↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
34/52

第20話「出発前夜――家族と仲間に見送られて、いざ甲子園へ」


第20話では、いよいよ甲子園へ向けて出発する直前の一日を描きました。


学校では、全校生徒による壮行会。


野球部七十人。


マネージャー十一人。


吹奏楽部三十人。


チアリーディング部。


そして校長、教頭、一条昴監督をはじめ、多くの教師や生徒たちが集まり、甲子園へ向かう野球部を送り出します。


地区大会では、準決勝で高校通算六十本塁打へ到達。


そして決勝では九回裏、八対八からサヨナラヒットを放ち、九対八で地区大会優勝を決めた高橋肇。


そんな肇が選手代表として全校生徒の前で語るのは、


「去年の三回戦を越える」


だけではありません。


「必ず全国の頂点を目指します」


という、高校最後の夏への決意です。


そして夜。


学校では「東雲先生」と「高橋君」として接している二人も、家へ帰れば千鶴と肇。


翌朝から甲子園へ向かう肇は、千鶴へ少しだけ甘えたいと素直に伝えます。


甲子園では周囲の目もあり、今まで以上に二人だけで過ごす時間は少なくなります。


だからこそ出発前夜。


肇が求めたのは、何よりも大切な人からの愛情と安心できる時間。


千鶴は肇をJカップの胸元へ優しく抱き寄せながら、その頭を撫で、


「野球が上手だから大切なのではありません」


「高橋肇という人だから大切なんです」


と想いを伝えます。


さらに真悠、眞衣、父親、母・由紀子からも届く激励。


そして翌朝。


ついに野球部一行を乗せたバスが学校を出発します。


高校最後の夏。


地区大会編から甲子園編へつながる、大切な節目の一話です。



甲子園へ向けて出発する前日。


朝から学校は、いつもとは明らかに違う空気に包まれていた。


校門には、地区大会優勝直後に掲げられた大きな横断幕。


『祝 野球部 夏の甲子園出場!』


そして、その隣には新たな言葉が加えられていた。


『目指せ全国制覇! 全校生徒一同』


「……全国制覇、か」


登校してきた高橋肇は、しばらくその文字を見上げていた。


地区大会を勝ち抜いた。


決勝では九対八。


九回裏、二死一、二塁。


最後は自分のサヨナラヒットで甲子園出場を決めた。


けれど、あれはもう過去だ。


一条昴監督にも言われた。


――地区大会優勝は忘れろ。


今日から見るべき場所は、全国だけ。


「高橋先輩!」


背後から声を掛けられる。


「ん?」


一年生の男子生徒だった。


「明日出発ですよね?」


「ああ」


「絶対勝ってきてください!」


「ありがとう」


続いて別の生徒。


「高橋君、甲子園頑張って!」


「応援してるから!」


「ホームラン期待してる!」


肇は苦笑する。


「ホームランばっかり期待するなよ」


「だって六十本でしょう?」


「次は六十一本目ですね!」


「簡単に言うなって」


笑い声が広がる。


その光景を見ながら、肇も笑った。


本当に学校全体から送り出される。


その実感が、ようやく湧いてきた。


◇◇◇


午前中の授業が終わると、全校生徒へ校内放送が流れた。


『これより、体育館にて野球部甲子園出場壮行会を行います』


生徒たちが次々と体育館へ移動していく。


野球部七十人。


マネージャー十一人。


吹奏楽部三十人。


チアリーディング部。


そして全校生徒。


体育館には大勢の生徒と教師が集まった。


壇上には校長と教頭。


その横には一条昴監督。


野球部員たちは前方へ整列する。


「すごい人数だな……」


前薗晃大が小声で言った。


肇も周囲を見る。


「地区大会の壮行会より緊張する」


「お前でも?」


「するって」


主将の鈴木和誠が二人を振り返る。


「静かにしろ」


「はい、主将」


「お前らな……」


そんな三人のやり取りを、少し離れた場所から見ている人物がいた。


東雲千鶴。


今日は吹奏楽部顧問として参加している。


学校では、肇と千鶴は教師と生徒。


二人の本当の関係を知らない生徒から見れば、千鶴も他の教師たちと同じように野球部を送り出す一人に過ぎない。


やがて壮行会が始まった。


