を出発してから数時間。
車内では、いつもなら賑やかな部員たちも、少しずつ口数が減っていた。
窓の外を流れていく景色。
後方の席では一年生や二年生が話をしている。
マネージャー十一人も、到着後の予定や荷物について確認していた。
そして前方近く。
高橋肇は窓側の席に座り、外を眺めていた。
その隣には捕手の前薗晃大。
「肇」
「ん?」
「さっきから静かじゃない?」
「そうか?」
「学校出てから、ずっと外見てる」
肇は小さく笑った。
「考えてた」
「何を?」
「去年のこと」
晃大は、それだけで理解した。
高校二年生だった昨年。
秋の大会を勝ち抜き、肇たちは甲子園へ出場した。
だが――三回戦敗退。
全国の壁を思い知らされた。
「去年と同じ場所に向かってるんだなって」
「でも今年は違う」
前の座席から声。
振り返ったのは主将・鈴木和誠だった。
「今年は俺たち三年生に次がない」
「分かってる」
「負けたら終わり」
晃大も頷く。
「だから最後まで勝つ」
肇が右手を握る。
「去年みたいに三回戦で終わらない」
「もちろん」
「目標は?」
和誠が聞く。
肇は即答した。
「全国制覇」
晃大も。
「全国制覇」
和誠も笑う。
「それでいい」
すると、通路を歩いてきた一条昴監督が三人を見る。
「お前ら」
「はい?」
「もう全国制覇した気分になってないだろうな?」
「なってません!」
「だったらいい」
一条監督は車内を見渡した。
「全員、聞け!」
「はい!」
七十人の部員たちが一斉に前を見る。
「甲子園に着いた瞬間から、お前たちは全国大会出場校の選手だ」
車内が静かになる。
「地区大会で何本ホームランを打ったとか」
一瞬、肇を見る。
「誰がサヨナラを打ったとか」
肇が苦笑する。
「地区大会で何点取ったとか」
一条監督は続ける。
「全部関係ない」
「はい!」
「全国には、お前たちと同じように地方大会を勝ち抜いた学校しか来ない」
「はい!」
「簡単な相手は一校もない!」
「はい!」
「名前で勝てる学校もなければ、名前だけで負ける必要のある学校もない!」
「はい!」
そして。
「一試合ずつだ」
「はい!」
「全国制覇を口にするのはいい。だが、最初の一勝を取らなければ二勝目はない!」
「はい!」
「分かったな!」
「はい!」
七十人の声が車内に響いた。
肇は再び窓の外を見る。
全国制覇。
そのために必要なのは――まず一勝。
◇◇◇
しばらくして。
「見えたぞ!」
誰かが声を上げた。
何人もの部員が窓を見る。
肇も身体を起こした。
「……来た」
昨年、一度見た景色。
それでも今年は、まるで違って見えた。
甲子園。
高校球児なら、一度は夢見る場所。
前薗が小さく息を吐く。
「やっぱりすごいな」
「ああ」
「去年も来たのに」
「去年と全然違う」
「俺もそう思う」
主将の和誠も窓の外を見ていた。
三年生として。
最後の夏として。
戻ってきた甲子園。
バスが目的地へ到着する。
「全員、降りる準備!」
マネージャーから声。
「はい!」
選手たちが一斉に動き始める。
「忘れ物するなよ!」
「荷物確認!」
「一年生、勝手に動くな!」
「はい!」
バスの扉が開いた。
一条監督が最初に降りる。
続いて選手たち。
肇が地面へ足をつけた。
その瞬間。
立ち止まった。
「……」
前薗が後ろから来る。
「どうした?」
肇は目の前を見る。
「いや」
少し笑った。
「帰ってきたなって」
前薗も同じ方向を見る。
「ああ」
和誠も二人の横へ。
「今年は長くいようぜ」
「当たり前」
「最後までな」
三人は甲子園を見つめた。
◇◇◇
周囲には、すでに全国各地から到着した高校球児たちの姿があった。
北から。
南から。
東から。
西から。
地方大会を制した代表校。