最初に壇上へ立ったのは校長だった。


「野球部の皆さん。改めて、地区大会優勝、そして甲子園出場、本当におめでとうございます」


大きな拍手。


「ありがとうございます!」


七十人が一斉に頭を下げる。


校長は続ける。


「ここにいる七十人全員が、三年間、あるいは一、二年間積み重ねてきたもの。その結果として掴んだ甲子園だと思っています」


肇は真っ直ぐ前を見る。


「甲子園という大舞台でも、この学校の代表であると同時に、自分たち自身の野球を思い切り楽しんできてください」


そして少し笑った。


「もちろん、勝利の報告も期待しています」


体育館から笑いと拍手。


「はい!」


続いて教頭。


「皆さんが地区大会で最後まで諦めず戦う姿を、多くの生徒が見ていました」


決勝。


九回裏。


最後の最後まで勝敗の分からない試合だった。


「甲子園でも苦しい場面は必ずあるでしょう。しかし、その時には今日ここにいる仲間たちを思い出してください」


教頭が体育館全体を見る。


「皆さんは決して七十人だけで甲子園へ向かうのではありません。学校全体が皆さんを応援しています」


「ありがとうございます!」


大きな拍手が響いた。


◇◇◇


そして一条昴監督。


壇上へ立った一条は、最初に野球部員たちを見た。


「俺から長い話をするつもりはありません」


部員たちの何人かが小さく笑う。


「おい、何で笑う」


さらに笑い。


一条自身も少し笑った。


だが、すぐに真剣な表情へ戻る。


「地区大会を勝ったのは、この七十人です」


マネージャーたちを見る。


「そして十一人のマネージャー」


さらに吹奏楽部。


チアリーディング部。


「スタンドから支えてくれた皆さん」


そして全校生徒。


「この学校全体の応援があったから、最後まで戦うことができました」


一条は頭を下げる。


「本当にありがとうございました」


野球部七十人も続いて頭を下げた。


体育館いっぱいに拍手が響く。


一条は顔を上げる。


「しかし」


空気が変わる。


「俺たちは、甲子園へ観光に行くわけではありません」


「はい!」


野球部員たちの声。


「一試合でも多く戦う」


「はい!」


「去年の三回戦を越える」


「はい!」


そして。


「最後に残る一校になる!」


「はい!」


七十人の声が体育館を震わせた。


◇◇◇


次は吹奏楽部三十人。


千鶴が前へ。


「吹奏楽部、準備してください」


「はい!」


真悠も自分の楽器を構える。


野球部には詳しく知らせていなかった甲子園用の応援。


一条監督と千鶴。


そして吹奏楽部三十人が準備してきたものだ。


演奏が始まった。


力強い音。


体育館全体へ響き渡る。


肇が驚いて真悠を見る。


真悠は演奏しながら少しだけ笑っていた。


「これか……」


前薗が呟く。


「秘密にしてたやつ」


肇も笑う。


「やられたな」


さらにチアリーディング部。


その中には眞衣。


「野球部の皆さん!」


大きな声。


「甲子園でも頑張ってください!」


華やかな応援。


肇は妹二人を見る。


真悠は吹奏楽。


眞衣はチア。


同じ甲子園へ。


立場は違っても、三人で全国の舞台へ向かう。


◇◇◇


そして最後。


「選手代表、高橋肇君」


「はい!」


肇が壇上へ向かう。


一瞬だけ体育館が静まり返った。


高校通算六十本塁打。


エース。


四番。


地区大会決勝サヨナラ打。


多くの視線が肇へ集まる。


肇はマイクの前へ。


「まず、今日、このような壮行会を開いていただき、本当にありがとうございます」


一礼。


「地区大会では、たくさんの応援をありがとうございました」


そして。


「俺たちが地区大会で優勝できたのは、試合に出た選手だけの力ではありません」


七十人の仲間を見る。


「ベンチに入れなかった仲間もいます」


マネージャー十一人を見る。


「毎日支えてくれたマネージャーもいます」


吹奏楽部。


「応援してくれた吹奏楽部」


チアリーディング部。


「チアリーディング部」


そして全校生徒。


「学校のみんながいました」


肇は一度息を吸った。


「甲子園でも簡単な試合は一つもないと思います」


静かな体育館。


「去年、俺たちは甲子園三回戦で負けました」


当時は二年生。


忘れられない敗戦。


「だから今年は、去年を越えます」


前薗が肇を見る。


和誠も。


一条監督も。


そして千鶴も。


「三回戦を越えるだけじゃありません」


肇がはっきりと言った。


「必ず全国の頂点を目指します」


大きな拍手。


「七十人全員で戦ってきます!」


「頑張れー!」


「絶対勝てよ!」


「全国制覇!」


体育館のあちこちから声。


肇は深く頭を下げた。


「行ってきます!」


◇◇◇


その日の夜。


出発準備を終えた肇は、千鶴と二人の家にいた。


大きなバッグ。


野球道具。


着替え。


必要なものはすべて確認済み。


「忘れ物ありませんか?」


「多分」


「多分では困ります」


「確認したって」


千鶴がバッグの中身をもう一度確認する。


「本当に先生みたい」


「先生です」


「家でも?」


「こういう時だけ」


肇が笑った。


しかし。


明日の朝には出発する。


そう思うと、少しだけ空気が変わった。


「千鶴」


「何ですか?」


「お願いがある」


千鶴が振り返る。


「どうしました?」


肇は少し言葉を探した。


「明日から甲子園だろ」


「はい」


「だから……少しだけ甘えていい?」


千鶴は意外そうに肇を見る。


普段、弱音を見せることの少ない肇。


「もちろん」


肇は千鶴へ近づいた。


「少し抱きしめてほしい」


千鶴は何も言わず、両腕を広げた。


「おいで」


肇は千鶴へ身体を預ける。


千鶴のJカップの豊かな胸元に顔を寄せるようにして、しばらくじっとしていた。


千鶴は少し驚いたものの、すぐに優しく肇を抱きしめた。


そして頭を撫でる。


「緊張していますか?」


「少し」


「珍しいですね」


「甲子園だから」


「去年も行ったでしょう?」


「今年は最後だから」


千鶴の手がゆっくり肇の髪を撫でる。


「だったら、今だけは何も考えなくていいですよ」


「うん」


「エースでもなくて」


「うん」


「四番でもなくて」


「うん」


「高校通算六十本塁打の選手でもなくていいです」


肇が少し笑う。


「肩書き多いな」


「学校で散々言われているでしょう?」


「確かに」


千鶴は微笑む。


「ここでは、ただの肇でいてください」


「ありがとう」


しばらくして、肇が顔を上げた。


「もう一個お願い」


「今日は多いですね」


「今日だけ」


「何ですか?」


肇は千鶴を見つめた。


「明日からしばらく、二人だけでゆっくり話せないだろ」


「そうですね」


「学校でも甲子園でも、千鶴は先生だし」


「はい」


「だから……」


少し照れながら続ける。


「出発前に、一番伝わる愛情表現が欲しい」


千鶴が目を丸くする。


「一番?」


「うん」


肇は続けた。


「俺、本当は『愛してる』とか『大好き』って言って、それからキスして出発したい」


千鶴は黙って聞いている。


「でも今は、俺たちの立場もあるし、学校ではそんなことできない」


「……はい」


「だから今夜だけ」


肇は千鶴の手を握った。


「言葉でもいい」


「抱きしめてくれるだけでもいい」


「俺が甲子園で頑張れるくらい、千鶴の気持ちを伝えてほしい」


千鶴はしばらく肇を見つめていた。


やがて。


「分かりました」


肇の両手を包む。


「肇」


学校で使う「高橋君」ではない。


「私は、あなたが甲子園に行くことを誇りに思っています」


肇は黙って聞く。


「でも、甲子園に行けたから大切なのではありません」


「うん」


「野球が上手だからでもありません」


「うん」


「高橋肇という人だから、大切なんです」


肇の表情が少し柔らかくなる。


「だから」


千鶴は肇をもう一度抱きしめた。


「大好きです」


「……うん」


「甲子園でも、どんな結果になっても、私はあなたの味方です」


肇も千鶴の背中へ腕を回した。


「ありがとう」


「ただし」


「何?」


「無茶だけはしないこと」


「出た」


「大事です」


「分かってる」