ユニフォームも違う。
体格も違う。
学校名も違う。
しかし全員が同じ目的でここへ来ている。
勝つため。
全国の頂点へ立つため。
「でか……」
二年生の久我直哉が、他校の選手を見て呟く。
隣にいた橘優成が言う。
「あの人、絶対190くらいあるぞ」
「投手かな?」
「知らない」
「全国って感じするな」
その会話を聞いた肇が振り返る。
「久我」
「はい?」
「身体の大きさで野球するわけじゃないぞ」
「分かってます」
「橘も」
「はい」
「相手ばっかり見て緊張するな」
「はい!」
肇はそう言いながらも、自分自身も周囲を観察していた。
明らかに身体の大きい選手。
腕の太い打者。
長身の投手。
テレビや野球雑誌で名前を見たことのある選手もいる。
ドラフト候補。
高校通算四十本、五十本を超える打者。
150キロを投げる投手。
全国にはいる。
地区大会決勝で対戦した崇道君彦も最速152キロのドラフト候補だった。
だが、ここではそれが珍しくなくなっていく。
「肇」
前薗が言う。
「何?」
「あそこ」
「ん?」
数人の選手がこちらを見ていた。
その中の一人が肇へ視線を向け、何かを仲間へ話している。
「お前じゃない?」
「何で?」
「高校通算六十本」
「それだけで分かるか?」
「地区大会決勝のサヨナラもニュースになったし」
肇は困ったように笑った。
「俺だって向こうのこと知らないのに」
すると別の学校の選手が近づいてきた。
「すみません」
「はい?」
「高橋肇君ですよね?」
「そうですけど」
「やっぱり」
その選手は笑った。
「地区大会決勝、見ました」
「ありがとうございます」
「最後のサヨナラ、すごかったです」
「いや……ありがとうございます」
「高校通算六十本ですよね?」
「はい」
「甲子園でもホームラン狙ってます?」
肇は少し考えた。
そして笑った。
「狙える球なら」
相手も笑う。
「対戦したらよろしくお願いします」
「こちらこそ」
握手。
相手校の選手は仲間のところへ戻っていった。
前薗が肇を見る。
「有名人」
「やめろ」
和誠も笑う。
「全国区になってきたな」
「だからやめろって」
だが一条監督は、その様子を少し離れた場所から見ていた。
「高橋」
「はい」
「注目されることに慣れろ」
「……はい」
「甲子園で一本打てば、地区大会とは比べものにならないくらい見られる」
「はい」
「ドラフト候補ならなおさらだ」
肇の表情が引き締まる。
「でも」
一条監督は続ける。
「お前がやることは変わらない」
「打つ」
「投げる」
「守る」
「走る」
「はい」
「それだけだ」
「はい!」
◇◇◇
宿泊先へ移動した野球部一行。
到着すると、すぐにミーティングが行われた。
広い部屋に三年生、二年生、一年生が集まる。
七十人全員。
十一人のマネージャー。
前には一条監督。
ホワイトボードには大きく書かれていた。
『甲子園』
その下。
『一戦必勝』
さらに。
『全国制覇』
一条監督が全員を見る。
「今日から生活そのものが試合準備だ」
「はい」
「寝不足」
「はい」
「食事不足」
「はい」
「水分不足」
「はい」
「全部禁止だ」
何人かが少し笑う。
「笑うところじゃない」
「はい!」
「特に高橋」
「何で俺だけ!」
部屋に笑い。
一条監督が肇を見る。
「お前、考え事すると夜更かしするだろ」
「……」
「図星だな」
前薗が笑う。
「監督、正解です」
「晃大!」
「お前は高橋が寝てるか確認しろ」
「了解です」
「俺は子供か!」
また笑い。
緊張していた一年生たちの表情も少し柔らかくなった。
だが一条監督はすぐに真剣な表情へ。
「ただし」
全員が監督を見る。
「ここからは本当に最後だ」
静かになる。
「三年生」
「はい」