「一条先生の言うことを聞く」


「はい」


「疲れたら休む」


「はい」


「痛いところがあったら隠さない」


「はい」


千鶴は笑った。


「よろしい」


肇も笑う。


そして。


「千鶴」


「はい?」


「俺も大好き」


千鶴の頬が少し赤くなる。


「それと」


「まだあるんですか?」


「愛してる」


「……」


今度は完全に赤くなった。


「明日から頑張ってくる」


千鶴は照れながらも、しっかり頷いた。


「行ってらっしゃい、肇」


◇◇◇


その直後。


肇のスマートフォンが鳴った。


真悠からのメッセージ。


『お兄ちゃん、明日頑張ってね! 吹奏楽部も後から行くから!』


続いて眞衣。


『兄貴、全国制覇するんでしょ? 約束だからね!』


肇が笑う。


「妹たちから」


「何て?」


「全国制覇しろって」


千鶴も笑った。


さらに母・由紀子。


『忘れ物しないように。身体に気をつけて。お父さんと応援に行くからね』


そして父親。


『最後の夏だ。思い切りやってこい』


短い文章。


それが父親らしかった。


肇は一つずつ返信していく。


最後にスマートフォンを置いた。


「みんな来るな」


「はい」


「千鶴も」


「吹奏楽部顧問ですから」


「違う」


肇は笑う。


「俺を応援しに」


千鶴も少し笑った。


「もちろんです」


◇◇◇


翌朝。


学校前。


まだ朝の早い時間にもかかわらず、多くの人が集まっていた。


大型バス。


荷物。


野球部員。


マネージャー。


一条監督。


「荷物確認!」


「はい!」


「忘れ物ないな!」


「はい!」


七十人の部員が次々とバスへ荷物を積み込む。


肇も野球バッグを持って歩く。


前薗が隣へ。


「いよいよだな」


「ああ」


和誠もやってくる。


「今年は最後まで行くぞ」


「当然」


「三回戦で帰らないからな」


「分かってる」


三人が笑う。


少し離れたところには千鶴。


今日は教師として見送りに来ている。


真悠たち吹奏楽部。


眞衣たちチアリーディング部。


応援組は後から甲子園へ向かう予定だ。


肇と千鶴の視線が一瞬だけ重なる。


声には出せない。


昨夜のように抱きしめることもできない。


今は――東雲先生と高橋君。


だから千鶴は教師として言った。


「高橋君」


「はい」


「頑張ってきてください」


肇も選手として答える。


「はい。行ってきます」


それだけ。


けれど二人には十分だった。


昨夜の言葉を覚えている。


――大好きです。


――愛してる。


――行ってらっしゃい、肇。


肇は小さく笑った。


「絶対勝ってきます」


「はい」


千鶴も微笑む。


「待っています」


◇◇◇


「全員乗ったか!」


一条監督の声。


「はい!」


バスの扉が閉まる。


エンジンが動き始める。


窓の外では、生徒や教師たちが手を振っていた。


真悠。


眞衣。


千鶴。


校長。


教頭。


多くの仲間。


肇も窓際から手を振る。


バスがゆっくり動き出した。


校門を出る。


『祝 野球部 夏の甲子園出場!』


その横断幕が少しずつ遠くなる。


前薗が隣から言う。


「肇」


「ん?」


「何見てる?」


「学校」


「見納めじゃないだろ」


「分かってるよ」


肇は笑った。


そしてもう一度、学校を見る。


三年間過ごした場所。


野球をして。


仲間と出会って。


千鶴と出会い、誰にも言えない大切な関係を築いた場所。


地区大会優勝。


甲子園出場。


でも――まだ終わっていない。


肇は心の中で静かに誓った。


――今度帰ってくる時は。


バスはさらに学校から離れていく。


――全国優勝して帰る。


高校最後の夏。


高橋肇。


前薗晃大。


鈴木和誠。


そして野球部七十人。


十一人のマネージャー。


彼らを乗せたバスは――。


ついに、甲子園へ向けて走り始めた。



第20話「出発前夜――家族と仲間に見送られて、いざ甲子園へ」を最後までお読みいただき、ありがとうございました。


今回で、地区大会優勝後から甲子園へ出発するまでを描いてきた第16話から第20話までの準備期間は一区切りとなります。


まず学校で行われた壮行会。


校長先生からは、


「甲子園という大舞台でも、自分たち自身の野球を楽しんできてください」


教頭先生からは、


「学校全体が皆さんを応援しています」


という言葉。


そして一条昴監督からは、


「甲子園へ観光に行くわけではない」


「最後に残る一校になる」


という力強い言葉が選手たちへ送られました。


甲子園出場そのものをゴールにはしない。


目指すのは――全国制覇。


その意思を、肇自身も選手代表として全校生徒の前ではっきり宣言しました。


「去年、俺たちは甲子園三回戦で負けました」


「だから今年は、去年を越えます」


そして最後に、


「必ず全国の頂点を目指します」


と。


昨年、高校二年生として一度は立った甲子園。


しかし結果は三回戦敗退。


だから今回の甲子園は、ただ全国大会へ戻るためのものではありません。


去年の自分たちを越えるため。


そして高校野球最後の大会で、最後まで勝ち残るための甲子園です。


また今回、吹奏楽部三十人とチアリーディング部も壮行会に参加しました。


真悠は吹奏楽部員。


眞衣はチアリーディング部員。


兄・肇が野球部の選手として甲子園へ。


妹たちは、それぞれ別の立場から同じ甲子園へ向かいます。


地区大会前に肇が吹奏楽部三十人へ約束した、


「必ず甲子園へ連れて行く」


という言葉。


それはすでに現実になりました。


今度は吹奏楽部とチアリーディング部が、甲子園のスタンドから選手たちを支える番です。


そして今回、大きく描いたのが――出発前夜の千鶴と肇。


普段の肇は、弱音をほとんど見せません。


エース。


四番。


高校通算六十本塁打。


ドラフト候補。


学校ではたくさんの肩書きで見られる存在です。


しかし千鶴の前では、そんなものを背負わなくていい。


肇は素直に、


「少しだけ甘えていい?」


と頼みました。


千鶴はそんな肇をJカップの胸元へ抱き寄せ、その頭を優しく撫でます。


「エースでもなくていい」


「四番でもなくていい」


「高校通算六十本塁打の選手でもなくていい」


「ここでは、ただの肇でいてください」


甲子園という大舞台へ向かう直前だからこそ、肇にとって必要だったのは技術的な助言ではなく、大切な人の前で一人の十八歳へ戻れる時間だったのかもしれません。


さらに肇は、


「出発前に、一番伝わる愛情表現が欲しい」


と千鶴へお願いしました。


学校でも甲子園でも、二人は公には教師と生徒。


そこで特別な関係を見せることはできません。


だからこそ千鶴は出発前夜に、


「大好きです」


「どんな結果になっても、私はあなたの味方です」


と、きちんと言葉で気持ちを伝えました。


肇からも、


「大好き」


「愛してる」


という言葉。


二人にとって、甲子園へ向かう前の大切な確認となりました。


そして真悠からは、


「吹奏楽部も後から行くから!」


眞衣からは、


「全国制覇するんでしょ?」


母・由紀子からは、


「身体に気をつけて」


父親からは、


「最後の夏だ。思い切りやってこい」


家族からも、それぞれらしい言葉が届きました。


翌朝。


ついに大型バスへ乗り込む野球部員たち。


前薗晃大。


鈴木和誠。


一条監督。


七十人の部員。


十一人のマネージャー。


学校から見送る千鶴、真悠、眞衣、教師、生徒たち。


学校では最後まで、


「東雲先生」


「高橋君」


として接した二人。


しかし前夜に交わした言葉があるからこそ、それだけで十分でした。


そしてバスの窓から学校を見つめながら、肇が心の中で誓った言葉。


「今度帰ってくる時は――全国優勝して帰る」


地区大会優勝。


甲子園出場。


ここまでは達成しました。


ですが、高校最後の夏はまだ終わっていません。


次の第21話から、いよいよ本格的な甲子園編へ。


昨年は三回戦敗退。


今年は高校三年生。


最後の甲子園。


高橋肇と野球部七十人が目指すのは――ただ一つ。


全国制覇です。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。