「負けたら高校野球は終わる」
「はい」
「二年生、一年生」
「はい!」
「三年生と一日でも長く野球をしたいなら、できることを全部やれ」
「はい!」
一条監督は七十人を見渡す。
「俺も全部やる」
「だから」
「全国制覇するぞ」
一瞬。
そして。
「はい!」
大きな声が響いた。
◇◇◇
その頃。
学校では――。
「もう一度、最初からお願いします!」
東雲千鶴の声が音楽室に響いていた。
「はい!」
吹奏楽部三十人。
真悠も楽器を構える。
野球部は一足先に甲子園へ向かった。
だが応援組も、間もなく出発する。
「甲子園では普段の演奏とは環境が全く違います」
千鶴が全員を見る。
「観客の声」
「応援」
「球場全体の音」
「その中で、私たちの音をグラウンドまで届けます」
「はい!」
「選手が苦しい時に」
「はい!」
「あと一球が欲しい時に」
「はい!」
「あと一本が欲しい時に」
「はい!」
千鶴は少し笑う。
「届く演奏をしましょう」
「はい!」
真悠は楽器を握りながら兄を思い浮かべる。
――お兄ちゃん。
「絶対、届けるから」
小さく呟いた。
千鶴には聞こえた。
「真悠さん」
「はい?」
「一緒に応援しましょう」
「はい!」
二人は教師と生徒として笑い合った。
だが、二人とも同じ人物を思っていた。
高橋肇。
◇◇◇
体育館では眞衣たちチアリーディング部も最後の確認。
「甲子園ではもっと大きく!」
「はい!」
「笑顔を忘れない!」
「はい!」
眞衣は汗を拭う。
隣の部員が言った。
「眞衣ちゃん、緊張する?」
「する」
「お兄さん出るんだもんね」
「うん」
「すごいよね」
眞衣は少し笑った。
「学校ではね」
「家では違うの?」
「普通の兄貴」
「想像できない」
「みんなそう言う」
眞衣は笑う。
そして心の中で思う。
――兄貴。
――全国制覇するって言ったんだから。
「絶対勝ってよ」
◇◇◇
夕方。
甲子園近くの宿泊先。
練習とミーティングを終えた肇は、自分のスマートフォンを確認した。
通知がいくつも来ている。
母・由紀子。
『無事に着いた?』
父親。
『初日から飛ばしすぎるなよ』
真悠。
『吹奏楽部も準備できてるよ!』
眞衣。
『チアも完璧! 兄貴は野球だけ考えて!』
肇は笑った。
「何笑ってる?」
前薗が覗き込む。
「妹」
「真悠ちゃん?」
「眞衣も」
「何て?」
「俺は野球だけ考えろって」
「正論」
「お前まで言うな」
そして。
もう一件。
千鶴。
学校では教師。
家では大切な恋人。
メッセージは短かった。
『無事に着きましたか? 今日はしっかり休んでください。応援組も後から向かいます。』
学校の先生として読まれても不自然ではない内容。
それでも肇には分かる。
昨日の夜。
二人だけで交わした言葉。
『大好きです』
『どんな結果になっても、私はあなたの味方です』
そして自分が返した、
『大好き』
『愛してる』
その言葉がある。
肇は返信する。
『無事着いた。ちゃんと寝る。甲子園で待ってる』
送信。
それだけ。
本当ならもっと書きたい。
でも今はそれでいい。
「肇」
前薗が呼ぶ。
「何?」
「飯行くぞ」
「今行く」
肇はスマートフォンをしまった。
◇◇◇
夕食。
選手たちの前には、体調管理を考えた料理が並ぶ。
「高橋、ちゃんと食え」
一条監督。
「食べてます」
「野菜も」
「監督、俺の父親ですか?」
「甲子園の間はそれくらい管理する」
「厳しい」
隣で前薗が笑う。
「千鶴先生にも言われてそう」
「ぶっ!」
肇が危うくむせる。
「何で東雲先生?」
前薗は何も知らない。
「吹奏楽部顧問だし、学校の先生だから」
「……そういう意味ね」
「何だと思った?」
「別に」
肇は水を飲む。
危ない。
本当に油断できない。
学校の仲間たちは知らない。
東雲千鶴が自分の恋人であることを。
一緒に暮らしていることも。
将来を真剣に考えていることも。
一条監督など、ごく一部だけが知っている秘密。
甲子園でも変わらない。
学校関係者が大勢いる。
だからこそ二人は、今まで以上に気をつけなければならない。
◇◇◇
夜。
消灯前。
肇は宿泊先の窓際に立っていた。
遠くの街の明かり。
明日から本格的な甲子園での日々が始まる。
「肇」
和誠がやってくる。
「まだ起きてたのか」
「まだ消灯前」
「監督に早く寝ろって言われただろ」
「分かってる」
和誠も窓の外を見る。
「最後だな」
「うん」
「高校野球」
「うん」
二人はしばらく黙っていた。
「俺さ」
和誠が言う。
「地区大会決勝で九回になった時、正直怖かった」
肇が和誠を見る。
「主将でも?」
「当たり前だろ」
「俺も怖かった」
「お前も?」
「八対八だぞ」
二人が笑う。
和誠が続ける。
「でも最後、お前が打席入った時」
「うん」
「何となく打つ気がした」
「本当に?」
「本当」
「だったら先に言えよ」
「言ったらプレッシャーになるだろ」
「今さら?」
また笑う。
そして和誠が拳を出した。
「今度は甲子園」
肇も拳を出す。
「うん」
「最後まで頼むぞ、エース」
「任せろ、主将」
拳が重なる。
◇◇◇
翌朝。
まだ朝日が昇りきる前。
肇は目を覚ました。
昨夜は意外なほどよく眠れた。
スマートフォンを見る。
新しいメッセージ。
千鶴からだった。
『おはようございます。今日も頑張ってください。私たちも準備を進めています。』
肇は少し笑う。
『おはよう。ありがとう』
送信。
そして起き上がる。
ユニフォームへ着替える。
鏡の前。
高橋肇。
高校三年生。
投手。
四番。
高校通算六十本塁打。
ドラフト候補。
だが、そんな肩書きはグラウンドへ入れば関係ない。
打てなければアウト。
抑えられなければ失点。
勝たなければ終わる。
「よし」
小さく呟く。
部屋を出る。
廊下にはすでに仲間たち。
「おはよう!」
「おはよう!」
「高橋、寝られた?」
久我が聞く。
「ぐっすり」
「珍しいですね」
「お前まで言うな」
橘優成も笑う。
「監督に確認されますよ」
「全員俺を何だと思ってるんだ」
笑い声。
そこへ一条監督。
「高橋」
「はい」
「寝たか?」
全員が笑った。
「寝ました!」
「ならいい」
一条監督も少し笑う。
そして表情を変える。
「全員集合」
七十人が集まる。
十一人のマネージャーも。
「今日から」
一条監督が言う。
「本当の甲子園が始まる」
全員の顔が引き締まる。
「去年の三回戦敗退を覚えている三年生」
「はい」
「忘れるな」
「はい」
「だが引きずるな」
「はい!」
「今年は今年だ」
「はい!」
「俺たちは地区大会王者として来たんじゃない」
一条監督が七十人を見る。
「全国制覇を狙う一校として来た」
「はい!」
そして主将・鈴木和誠。
「行くぞ!」
「おおっ!」
前薗晃大。
「最後まで勝つぞ!」
「おおっ!」
最後に肇。
仲間たちを見る。
昨年。
三回戦で止まった場所。
今年は、その先へ。
「全国の頂点、取りに行こう!」
「おおおおおおおっ!」
七十人の声が響いた。
高橋肇、高校三年生。
高校最後の夏。
学校で見送ってくれた仲間。
父と母。
真悠。
眞衣。
そして千鶴。
全員との約束を胸に。
全国から集まった強豪校が待つ夢の舞台で――。
ついに、高橋肇たちの最後の甲子園が始まった。
第21話「甲子園到着――全国から集う強豪校と、最後の夏の始まり」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。
今回から舞台はいよいよ甲子園へ。
バスの窓から甲子園が見えた瞬間、肇たち三年生が思い出したのは――昨年のことでした。
高校二年生だった昨年。
秋の大会を勝ち抜き、甲子園へ出場。
しかし結果は三回戦敗退。
だから今回、肇たちにとって甲子園は初めて見る憧れの場所ではありません。
一度負けた場所。
悔しさを残して帰った場所。
そして、
「必ずもう一度戻ってくる」
と誓った場所です。
前薗晃大。
鈴木和誠。
高橋肇。
三人が甲子園を見ながら交わした、
「今年は長くいようぜ」
「最後までな」
という言葉。
今年は高校三年生。
負ければ、その瞬間に高校野球が終わります。
だからこそ目標は変わりません。
全国制覇です。
しかし一条監督は、そんな部員たちへ重要なことも伝えました。
「全国制覇を口にするのはいい。だが、最初の一勝を取らなければ二勝目はない」
全国制覇という大きな目標だけを見ていても、そこには届きません。
一回戦。
二回戦。
三回戦。
その一試合、一球、一打席を積み重ねた先にしか全国の頂点はありません。
そして甲子園へ到着した肇たちが目にしたのは、全国各地から集まった強豪校の選手たち。
長身の投手。
体格のいい打者。
150キロを超える速球を投げるドラフト候補。
高校通算数十本塁打を記録する強打者。
全国大会だからこそ、地区大会以上の選手たちが当たり前のように集まっています。
そして肇自身もまた――相手から見れば警戒すべき選手の一人です。
高校通算六十本塁打。
投手兼四番。
地区大会準決勝では二本塁打。
地区大会決勝では九回裏にサヨナラヒット。
ドラフト候補。
他校の選手から、
「高橋肇君ですよね?」
と声を掛けられるほど、少しずつ全国にも名前が知られ始めています。
しかし一条監督が肇へ伝えた、
「お前がやることは変わらない」
という言葉。
打つ。
投げる。
守る。
走る。
注目されても、高校通算本塁打が何本になっても、やるべき野球そのものは変わりません。
一方その頃、学校では応援組も動いていました。
東雲千鶴が率いる吹奏楽部三十人。
その中には肇の妹・真悠。
そして体育館では、もう一人の妹・眞衣がチアリーディング部として最後の練習。
地区大会前。
肇は吹奏楽部三十人へ、
「必ず甲子園へ連れて行く」
と約束しました。
その約束は果たされました。
今度は真悠たち吹奏楽部と眞衣たちチアリーディング部が、甲子園のスタンドから野球部へ応援を届ける番です。
さらに今回も、肇と千鶴の秘密は変わりません。
学校では、
「東雲先生」
「高橋君」。
甲子園でも学校関係者が大勢いるため、二人は今まで以上に注意しなければなりません。
だから千鶴から届いたメッセージも、
『無事に着きましたか? 今日はしっかり休んでください。応援組も後から向かいます。』
という、教師として読まれても不自然ではないもの。
それでも二人には、第20話の出発前夜に交わした言葉があります。
「大好きです」
「愛してる」
そして、
「どんな結果になっても、私はあなたの味方です」
その言葉があるからこそ、離れていても気持ちは十分伝わっています。
そして翌朝。
ユニフォームへ袖を通した肇。
高橋肇、高校三年生。
投手。
四番。
高校通算六十本塁打。
ドラフト候補。
しかしグラウンドへ入れば、過去の数字だけで勝つことはできません。
今年は今年。
地区大会は地区大会。
甲子園は甲子園。
一条監督。
野球部七十人。
マネージャー十一人。
そして後からやってくる吹奏楽部、チアリーディング部、家族、仲間たち。
すべての想いを背負って――。
「全国の頂点、取りに行こう!」
昨年は三回戦で止まった甲子園。
今年は、その先へ。
第21話から、高橋肇たちの高校最後の甲子園が本格的に始まりました。




